朝。ケーネ村滞在四日目である。
いつものように朝食にブルーポーションと非常食を食したのち、ワイトキングを再召喚する。
着替えが完了した頃には、アリアとコロがやってきていた。
「今日は、重病人の元へ案内しますので、もし治せましたら……」
「どうせ大丈夫なんでしょ? あんたの薬、何でも治るもんね」
「いえいえ、流石にそこまで万能ではありませんよ。
とりあえず、患者の方を見に行きましょう」
こうして、本日はアリアとコロに案内され、病人の家へ赴くことになった。
道中、声をかけてくれる村人達に挨拶を返す。
昨日と同じように物見遊山気分で村を歩いていたら、はやくも目的地に着いたらしい。
目の前にあるのは普通の、この村では有り触れたかまくらハウスである。
まずは治療の説明のために、先にコロが中へ入っていった。
「賢者様、よろしくお願いしますにゃ」
「父を救ってくださいにゃ」
「おじいさんをお願いしますにゃ」
玄関から出て、俺に挨拶する三毛猫達。きっとご家族の方だろう。
「はい、きっとお治し致します」
患者の家族らに案内され、病人の部屋へと入ると、中は濁った空気に包まれていた。
湿気と埃、そして病人の体臭にまみれた空間は、何だかここにいるだけで、病気じゃない人も病気になりそうな感じがした。
すぐにアリアとコロに指示して、木の板で作られた窓を開けてもらう。
「さて……」
寝ているのは年老いた猫だ。何の病気かは知らないが、大分衰弱している。
「賢者様……本当に治りますでしょうかにゃ?」
不安そうに聞く若い三毛猫。
きっと息子さんなのだろう。
「え? ええ、大丈夫ですよ」
そう何回も大丈夫かと聞かれると少し不安になる。何しろ、俺自身には医学知識など微塵もないのだから。
懐から出したカードを手の平に隠し、その手を患者に向ける。
俺の知る病気を治すカードはこれしかない。
心の中でカード名を唱える。
――治療の神 ディアン・ケト。
手の平に、白の光が生まれた。
その光を患者の胸にあてる。直ぐ様光は、患者の身体全体を優しく包み込んでいく――。
アリアにコロ、そして患者の家族達は、まるで奇跡の行使を見るような眼差しで俺の治療行為を見つめている。
やがて、光は収まった。
「もう大丈夫ですよ。これで治りました」
心なしか、患者の息遣いはさっきよりも整っているように感じる。多分、治ったと見ていいだろう。
「……お、おおぅ……、有難うございますにゃ。有難うございますにゃ」
「ほ、本当に、にゃんと感謝の言葉をお伝えすればいいか」
「ありがたや、ありがたや……」
土下座せん勢いで頭を下げる夫婦に、俺を拝み始めるおばあちゃん。
「いえいえ、大丈夫ですよ。
おじいちゃんが起きましたら、栄養のある物を食べさせてやってください。
それから、部屋の換気……空気の入れ替えはこまめにしてあげてください」
「ええ、ええ」
「はいにゃ。はいにゃー」
「ありがたや、ありがたや……」
返事はすごい良いけど、ちゃんと話聞いてるのかな? この人達は。
「それでは、お大事に」
◇◇◇◇
外に出て、大きく伸びを一つ。
うーんーー、良い仕事をした。
隣にいるアリアは、ジト目で俺を見つめている。
「あのー……何でしょうか?」
「何よ。やっぱり使えるじゃない、治癒のカイリ」
やっぱりそう見えたわけか。
「ええ、使えないとは言ってませんよ」
しれっと返してやる。確かに使えないとは言ってないはずだ。
「はぁ……。
あんたさー、何で旅してるの?
治癒のカイリが使えれば、どこの国も重役で取り立ててくれるじゃない」
そうなのか?
なんとなく想像はしてたけど、この世界の治癒術ってやっぱり貴重なんだな。
「性に合ってるんですよ。色々と見てみたくて」
「それに、何で錬金術なんかに手を出してるわけ?
薬なんか使わずに、全部カイリで治せばいいじゃない」
「カイリには残量がありますから……。
さっきの術も、今日は後一回しか使えませんし」
「ふーん……」
だから、錬金術ってなんちゃらほい?
