「ここどこォオオオオォォオオ!?」
親竜国家ルグニカ。その王都で頭を抱えて叫ぶ少女が1人。
露出度の高い白いインナーには「人工呼吸」という、ちょっとアレな四字熟語が書かれている。
そんな服を着ている少女の隣には、二足歩行をするネコ。
少女の膝程までの身長を持った真っ白なネコは、愛くるしくも冷静な表情で少女に話しかけた。
「ニャー。お嬢、落ち着くニャ」
「これが!落ち着いて!いられるかァアアアアァアアア!!」
ネコの言葉も虚しく、お嬢と呼ばれた少女はさらに混乱したように地団駄を踏んだ。
「だって雪、私さっきまで自宅にいたんだよ!?」
「そうだニャー。不思議だニャー」
「なんでそんなに冷静なの!?」
「慌てても仕方ニャいのニャ」
「そ、それはそうだけど…」
ごにょごにょと尻すぼみをするお嬢を前に、雪は内心で「ボクも全然冷静ニャんかじゃないのニャー」と溜息を吐く。
表面上冷静でいるのは、自分よりも盛大に慌てまくっているお嬢がいるからである。
自分までテンパったらどうにもならないと自制をかけた雪は、全くもって知識には無い周囲に目を配らせる。
「ニャ?」
そこで、驚いた表情をした少年がこちらを見ていることに気付いた。
雪が首を傾げたことに気付いたお嬢もまた、少年の姿を見つける。
「えーと、こんにちは…?」
無言を気まずく思ったお嬢は、ひらりと少年に向けて手を振る。
少年はそれを見て、くわっと両目を見開いた。
「まさかアンタが俺を召喚した美少女ってヤツか!?」
「はい?」
「だが健全たる俺にその格好は刺激が強すぎる!これはまさに天からのご褒美というものか!」
両手で顔を覆い、上半身を仰け反らせる少年を前に、お嬢は混乱する。
雪に至っては目の前の少年を変人というカテゴリに放り込んだ。
「お嬢、関わっちゃいけない人種ニャ。早く離れるニャ」
「ネコが喋った!やはり異世界ファンタジーというのはこうでなくては!……って待て待て!頼むから置いていかないでくれ!」
自分から距離を置くお嬢とユキを必死に呼び止める。
呼び止めて、彼女らが自分を召喚した人物ではないと確信した。
「一体ボクたちに何の用ニャ。生憎、こっちも忙しいんだニャ」
「旅は道連れ世は情けっていうだろ。せめてここがどこなのか教えて下さい!」
勢いよく頭を下げた少年を前に、お嬢と雪はお互いに顔を見合わせた。
どうやらこの少年も自分たちと同じ状況にあるらしい。
わずかな親近感を抱いたお嬢は少年に話しかける。
「ごめんなさい。私も気付いたら此処にいたの」
「まさか、アンタも俺と同じく異世界召喚されたのか?」
「異世界…?まあ確かに、私は此処とは違うところから来たみたいだけど…」
「なら話は早い!一緒に俺たちを召喚した奴を探そうぜ!」
少年の言葉に、雪はピクリと耳を動かした。
「ちょっと待つのニャ。何でボクたちが召喚されたって知ってるんだニャ」
「ばっか。こういうのは超可愛い美少女に召喚されたってのが王道テンプレなんだよ」
「王道テンプレ…?」
「んな訳で、早く行こうぜ!折角の異世界なんだ、楽しまねぇとな!」
「…、……そうだね、行こうか」
お嬢は少年の「楽しむ」という言葉に物言いたげな表情をするも、出掛かった言葉を飲み込んで違う言葉を話す。
雪はそんなお嬢の様子を不安気な表情で見つめた。
◇ ◇ ◇
さて、そんな彼ら、あるいは彼女らと1匹は現在、薄暗い路地裏の階段に座っていた。
「マジで勘弁してくれよ。俺にどうしろっつーんだよ」
「意気込んでた割に情けないのニャー」
「うっせー!元の世界の金は使えない、武器もない、何より俺を召喚した美少女がいない!それでどうしろってんだよ!」
まさに無い無い尽くしのこの状況で、少年は唯一の持ち物であるコンビニ袋を抱えて項垂れた。
そんな少年の隣で、お嬢と雪はこんがりと焼けたお肉を貪っていた。
「って何食ってんだ!?」
「こんがり肉だけど」
「何でそんな美味そうなの持ってんだよ。てかいつゲットした!?」
「これは自前。キミも何か持ってるでしょ?それと同じ」
少年の問に、お嬢は腰に付いているポーチをポンポンと叩く。
「そんな小さいポーチのどこに入るんだよ!?」
しかし如何せん、信じては貰えないようだ。
仕方がないと言わんばかりにポーチからこんがり肉を出そうとしたお嬢は、誰かの気配を感じて立ち上がった。
敵か味方かは知らないが、どうにも好意的ではない雰囲気は確かだ。
「おいお前ら、金目の物全部置いていって貰おうか」
「やべぇ、強制イベント発生か!」
現れたのは男が3人。小柄な男、細身の男、そこそこガタイの良い男。
見た目は全員20代かそこらで、薄汚い身なりをしている。
それを確認したユキはペタリと地面に座り、こんがり肉の食事を再開させた。
「おいおい雪、座んな!立て!逃げないと不味い!」
「馬鹿か。逃げられるとでも思ってるのか?」
