「...ん...............」
「目が覚めたか。気分は?」
「..................」
......なんで私は生きているんだろう。あの、フラグシップのル級に撃たれた筈なのに。海の底に居なければおかしい......いや、そんな所に居たら目も覚まさないか。
雪が降り、冷えすぎて肌が凍るほど寒かった冬の夕方の海から、暖房で程よく暖かい空気が充満する泊地の医務室に、自分のいた場所が変わっていることは取り合えず置いておいて。起きてすぐに、ベッドの傍らに椅子をおいて座っていたウツギの顔を伺いながら、そんな事を響が考える。
「おなか、空いていないか。リンゴと梨があるから剥こうか」
「............」
薄目を開いて、じっと視線を飛ばしていることに気がついているのか、それともあえて無視しているのか。響にはわからなかったが、ウツギは馴れた手つきで、器用に洋梨の皮を果物ナイフで剥き始める。
そのまま、自分の横に居る女を視線で殺すようにまじまじと見つめ続けながら。響が起こした体をまたベッドに戻して、口を開いた。
「............誰が助けたの」
「熊野だ」
「嘘ばっかり。そんな訳があるはずがない」
抑揚が無い......それでいて怒気を孕ませたような棒読みで、響が続けて喋る。
「言っちゃあ悪いけど。あんな実戦経験も不足してしかも錯乱してたあの子が出来るわけがない」
「あいつなりに頑張ったんだよ」
っ......あくまで嘘をつき続けるのか。こいつ。掴み所のない態度でのらりくらりと回避するウツギに、内心腹が立った響が、いきなり上体を起こして怒鳴る。
「いつまでしらを切るんだい!?」
「......っと。いきなり叫ぶな」
「ッ......!............!!」
「無茶をするんじゃない。体に障るぞ」
体に障るだと......?何を言っているんだ。高速修復材で傷なんて直ぐに治るのに。そう思いきや、叫んだ途端にじんわりと内出血を起こした場所が痛み、言葉が途切れる響を見ながら。綺麗に四等分に切り分けた梨を皿に盛って、ウツギが口を開く。
「残念だったな。修復材は足りなくなったから、お前は普通の治療を受けた」
「.........そ」
「これは嘘じゃない。......ホラを吹いて悪かった。助けたのは自分だ」
「......なんで助けたの」
剥いてもらった梨につまようじを刺して、それを口にし。今度はリンゴを剥き始めたウツギを見ながら、響が呟くように答う。
「本当に......なんで助けたの......」
「............」
「私は......死にたかった......!...やっと、会えると......思っていたのに.........!」
「友人の受け売りだがな。簡単に死にたいなんて言うものじゃない」
「......貴女に......何がわかる」
掠れて、今にも消えてしまいそうなほど小さな声量で呟きながら、感情が昂ったのか。響が泣き始めてしまう。
皮を剥き終わったリンゴを梨と同じ皿に盛って、その次に、ウツギが作業着のポケットからハンカチを取り出して響に渡そうとする......が、突っぱね返される。
「小賢しいんだよ......なんなんだ貴女は......一丁前に、姉さんの真似でもしているつもりなのかい.........」
「...............」
聞く耳を持たないだろうな。このまま喋ったところで。......卑怯かもしれない。でも「アレ」しかないか。
手で退けられたハンカチを仕舞い、ウツギが軽く自分の喉を叩く。響を立ち直らせる、その目的のための「秘策」を使うのに必要な行動だった。
そして、準備が整ったウツギが。こう呟いた。
「レディとの約束を忘れたの? 響。」
「........................!?」
信じられないものを見たような表情で、こちらに釘付けになった響へ。
「駄目よ。響。一人前のレディは、約束を破ったりなんてしないんだから。」
「.........ッ、なんだい......それ......」
目の前で、ずっと、自分の心の支えになっていた人物の声で話す女に......懐かしさと、不愉快さと、嬉しさが混ざりあって訳がわからない心境になった響が、口を開く。
「ふざけているのかい......そんな下らない芝居に乗るとでも.........」
「芝居なんかじゃないわ......。暁に頼まれたもの。響を励まして......って。」
「死人が、口をきくのかい......!?.........嘘に決まっている......そんなこと......まだあって一ヶ月も経たない貴女なんかに、こんなふうにおちょくられるなんて恥でしかないよ......死んだほうがま」
声色を変えて話し始める
その響を。身を乗り出して、そっと、
「......死なせないわ。」
「......暁の思いを無駄にするもの。.........勝手に死ぬなんて許さないんだから」
「何回でも、何度でも、どこにいても.........たとえ海の底に潜ってでも助けるんだから」
「あぁ.........ぁぁぁぁ.........!!」
耳元で、なつかしいあの声でそう告げられた響が、堪えきれなくなり、声を押し殺し、嗚咽を漏らしながら泣き出した。
そんな妹を。嫌な顔などするわけがなく。ただ泣き止むまで、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「...............」
「............どこに向かっているんだい」
「内緒だ」
泊地防衛戦と医務室での一件の日から数えて、ちょうど一週間が経った日の夜中。
明日は自分達の鎮守府に帰る日だというのにも関わらず、ウツギは、響を連れ、漣の運転する、無断で拝借した車に乗って泊地を出ていた。
