では、どぞ。
「お初にお目にかかります。蹴翠特務元帥。第一横須賀鎮守府で元帥殿の補佐を務めております、私、佐伯 渉と申します」
「佐伯の秘書、日向です。よろしくお願いします」
「蹴翠 雛兎です」
(蹴翠提督、手が反対です)
「えっ、あっ.........やっべ」
「ふふ......良いんですよ。そこまで固い話をするつもりはありません」
.........そういえば、まだ17歳とか言っていたな。礼儀作法も教えておいたほうが良かったか。
仕事の話がある、と、シエラ隊に続いて幻島に上陸した佐伯率いる本部の部隊と、鎮守府の建物の玄関にあたる場所の外で、顔合わせと挨拶をしていた蹴翠提督の敬礼のミスを見て、ウツギが蹴翠提督に耳打ちをしながら思う。
同時に、査察中の部隊に仕事が舞い込むという前例のない事態に、なんとなく疑問を持ったウツギが、佐伯に質問をする。
「お久し振りです。佐伯補佐官。仕事、とはどういったものでしょうか。今は元帥殿の査察任務中ですが」
「詳しくは中でお話しします、ウツギさん。蹴翠司令、失礼ながら、鎮守府のご案内をよろしくお願いします」
「うす。じゃあ、あの、ついてきてください」
「了解です」
慣れない敬語でぎこちなく話す蹴翠提督のあとを、佐伯が三名の艦娘を引き連れて着いていく。しかし、なぜか佐伯を追いかけず、その場に突っ立っていた日向に、これを不思議に思ったウツギが話しかけようとすると、相手が薄ら笑いを浮かべながら先手をとってきた。
「ひゅ......」
「聞きたいことがある」
「......なんです?」
......やっぱり.........なんか苦手だ。この人は。ポーカーフェイスでそんな事を考えながら、ウツギが日向の言葉を待つ。
「蹴翠について、どう思った?」
「......いい人、じゃないでしょうか。それに嘘も苦手そうですし、信用できると思います」
「ほー。ありがとう。じゃ、中に入ろうか」
......どーにも。この人ほど何を考えているかわからない艦娘も珍しいよなァ。
いつも無愛想そうなムスッとした顔の自分を棚にあげて、口をへの字形に曲げながら、ウツギは日向に続いて鎮守府の中へと戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「憲兵隊長として、の......仕事ですか」
「はい。詳細はこちらになります」
来客用に、とウツギが急いで作った、お茶菓子代わりのクレープが盛られた皿が並べられた長机に座り、佐伯が鞄から分厚いファイルを取り出して、それを蹴翠提督に見せながら、説明を始める。周りではこれが氷川鎮守府が頼りにされている仕事ということで気になっていたのか、蹴翠率いる叢雲、金剛、筑摩、飛鷹の四人の艦娘がどこか落ち着かない様子だった。
渡された書類を秒速で読み終えた蹴翠提督が、叢雲たちにもこれを確認するように言ってから、佐伯へと口を開いた。
「なんか凄いとこですね。この、パラオ泊地っての。所属している艦娘は全員が命令無視とか、犯罪に手を染めたことがある、前科者みたいなやつばっかで」
「ええ。仰る通り、司令を務める富川の意向で、ここはそういった問題のある艦娘ばかりを引き取って運用しています」
蹴翠提督と佐伯が話していた時。飛鷹から回ってきた書類に、ウツギが目を通す。そして紙に書いてあることを黙読しながら、引き続き二人の会話にも耳を傾けた。
「艦娘の制服の右肩だけに青い布を使っていることからついたアダ名が「ブルー・ショルダー」......なんかかっこいいかも」
「高い戦果を稼ぐことから本部の評価も高い部隊でもありました」
「......「ました」、ですか」
佐伯の口から出てきた言葉が過去形だったことに鋭く反応して、ウツギが首を突っ込む。すると、佐伯ははち切れそうになっているファイルからもう何枚かの紙切れを取り出し、机に並べる。
「......これを見て頂ければ解ると思います」
「......なになに...?」
大量に数字が羅列された、見ているだけで目が痛くなるような書類に目を通し。蹴翠提督の表情が徐々に怪しくなっていく。
