つい最近、自分に生き別れた家族がいると分かり、そいつと再会した俺は、一つの悩みを抱えていた。
「う~ん……」
紙に書かれた文字を見て唸る。紙には「兄上」、「兄者」、「兄さん」と書かれている。
「あいつのことを何て呼ぼう……」
悩みとはそれだ。最近兄であることを知った朧のことを何と呼ぶか迷っていたのだ。
「兄上はなんか嫌なんだよな。兄者は堅苦しいし……兄さんもあの時は勢いで呼んじまったが、あいつにさん付けたくねーし」
そこまで呟いて、紙に「おにいたま」、「ニィニィ」と書く。
「……いや、ナイナイ」
再び唸っていると、事情を知っている新八が話し掛けてきた。
「兄上でいいじゃないですか。昔は朧さんのことをそう呼んでたんでしょ?」
「……そうだけどよ」
前に試しに兄上と呼んだら、朧は懐かしそうな、悲しそうな顔をしたのだ。兄上という呼び方は、彼に昔のことを思い出させてしまうらしい。
それを伝えると、新八は困りましたねと眉を寄せる。悩む俺達に、同じく事情を知っている神楽が話し掛けてきた。
「そんなの、名前呼び捨てでイイネ!私も馬鹿兄貴のことそう呼んでるアル!」
そういえば、神楽は実の兄のことを神威と呼んでいたな。じゃあ、俺も朧でいいか。
そう思ったところで、ある単語が引っ掛かった。
「馬鹿兄貴……兄貴……」
その単語を呟いた時、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「はーい!」
新八が玄関に行って、扉を開ける。
「朧さん!」
その名前を聞いた瞬間、俺は椅子から立ち上がって、玄関に駆け出していた。
玄関の外にいる人物が、俺を見て目を細める。
俺は先程呟いた言葉を思い浮かべて、それを口にしようとして――
「あ、あー……朧、久しぶりじゃねェか」
何やってるんだ俺ェェェェ!?
内心でツッコんでいると、朧は俺に包みを差し出した。
「饅頭だ。お前、甘い物が好きだっただろう」
包みと朧を交互に見て、俺は感動にうち震える。
朧が、俺のために……つかこいつ、俺が甘い物が好きだってことを覚えていたのか。
「サンキュ。嬉しいぜ」
包みを受け取ると、朧は背を向ける。
「それを渡したかっただけだ。さらばだ」
そのまま歩き出そうとする朧の手を、掴んでいた。
「……あ」
直ぐに手を離すと、朧は俺を見る。
「あー……上がっていけよ。せっかく来たんだし」
羞恥から俯くと、朧が笑う気配がした。
「ああ」
向かい合わせに座る朧の顔を無言で見詰める。
上がっていけよとは言ったが、こいつと何を話せばいいか分からねェ……。
冷や汗をかいていると、朧が口を開いた。
「最近は、どうだ、調子は?」
「最近は……そーだな、ボチボチやってるよ。アンタはどうなんだ?」
「俺は、幸いと言っていいのか、治療は順調で体の調子は良い」
俺は息をつく。朧の体調は気になっていたのだ。
「それは良かったよ」
朧は頷き、真面目な顔になる。
「天導衆が地球を去り、その直属部隊である奈落への処遇は、幕府も決めかねている」
場合によっては、島流しもあり得る。
それを聞いた俺は顔を強張らせる。
「島流しだなんて……」
「そうならないように、尽力するつもりだ」
「……そーかい、上手くいくことを願っているぜ」
せっかくアンタに会えたのに、また離れ離れじゃ洒落にならねーからな。
その言葉は飲み込むと、朧は真剣な眼差しを俺に向けた。
「大丈夫だ。俺はもう二度と、お前から離れない。
今後こそ……お前の傍で、お前を守る」
その言葉には、朧の確かな決意が込められていた。
「……俺はアンタに守られる程弱くねーよ」
つい、ぶっきらぼうな物言いになってしまい、眉を寄せると、朧は微笑んだ。
「ああ、お前は強くなった。この俺を……負かしたからな」
朧の言葉で思い出す。朧と二度目の再会を果たした時、彼と殺し合いをしたことを。
右手を握り締める。
あの時――知らなかったとはいえ、俺は、朧を殺そうとした。実の兄であるこいつを。
「……済まねェ」
「何故謝る」
「俺は、アンタを……」
その先は声にならない。
「謝るのは俺の方だ。済まなかった」
頭を下げる朧を見て、嗚呼、こいつが死ななくて良かったと心から思う。
こいつと殺し合った事実は消えない。
でも――こいつと生きていくことは出来る。
「――兄貴」
朧を呼ぶと、彼は顔を上げて俺を見る。
「俺は、アンタと共に生きていきたい」
「俺もだ」
頷く朧を見て、俺は笑った。
これからは兄貴の傍にいられますように。
そう願った。