「絶体絶命か…。だが俺無双パターンからすれば、ひょっとしたら俺はこの世界じゃメチャクチャ強いかもわかんねぇ。なんか重力が元の世界の十分の一とか……そう考えたら体が軽い気がしてきた!いけるかもわかんねぇ!」
少年の言葉を聞きながら、お嬢は軽く足を動かしてみる。
普段と全く変わりない感覚に「重力は普通なんじゃないかな?」と内心で呟いた。
やる気に満ちた少年の邪魔はすまい。
「なーんか、ぶつぶつ言ってるよ、アイツ」
「状況がわかってないんだろ。教えてやればいいんじゃないか」
「おっと、調子づいてられんのも今のうちだぜ。言っとくが、俺みたいなタイプはこうやって路地裏でチンピラに絡まれたパターンの妄想も日常茶飯事だ。バッタバッタなぎ倒して、明日の俺の糧にしてやんよ、経験値どもめ」
イメトレと経験は大事だと頷いたお嬢は、そのまま少年の行動を見守るために背を壁に預けた。
そして少年は先制攻撃に入った。ガタイの良い男の懐に入り、その鼻面に右ストレートを叩きこむ。
叩きこんだ時に前歯に当たったのか、少年の拳骨が出血する。
「腰の入りが甘いのニャー。あれじゃ大したダメージは無いのニャ」
「動きからして初めての戦闘っぽいし、そこは多めに見てあげないと」
「数が多い相手に立ち向かった根性だけは認めてやるのニャ」
お嬢たちがそんな会話を繰り広げている中、少年は次のターゲットに蹴りを決めた。
「食らえ! 風呂上りストレッチが可能としたハイキック!」
「ぐはっ!」
2人目の男が蹴られた先の壁に頭部をぶつけ、そのまま気絶するように倒れる。
そして少年は最後の1人に体を向け……その男の手の中にあるナイフを見て土下座した。
「すみません俺が全面的に悪かったです許してください命だけは――!」
その無様なまでの降伏した姿を見て、雪は頭に怒りマークを浮かべた。
「お嬢、さっきの言葉は撤回するニャ。アイツは根性も無いただのヘタレ野郎だニャ」
「ゆ、雪、何もそこまで言わなくても…」
「ナイフ程度で怖気づく男なんてヘタレで十分ニャ」
ぷいっと顔を背ける雪を前に、お嬢は苦笑いを浮かべる。
雪の言い分が理解できるだけに少年のフォローはし辛かった。
しかしこのまま放っておくことも出来ない状況のため、お嬢はゆっくりと土下座をしている少年に近付く。
「はい、立った立った」
「うおおっ!?」
お嬢は少年のジャージの襟を引っ張り、その場に立たせた。
少年は少女に、それも片手一本で立たされたことに複雑な感情を抱く。
その時、自分が倒したはずの2人が復活していることに気付いた。
1人は鼻血を流しながら、もう1人は頭をふらふらとさせながらではあるが、どちらもそれ以外は特に問題もなく元気そうだ。
「あれ!?俺無双の攻撃でダメージ小ってどゆこと!?召喚もののお約束は!?」
「あんニャ攻撃で気絶するのは子供ぐらいニャー」
驚く少年の背後から、雪の冷たい言葉が突き刺さる。
「よくもやってくれやがったな!」
襲い掛かってくる拳を前に、少年は情けない悲鳴を上げて目を閉じる。
しかし、いくら待っても痛みはやってこない。
恐る恐る目を開けると、お嬢が相手の拳を受け止めている姿が見えた。
「な、何やってんだよ!俺たちじゃ敵わない、早く逃げねぇと!」
「この程度の相手に逃げたらハンターの名が泣いちゃうよ」
「この程度、って……馬鹿!相手は刃物を持ってんだぞ!無理だ!」
いくらなんでも無謀である。
少年はそう思ったが故の発言だったが、それは全くもって的外れな言葉だったと、次の瞬間に思い知らされた。
「ぐ、は…ッ!」
お嬢は拳を受け止めた相手をそのまま軽々と持ち上げ、地面へと叩きつけた。
叩きつけた衝撃は地面を這い、その場にいる全員の足元まで届く。
それを起こした張本人は清々しいまでの笑みを浮かべ、口を開こうとして……
「ちょっとどけどけどけ!そこの奴ら、ホントに邪魔!」
突然現れた小柄な少女に遮られた。
セミロングの金髪を揺らす少女は物凄い勢いでこちらに走ってきている。
「なんかすごい現場だけどゴメンな!アタシ忙しいんだ!強く生きてくれ!」
「って、ええ!?マジで!?」
少女はその場にいる全員を追い越し、身軽に壁と壁を蹴り上げて建物の上へと姿を消した。
自分たちを助けてくれる救世主だと思っていた少年は、その少女の行動に愕然とする。
まるで嵐のような出来事に、全員の間に沈黙が走る。
「今ので毒気が抜かれて気が変わってたりしませんかね!?」
破ったのは少年である。
「むしろ水差されて気分を害したぜ。楽に逝けると思うなよ?」
どうやら仲間がやられたにも関わらず、まだ戦う意思があるらしい。
しかし水を差された気分を味わったの男たちだけではなく、お嬢もまた同じ気持ちであった。
「――そこまでよ、悪党」
だが悲しいかな、その気持ちが汲み取られることはなかった。
路地裏に力強い声が響く。