第01話 黒いもこもこ
力は与えた。後は好きにするがいい。
ルールは五つ。
モンスターの召喚には、そのレベルと同等の魔力を消費する。
魔法・罠の使用は、その効果内容に相応しい魔力を消費する。
カードの使用は、対象カードを手に持たなければならない。
カードの効果は二十四時間経過することにより消失する。
魔力は、毎晩零時に全回復する。
頑張りたまえ。
全ては君次第だ。
◇◇◇◇
ジャングルなう。
まっぱなう。
寒いなう。
ヘルプミーー!
『ワウ! アウアウアウアウ――!』
うぎゃー!
何かいるー!
両手に持ったスーツケースをぶん回し、近くにある大樹の影に隠れる裸の俺。
何だ、この絵面? 間抜けすぎる。
一先ず大樹の根元に腰掛ける。
つい狼狽してしまったが、過剰反応だったかもしれない。あの動物の鳴き声は結構遠くからしたように思う。
しかし、この空気はやばい。リアルに野生の王国だよ、ここ!
まだ直に見てないけど、至る所から動物の気配がぷんぷんするもん!
「お、落ち着けぇ俺。深呼吸深呼吸。ひ、ひ、ふー……ひ、ひ、ふー……」
脳の奥まで染み込むような濃厚な草の香り――。
あ……なんか生まれそう。って一人漫才やってる場合じゃなくてぇー。
「そ、そうだ。能力の確認。――こうかな?」
目を瞑って、額に意識を集中。
「んんー……」
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未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
モンスターを召喚せよ 0/1
魔力 5/5 ATK/80 DEF/50
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うわっ! 本当に出た!
と言うことは、この無理やり刷り込まれたような記憶は本物?
この際だ、信じるしかない。
何しろ今現在進行形で獣の吼え声があちこちからするんだ。
どっかの本で見たけど、道具を持たない人間は犬にさえ勝てないらしい。
俺も昔飼い猫とマジファイトやらかして、これでもかって程に引っかかれたり噛まれたりした記憶がある。その時の戦いの傷跡は今もくっきりと手足に残っている。
…………。
…………。
……あれ? ない……?
まぁ、それはいいとして。よくないけど、いいとして。
ここで何かに襲われたら捕食される率100%だ。俺が保証しよう。
「と、とりあえず、スーツケース」
俺の両手は未だ固くスーツケースの取っ手を握り締めていた。
それらを近くに寄せ、一旦横の地面に置く。内一つを横に倒し、ロックを外す。
何の抵抗もなく、すんなりと開かれるスーツケースの蓋。
「やっぱり……カード」
遊戯王カードである。
スーツケースの中には、遊戯王カードがぎっしりと詰め込まれていたのだ。
脳内に刻まれたかのような、あの鮮明な記憶に意識を移す。
――そう、ルールは五つ。
「ぶぅぅうぅぅぅ」
全身に震えが走り、変な声が口から漏れ出た。
興奮しているんじゃない。寒いのだ。
「あ、暖かいものを……」
冷気にさらされ、ものすごい勢いで体温が失われていくのを今更のように自覚する。
まったく、ジャングルなのに寒いとはこれ如何に?
つくづく常識が通用しない。
とにかく、このままじゃ捕食される前に凍死してしまう。
小刻みに震える手でケースの中のカード――その一番上の段にある物からいかにも暖かそうな一枚を目の前まで摘み上げ、眺める。
「…………。
これで何も起きなかったら、俺、馬鹿だな」
ま、馬鹿以前に凍死確定するけど。
『オォォーーーーーーーーン!!』
周囲の空気をも震わせるような獣の声。
いやでも耳に届いたのは、遠くから響くイヌ科動物らしきものの遠吠えだ。
捕食ルートもまだ消えてないわけね。
さて、覚悟を決めて――。
座ったまま腕を伸ばし、カードを差し出すように掲げる。
「イリュージョン・シープ、召喚」
そして――
――――
――――
――それは、そこにいた。
「メェ~~」
いつの間にか、そこにいた。
カードが光るエフェクトも、モンスターが飛び出すアニメーションも無い。
もこもことした黒い羊は、最初からそこに存在していたかのように、そこにいたのである。
前屈みに後足二本で立つ、黒毛の羊。
手の中のカードはいつの間にかなくなっていた。
「何て分かりにくい。もう少し何かしら登場効果があってもいいんじゃないか?
