約束   作:如月 苺

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面影

 奈落に入ったばかりの朧くんは、よく虚という人と一緒にいた。

 虚という人を見る朧くんの目は輝いていて、朧くんは心底その人を尊敬しているようだった。

 

(思えば朧くんが冷たくなったのは、その人がいなくなってからだっけ)

 

 虚という人が失踪して、朧くんはいつも一人でいた。朧くんは誰にも心を許すことはなく、常に張り詰めた雰囲気を纏っていた。

 

(朧くん、何か抱えているんだろうな……)

 

 それが何なのかは、考えても分からなかった。

 

 

 

 奈落の隠れ家から出た私は、数羽の烏を連れている銀髪の男の姿を発見した。

 

(あの男……烏にだけは、優しいんだよね)

 

 烏を眺める男の顔は朧くんの面影があって、ああ、この男は間違いなく私が好きだった朧くんが成長した姿なのだと実感することが出来た。

 男は暫く烏を眺めて、私の気配に気付いたのか此方を見る。

 男と目があって、男の冷たい眼差しや声を思い出した私は、男から視線を逸らす。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が流れて、気まずいものを感じていると、男は蓮、と私を呼んだ。

 

「……何?」

 

 男は暫く沈黙して、話し出す。

 

「ある御方が、お前と会いたいとおっしゃっていた」

 

 ある御方……?誰だろう。

 首を傾げる私を男は感情が読み取れない顔で見据える。

 

「俺の、大事な方だ。失礼のないようにな」

 

 ……大事な方?

 

「ふーん……。貴方にそんな人がいたんだ」

 

 大事な方と言われて、浮かんだのは朧くんとよく一緒にいた男の人。

 

(……まさかね)

 

 浮かんだ考えを、私は打ち消した。

 

 

 

*

 

 

 

 長髪の男の人が私を見て、柔らかに微笑む。

 

『君、よく私達を見ていますよね。もしかしてこの子と仲良くなりたいんですか?』

 

 男の人と男の子を交互に見て、緊張しながらこくこく頷くと、男の人は嬉しそうに笑みを深めて、私と男の子の肩に手を置いた。

 

『この子は真面目すぎるところがありますが……優しくていい子なんです。是非この子と仲良くしてあげて下さい』

 

 男の人の穏やかな声に、優しい笑顔に胸が脈打つのを感じながら、私は「……はい」と頷いた。

 

 

 

 

 天導衆の一室に呼ばれた私は、私を呼んだ人のことを考えた。

 

(あの男の大事な方ってどんな人なんだろう)

 

 嫌な人じゃないといいな……そう思いながら部屋の扉を開ける。

 部屋には一人の男がいた。その男の姿を認めた私は目を見開く。

 

(え、嘘)

 

 男は黒い衣装に身を包み、長い髪を下ろしていた。男の顔は朧くんとよく一緒にいた男の人と瓜二つだった。

 

(この人って、まさかあの人なの……?)

 

 そう推測して、すぐに打ち消す。

 男が纏う雰囲気はあの男の人とは全く違うものだったからだ。

 

(……この人は)

 

 ――危険だ。

 瞬時にそう察知した私は、男から距離を取る。

 

「……おやおや。そんなに怯えなくて良いんですよ」

 

 男はにこりと笑う。

 あの男の人と同じようで違う男の笑顔にゾッとして、背筋に悪寒が走るのが分かった。

 

「…………今日は、何故私を呼んだのですか?」

 

 やっと出せた声は震えていた。

 男は私を観察するように眺める。

 

「興味を持ったからですよ」

 

「……興味?」

 

「はい。奈落三羽に並ぶ実力を持つ君にね」

 

 男は何処か楽しげに言う。

 

「君の噂は聞いてますよ。ターゲットにした相手はたとえ女子供であれ容赦なく殺すと。女でありながら、その実力は奈落の三羽にも引けを取らないと」

 

「……その噂は、ただの噂ですよ」

 

