路地裏の入り口に立つ銀髪の少女。
理知的な瞳と柔らかな面持ちは高貴な雰囲気と、どこか幼さを残す儚げな危うさを持っていた。
お嬢と同じような身長をした美しい少女は白い基準としたコートを身に纏い、男たちの前に立っている。
「それ以上の狼藉は見過ごせないわ。――そこまでよ」
打てば響くような、しかしながら全てを包み込むような優しさを持つ鋭い声が薄暗い路地を裂くように放たれる。
圧倒的な存在感を醸し出す少女を前に、男は打ちのめされたように慌てる。
「待て待て待て! 待ってくれ! な、なんだかわからねえが、こいつは見逃す! だから俺たちのことは勘弁して……」
「潔くて助かるわ。今ならまだ取り返しがつくから、私から盗った物を返して」
「だから悪かったって……へ? 盗った物?」
「お願い。あれは大切なものなの。あれ以外のものなら諦めもつくけど、あれだけは絶対にダメ。――今なら、命まで取ろうとは思わないわ」
何かが食い違っている。
少女と男の会話を聞いていた全員が思ったことだろう。
それを確認するように、男が口を開いた。
「ええっと、コイツ等を助けにきたわけじゃないんで?」
そう言われて指を差されたお嬢はムッと眉を顰める。
もしこういう状況でなければ、指を差すなと男を放り投げていただろう。
「……変な格好した人達ね。仲間割れの途中?三対二なんて感心しないけど……私に関係があるのか聞かれたら、無関係と答えるしかないわ」
少女の位置からでは雪の姿が見えないのか、頭数に数えられなかった雪は若干落ち込む。
いくら戦闘向きではないとはいえ、これでもそこそこ戦えるのだと雪は心の中で反論した。
「こいつが目的じゃないなら、俺らは別口だ!盗まれたとかって話なら多分、さっきの女だろ!」
「あ、ああ、そうだ。さっきの!壁蹴って屋根伝いに逃げてった!!」
「奥だ奥!その向こう!あの勢いなら通りをもう三つは抜けてる!」
銀色の少女の言葉の端々に怒気を感じた男たちが口々に話し、先ほど嵐のように現れ、そして去っていた金髪の少女の行き先を示す。
男たちの言動が信用出来ないのか、確認するようにその目は少年とお嬢を交互に見る。
間違ってはいないため、少年とお嬢はコクリと頷いた。
「嘘じゃ、ないみたい。うう…それじゃ、盗った人は路地の向こう……?急がないと」
少女がそう言ってクルリと背を向けた瞬間、男たちは盛大に安堵の息を漏らす。
しかしながら、男たちに平和など訪れはしなかった。
「それはそれとして、見逃せる状況じゃないのよ」
鈴を転がしたような声が再び聞こえる。
路地裏に振り向いた少女は掌を向け………そこから、氷塊を生み出した。
「ッ!?」
反射、と言っていいだろう。
お嬢はその氷塊を見た瞬間、後ろに緊急回避をした。
脳裏に浮かんだのは白兎獣と呼ばれるウルクススと、氷牙竜と呼ばれるベリオロスの姿。
そのどちらも氷属性の攻撃を主とするモンスターだ。
「―――魔法」
警戒するように少女を見るお嬢の耳に、少年の言葉が届く。
たった3文字の音。だがそれはお嬢、そして雪にとって衝撃的なモノだった。
何故なら、彼女たちが住んでいる世界に“魔法”など存在しない。
だが少年は目の前の現象をあっさりと理解した。それも、当然のように。
「ニャー。あの子、一体何者なのニャ?」
「……分からない」
未知は果てしない好奇心と恐怖を生む。
少女が生み出した氷塊が男たちを倒し、自分たちを助けてくれた事実は認めよう。
しかし、自分たちの理をあっさりと飛び越えた少女の力に、お嬢も雪も警戒せざるを得ない。
その力に対する知識や対抗方法が無いから。
「やって……くれやがったな…」
そんな警戒態勢中のお嬢と雪の視界で、流血しながらも立ち上がる男が2人。
もう1人の男は打ちどころが悪かったのか昏倒している。
「こうなりゃ相手が魔法使いだろうがなんだろうが、知ったことかよ。二人で囲んでぶっ殺してやる……二対一で、勝てっと思ってんのか、ああ!」
ナイフを持った男は少女にその切っ先を向ける。
もう1人の男もまた、懐から錆びた鉈を取り出した。
臨戦態勢をとった男たちの行動を見て、お嬢はゆっくりと立ち上がる。
「誰が二対一なの?無視しないでくれる?」
そして、両手でグーを作るとそれぞれの男たちの頭に拳を振り下ろした。
「あ痛ァ!?」
「ごへぇッ!?」
飼い犬は主人に似る。この場合だと飼い猫というのが正しいのだが、言葉の意味は間違ってはいまい。
