「何度言えば分かるんだ」
怒った様子の朧さんの声に、私の背中がびくりと震える。
「鍛練では俺が加減しているため大した怪我にはならないが、戦場では命取りになるぞ」
(……朧さんが厳しいのは、いつものことじゃない)
俯いて拳を握り締める。
何度も同じミスをしてしまうことが、情けなくて悔しい。
「……お前の生きたいという気持ちはその程度か」
朧さんの氷のように冷たい声。その声が、私の心を凍てつかせる。
「お前を拾ったのは無駄だったようだな」
「……っ!」
堪らず私は走り出した。
逃げるなんて悔しい、情けないと思ったが、止まらなかった。
「!おっと、」
誰かにぶつかるが、それに構わず走り続ける。
奈落の隠れ家から出た私は当てもなく走り、疲れから足を止めて息を吐き出した。
(これから、どうしよう……)
途方に暮れて、その場に座り込む。
(また、死体の持ち物を盗りながら生きようかな……)
はあ、と溜め息をついて俯く。
(……何で私がこんな目に遭わないといけないんだろ)
何だか泣きたくなって、泣いちゃだめ!と自分に言い聞かせて堪えていると、おい、と聞き覚えのない声がかけられた。
「……何ですか。今傷心中なんです」
だから話しかけないで下さい。
そう言うと、私に声を掛けた人が苦笑するのが分かった。
「首領に叱られたのか?」
「……そうです。あの人は血も涙もない鬼です」
鬼、ねぇ。声を掛けた人が呟いて、「まあ、元気出せ」と私の隣に腰を下ろした。
「……元気なんて、出ませんよ!」
顔を上げると、厳つい顔をした男の人と目が合って、「あ……すみません……」と恐縮する。
私の反応に男の人は苦笑して、「俺は、柩だ」と名乗った。
……ひつぎさん。
心の中で反芻して、私はひきつった笑みを浮かべる。
「私は、霞といいます。よ、よろしくお願いします……」
柩さんは、「俺ってそんなに怖いか?」と呟いて、「首領のことだが」と切り出す。
「彼奴は、お前のことを思って厳しくしているんだ」
「……それは、そうかもしれませんが……」
でも、限度というものがあるでしょう。
朧さんの冷たい声を思い出して、目を伏せる。
「……朧さんは、厳しくて。奈落の人達は怖くて……逃げ出したくなります」
現に、逃げ出してしまった。
悔しくて、情けなくて俯くと、頭に何かが置かれる感覚がした。それが柩さんの手だと分かると、ゆっくりと撫ぜられた。
「お前みたいな女子供には、彼処は酷な環境だよな」
頭を撫ぜる柩さんの手も、柩さんの声も優しくて、私はきつく目を閉じる。
「……俺はあっちの方を見てるから。泣いていいんだぞ」
促されて、目頭が熱くなり、目元に涙が滲んだ。
声を殺して泣く私の頭を、柩さんは撫ぜていてくれた。
やがて泣き止んだ私は、顔を上げて柩さんを見る。
「ありがとうございます。何だかスッキリしました」
「……ならいいがよ」
柩さんが私の頭から手を離して立ち上がる。
私も立ち上がって、奈落の隠れ家がある方角に歩き出した。
鍛練場に戻った私は、そこにいた朧さんを挑むように見据えた。
「一戦、お願いします!」
朧さんは無言で私を見返して、刀を構える。
朧さんの全身から殺気が溢れ出し、怯むが、私も刀を構え、朧さんを睨み付ける。
(……逃げたくない)
この組織から……この人から。
新たな決意を抱いて、間合いを詰めて刀を振り下ろす。
朧さんは刀を受け止めて、目にも止まらぬ速さで刀を突き出した。
それを読んでいた私は刀を防いで、弾き返した。
「!」
目を見開く朧さんの懐に入り込み、刀を振って――ガキン、と音が鳴り響いた。
「……やるな」
間一髪刀を受け止めた朧さんが呟いて、ゆっくりと刀を下ろした。
「お前を見くびっていたようだ。お前の生きたいという気持ちは本物のようだな」
朧さんに褒められて、喜びが沸き上がる。
「ありがとうございます!!」
頭を下げて喜びを噛み締める。
(これからも、頑張ろう!)
刀を握る手に力を込めて、私は心から笑った。