……でも、これで召喚は成功したってことだな」
先ほど自分の能力を確認した要領で目に力を込め、黒羊を凝視する。
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イリュージョン・シープ -地ー
☆☆☆
【獣族】
ATK/1150 DEF/900
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ステータスが脳裏に浮かんだ。
言うまでもない。このステータスの表示法は遊戯王カードのそれだ。
しかし、カードにあるような効果の説明がないな……何でだろ?
今度はより集中して視線と額辺りに力を込める。
むむむ……。
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イリュージョン・シープ -地ー
☆☆☆
【獣族・効果】
このカードを融合素材モンスター1体
の代わりにすることができる。その
際、他の融合素材モンスターは正規の
ものでなければならない。
ATK/1150 DEF/900
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はぁ……疲れた……。
融合素材1体の代わりになるって……元のテキストのまんまだな。
……ふむ……、やはりモンスターを融合したり出来るのだろうか?
さて、この赤い目で俺を見つめる地肌が黄緑色の黒いもこもこ羊。
多分大丈夫だと思う。なぜかその確信は俺の中にある。
コイツは俺を傷つけないのだと。コイツは俺の言うことを聞くのだと。
しかし、現実はどうだろう?
未知の動物を前にして、やはりびびってしまうのは仕方ないと思うのだ。
「ほ~ら~、こっちおいでー」
手をそっと下から差し出す。
人間を含め、動物は無意識に上空から近づくものを怖がる習性がある。
嘘だと思うなら家族や友人に頼んで、手をパーにして頭上からゆっくりと振り下ろしてもらうといい。きっと訳の分からない恐怖を感じるはずだ。
因みにこれは鷹などの空中捕食者に対する恐怖の記憶らしい。地上に住む動物の遺伝子レベルにまで刻み込まれているのだそうだ。
地上生物は進化を遡ると、みんな鼠みたいなのになるらしいしね。
だから動物と接する時はゆっくりと下から手を差し出す。
これなら少なくとも敵対したい訳じゃないことを分かって貰えるはずだ。
……。
……まぁ、ムツゴロウさんはこれでライオンに指を食われたが……。
「めぇ~~」
黒毛の羊――イリュージョン・シープは前足を地面につけ、ゆっくりと四本足でこちらに歩み寄って来た。
「おー、よしよし」
「めぇぇぇぇ~」
首の下を軽く撫でる。
イリュージョン・シープの気持ちよさそうな顔から危険がないことを改めて確認し、そのまま手を背中の方へ――。
「もうちょっとこっちおいで」
「めぇぇ~~」
全身をくっ付けるように抱き寄せる。……暖けぇ……。
「しばらく湯たんぽになりなさい」
「めぇ~~~」
はぁ……もこもこ……生き返る……。
あら、今気づいたけど、この子、角が水色だ。
「めぇぇ~」
そして、もう一つ重要なことに気づいた。
背中が寒い……。
出来ればもう一体背中方面に欲しいところ。
よし、ならば召喚だ! と思ったところで
――モンスターの召喚には、そのレベルと同等の魔力を消費する。
そうらしい。
もう一度自分のステータスをオン。
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未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
モンスターを召喚せよ 1/1 Clear
魔力の最大値が1アップしました。
8時間生き延びろ 0:01/8:00
魔力 2/6 ATK/80 DEF/50
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……あれ? 魔力が4ポイント減ってる。
ルールには消費する魔力はモンスターレベルとイコールってあるんだけど……。
頭をひねる。
イリュージョン・シープのレベルは3。ルールに間違いがないなら、何か別のことで魔力を消費したことになる。
俺がここに来てまだ五分未満だ。やったことはそう多くない。
「――――。
――モンスターの詳細ステータスを見た、から?」
考えてみるとこれが一番可能性が高い。
……うわぁ……、こんなくだらないことにも魔力を消費するのかよ。
謎が解けたところで、他の項目にも目を移していく。
ランクアップ条件……。
なるほど、これをクリアしていくと魔力の最大値が増えていく訳か。
そして次のお題は……8時間生き延びろ。
