tears   作:如月 苺

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別離

 朧さんと同じ時を過ごしながら、私はこの幸せがいつまでも続くことを願った。

 しかし、そんな私の願いは残酷にも打ち破られた。

 

 

 

 朧さんが、重傷を負った。

 その知らせを聞いた私は直ぐに朧さんが運ばれた病院に向かって、朧さんがいる病室に駆け込んだ。

 病室の外を見ていた朧さんは病室に入ってきた私を見て目を見開く。

 

「朧さん、大丈夫ですか!?」

 

 息を切らしながら問い掛けると、朧さんは淡々と答えた。

 

「少し腹に穴が空いただけだ。心配には及ばぬ」

 

「腹に穴が空いた!?」

 

 驚愕の余り声を上げて、私は眉を寄せる。

 

「だ、大丈夫なんですかそれ……?」

 

「大丈夫だ」

 

 朧さんは落ち着いた様子で答えて、困ったように私に手を伸ばす。

 

「だから、泣かないでくれぬか」

 

「……だ、だって……!」

 

 朧さんは私の涙を拭って、目を細める。

 

「まさか、俺のために泣いてくれる者がいるとは思わなかった」

 

「な、泣きますよ!私だけじゃなくて柩さんだって、他の奈落の人達だって……!」

 

 涙は次々と溢れ出して、朧さんの手を濡らしていく。

 

「皆……朧さんが大事ですから。朧さんが怪我をしたら、悲しむに決まっているじゃないですか……!」

 

 涙混じりに訴えると、朧さんは目を伏せた。

 

「……そうか。俺は、幸せ者だな」

 

 涙を拭っていた手が、頬に添えられる。

 

「有り難う、俺のために泣いてくれて」

 

 私はいいえ、と返して、朧さんの手に手を添える。

 やがて涙が収まって、私は今回の騒動のことを思って眉を寄せる。

 

「見廻組と真選組が手を組んで、幕府に……定々様に反抗するなんて……」

 

 見廻組にいる彼女のことを思って目を伏せると、朧さんは「……そのことだが」と静かに切り出す。

 

「今回の騒動で生まれた戦火は拡大して……やがてこの国は戦場になるだろう」

 

「……!そんな……」

 

 脳裏に倒れている奈落の人達の姿が浮かんで、私は顔を歪める。

 

「また……戦場で沢山の人が死ぬんですか?」

 

 朧さんはそれには答えず、懐から一枚の紙を取り出して、それを私に差し出した。

 

「……これは?」

 

「お前が奈落を抜けた後に身を寄せる場所の地図だ」

 

 思わぬ言葉に目を見開くと、朧さんは苦しげな顔をした。

 

「ずっと、考えていた。お前が奈落を抜けて、奈落に囚われずに生きる方法を」

 

「……!」

 

「お前に、最後の命令を下す。奈落を抜けて、この地図の場所へ行け」

 

 私は朧さんと地図を交互に見て、両拳を握り締める。

 

「私は奈落を抜けません……!皆と……貴方と戦います!」

 

「……これは首領命令だ。お前に拒否権はない」

 

 冷然と告げる朧さんに唇を噛み締めると、朧さんは私に地図を握らせた。

 

「……頼む。俺は、お前には生きていて欲しいんだ」

 

 朧さんの声も、手も震えていて、私はそれ以上は何も言うことが出来ず、長い沈黙の後、小さく頷いた。

 朧さんは私の手から手を離して、私の頬に添えた。

 

「お前と過ごした時間は、楽しかった。今まで俺の側にいてくれて……有り難う」

 

 

 ――生きたいか?

 

 

 ――お前は今日から奈落の一員だ。

 

 

 ――今日からお前は霞と名乗れ。

 

 

 ――……朧だ。

 

 

 ――この程度で疲れていては、我が組織では生き残れぬぞ。

 

 

 ――……お前の生きたいという気持ちはその程度か。

 

 

 ――お前を見くびっていたようだ。お前の生きたいという気持ちは本物のようだな。

 

 

 ――ならば、奈落の一員として生き続けろ。

 

 

 ――奈落のために……己のために、その剣を振るい続けろ。

 

 

 ――お前はよく働いていたからな。この休暇で羽を休めるがよい。

 

 

 ――似合っているぞ。

 

 

 ――……かっちゃんだな。

 

 

 ――だが……有り難う。使わせて貰う。

 

 

 ――そうか。俺はお前を観察出来て退屈しなかったが。

 

 

 ――こうして桜を見るのも悪くはない。

 

 

 ――お前は、変わらないな。

 

 

 ――嗚呼。俺も同じ気持ちだ。

 

 

 朧さんとの思い出が蘇って、私はきつく目を閉じる。

 

「お前のことは……お前と過ごした記憶は、絶対に忘れぬ」

 

 唇に柔らかな感触がして、暫くしてそれが離された。

 

 

「……霞」

 

 

「―――――」

 

 

 朧さんの口から紡がれた言葉に、私は大きく目を見開いて、茫然と朧さんを見る。

 朧さんは私に微笑みかけて、笑みを消すと私の頬から手を離した。

 

 

 気が付けば私は、病室の外にいた。おそらく先生に追い出されたのだろう、と推測して病室の扉を見据える。

 

 ――――。

 

 朧さんに告げられた言葉を思い出して、二つの言葉を思い出す。

 

 

 ――いやいや、絶対気に入ってるぜあれは。なんかお前を見る目が優しいもんな。

 

 

 ――多分、あれはお前に惚れてるな。

 

 

「朧さん……」

 

 私を拾ってくれた――私を想っていてくれた人の名前を呟いて、私は声を殺して泣いた。

 

 その後、私は朧さんに命令された通りに奈落を抜け、地図に描かれた場所に身を寄せた。

 朧さんが戦場で命を落としたと知ったのは、それから暫くしてのことだった。

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