一体何が書かれていたのだろうか。ウツギが思っていると、蹴翠提督が書かれていた事を音読し始めた。
「五月に徴集した艦娘が合計30人。元々いたのが120で、九月の定期人員数調査で合計部隊員が119名?」
「......えっ?」
蹴翠提督の隣に立っていた叢雲が、なにかおかしい物事を聞いたと疑問の声を出す。
「なんで?呼び込んだのがそっくりそのまま全員戦死したってことなの?おかしいじゃない」
「......叢雲、一ヶ所だけじゃない何ヵ所もある」
頭に手を当てながら、蹴翠提督は机にあった筆立てから蛍光ペンを一本取り出し、それでいくつかの箇所にラインを引いた書類を、叢雲に手渡す。彼女もまた、書類を読んだ自分の上司同様に顔を青くして、書類に書かれた事への疑問を口にする。
「な、何よこれ......一年間に、70人以上の子が轟沈ですって!?冗談でしょ!?」
「残念ですが......蹴翠元帥への仕事とは、この、パラオ泊地への強行偵察を依頼したいのです」
「強行偵察って......アンタたちこんなことやってる奴等をいままで黙って見過ごしてたって言うの!?だらしないとかそう言う以前の問題だわっ!!」
「叢雲!!」
「ッ......」
艦娘たちが謎の失踪か戦死か......詳細が不明なものの、大勢がこの世にいないという事実が書かれた紙をぐしゃぐしゃに丸めて投げ捨てて、叢雲が佐伯に怒鳴り散らす。のを、さすがに見かねた蹴翠提督がひとまず落ち着かせようと制止する。
「すいませんでした......」
「いえ、返す言葉もありません......今度はこちらを」
上官である自分に説教をたれた叢雲を咎めるどころか、逆に謝りながら、佐伯はタブレット機器を操作し、ある動画を流し始めた。
それは、富川と城島の舌戦が繰り広げられた、予算審議の様子を録画した動画だった。
『過去の記録が物語る通り、私の自慢の艦娘たちは鎮守府の防衛、敵地の攻撃など。任務を問わずに完璧に機能致します』
『結論からいいますと、そうした不確定要素がゼロとは言い切れない訳です。たとえ味方である軍内部においても、みだりに情報を提供すれば、弱点を敵に与えることになるのではないかと。よって、我がブルーショルダーの機密は厳重に守られるべきである、と信じる次第であります』
......なるほどな。相手もなかなかに頭が良さそうだ。
正論に見えるような言葉を並べて上手く逃げ切るばかりか、自分のやりたいことを通してしまった、動画に映る富川を見て。画面に釘付けになった自分の仲間と蹴翠提督の部下を交互に見ながら、そんなことをウツギは思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「......俺、難しい事とかはよくわかんないんですけど。多分、その、佐伯さんも、中を探ろうとしたことがある......ですよね?」
「...............」
動画を全て見終わり。映像に度々流れた「和平」のキーワードから、深海棲艦でありながら会議に参加していたRDの立場はなんとなく把握したためにそれは言及せず、蹴翠提督は佐伯にそんな質問をする。
「15、です」
「えっ」
「今まで内情を探ろうと、送り込んだ諜報員の艦娘です。彼女らは、誰一人として帰還することはありませんでした」
淡々と佐伯の口から出てきた文字の列に、その場の空気が凄まじく重たいものへと変わる。
そんな重い空気を打開すべく、口を開いた人物がある。蹴翠提督だ。
「俺、やりますよ。頼まれれば」
「元帥が、ですか?しかし男性の貴方では......」
目の前の若い男は、普通の人間とは比べられない規格外だとは知っていても、性別の壁はどうしようも無いのでは。そう考えた佐伯の思考を、召喚された際に得た能力で読みとった蹴翠提督が、ほんの少しだけ口角を上げて笑いながら、呟いた。
「ステラ、出番だ」
そういったとたんに、男の体を青い光が包み込む。
何だ......何が始まるんだ?
以前に、激怒して全身から赤い光を出して暴れまわったツユクサをウツギが思い出す。激しい光から目を背け、発行現象が収まってから、ウツギが男のいた方向へと向き直ると......
