翌日。今ウツギは、南部特有の蒸し暑い熱気で目を覚まし、寝汗でぐっしょりと濡れた服に顔をしかめながら、身支度をするために寝袋から這い出たところだった。
流石は南方海域。暑くてかなわないな。そんな事を考えながら、彼女は外に乾かしていた戦袍と防弾ジャケットを黒のランニングの上から羽織る。
それから一時間としないうちに外に集まった三人を見回し、全員しっかり居ることを確認。ゴースト隊は艤装を着けて、目標の基地へと海を航行し始める。
敵に占領された基地まであと五キロとない地点まで差し掛かった時。道中は口にしなかった事だったが、雲一つない快晴の空を見ながら、ウツギは愚痴を呟いた。
「参ったな......」
「何が、ですカ」
「こう天気が良いと見晴らしが良すぎる。曇天のどしゃ降りでも来てくれたほうが今回は都合がいい」
「なってしまったことを悔いてもしようがないわ。......もう少しで着く。気を引き閉めましょう」
「フふふ......りょーかい...」
そんなお喋りの最中にも四人は前進を続けていたため、ウツギの計算が合っていれば基地まで二キロの地点まで到達する。
一旦全員が停止し、打ち合わせ通りに加賀が艦載機で偵察を行う......が、ウツギの予想に反して、加賀は背負っていたリュックサックに括っていた矢筒からではなく、バッグから球状の物体を取り出して飛行させ始めた。よく見れば、前にシエラ隊も相手をしたことがある深海棲艦の艦載機だ。
「艦娘になってから使うことになるとは思わなかったわ」
「猫艦戦か」
「えぇ。飛行機よりもこっちのほうが便利なのよ。どろーん? みたいに空中で停止もできる」
「ドローンじゃ駄目なのか」
「ラジコンは苦手なの......行きましょう」
本来は機銃や爆弾投下装置が付けられている部分に、可動式のカメラが取り付けられた猫艦戦が飛んでいった方向へ、片目を瞑りながらそれを追う加賀に追従する形で三人が航行する。
加賀が偵察機を飛ばして数分。目視で基地が確認出来るほどに四人が目的地に近付いたとき。加賀が渋い顔をしながら口を開いた。
「......様子がおかしい」
「何か見つけたのか」
「携帯を覗けば解るわ」
加賀の言葉に、ウツギ他三人は身を低くしながら、スマートフォンに入れていた、艦載機のカメラ映像を携帯とリンクさせるアプリを起動させる。
猫艦戦からリアルタイム中継で送られてきた動画......それは酷くノイズや砂嵐が混じっていて、とても偵察に使えそうな物ではなかった。
「酷いノイズだ.........
「恐らくは。......艦載機用のジャマー装置、完成していたのね......しかも使ってるなんて」
「......駄目元でこっちも使ってみるか」
ウツギはそう言うと、背負っていた艤装の、本来は爆雷を格納する部分から小型のドローンを取り出して操作する。
......こっちも駄目か。
飛ばしてみた結果、これから送られてくる映像も酷く不鮮明な事を確認し、ウツギは飛ばしたドローンを手元に戻す。
「ここからもう妨害電波の範囲か。どうしたものか......」
「待って。動画に映ってる、この、回っている何か、見える?」
「......車屋の看板みたいなやつか」
「ええ。前に見たことがある機械だわ。これ、もしかして電波の発生源じゃないかしら。止めてもらえれば、偵察ができるわ」
「止めてくるか。加賀は?」
「ここから少し下がった場所にいるわ。何かあったら艦載機で援護します」
「わかった。春雨、若葉、どうする?」
「近づいてから、一人ずつそれぞれ三方向から侵入しましょウ。考えたくはありませんが、仲良く捕まったらそれでお仕舞いですかラ」
「......だな。加賀、援護はいい。何かあったらお前だけでも逃げろ」
「............気を付けてね」
「......どうも」
......問いに答えない。これは、自分達に何かあったら突っ込んでくるつもりかな。......ヘマはしないようにしないと。
打ち合わせを終え、その場にしゃがみこむ加賀を一瞬見返してから。三人は、基地へと向かっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
基地の港から200メートルとない場所の海中で、予定通りに三ヶ所に陣取ったウツギ達は、突入前の最後の連絡を行っていた。
味方が居るとはいえ。心細かったウツギは、今日二度目の愚痴を吐いていた。
「たった三人で突撃か。胃が痛いな......」
『ふふ、怖じ気づいたか?』
「あぁ......逃げ出したいくらいには」
『大丈夫ですよ。いざと言うときには私が囮になりまス』
「まさか。いくら春雨でもそんなことはさせれないよ」
『そうですカ......じゃあ緊急時に一手は取っておきまス』
「緊急時の一手......とは?」
『......顔で脅かす、とカ』
「例えば」
『こうやっテ...... エ ガ オ デ ♪』
ウツギが見ていた携帯の画面に、春雨から写真が送られてくる。そこに写っていた、目を見開き、口から八重歯が覗く笑顔の春雨に、ウツギは思わずひきつった顔になって身を引く。また彼女は知らない事になるが、このとき若葉は一瞬背筋に冷たいものを感じて身震いをしていた。
「っ.........」
『ひっ......』
『お喋りはこの辺りで切り上げましょう。ではお先ニ』
「.........了解」
過去のトラウマが呼び起こされたのか、端末越しに変な声をあげた若葉の事は気にしないことにして。ウツギはゆっくりと水中を泳いで前進する。
基地に到達し、砂浜や、バリアフリーの階段のように緩やかな傾斜になっている、水の張った港の浅瀬(?)に
「.....................」
「-- - - - - - - - ?」
「*****##*#*+++##*♪」
積まれた資材の手前に重巡......いや軽巡が二人か。呑気にお喋りとは。策士なのは組織の頭だけか?