いや、単語の意味は分かるけど……。この世界のことだから、地球の歴史における錬金術みたくインチキじゃないんだろうね、きっと。
「あんた……思ったよりすごいじゃない」
「ありがとうございます」
因みにコロはと言うと、始終あたふたしながら首を動かし、俺とアリアを交互に見ていた。
……けっこう可愛い。
◇◇◇◇
もう一件の病人を治療し、今日のカイリはもう限界だと二人に告げて家に戻る。
そして今日も今日とて、ブルー・ポーション飲ませ屋を開始。
お客さんの数は昨日とほぼ一緒だったが、怪我で来た人は少なかった。
それと言うのも――
「賢者様、大怪我を治して頂いて、本当に有難うございますにゃ」
「いえいえ、同然のことをしたまでですよ」
「よければ、これをぜひ食べてくださいにゃ。今朝森で採ってきたものにゃ」
「はい、ありがとうございます。後程いただきますね」
と、こんな感じである。
昨日診療所で治した大怪我の人達が次から次へと、お礼に来るのだ。
今受け取った
「け、賢者様、これ以上もらうと、全部食べきる前に駄目になってしまいます」
「うーん……しかし、受け取らないと言うのも相手に悪いですし……」
怪我を治したと言っても全て治ったわけではない。四肢の欠損はそのままなのだ。今の人も左腕の
そんな人達がわざわざ森まで出かけて採ってきてくれた果物である。受け取らないのは何だか申し訳ない気分になってくる。
「もう、しようがないわね」
玄関から隊列整理をしていたはずのアリアが顔を出す。
「いいわ、私とコロで何とかしてあげる。コロ、来て」
「う、うん」
「え? 大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、狩猟組なんて全員私とコロの下っ端みたいなものだし。ね?」
「う、うん。叱ってくる……」
「いえ、そうではなく。あまりきついことは――」
「甘い! 言いたいことはちゃんと言わなきゃ駄目よ。誰もあんたの心を読む能力なんて持ってないんだから!」
「はぁ……」
そう言って出て行くアリア。コロは軽く俺に首を下げるとその後について行く。
どうやらこの世界において、”沈黙は金なり”は通用しないらしい。
――そして外から、アリアの罵声とコロの威厳に満ちた声が聞こえた。
最終的には、賢者様の迷惑になるから、とお礼は日持ちする物限定としたようである。
診察が終了した夕方。
家に帰ろうとするアリアとコロを呼び止め、今日の収穫を大量に持たせる。
何だか悪いわね。と言うアリアと、両手をパーにして肉球を突き出し、そんな、受け取れませんよ。と言うコロ。
まぁまぁとなだめすかして果物を押し付け、にこやかに二人と分かれる。
そして、当たり前のようにダスト君来訪。
「うおっ!? 果物がすっげぇ一杯!」
「治療のお礼にといただいた物ですよ。
以前治した患者さんが今日の昼間にたくさん来られました。ありがたいことです。
――そう言えばダスト君、この村の人口はどれくらいですか?」
「じん、こう?」
「村人の数です」
「数……? さぁ? 誰も数えてねぇし、四百人くらいいるんじゃないの?」
割といい加減だった。
夜になり、ダスト君にも大量の果物を持たせてから帰す。
これで大分減ったな。この量なら、一日、二日で食べきれるだろう。
名称不明な果物の皮を剥きながら思う。
――こんな生活も結構いいかもしれない。
いっそのこと、ここに永住しようかな……。
「うっ、すっぱ!」
◇◇◇◇
ケーネ村滞在五日目。
どうやら残る村の重病人は一人しかいないらしく、アリアとコロに連れられ、午前中の内にささっと治した。
そして家に戻ると、そこにはにこにこ顔のジオさんが俺を待ち構えていた。相変わらずの全身を覆うポンチョというメキシカンなスタイルである。
「賢者様の服ができ上がりました。一度ご試着いただけますか?」
「はい! 是非!」
キターーーーーー!!
この日をどんなに待ち望んでいたことか!