あのときの事以来、不仲になった訳でもないが、何となくお互いの空気が気まずくなり。どういうわけか、やけに自分に近づいてきては、料理を振る舞ってきたりするウツギから距離を置いていたところ。今日突然シエラ隊に囲まれ、距離を置いていたウツギから「車に乗れ」と拉致に近い連れられ方をしていた響が、不機嫌そうに喋る。
「また何か......パフォーマンスでもする気かい」
「近からず遠からず、だ」
「...............」
何をする気だ、って顔だ。......あんなやり方じゃ仕方がないか。
帽子を目深に被っているせいで表情が見えない、居心地が悪そうに車のシートで揺すぶられている響を見て、ウツギが考える。
何も喋っていなくとも、時間がたつのは意外と早く感じるもので、ウツギと響のお互いの予想以上に短時間で、目的地に車が到着。ハザードを付けて車が道に停車し、後ろに乗っていた二人へ、漣が声をかける。
「ヘィ、シャチョさん、お待ちどう!」
「ありがとう漣」
「いいよいいよ。それよりさ、楽しんできてね!」
「うん」
「.....................?」
山の中......本当に何をしに来たんだろうか。
周囲を見ながら、ますます謎が深まり、響が首をかしげる。が、考えてもどうしようもないと思い。何に使うのか、丸めたブルーシートを持って林の中に入っていくウツギを、響が追いかけた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「随分と奥まで来たけど。何をするの」
白い吐息を口から漏らしながら、響がつまらなさそうに言う。車から降りて五分。少し木々が減って、雪が積もっていた場所にウツギがブルーシートを敷いているのだが、何のための行為なのか見当がつかなかったためだ。
「............よし。ここに来て目をつぶってくれ」
「...............」
「そのまま、顔を上にしてシートに寝てくれ」
言われた通りに、響が行動する。そして、雪の上に敷かれたシートに体を横にしたのを確認して、響のとなりに、同じようにウツギが寝る。
「.........まだ?」
「もういいぞ目を開けて」
一体何が......。ゆっくりと、響が閉じた瞼を開いて空を見る。
「......どうだ?」
「あ......ぁぁ............」
声にならない......って、こう言うことなのかな......。綺麗だ......。
空気が澄みきり、雲一つない夜空を見て、吐息か感嘆の声か判別が付かない音を口から漏らしながら。響が空に瞬く星達に心を奪われる。
「何て......すごい......言葉にできないや.........」
「ふふ.........
こんな場所があったなんて......こんなに綺麗に見える夜空は初めて、かな......。
外見相応の少女らしく......一等星から六等星まで、夜空に浮かぶほぼすべての星が見えるのでは、と錯覚しそうな景色に、響が心をときめかせる。
そんな興奮冷めやらぬ内に。隣のウツギが、夜空を指差して、淡々と語り始める。
「あれが、ベテルギウス......シリウス......」
「間にある、三個の連なった星を繋げれば.........有名な、オリオン座になる......」
「そこから伸ばしていって、こいぬ座のプロキオンを結べば、今度は冬の大三角形になる............」
星空に夢中で、ほとんどが右から左へと流れていたが、機械的に相槌をうちながら。響がウツギの説明を適当に聞く。
「......こんな所か。教えて貰ったのはこれで最後.........響にしてやれることも、これで最後だ。」
「えっ」
「時間を割いて、話に付き合ってやること。体を張って守ってやること。暁の真似をすること。料理をすること.........そして」
「この場所で星を見せてやること。」
「響を立ち直らせる......そのために私が出来ることだ」
そう、ウツギが言い終わった後。一筋の涙が響の頬を伝う。
「ねえ」
「ん」
「私は、姉さんが好きだった」
「そうか」
「貴女も、今好きになった」
「.........どういう所が好きになったんだ?」
「......優しいところ。かわいいところ。......姉さんに似てて、変に自分を下に見ているところ。.........困っているときに助けてくれた、ヒーローみたいなところ。」
「ヒーローなんて......言い過ぎだ」
「そういうところも」
「あっ」
「ふふっ......」
死にたい、か。あんな事を言っていたのが、なんかあほらしく感じてくる......っ!そうだ、これを.........渡さないと。
特に意味が有るとも思えない会話をしながら、響が懐から何かを取り出して、出したものをウツギの腹に乗せた。
「はい。これ」
「......帽子?」
「姉さんが使っていたんだ。持っててもしょうがないし。あげる。」
「いいのか?」
「うん」
「...............」
響から受け取った、錨の刺繍が入れてあり、ローマ数字の三の形をしたバッヂが取り付けてある帽子を、早速被ってみて。ウツギが横を向く。
「似合ってる?」
「あんまり」
「......外すか」
「嘘だよ。似合ってる」
「そうか............ありがとう」
「どういたしまして......私からも、ありがとう」
「どうも」
二人が、同時に横を向き、顔を見合わせる。
寒い空気で体が冷えていくことなんて、最早どうでもいいことに感じられていて。そのまま二人は、満足するまで、ただひたすらじっと夜空を眺めていた。
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元の居場所に戻り。睡眠をとったウツギの前に
また、「彼女」が現れる。
解読の難しい、詩的な言い回しに混乱しながらも。
ひとときの休息を、ウツギが堪能する。
次回「対決」。 今日のために。明日のために。
次回から新章に突入。