どういう理屈なのか。全く彼女には理解できなかったが、男の姿が、黒いコートを羽織り、中は水着に近い格好。長い黒髪を左右で長さの違うツインテールにした、深海棲艦や自分ほどではないにせよ、肌が白い若い女の姿に変わっていた。
「うわ......すっげー」
「どーなってんの.........?」
事前のレポートでは「変装」と書かれていた蹴翠提督のこの特技だが、体格もなにもかもが変わるこれは「変身」としか説明がつかないだろう。そう考えながら、今まで静観を決め込んでいたツユクサや漣が唖然としながら発言する。
「これなら、大丈夫。でしょ......艦娘って、言い張れる。かも」
「......え、えぇ。...これはすごい、これほどとは」
いつもはきびきびと職務をこなす佐伯も、流石にこれには面食らったようで、華奢な体格の女に外見を変えた蹴翠提督(?)をまじまじと見詰める。そんな様子を見て、ウツギは口を開く。
「一つ、良いでしょうか」
「何?」
「聞けば、相手は相当自分達の機密を守ることに注意を払っているとのこと。姿を艦娘に似せても、溶け込むのに異常な戦闘力を見せつけては警戒されてしまうのでは」
「......だから?」
「我々からも一人、偵察......いや、調査に参加する者を決めるべきかと。そうしたほうが動きやすいですし、万が一動きがばれてもフォローに回ることが出来るかもしれません」
「......なるほど。しかし、この危険な任務に誰を」
「佐伯補佐官、そのタブレットに動画を撮る機能はありますか?」
「.........?ありますが......」
何を言ってるんだろうか?そう思いながら、佐伯がタブレットのカメラを起動し、録画モードにしてウツギを撮り始める。その様子を確認したウツギは、得意気な顔で蹴翠提督(?)にこんな事を聞く。
「蹴翠提督、でよろしいのでしょうか?」
「ん、私...ステラ。っていうの」
「ではステラさん。食堂の備品に傷がつくかもしれません。良いですか?」
「.........?別に」
「そうですか。じゃあ、」
「アザミ。頼む」
「よシ」
ウツギの言葉に。何を思ったのか、突然助走をつけてアザミは彼女の顔に拳を叩き込んだ。
回りに居た者全てが、突然の出来事に硬直し、思考が停止する。しかしそんな事はお構いなしに、アザミは殴られて倒れたウツギを無理矢理引っ張って起こすと、今度は彼女の腹を蹴っ飛ばし、そのまま無抵抗だったウツギは二メートルほど後ろによろけて盛大に転倒する。
「あっ、アザミ何やってんスか!?」
「ゲッホッ...ゲホッ......いいんだツユクサ。佐伯補佐官、撮れましたか」
「......あ、はい。ばっちりです」
少し引きぎみの佐伯の返事を聞いて、口から唾液と一緒に垂れてくる血を腕で拭いながら。ウツギは笑顔で話し始める。
「これで理由付けは完璧です。アザミとステラさんは私をリンチして怪我を負わせました。問題児を引き取る鎮守府が見つからないので、二人はパラオ泊地に引き取られる訳です」
ウツギの説明に、これまでの展開を詰まらなさそうに見ていた若葉が、一気にいつもの表情に顔をセットして割り込んでくる。
「フフフ......なんでそいつなんだい。強さなら若葉でも勤まると思うが」
「お前じゃ無理だ。アザミは他人に合わせるのが得意だ。この中じゃ誰よりもな。それに素の実力もあるし、ステラさんの役にも立てるはずだ」
「..................」
ウツギが、自分の目論見を全て暴露する。
その場にいた全員が見守る中で。アザミはステラの前に立つと、彼女に握手を求めた。
「これから......よろしク......」
「うん」
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ブルーショルダーの本拠地、パラオ泊地へと潜入することになった、
アザミとステラという二人組。
そして配属先で早々に課される大規模演習。
しかしてその実態は......。恐るべき真実を、二人は目の当たりにする。
次回「皆殺し訓練」。 身も凍る恐怖が、この世にはある。