ジオさんの出した服に着替えることにする。
下着はぴっちり風のトランクス。いや、これだと、スパッツって言った方がいいかもしれない。やはりゴムはないようで、腰に通してある紐を縛って止める。肌着は灰色のシャツで、トランクスと同じような柔らかい布が使われている。
続けて履くズボンは藍色。分厚い生地を引き上げ、皮ベルトを腰に通す。ベルトの金具は、精巧な模様が彫られた格調高い仕上げとなっていた。この世界の文化レベルから考えるに、これだけでもかなりの値段がするだろうことは容易に想像がつく。
上着はやや派手。赤と黒を混ぜたデザインで、狩猟頭ルラータさんや農畜産まとめ役ヘーロさんの着ていたものと少し似ていた。きっと、ケーネ村の民族衣装のイメージを混ぜているのだろう。
最後に黄土色のマントを羽織る。
ファンタジーゲームでしか見たことのないマントだが、やはりこれも旅の必需品なのだろう。分厚い生地で木の枝や砂煙から守ってくれるだけじゃなく、寒さ対策にもなりそうだ。マントの後にはフートもついていて、これを被ればガードは完璧である。
「いかがでしょう? 最高のものに仕上げたつもりです」
「すばらしいです。私としてはこれで大満足ですよ。本当にありがとうございます!」
「それだけ喜んで頂けるのなら、作った者達も喜ぶでしょう。
中には賢者様に家族を治していただいた者もいましたので、大分張り切って作っていたようですよ」
いやー、本気で素直に嬉しい。
これまで裸にローブと言う変態的な格好だったのだ。こんないい服が着れるとは……やべ、涙が出そう。今なら葉っぱ服で全身痛い痛いしてたのも全部いい思い出として処理できるね。
「それと、こちらはポーチになります。リュックサックは後日、服の残り分とタオルを入れてお渡ししますね」
ポーチは腰に巻くタイプである。黄緑色で、スタイリッシュなデザインをしている。
これも買うとしたら、相当なお値段がするだろう。
「はい、分かりました。何から何まで本当にありがとうございます」
「いえいえ、世の中、ギブ&テイクです。
賢者様は村のほぼ全ての怪我人病人を治療してくださいました。これに報いる為に、我々も頑張ったのですよ」
そうでなければ、もっといい加減な物でお茶を濁すつもりでした。ジオさんは芝居がかった笑顔で、そう冗談めかした。
ジオさんが去り、俺達はいつものようにポーション飲ませ屋を始める。
流石に治療を始めて四日目だけあって、怪我人は殆どやってこない。もうこれまでの三日間で、ほぼ全て治療し尽くしたのだろう
「賢者様、先日は大怪我を治して頂いて、本当にありがとうございますにゃ。おかげさまで、またこうして歩けるようになったにゃ。これ、干しヤブトですにゃ。一年くらいはもつから、好きな時に食べるといいですにゃ」
先日アリアとコロが追い返した人達だ。皆ピーナツ、アーモンド的な
「賢者様、その格好、イカスにゃ。かっこいいにゃ」
「そ、そうか? うは、うはははは」
ふふん! そうだろう、そうだろう。
「け、賢者様! 急患です!」
コロが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
直ぐ様、気を引き締める。
「患者はどこにいますか? 私が行った方がいいですか?」
「も、もうここに運んできてます!
――入れて!」
「お、おれ、邪魔だから外に出るよ」
「ああ、すまない。干しヤブト、ありがとう」
「はい、失礼しましたにゃ」
お礼を持ってきた青年と入れ替わりに、皮鎧を身につけた患者が運ばれてきた。体に何箇所もの切り傷があり、左足がなくなっている。
「ちぎれた足もあるけど、くっ付く?」
そう言ったのは、彼の足を持ちながら部屋へ入ったアリアだ。
「できるだけのことはやってみます。アリアさん、水を持って来てください!」
「うん!」
まず千切れている足の切断面に付着していた泥をさっと水で落とす。そして足を根本部分に当て、その上からブルー・ポーションをぶっ掛ける。
――これでいけるか?
