tears   作:如月 苺

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お出かけ

 本を読んで休暇を過ごし、そろそろ出掛けたいなと思っていると、朧さんとすれ違った。

 朧さんは何時も着ている首領服ではなく、落ち着いた色合いの着物を着ていて、私は思わず朧さんを凝視する。

 

「……何だ?」

 

 私の視線に気が付いたのだろう、朧さんが足を止めて問い掛ける。

 

「……え、えと。朧さん、普段と格好が違いますね」

 

「今日は休暇だからな」

 

 ……朧さんも休暇なんだ。

 普段と格好が違う理由を理解して、私の頭にある考えが浮かぶ。

 

「……あ、あの。よければ私とお出かけしませんか?」

 

「……構わないが」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 「じゃあ、早速行きましょう!」と歩き出すと、朧さんが私の隣に並ぶのが分かった。

 

(……普段と違う格好をしてるせいかな、何だか緊張してしまう……)

 

 横目で朧さんを見ていると、朧さんは「町に出るのは久しぶりだな」と溢した。

 

「最近は町に行ってなかったんですか?」

 

「嗚呼。休暇の日も仕事をしていたからな」

 

(えっ、休暇の日も仕事って……)

 

「……首領って大変なんですね」

 

 微妙な心地になってそう言うと、朧さんは「そうだな」と頷く。

 

(このお出かけで少しでも朧さんに楽しんで貰おう)

 

 私は固く決意した。

 

 

 

 町に着いた私は、立ち並ぶお店にある品を眺めた。

 

(わぁ、綺麗)

 

 光り輝く宝石を見て、でも、高いから買えないな……と思って隣のお店を見て、あるものに目が止まる。

 

「可愛い……」

 

 あるもの――一本の簪を見つめる。その簪は可愛らしいピンク色の花と白い花が幾つも付いていた。

 

(ええと、値段は……)

 

 簪に付いている値札を見て、ぎょっとする。

 

「一万って……」

 

 簪って結構高いんだな……と落ち込むと、「欲しいのか?」という朧さんの声が聞こえた。

 

「欲しいですが……買えませんね」

 

 まあ、普段は簪付けられないからいいか……と思っていると、朧さんが簪を手に取って、それをお店の人に渡した。

 

「おっ兄ちゃん!可愛い妹さんに簪をプレゼントかい?」

 

「!?」

 

 驚きの余り目を丸くすると、朧さんは「そんなところだ」と言って、懐から財布を取り出した。

 

「お、おおお朧さん!?そんな、買わなくていいですよ!!」

 

 慌てて制止すると、朧さんは「欲しいのだろう?」と真面目な顔で言う。

 

「ほ、欲しいですけど!!申し訳ないです!!」

 

 朧さんは私の制止を無視して財布から一万円を出す。お店の人は「まいどあり!」と笑って、朧さんに簪を渡した。

 簪を受け取った朧さんは私にそれを差し出す。

 

「そ、そんな……受け取れませんよ!!」

 

 恐縮する私に、朧さんは「ならば捨てるぞ?」と真顔で言った。

 

「……っ!捨てるくらいなら私が貰います!!」

 

 差し出された簪を手にとって、握りしめる。

 

(朧さんからの、初めてのプレゼント……)

 

 まさか鬼である朧さんが買ってくれるとは思わなくて、まだ驚きつつも、喜びから私は顔を綻ばせた。

 

「ありがとうございます!大切にしますね!」

 

 朧さんは「……礼には及ばぬ」と低く返した。

 

(早速付けようかな……)

 

 自分の髪を束ねて、簪を付けようとして、上手く付けられず、「あ、あれ……」と困惑していると、朧さんが呆れたような顔をした。

 

「簪の一つも付けられぬのか」

 

「……う、うう……。初めてだから、よく分からなくて……」

 

 朧さんが「貸せ。俺が付ける」と言ったので、私は簪を朧さんに差し出す。

 簪を受け取り、朧さんは私の髪に触れた。

 男の人に髪を触れられるのは初めてで、ドキリと胸が高鳴るのを感じていると、朧さんは慣れた手つきで髪を結び、簪を付けた。

 

「出来たぞ」

 

「わぁ……ありがとうございます!」

 

 嬉しくなって、私は両手を握り締める。

 

「あの、似合ってます!?変じゃないですか!?」

 

 朧さんは私を見つめて、口許を緩めた。

 

「似合っているぞ」

 

 朧さんの笑顔を見た私は、ピタリと体を硬直させた。

 

「……どうした?」

 

 朧さんが怪訝そうな顔をしたため、はっとして、私は慌てて「何でもないです!」と返して朧さんから視線を逸らす。

 

(……朧さんの笑顔、初めて見た)

 

 素敵な笑顔だな。思って胸が脈打つのを感じて、それを誤魔化すように「他のお店を見ましょうか!」と歩き出す。

 頭の簪が揺れるのを感じながら、色々なお店を見ていると、人の集まりが視界に入った。

 

「何でしょう、あれ」

 

 人の集まりがある方を見て問い掛けると、「どうやら落語をやるようだな」と朧さんが答えた。

 

「落語……」

 

「見に行くか?」

 

 私は「はい!」と頷いて、人の集まりに向かう。

 人の集まりの中に入って前に進むと、座蒲団に座っている男の人が見えた。

 

(あの人が話すのかな)

 

 男の人は自己紹介をして、身ぶり手振りをしながら話し始めた。

 男の人の話は心中を決意した男女を面白おかしく語ったもので、私は男の人の話に引き込まれながら聞いていた。

 

 やっぱり俺、死にたくねぇよお。

 何言ってんの、此処まで来て怖じ気づいたの!?

 別に怖じ気づいてはいねぇよ。つい今、読みたい本があったのを思い出したんだ。なぁ、心中は一週間後にしようぜぇ。

 馬鹿ぁ!!一週間後とか待てないわよ!!

 

 どっと観客に笑いが起きて、私もつられて笑う。

 

(心中の話でここまで面白く出来るのって凄いなぁ)

 

 男女は何度も心中を決意するが、気紛れな男のせいで何度も先伸ばしになり、結局心中をするのを諦めて、二人はそれぞれ別の道を生きることを決めて、二人の別れで落語は終了した。

 

「面白かったですね」

 

 拍手をしながら隣にいる朧さんを見ると、朧さんは「そうだな」と同意した。

 

「でも私、心中を決意する人の気持ちは分からないです」

 

「俺もだ」

 

 同意する朧さんに、そういえば、朧さんって人を好きになったことがあるのかなと思って、朧さんの顔を見つめる。

 

「何だ?」

 

「……あ、いえ。朧さんって人を好きになったことってあるのかな~って」

 

 朧さんは「ないな」と即答した。

 あ、やっぱりそうなんだ……と私は納得する。

 

「朧さんが誰かに恋をしている姿なんて想像出来ませんね」

 

 何せ、鬼だからなぁ。

 その言葉は呑み込むと、朧さんは私を見つめ返した。

 

「……何ですか?」

 

 不思議に思って問い掛けると、朧さんは「……いや」と視線を外す。

 気になったが、追及はしないことにして、私は「行きましょうか」と歩き出した。

 

 その後、私は朧さんと色々なお店を回った。

 その時間はとても楽しくて、私は朧さんと初めてお出かけした日のことを絶対に忘れないでいようと思ったのだった。

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