月日は流れて、大人になった私は奈落三羽に次ぐ実力の持ち主として暗躍していた。
今日も暗殺の任務を終えた私は、体に付いた血を落として布団に腰かける。
(……疲れたな)
目を閉じると睡魔が襲ってきて、私はそれに抗えずに眠りについた。
一人の男性――これは朧さんだ――が、桜を見上げてふっと笑う。それを見た私も笑って、朧さんと一緒に桜を見られた喜びを噛み締める。
そんな優しい夢を見て、目を覚ました私は感傷に浸る。
(もう、あの時間は帰ってこない……私は子供じゃないのだから)
自分に言い聞かせて、外の空気を吸いたくなって自室から出て、隠れ家から出ると、そこには烏に餌をあげる朧さんの姿があった。
私は離れたところからその様子を眺める。
あの襲撃以来、私と朧さんは疎遠になって、会話することもなくなった。
烏に餌をあげる朧さんの姿は何度も見たが、声を掛けることが躊躇われて、こうして見ていることしか出来なかった。
朧さんはあの時と同じように烏の頭を撫でる。烏が嬉しそうに鳴くのを見ていると、その烏と目が合った。
「カー!」
その烏が鳴いて、朧さんが此方を見る。朧さんと視線が交わって、私は反射的に視線を逸らして逃げるようにその場を離れた。
(……何をやっているんだろう、私)
隠れ家の中を歩きながら息を吐く。
朧さんを避ける原因は分かっていた。
脳裏に浮かぶのは、倒れている奈落の人達の姿。
あの襲撃で、私は仲間と別れる悲しみを知った。
深く関われば、別れた時に辛くなる。だから私は朧さんを始めとした仲間と深く関わらないようになったのだ。
(……トラウマになってるのかな)
苦い気持ちになって、私は自室に戻った。
「首領、久しぶりに飲みに行こうぜ」
朧さんにそう声を掛ける柩さんの姿を見かけて、私は足を止める。
「構わないが」
「ついでに、夜の街にも行くか?」
「……ああいう場所は好かんと言っただろう」
「相変わらずお堅いな。少しぐらいいいじゃねぇか」
(……夜の街、か。朧さんもそういうところに行くのかな)
……行くだろうな、朧さんも男だし。
思って胸に靄が広がって、私は首を振る。
(いや、朧さんが夜の街に行こうが私には関係ないでしょ!)
そう、関係ないのだ。
自分に言い聞かせて、朧さんを見据える。
朧さんが私をどう思っているのかも、私が朧さんをどう思っているのかも、分からないままだった。
(……分からないままの方がいいのかも)
思って目を伏せると、「お、霞」と名前を呼ばれた。
「お前も飲みに行かねぇか?」
思わぬ言葉に顔を上げると、此方を見る朧さんと、此方に笑いかける柩さんが視界に映った。
「……え、私はいいですよ!お二人で楽しんできて下さい!」
「水臭ぇな。たまには付き合えよ」
私がうう……と迷っていると、柩さんが「じゃ、行くぜ」と歩き出す。
誘いを断ることも出来ず、私は柩さんの後ろをついていく。
「…………」
「…………」
(き、気まずいんですけど……)
横目で朧さんを見て、沈黙に耐えていると、柩さんが話し始めた。
「霞ももう酒を飲める歳になったんだな。あんなに小さかった餓鬼が、随分と立派になったもんだ」
感慨深げに言う柩さんに、私はいや……と首を横に振る。
「私は全然立派になんてなってないですよ」
隣にいる朧さんを見る。
「……私は、逃げているんです」
……そう、私はこの人から――大切だったはずの人から逃げている、臆病者だ。
「……そうか。それでお前はいつまで逃げ続けるんだ?」
柩さんの低い声に、目を伏せる。
「分かりません」
再び沈黙が落ちて、歩き続けていると、居酒屋に辿り着いた。