頭数に入れられなかったお嬢は雪同様に憤慨し、男たちを地に沈める。
だが手加減されたお陰か男たちの意識はまだ辛うじて残っていた。
「お、覚えてろよ、このクソガキ共!」
そんな捨て台詞を吐くと、昏倒した男を抱えて路地裏から走り去っていった。
残されたお嬢、雪、少年、そして銀色の髪の少女は互いの顔を見合わせる。
「いやいや、強いんだね。ボクの出番が無くなっちゃったよ」
静寂の中、中性的な高い声が空気を震わせる。
その声の主を探そうと視線を彷徨わせる彼らの目が、銀の少女に向けられる。
少女が掌を上に向けると、その中に灰色の毛並みをした猫がいた。
妙に尻尾が長い掌サイズの猫は、片手を上げて「やあ」と挨拶した。
「こんにちは」
「ニャー」
「お、おう…?」
返しは様々だが、反応があったことに灰色の猫はウンウンと頷いた。
そんな猫の主人である少女は、じっと少年のことを見つめた。
美しい紫紺の瞳に見つめられた少年は、顔を赤くしながらその視線から逃れるように目を逸らす。
「やましいことがあるから目をそらす。私の目に狂いはないみたいね」
「どうかな。今のは男の子的な反応であって、邪悪な感じはゼロだったけど」
ドヤ顔をする少女の言葉に対し、いまだ少女の掌にいる猫が指摘を入れる。
「パックは黙ってて。――あなた、私から徽章を盗んだ相手に心当たりがあるでしょ?」
「期待されてるとこ悪いけど、全然知らない」
「嘘っ!?そ、そっちの人は!?」
「ごめんなさい」
「ごめんニャー」
先ほどまでの威厳漂うオーラは何だったのか、慌てふためく姿は年相応の少女にしか見えない。
その少女に対して警戒心を抱いていたお嬢は、今のやり取りに少しだけ心の紐を緩めた。
特に雪は少女の慌てぶりや猫を使役しているという観点からお嬢と似ていると考え、警戒心がほぼゼロまで下がっている。
「ど、どうしよう。まさか本当にただの時間の無駄……?」
「その状態も刻々と進行中だけどね。急いだ方がいいと思うよ。逃げ足がすんごい速かったから、きっと風の加護があるよ、犯人」
「なんでそんなに他人事なの、パックは」
「手出し口出し無用って言ったのそっちなのに。それと、あの子たちはどうする?」
あ、という言葉が漏れ、少女の視線が再び少年に戻る。
どうやら少しばかり少女の頭から忘れ去られていたようだ。
少年はそんな少女の反応に苦笑いを浮かべ、片手を軽く横に振った。
「助けてもらっただけで十分だ。急いでるんだろ?早く行った方がいい」
「何なら手伝うよ。助けて貰ったお礼、それくらいしか出来ないし」
少女に対して警戒心はある。
だが、それは助けて貰った恩を無視する理由にはならない。
少女は彼女たちの言葉に思慮顔になると、口を開いた。
「……あなた達、私の盗まれた徽章に心当たりがあるわね?」
その質問に、お嬢と雪と少年は首を傾げた。
はて、その質問ならすでに聞かれなかった。
「無視しないで頂戴。質問の答えは?」
無言を貫く彼女たちに痺れを切らしたに、少女は言葉を催促する。
「えーっと、それでしたらあの……心当たりとか、ないかなぁなんて」
「私も同じく」
彼女たちの「NO」という答えに、少女は落胆した様子もなく平然と言葉を続けた。
「そう。それじゃ仕方ないわ。でも、あなた達は何も知らないという情報をくれたんだから、お礼の対価は貰ったわね」
少女はそう言うとクルリと彼女たちに背を向け、歩き出した。
何故同じ質問をしたのか。少女に疑問を抱いたその答えは、まさに少女自身が答えてくれた。
お嬢、雪、そして少年に負い目を感じさせないためだ。
自分が損をすると分かっているにも関わらず、だ。
「ゴメンね。素直じゃないんだよ、うちの子。変に思わないであげて」
笑いを含んだフォローをした灰色の猫は、空を浮遊して少女の後を追う。
そして、その姿は銀色の髪の中に潜れて見えなくなった。
お嬢は隣で体を震わせている少年を横目で見る。
「そんな生き方、メチャクチャ損するじゃねぇか…!」
自分自身の答えに辿り着いたらしい少年は階段に置いたままのコンビニ袋を引っ掴み、路地裏から出る。
少年の行動に、お嬢は薄っすらと笑みを浮かべた。
「あんな目に遭ったのに自分から面倒事に首を突っ込むなんて、やっぱり根性あるんじゃない?」
「ただの感情任せの行動だニャ。……でも、ボクは嫌いじゃないのニャ」
笑みを浮かべたお嬢と雪は、少年を追う様に路地裏から抜け出した。