「よし、とりあえずくっ付けるだけくっ付けました。
後はこれを飲んでください。飲めますか?」
「は……はい……」
彼にブルー・ポーションを飲ませていくと、見る見るうちに全身の傷が治っていく。
二杯目を飲み終えた頃には、もはや身体の傷は完全に消え去っていた。
「試しに歩いてみてください。ゆっくりでいいですよ」
「……はい。
…………大丈夫、みたい、です……」
おっかなびっくりで立ち上がる元急患は、問題なく歩けていた。本当にブルー・ポーション様様である。
「どうしてこんな怪我を?」
「その、運悪くゴブリンの群と出会っちまって……にゃ」
「ゴブリン三匹を群と言わないわよ。
賢者様の前だからって、いい格好しようとしないの」
「その、うそは、駄目」
「うぅっ……」
やはりゴブリンか……。
◇◇◇◇
間もなく太陽が夕日へとその姿を変貌させようとしている。
すっかり患者のいなくなった部屋で、俺は暇していた。
そんな時のことである。
「賢者様、代表役が来てます。お会いに、なりますか?」
「え? 代表役さんが? ええ、ええ、どうぞ、案内してください」
頭を引っ込めたコロに案内され、数日振りに見たもさもさ髭のおじいちゃん猫が俺の前にやってきた。――代表役である。
「お久しぶりですにゃ、賢者殿。
村の病人怪我人を一掃してくださり、本当にありがとうございますにゃ。ケーネ村全てを代表して、感謝を申し上げますにゃ」
「いえ、当然のことをしたまでです。よろしければ、最上級の敬語を使わなくとも結構ですよ。私はそこまで徳のある人間ではありませんので」
「は、はぁ……。では、お言葉に甘えまして」
その後、いくつかの社交辞令を挟んでから、代表役にとあるお願いをされた。
それはある程度予想をしていたものだった。
現実に言われて、ああ、やはりか……。という気持ちになる。
「賢者殿にこんなことを頼めた義理じゃないのは分かっております。
しかし、恥を忍んでお願い致します」
深く頭を下げる代表役。
彼の頼みとは、西の森に住むゴブリンを何とかして欲しいと言うものだった。
ゴブリンの集落がある場所は予想ついているという。しかし、自分達が戦うと、どうしても総力戦になってしまう。そうなれば、何人の死傷者が出るか知れた物じゃない。だから賢者様のワイバーンや魔導生物に期待したいとのこと。
全滅させなくても構わない。
しかし、もうこちらに手出しをしてこない程度には損害を与えて欲しい。
ゴブリン退治のクエストか……。ほんっと、どこのRPGだよ。
だがゴブリンによる被害は、俺も直にこの目で見て知っている。ここまで来た以上、さすがにもう見て見ぬ振りはできないだろう。
「分かりました。確約はできませんが、出来るだけの事はしましょう」
「おお!」
ゴブリンクエ、確かに引き受けました。
◇◇◇◇
来客用ハウスを背にして立つ。今の時刻は夜の11:50。
つい先程、散歩ついでに中央広場の大時計を見に行って来た。その時は十一時半であったので、今は五十分くらいのはずである。
「ステータス」
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
信奉者を獲得せよ 0/10
魔力 3/9 ATK/80 DEF/150
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
「うん、やっぱ魔力が3余ってるな」
明日、ゴブリンを何とかしに行こうと思う。
その為の移動手段を今夜の内に召喚したい。余った魔力の有効活用だ。
それにしても、信奉者の数が増えないな……。未だにゼロか……。
結構、怪我病気治してるんだけどな……。
ひょっとしたら、何か方向性的なものが間違っているのかもしれない。
「さて――」
取り出したるは一枚のカード。
それに目を向ける。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
トランスフォーム・スフィア -風ー
☆☆☆
【鳥獣族・効果】
1ターンに1度、相手フィールド上に表側
守備表示で存在するモンスター1体を選択
して発動する事ができる。手札を1枚捨て、
選択した相手モンスターを装備カード扱い
としてこのカードに1体のみ装備する。
このカードの攻撃力は、このカードの効果
で装備したモンスターの攻撃力分アップす
る。このカードは攻撃した場合、バトルフ
ェイズ終了時に守備表示になる。エンドフ
ェイズ時、このカードの効果で装備したモ
ンスターを相手フィールド上に表側守備表
示で特殊召喚する。
ATK/100 DEF/100
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
今回召喚するのはこいつだ。よし――
「トランスフォーム・スフィア、召喚!」
渦巻く風と共に、大きな鳥人が現れる。
銀の甲冑に茶色の体毛。身長は2.5メートル程か。
「よろしくな」
『ああ、主の意図は理解している。任せておけ』
おお、喋った。
「入れるのか?」
『もちろんだ。激しく暴れない限り、壊れることはないよ』
茶色の鳥人の特徴は何と言っても、身長と同じ程度の長さを持つその巨大な腕にある。そして彼は腕と腕の間に、これまた大きな大きな透明な玉を抱えていた。
分かりにくいのなら、こう説明しよう。
身長2.5メートルある鳥人が、巨大な腕で直径2メートル程ある透明なガシャポン玉を抱えている。
それが彼、トランスフォーム・スフィアだ。
彼のカードゲームにおける能力は、相手モンスターを鹵獲できることにあった。
外見からして、多分、その手に持つ透明の玉で鹵獲するだろうと予測したのが始まりである。
――俺がそこに入れば、快適に移動できるんじゃね?
