「はあ、はあ……もう限界です」
私は息を乱しながら膝をつく。
「どうやら俺の勝ちのようだな」
朧さんの声が聞こえてきて、地面に両手をつく。
クリスマスに降ってきた雪が積り、私は宣戦布告した通りに朧さんとどちらが大きな雪だるまを作れるか勝負したのだ。
結果は、見事に私の負けだった。
(頑張ったのになぁ……)
ずーん……と落ち込んでいると、朧さんが淡々と言った。
「約束通り、お前は俺の言うことを何でも聞いて貰うことになるが」
「うっ……それは……」
そう、ただ勝負するだけではつまらないということで、負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くという約束をしたのだ。
(朧さん……何を要求してくるかな……)
私が身構えていると、朧さんは思案する様子を見せて、「……そうだな」と口を開いた。
「お前には今日一日俺の側にいて貰う」
「……え?そんなことでいいんですか?」
もっと恐ろしい要求をされると思っていた私はきょとんとする。
「嗚呼、ただ俺の近くに座っていればよい」
何故そんな要求をするんだろうと不思議に思ったが、まあ、いいか。と思って、私は頷いた。
首領室で朧さんから少し離れた位置にある椅子に座り、朧さんの様子を眺める。
朧さんは書類と向き合い、ボールペンを握ると書類に何かを書いた。そのボールペンは見覚えがあるもので、私はあ、と声を上げる。
「朧さん、私が送ったボールペンを使ってくれているんですね!」
朧さんは横目で私を見て、「嗚呼」と頷く。
「嬉しいです!ありがとうございます!」
朧さんに笑いかけると、朧さんは書類に視線を戻した。
「…………」
「…………」
部屋に沈黙が流れる。
私は黙々と書類を片付けていく朧さんを見つめた。
(……思えばこの人に拾われて、結構経つなぁ)
朧さんと出会った時のことを思い出す。
始めは悲しい目をした人だと思った。
奈落に入ってからは、鬼のような人だと思って。
共に過ごすうちに、優しいところもあるのだと分かった。
(まあ、私の朧さんの印象は変わらず鬼だけどね……)
変わらず鍛練で容赦なく攻撃してくる朧さんのことを思って苦笑する。
朧さんは黙々と書類を片付け続ける。
その間私は、朧さんを観察したり、ストレッチをしたり、うたた寝したり、一人しりとりをしたりして時間を潰した。
数時間後、書類の山を全て片付けた朧さんは息をついた。
「お疲れ様です」
朧さんに声を掛けると、朧さんは私を見る。
「やっぱり首領の仕事って大変そうですね……」
「そうだな」
同意する朧さんに、ふと疑問に思って問い掛ける。
「朧さんは何で首領になろうと思ったんですか?」
首領って大変そうなのに。
朧さんは暫く沈黙して、低く告げた。
「首領になった方が色々と都合がいいからな」
朧さんのその声からは感情を読み取ることは出来ない。
「都合……ですか。なんか、事情があるんですね」
「嗚呼」
頷く朧さんを私は見つめる。
(朧さんの事情、か……)
それを知りたいと思っている自分がいて、いや、何となく知らない方が良さそうだな……と思い直して、窓の外を見る。
「すっかり日が落ちてしまいましたね」
朧さんも窓の外を見て、「そうだな」と頷く。
「朧さんが仕事をしている間、私はやることがなくて暇で仕方なかったですよ」
不満を言うと、朧さんは何処か楽しげに言った。
「そうか。俺はお前を観察出来て退屈しなかったが」
「……え、観察してたんですか!?」
てことは、ストレッチしてる姿もうたた寝してる姿も見られていた……!?
羞恥が沸き上がって、下を向く。
「俺の視線に気付かないとは、まだまだ修業が足りぬな」
「……うう……。お、女の子を観察するなんて良くないですよ!」
顔を上げて抗議すると、朧さんは「知らぬ」と一蹴した。
(やっぱり、鬼!)
鬼の本来の意味とはズレているような気がしたが、改めてそう思って、私は朧さんに背を向けて、「失礼します!」と首領室から立ち去った。
(一日中朧さんと一緒にいて分かったのは、やっぱり朧さんは鬼だってことだな)
鬼で……意地悪だ。
朧さんの楽しげな顔を思い出して羞恥が甦り、私は早足で自分の部屋に戻った。