――此処は何処だろう。
辺りを見渡して、見覚えのない場所に佇んでいることを認識した私は、不思議に思いながらも歩き出した。
すると一人の男が倒れ伏しているのが視界に映り、反射的に足を止める。
「!!」
男は血塗れだった。腹部に斬られた跡があり、息をしていなかった。
気付けば自分は一本の刀を持っていた。その刃も真紅の色に染まっている。
(……私が、殺したの?この人を……)
背筋にゾッと悪寒が走る。刀を握る手が、微かに震え出す。
(……仕方、ない)
私は命令に従わなければならないのだから。
刀を握る手に力を込めた時、男がゆらりと立ち上がった。
「!?」
突然のことに反応が遅れた私の首を、男は両手で掴む。
「……う、!」
ぐっ、と握り締められて呻くと、男の体から何本もの手が伸びた。手足を掴まれ、悲鳴を上げることも出来ずに闇へと引きずり込まれた私は、おぞましい声を聞いた。
『――貴様』
死んだはずの男―化物と化した男が、私を呼ぶ。それは、呪詛のように私の耳に響いた。
『よくも私を殺したな……!!』
「……!!」
おぞましい声と共に、私は絶望に落とされた。
目を開けた私は、はあはあと息を乱し、周囲に視線を巡らせた。
見慣れた壁や机に此処は自分の部屋だと認識する。
「ゆ、め……」
呟いて、先程見た光景を思い出しゾッと体を震わせる。
死んだはずの、殺したはずの男が化物と化して自分に襲い掛かる――。
なんて性質の悪い夢を見てしまったのだ。
息を吐き出し、首に手を添える。そこに痛みはないが、男に絞められた感触が残っている。
「……」
暫く浅い呼吸を繰り返して、首から手を離し、その手を見る。
(私は、人を殺したんだ)
今になって実感が沸いて、堪らず立ち上がって部屋を出る。
奈落の隠れ家から出た私は、そのまま駆け出そうとして、思い止まって足を止めた。
(……逃げるの?)
あの時、逃げないと決めたのに。
唇を噛み締めて目を閉じると、血塗れの男の姿が脳裏に蘇った。
――貴様。
――よくも私を殺したな……!!
「……!」
呪詛のようなそれに怯えた時、肩を掴まれた。
「!?」
びくりと肩を跳ねさせると、肩を掴んだ人―朧さんが、何処か気遣わしげに私を見た。
「朧さん……」
見知った人物であることに安堵して、肩から力を抜くと、朧さんは低く問い掛けた。
「人を殺したことが怖くなったか?」
図星を突かれ、私は目を伏せて「はい……」と頷く。
朧さんは一度町へと続く道を見て、私を見て静かに告げた。
「逃げたいなら逃げるがいい。俺は止めはせぬ」
「…………」
私が押し黙ると、朧さんは何処か遠くを見るような顔をして、「……だが」と続ける。
「逃げ切ることが出来なければ、その先に待っているのは死だ」
死。その単語に私はびくりと肩を震わせる。
「……嫌だ……死にたくない」
両拳を強く握り締める。
「私は、生きたいです……!!」
叫ぶと、朧さんは私を見つめ、はっきりと告げた。
「ならば、奈落の一員として生き続けろ」
「……!」
「奈落のために……己のために、その剣を振るい続けろ」
「……私の、ために……?」
「嗚呼」
朧さんの言葉が胸に染み入り、私は決意を固めると、真っ直ぐに朧さんを見据えた。
「はい!」
正直、人を殺すことは怖い。
でも――私はもう逃げない。
「私は、私のために剣を振るい続けます」
朧さんは私を見つめ返して、私から視線を外して背を向けた。
そのまま隠れ家の方に歩き出す朧さんに私も続く。
「……朧さん」
前を歩く朧さんの背中に笑いかける。
「ありがとうございます」
朧さんは沈黙して、「……礼には及ばぬ」と低く返した。
朧さんの背中を見つめながら、私は固めた決意を胸に抱いて、歩き続けた。