tears   作:如月 苺

5 / 16
悪夢と決意

 ――此処は何処だろう。

 辺りを見渡して、見覚えのない場所に佇んでいることを認識した私は、不思議に思いながらも歩き出した。

 すると一人の男が倒れ伏しているのが視界に映り、反射的に足を止める。

 

「!!」

 

 男は血塗れだった。腹部に斬られた跡があり、息をしていなかった。

 気付けば自分は一本の刀を持っていた。その刃も真紅の色に染まっている。

 

(……私が、殺したの?この人を……)

 

 背筋にゾッと悪寒が走る。刀を握る手が、微かに震え出す。

 

(……仕方、ない)

 

 私は命令に従わなければならないのだから。

 刀を握る手に力を込めた時、男がゆらりと立ち上がった。

 

「!?」

 

 突然のことに反応が遅れた私の首を、男は両手で掴む。

 

「……う、!」

 

 ぐっ、と握り締められて呻くと、男の体から何本もの手が伸びた。手足を掴まれ、悲鳴を上げることも出来ずに闇へと引きずり込まれた私は、おぞましい声を聞いた。

 

『――貴様』

 

 死んだはずの男―化物と化した男が、私を呼ぶ。それは、呪詛のように私の耳に響いた。

 

『よくも私を殺したな……!!』

 

「……!!」

 

 おぞましい声と共に、私は絶望に落とされた。

 

 

 

 

 目を開けた私は、はあはあと息を乱し、周囲に視線を巡らせた。

 見慣れた壁や机に此処は自分の部屋だと認識する。

 

「ゆ、め……」

 

 呟いて、先程見た光景を思い出しゾッと体を震わせる。

 死んだはずの、殺したはずの男が化物と化して自分に襲い掛かる――。

 なんて性質の悪い夢を見てしまったのだ。

 息を吐き出し、首に手を添える。そこに痛みはないが、男に絞められた感触が残っている。

 

「……」

 

 暫く浅い呼吸を繰り返して、首から手を離し、その手を見る。

 

(私は、人を殺したんだ)

 

 今になって実感が沸いて、堪らず立ち上がって部屋を出る。

 奈落の隠れ家から出た私は、そのまま駆け出そうとして、思い止まって足を止めた。

 

(……逃げるの?)

 

 あの時、逃げないと決めたのに。

 唇を噛み締めて目を閉じると、血塗れの男の姿が脳裏に蘇った。

 

 ――貴様。

 

 ――よくも私を殺したな……!!

 

「……!」

 

 呪詛のようなそれに怯えた時、肩を掴まれた。

 

「!?」

 

 びくりと肩を跳ねさせると、肩を掴んだ人―朧さんが、何処か気遣わしげに私を見た。

 

「朧さん……」

 

 見知った人物であることに安堵して、肩から力を抜くと、朧さんは低く問い掛けた。

 

「人を殺したことが怖くなったか?」

 

 図星を突かれ、私は目を伏せて「はい……」と頷く。

 朧さんは一度町へと続く道を見て、私を見て静かに告げた。

 

「逃げたいなら逃げるがいい。俺は止めはせぬ」

 

「…………」

 

 私が押し黙ると、朧さんは何処か遠くを見るような顔をして、「……だが」と続ける。

 

「逃げ切ることが出来なければ、その先に待っているのは死だ」

 

 死。その単語に私はびくりと肩を震わせる。

 

「……嫌だ……死にたくない」

 

 両拳を強く握り締める。

 

「私は、生きたいです……!!」

 

 叫ぶと、朧さんは私を見つめ、はっきりと告げた。

 

「ならば、奈落の一員として生き続けろ」

 

「……!」

 

「奈落のために……己のために、その剣を振るい続けろ」

 

「……私の、ために……?」

 

「嗚呼」

 

 朧さんの言葉が胸に染み入り、私は決意を固めると、真っ直ぐに朧さんを見据えた。

 

「はい!」

 

 正直、人を殺すことは怖い。

 でも――私はもう逃げない。

 

「私は、私のために剣を振るい続けます」

 

 朧さんは私を見つめ返して、私から視線を外して背を向けた。

 そのまま隠れ家の方に歩き出す朧さんに私も続く。

 

「……朧さん」

 

 前を歩く朧さんの背中に笑いかける。

 

「ありがとうございます」

 

 朧さんは沈黙して、「……礼には及ばぬ」と低く返した。

 朧さんの背中を見つめながら、私は固めた決意を胸に抱いて、歩き続けた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定