tears   作:如月 苺

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邂逅

「……また赤点か。お前は何度同じことを繰り返せば気が済むんだ」

 

 朧先生が冷たい眼差しで私を睨んできて、私の肩がびくりと震える。

 

「……す、すみません……」

 

「謝るのは猿でも出来る。今日、放課後に居残れ。俺が指導してやる」

 

(……うう、鬼だ……)

 

 ずーん……と肩を落として、ん、鬼?と目を瞬かせる。

 

(前にも、そんなことを思ったことがある気がする)

 

 前って、いつだろ。

 首を傾げると、朧先生が怪訝そうな顔をしたため、私は「は、はい!」と返事をして、朧先生に背を向けて自分の席に戻った。

 

「朧先生って厳しいよね」

 

 クラスメートがそう言ってきて、私はうんうん頷く。

 

「ほんと、厳しすぎるよ……しかも」

 

 何だか、私には特に厳しい気がする。

 その言葉は飲み込むと、クラスメートは私の肩を叩いた。

 

「ファイトだよ!応援してる!」

 

「ありがとう……」

 

 私は放課後のことを思って、再び肩を落とした。

 

 

 

 黒板に文字を書いている朧先生を眺める。

 朧先生と出会ったのは、私が高校一年生の時だ。

 初めて私を見た朧先生は酷く驚いたような顔をして、何故だか悲しげな、切なげな顔をした。

 その時の朧先生の顔が忘れられなくて、朧先生は私の中で気になる存在だ。

 

(……何だろうな、初めて朧先生を見た時、懐かしい感じがしたんだよね)

 

 何故そんな感じがしたのかは分からないが、気付けば朧先生を目で追っているし、朧先生の姿を探している。

 

(この気持ちが恋なのかは分からないけれど……)

 

 うーん、と眉を寄せると、朧先生が振り返った。

 

「ちゃんと聞いているのか?」

 

「え、き、聞いてますよ!」

 

 大きく頷くと、朧先生は眉を寄せて、「この時代背景を説明してみろ」と黒板の文字を指し示した。

 

「え、ええと……」

 

(どうしよう、全然分からない……)

 

 冷や汗を流す私を、朧先生は睨め付ける。

 

「聞いておらぬではないか」

 

「…………あ、あ……はい」

 

 素直に頷くと、朧先生は何処か呆れたような顔をした。

 

「何故お前は歴史は決まって赤点なんだ?他の教科の点は良いだろう」

 

 朧先生の疑問に、私はこの人になら話してもいいかと思って、口を開く。

 

「なんか……私、駄目なんです。歴史で戦争のことが出てくると、死んだ人達のことを考えて悲しくなってしまうというか……」

 

 朧先生は目を見張る。

 

「って、変ですよね、こんなこと……」

 

 朧先生は私を見つめて、苦しげな顔をした。

 

「……そうか。そうとは知らず、叱りつけて済まなかった」

 

「あ、全然いいですよ!悪いのは私なので……」

 

 慌てて両手を振ると、朧先生は目を伏せた。

 

「……いや、俺が悪い」

 

「え?」

 

「指導はなしだ。……安心しろ、お前が歴史を学ばずとも卒業出来るように俺が校長と掛け合ってみる」

 

 普段より優しい声で言われ、私は嬉しくなって笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます!」

 

 朧さんは私を見つめて、切なげな顔をした。

 

(あ、まただ)

 

 何だか悲しくなって眉を下げると、朧先生は私から視線を外して、黒板の文字を消した。

 朧先生の背中を眺めていると、黒板の文字を全て消した朧先生は私に背を向けたまま告げた。

 

「お前が居残る必要はない。帰っていいぞ」

 

 私は朧先生の背中を見つめて、朧先生に背を向けて、教室から出ようとして――思い直して、朧先生と向き合った。

 

「……朧先生。貴方は、何を抱えているんですか?」

 

 朧先生は押し黙る。

 私は一歩、朧先生に近付く。

 

「何で、私を見ると悲しそうな、苦しそうな顔をするんですか……?」

 

 尚も押し黙る朧先生に、私は笑いかける。

 

「私……知ってますよ。私に厳しくしながら、朧先生は本当は、優しいってことを」

 

 知っていた。

 私に厳しくしながら、朧先生はずっと私を見守っていてくれたことを。

 

「朧先生……いや、朧さん」

 

 そう呼ぶと、朧さんはピクリと肩を動かして、ゆっくりと私を見る。

 

「……霞」

 

 懐かしい名前で呼ばれ、私は目を見開いて――朧さんに近付いて、彼を抱き締めた。

 

「……やっと、会えましたね」

 

 朧さんは私の体を抱き締め返す。

 

「…………ずっと、こうしたかった。ずっと……お前に、会いたかった」

 

 震える声で言う朧さんに、私もです、と返して、私は顔を綻ばせる。

 

(今なら、分かる。この人の私への気持ちも、私のこの人への気持ちも)

 

「朧さん……好きです。愛しています」

 

 自覚した想いを伝えると、私を抱き締める腕に力が篭った。

 

「俺も……お前を愛している」

 

 ――愛している。

 

 朧さんが最後に伝えた言葉を思い出して、私は目を閉じた。

 

「また、お花見しましょう。雪だるまも作りましょう。お出かけもしましょう……!」

 

「嗚呼」

 

 あの時と同じように頷く朧さんに笑みを深めると、私の目から透明の雫が流れ落ちた。

 

「……う、また意地悪したら、許しませんかね」

 

 朧さんは「……嗚呼」と頷くと、私の顔に自分の顔を近付けて、唇に口づけた。

 暫く唇を重ねて離すと、涙を拭われた。

 

「私、何度も泣いたんですよ」

 

「……嗚呼」

 

「貴方の分まで、長生きしたんですよ」

 

「……そうか」

 

「貴方と、別れて……本当に、悲しかったんですよ……!」

 

 朧さんは私の涙を拭いながら、何度も私の背中を摩る。

 

「……っ、だから。貴方とまた会えて、嬉しいです……!」

 

「……俺もだ」

 

 本心を伝え合って、私達は抱き合い続けた。

 朧さんを抱き締めながら、私は喜びを噛み締める。

 

 この人と、生きていこう。

 この人と――幸せになろう。

 

 固く決意して、私は心から笑った。

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