居酒屋の中に入る柩さんに続いて、私も中に入り、柩さんに促されるまま席につくと、朧さんが私の向かいに腰掛けた。
「今日は俺の奢りだ。二人共遠慮なく飲んでくれ」
柩さんはそう言って酒を注文する。
暫くしてテーブルに酒のビンと肴が置かれて、柩さんはそのビンを開けると器に酒を注いだ。
「有り難う」
朧さんが器を手に取って酒に口をつける。私も器を掴んで酒を口に流し込んだ。
「……苦いですね」
少し顔をしかめると、柩さんは笑みを浮かべた。
「それを旨く感じるってのが大人ってもんだ」
「……そうですか」
私はまだ大人じゃないのかな、と思いながら肴であるおでんを箸で取って口に入れる。
「美味しい!」
感嘆の声を上げて、おでんを味わった私は向かいにいる朧さんに笑いかけた。
「朧さんもそう思いますよね?」
朧さんは目を見開いて私を見つめる。
(……あ、つい朧さんに話し掛けてしまった……)
冷や汗を流すと、朧さんは暫く私を見つめ続けて、口許を緩めた。
「嗚呼。美味いな」
私は朧さんを見つめ返す。
(久しぶりに朧さんと話したな)
胸が脈打つのを意識して、朧さんから視線を逸らす。
(……と、とりあえず今は肴を味わおう)
残ったおでんを食べて、マグロの刺身を掴んで口に入れる。
(……美味しい)
顔を綻ばせて、湯豆腐、ゆでダコ、イワシ塩焼きを平らげていく。
「食ってばかりいねぇで飲んだらどうだ?」
柩さんにそう言われ、私は頷いて酒に口をつける。
肴を食べながら何杯か飲んだ私は、朧さんが私を見つめていることに気が付いた。
「何ですか?」
朧さんは何時もより優しい顔をして、ふっと微笑む。
「お前は、変わらないな」
朧さんの笑顔を見た私は何だか泣きたくなって、俯いた。目を閉じると、桜を見上げながら笑う朧さんの姿が脳裏に浮かぶ。
(……そうだ、変わってないんだ)
私と朧さんの関係も、朧さんの私への気持ちも、私の朧さんへの気持ちも。
(何も変わっていないのに……私だけが逃げていたんだ)
――お前はいつまで逃げ続けるんだ?
柩さんの言葉が耳に響いて、私は意を決すると朧さんを見据えた。
「お……朧さん!私……」
人と深く関わるのは、怖い。
でも、それでも私は――。
「私は……貴方の側にいたい。昔と同じように、貴方と話したい……!」
朧さんは私を見つめると、笑みを深めた。
「嗚呼。俺も同じ気持ちだ」
喜びが胸に沸き上がって、私は心から笑う。
「また、お花見しましょう。雪だるまも作りましょう。お出かけもしましょう!」
「嗚呼」
胸に暖かなものが広がって朧さんに笑いかけると、朧さんも私に笑い返した。
「……お二人さん。いちゃつくのは外でやってくれねぇか」
柩さんの声が聞こえてそちらを見ると、柩さんは呆れたように私と朧さんを見ていた。
「……え、別にいちゃついてませんよ?」
「……自覚なしかよ」
柩さんはまあ、いいか。と呟いて立ち上がる。
「邪魔者は退散するな。せいぜい幸せになりやがれ」
手を上げて去っていく柩さんを見送った私は、心のなかでありがとうと伝えて、朧さんを見てそういえば、と思い出す。
「朧さん、柩さんと夜の街に行かなくていいんですか?」
「……構わぬ。俺はああいう場所は好かん」
私は何だか安堵して、「良かった」と呟くと、朧さんはじっと私を見つめた。
「……何ですか?」
「…………いや」
朧さんは私から視線を外して酒に口をつける。
不思議に思ったが、追及しないことにして、私も酒に口をつけた。
酒を飲みながら、私と朧さんは色々な話をした。
その時間はとても楽しくて、私は何時までもこの幸せが続くことを願うのだった。