 事実、私は成長した朧くんには一度も勝ったことがない。

 内心で苦笑すると、男は笑みを浮かべながら続けた。

 

「その噂が事実であれ虚像であれ、私は君に興味を持ちました。そして今日、君を見て思いました。君は、美しい」

 

「……どうも」

 

 褒められたことに喜びはなく、警戒を解かずに男を見据えていると、男はふ……と笑った。

 

「君を私の側近にしたら毎日退屈しないでしょうね」

 

「いや……買いかぶりですよ。私、そんなに面白い女じゃないですよ」

 

「そうでしょうか?少なくとも朧よりは私を楽しませてくれそうです」

 

 銀髪の男の名前が出て、ピクリと肩を揺らすと、男は笑みを消した。

 

「あの男は私に従順過ぎてつまらない」

 

 冷え冷えと言い放つ男に、私は眉を寄せて男を睨め付ける。

 

「そんな言い方、ないと思います」

 

 ――俺の、大事な方だ。

 

 銀髪の男の言葉を思い出して拳を握り締めると、男は笑みを浮かべた。

 

「やはり面白い。私をそんな目で見る女は君が初めてですよ」

 

 男はまるで楽しい玩具を見付けたような顔で笑う。

 

(……厄介な人に気に入られたかもな)

 

 私ははぁ、と内心で息を吐き出す。

 

「まだ名乗っていませんでしたね……私は虚と申します」

 

「……虚?」

 

 あの男の人と同じ名前?

 

(この人は、やっぱりあの人なの……?)

 

 再びそう推測して、あの男の人の笑顔を思い出してそれを打ち消す。

 

(この人とあの人は違いすぎる)

 

 虚様とあの男の人の顔は瓜二つだったが、纏う雰囲気は全く違っていた。

 

(他人の空似……?それとも兄弟とか……)

 

 うーん……と考えていると、「君の名前は?」と問い掛けられる。

 

「……蓮と申します」

 

「蓮ですか。良い名前ですね」

 

 男―虚様はにこりと笑う。

 

(……油断できないな、この人)

 

 虚様の読めない笑顔を見て、私は内心で息を吐いた。

 

 

 

 虚様と暫く話をして、虚様から解放された私は奈落の自室に戻り、布団に倒れ込んだ。

 

(……疲れた)

 

 虚様は終始読めない笑みを浮かべていて、此方を圧倒するような雰囲気を放っていた。

 

(あんな人の側近になったら、胃がもたれそう)

 

 目を閉じて体を休めていると、扉が叩かれる音がした。

 

「蓮、入るぞ」

 

(この声は……あの男か)

 

 布団から起き上がると、扉が開かれて銀髪の男が姿を現した。

 男は何処か気遣わしげな目で私を見る。

 

「あの御方に失礼はなかっただろうな」

 

「……失礼どころか、気に入られたみたい」

 

 男は目を見開く。

 

「気に入られた?」

 

「うん。なんか私を美しいとか、面白いとか言ってた」

 

 男は意外そうな表情を浮かべる。

 

「あの御方が特定の女性を気に入るのは初めてだ」

 

「……そうなの?」

 

「嗚呼。あの御方の浮わついた話を聞いたことがないからな」

 

 ……あの人、硬派なんだな。

 虚様の読めない笑顔を思い出して、眉を寄せる。

 

「あんな人に気に入られても嬉しくないな……」

 

「あんな人とは何だ。あの御方に気に入られるなど、名誉があることだぞ」

 

 ……そうかなぁ。

 私は銀髪の男を見据える。

 

(この男なら……朧くんなら、あの人達のことを何か知ってるかも)

 

 そう思って、しかし触れるべきか迷っていると、男は真剣な眼差しで私を見つめた。

 

「……あの御方は、危険だ。呉々も気を付けろ」

 

 男の忠告に目を見開いて、「うん……」と頷くと、男は私に背を向けて部屋から出た。

 

(あの男も、あの人を危険だと思っているんだ……)

 

 胸騒ぎがして、私は更に眉を寄せた。

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