天人が僕の―俺の町を襲来し、ある人に助けられて一命を取り留めた俺は、天導衆直属の天照院奈落の一員として生きることになった。
暗殺の術を教えられて鍛え上げられた俺は人を殺すことを知った。
生き別れた弟の行方は探し続けていた。しかし何年経っても弟は見付からなかった。
そんな中、俺を助けた人が奈落を抜けて、消息不明になった。
俺はその人の行方も探した。その結果、その人と思わしき人が片田舎で子供達に勉学を教えているという噂を掴んだ。
その人がいる場所を訪れた俺は目を見張った。そこには銀髪の少年がいたからだ。
「銀時、また寝てましたね」
「寝ててワリーかよ」
「悪いです。お仕置きですね」
「わ、ゲンコツはやめろって!」
銀髪の少年は、間違いなく銀時だった。
ずっと、探し続けていた俺の弟。
「ぎんと……」
弟に手を伸ばす。その手が弟に重なった瞬間、人を殺した瞬間が蘇って、はっとする。
俺は、銀時が知る兄じゃない。
俺の手は、赤く染まってしまった。
こんな手で、あいつに触れていい訳がない。
手を下ろして、銀時に背を向ける。
あいつが、元気に生きていた。
それが知れただけで、十分じゃないか。
「……うわ!」
銀髪の少年がぶつかかってきて、頭を下げる。
「すみません……」
その少年に、俺は笑いかけた。
「大きくなったな、銀時」
少年が目を見開く。
「アンタ……」
少年から離れて、心の中で彼に別れを告げた。
仰向けに倒れた俺は空一面に広がる曇天を眺めながら笑みを浮かべた。
最期に、捨てたはずの記憶を思い出すとは。
俺に一人の男が近付いて、俺を見下ろす。
奇しくもその男は記憶の中の男だった。
白夜叉、と呼ぼうとして、思い直してその名を呼ぶ。
「銀時」
男―銀時は目を見開く。やはり、その目は変わらない。
「お前が大切な者達と笑い合いながら生きていて、良かった」
銀時の目が動揺に揺れる。
「何言ってやがる」
それは当然だろう。彼は俺と過ごしていた時のことを覚えていないのだから。
俺は目を伏せて口端を上げる。
最期くらいは、許されるだろう。
「お前の傍にいて、お前を守る。その約束を果たせなくて、済まなかった。
不甲斐ない兄で、済まなかった」
銀時は目を見張る。
「兄……?どういうことだ?」
俺は銀時に手を伸ばす。あの日掴めなかったその手を掴んで、握り締めて――俺は意識を手放した。
兄。その言葉を残して朧は目を閉じた。朧の手が滑り落ちて、はっとしてその手を掴んで、彼を抱き起こす。
「おい、しっかりしろ!」
呼び掛けるが、朧は目を覚まさない。
「くそ……!」
朧を抱え上げて、走り出す。
朧は自分を不甲斐ない兄だと言った。
兄とは、どういうことだ?
こいつは俺の兄なのか?
混乱する思考の中で走り続けて、病院を探す。
白い建物が見えて、その中に入る。
「おい、こいつを助けてくれ!!」
受付にいる女性に詰め寄ると、女性は顔色を変えて医者を呼んだ。
駆け付けた医者が担架を出して、朧をそこに横たえるように言う。
朧を担架に乗せて、手を離す。
「失礼ですが、ご家族の方ですか?」
少し考えて「ああ」と頷く。
担架が運ばれていき、部屋に入り、手術中と書かれたランプがつく。
俺は椅子に腰掛けて、手術が成功することを祈った。
手術は成功し、朧は一命を取り留めた。
朧がいる部屋に入り、彼が眠るベッドの近くにある椅子に腰掛ける。
「……死んだようなツラしやがって」
朧の顔色は良くはなく、彼の表情は安らかなものだった。
「死なせねーぞ」
死なせてたまるか。
朧の手に手を伸ばし、その手を握る。
「不甲斐ない兄って、どういうことだよ……」
問い掛けても、答えは出なかった。
朧は直ぐには目を覚まさなかった。俺は朧の手を握り続けながら、彼の目が覚めるのを待った。
『あにうえは、ずっとぼくのそばにいてくれるよね?』
『当たり前じゃないか。僕はずっとお前の傍にいるよ』
『やくそくしてくれる?』
『ああ、約束する。僕は必ずお前の傍にいて、お前を守るよ』
『ありがとう!あにうえ、だいすき!』
懐かしい夢を見ていた気がする。
朧気な意識の中で顔を上げると、こちらを見詰める視線とぶつかった。
「……お前、目が覚めたのか」
「ああ」
朧は俺から視線を外して、窓の外を見る。
「どうやら俺は、地獄には行けなかったようだ」
静かな口調で言う朧に、俺は此所数日頭を悩ませていたことを問い掛ける。
「兄ってどういうことだよ。お前は俺の兄なのか?」
朧は押し黙って、長い沈黙の後、頷いた。
「……ああ」
朧が俺の兄である。
衝撃的な事実だったが、その事実は抵抗なく俺の胸に落ちた。
「そうか、お前は俺の兄だったのか」
「……信じるのか?」
「お前、嘘つけなさそーだし。こんな嘘をついて何になるんだよ」
朧が俺を見る。兄だと分かると、確かにその顔は俺と似ている気がした。
「何で、今まで黙っていたんだよ」
朧は俺を見詰めて、目を伏せる。
「俺と、お前は住んでいる世界が違う。お前を守れなかった俺には、お前の傍にいる資格はない」
「……何だよそれ」
俺は朧の手を掴んで握った。
「確かに、俺とお前は住んでいる世界が違うかもしれねェ。だが、そんなの関係ねェ。俺の傍にいたいなら、傍にいればいいじゃねーか」
朧の目が揺れる。その目を、真っ直ぐに見据える。
「やっと、会えたんだ。お前……いや、アンタはアンタのしたいようにすればいいんだ……兄さん」
朧の目元が震えて、透明の雫が溜まる。
「……銀、時」
朧の手が俺の背中に伸びて、体に回って引き寄せられる。
「……ずっと……お前に会いたかった」
「ああ」
「兄として、お前と話したかった……」
朧を抱き返すと、彼は嗚咽を漏らした。
「兄さん」
兄である彼を呼んで、彼の背中を摩る。
「アンタに会えて、嬉しいよ」
本心を伝えると、朧は肩を震わせた。
声を殺して泣く彼を、俺は抱き続けた。
唯一の肉親である俺達は、この時漸く再会したのだった。