そう言えばと、またまた昔どこかで読んだ本の内容を思い出す。現代生活に慣れ親しんだ人間が野生の世界に放り込まれた時、8時間以上生存することは難しい的なことが書かれてあったような記憶がある。
「8時間、ね。……これが分水嶺ってか?」
「めぇぇ~~~」
「うん、ありがと。何言ってるか分からないけど」
守ってやるぜ、ご主人! この黒羊はそう言っているような気がしたのだ。
とりあえず鑑定能力を再度試してみようと思う。
もちろん対象はイリュージョン・シープじゃない。
――目を瞑る。
「…………あそこら辺か」
今の俺には生き物の気配が大雑把に分かるようになっていた。これは多分鑑定に付加した能力だと思う。
そしてここはジャングルの中。至る所に生き物の気配がごろごろしている。
「鑑定。ステータス表示」
別に声に出す必要はまったくないのだが、気分である。
鑑定の対象は約70メートル先にいる大き目の気配。多分中型動物だ。
兎に角、ここの生物のステータスが知りたい。それによって今後の動きが決まる。
情報は重要である。
「お! 出た出た」
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ヤクト・ウルフ -地ー
☆
【獣族】
森林地帯に生息する狼種。常に三匹
一組で行動し、獲物を追い詰める。
ATK/300 DEF/80
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ヤクト? どう言う意味だろ?
とか言ってる場合じゃないな。
こいつ、そろりそろりとだけど、確実にこっちに近づいて来ている……ような気がする。
この大雑把な気配探知じゃ細かいことは分からん。
しかし名前と説明文にあるように、こいつは狼。きっと鼻が利くはずである。
俺に気づき、狩りの目標に定めたとしても、何ら不思議じゃない。
「しかも三匹一組で行動するわけか」
と言うことは、どこかに残りの二匹がいるわけだ。
まずいな……。
ステータスはこちらのモンスターが圧倒的に高いが、三匹同時に襲って来た場合、俺が無事でいられるか分からない。
イリュージョン・シープから離れ、再びスーツケースに身を向ける。
まだ距離はある。向こうは俺が気づいてないと思っているのか、かなり慎重なスピードで接近して来ている。
寒さと恐怖に体が震える。
「狼三匹が近づいてくる。警戒してくれ」
「めぇぇぇ~」
背後にいる黒羊にそう言い放ち、急いでスーツケースの中を漁ることにする。と言っても、時間をあまりかけられない。
ささっと目に入ったので妥協しよう。
「ん、これでいくか」
目的を叶えられそうなカードを手に取り、ケースの蓋を閉じる。
「フレムベル・ベビー、召喚」
空中に、炎の玉が現れた。
炎球は徐々にその形を変形させ、二頭身の人型を型取る。
燃え盛るその外見は、まさに炎の子供。
目に力を入れ、簡易ステータス鑑定を発動させる。
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フレムベル・ベビー -炎ー
☆
【炎族】
ATK/800 DEF/200
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こちらに迫るヤクト・ウルフの2.5倍程ステータスが高く、レベルは1だ。
これで俺の魔力は、見事にすっからかんである。
「こんにちは。俺の言うこと、分かる? 分かるなら頷いて欲しい」
首を上下させるフレムベル・ベビー。予想通り、モンスターには俺の言葉が分かるようだ。
「狼三匹が襲ってくるかもしれない。あっちの方角だ。
周りを燃やさないよう注意しながら、威嚇して来てくれないか」
俺のポンコツな知識が正しければ、狼は火を怖がるはずだ。
彼の炎で追っ払うのが今回の作戦である。
命令を受け、ジグザグ飛行で俺の指差した方角へと向かう炎の子供。
残された俺は再びイリュージョン・シープに身を寄せ、暖を保つ。
そして、しばしの時間が過ぎる――。
『ギャオウァン!』
『ギャイン、ギャイン』
遠くからイヌ科動物の悲鳴らしき鳴き声が聞こえて来た。と同時に、二つの気配が遠ざかって行くのを感知する。
「ふぅ……」
これでとりあえずの危機は回避できた……のかな?
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未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
8時間生き延びろ 0:17/8:00
魔力 0/6 ATK/80 DEF/50
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