銃のスコープで敵を確認した後、体を横にして寝そべった状態から、ウツギは持ちこんだ「特殊な砲弾」を三点バーストの連装砲に込めて、ゆっくりと引き金を引く。
指切りで二回に分けて一発ずつ放たれた弾はウツギの目論み通りに二人の深海棲艦に着弾。数秒後にその場に倒れた彼女たちの元へ、ウツギは近づいて脈を測るために駆け寄る。
「「...............zzz」」
「......しっかり寝てるな。すごい効き目だ......」
「0 - - - - -0R4zro94y.!!」
「- - - - - -!!」
「......逃げるか............おやすみ♪」
和平が成立しそうな今の時期。おおっぴらな敵の殺害はまずいと作られた、深海棲艦用の注射針のような形状の麻酔弾が首と胸にそれぞれ突き刺さり、目を開けたまま寝息をたてている二人のまぶたを閉じてから、ウツギは砲声を聞き付けた増援が来る前にとその場から離れる。
「..................」
駆け足で移動しながら、ウツギは思わず笑顔になっていた。というのも、悪巧みがうまくいっての嬉しさが顔に出ていたのだ。
基地の入り口でわざと砲声を出して敵の侵入を相手に察知させ、警備を手薄にする考えがうまくいったとは。あとはECMを停止させてゆっくりと基地を攻略だ。
そんなことを考えて、できるだけ身を低くしながら走ること数分。加賀の艦載機からの映像で確認していた、回転する外食店の看板のような機械を前に、ウツギは加賀に電話を入れる。
「ドローンジャマー確認。二人は?」
『連絡は無いわ。あなたが一番乗りよ』
「そうか。レバー下げるぞ」
『どうぞ』
黒一色の、いかにも軍用といった機械の電源を落とし、ウツギはそそくさと近くの古ぼけた小屋のような建物に身を隠す。
これで安全に偵察しながら行動できるな。そう思いながらウツギは携帯の画面を覗く。が......
「ッ............これは......!?」
『.........どうにも、簡単には行きそうに無いわね』
対空ミサイル設備が10基、ドローンジャマーが他にも4基。大型滑走路施設に戦闘機とミサイルヘリコプターが5機ずつ。そして各所監視カメラと、電柱に設置された警報器が3つ。
全てがしっかりと機能すれば、艦娘だろうが航空機だろうがそう簡単には攻略できない程に攻撃用の設備が満載のこの基地に、ウツギが青い顔になった。
「どうしたものかな......」
「本当になぁ?」
自分のすぐ横から聞こえてきた女の声に、咄嗟にウツギは前転で小屋から脱出し、砲を構える。数秒後に爆音とともに粉々に吹き飛んだ建物の破片に顔をしかめながら、ウツギは視線の先に居る誰かを睨み付ける。
そして煙が晴れて出てきた相手を見て、ウツギは冷や汗をかいた。
「一人か? 一人だけか?? 久し振りの人殺しなのに味気ないな!!」
興奮気味に話す女、「重巡棲姫」は、そういいながら、ゆっくりとウツギに近づいた。
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死傷者ゼロ。そんな目標の遂行を妨げる強敵に
不運にも遭遇したウツギ。
生来の人殺し、
様々な名を持つこの女。さて、どれほどか。
次回「太陽」。 シエラ、アウト。
キチ顔は描いていて楽しいです。