ステータスが弱すぎる為、ケーネ村までの移動には使用しなかったが、戦闘が予想される明日はコイツに乗っていこうと思う。
理由は簡単。
俺を乗せたままだと、戦闘用モンスターはまともに戦えないからだ。
明日は他のモンスターに戦わせて、俺はコイツの中で安全待機。
指示を出すのもよし、新たなモンスターを召喚するのもよし。戦闘スタイルとしては結構いい線をいっているのではないだろうか。
「試しに入ってみるね」
『ああ、どうぞ。触れれば、どこからでも入れるよ』
「うん、ありがとう」
透明な玉に触れると、手を包むようにすり抜ける。イメージはシャボン玉だ。
「結構広いな」
『ああ、風なんかも防ぐから、快適さも保障するよ。飛んでみるかい?』
「いや、村人達を驚かすのはやめよう。悪いけど、今夜は外で待機しててくれ。明日になったら呼ぶよ」
◇◇◇◇
出発の朝である。
五十枚のカードを葉っぱデッキフォルダからポーチへ移動。
マントを羽織、これで準備完了。
外に一歩踏み出すと、そこには代表役、ジオさん、顔役の二人、そして、アリアとコロが見送りに来ていた。後の方では、村の若い人達がまばらに並んでこちらを見ている。顔を見ても見分けがつかないが、きっと俺が治した人達なのだろう。
「賢者様。あたしも連れてってください!
あたし、こう見えても結構強いです。きっと役に立つから」
コロが一歩前に進み出る。
うん。君が強いのはよ~く知ってるよ。
「私もついていくわ。
やっぱりミオ族の問題だし、ミオ族も解決に協力しなきゃね」
と、これはアリア。
「ありがとう、コロさん、アリアさん。
でも、やはり私ひとりで行くことにします」
手を招き、トランスフォーム・スフィアを呼び寄せる。
俺の要請に応え、トランスフォーム・スフィアは空より舞い降りる。その羽ばたきにより発生した強い風が、吹き降ろされた。
「何だ、あれは!?」
「鳥か?」
「何か抱えてるぞ!」
村人達の驚きの声が聞こえてくる。
代表役達も口を開けて、トランスフォーム・スフィアを凝視していた。やはりびっくりしているらしい。
「何しろコイツは、一人しか乗れませんので」
「こ、これも、賢者殿の……」
「ええ、私の使役するモノの内の一体です」
トランスフォーム・スフィアの
「ねぇ、本当に一人で大丈夫なの?」
「あ、あたしも……」
アリアは心配そうにこちらを見ている。
そしてコロはやはり一緒に行きたそうにしていた。
なら、少し二人を安心させてあげよう。
「本当に大丈夫ですから。
――
『GYAAAAAAOOOON!!』
天を裂く咆哮と共に、一匹の赤きドラゴンが出現する。
名を
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
☆☆
【ドラゴン族・チューナー】
このカードが相手ライフに戦闘ダメー
ジを与える度に、このカードの攻撃力
は200ポイントアップする。
ATK/1400 DEF/600
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
「な、なんと!」
「ドラゴン!?」
「そんな!」
「それにしては少し小さいが……」
「何と言う威圧感だ!」
「まさか!?」
各々に驚愕の声を上げる面々。
だが、それでもドラゴンはドラゴン。
黄金色の目と鋭い牙を光らせ、獰猛たる面構えである。
「少しびっくりしましたか? 他にも色々と呼べますよ。
……だから、二人共安心してください。私は大丈夫ですから」
静かに頷く二人。
驚かせすぎたかな? でもコイツよりも強いんだよね……コロさん。
「それでは、行ってまいります」
トランスフォーム・スフィアに出発の合図を送り、高度を上昇させる。
「お気をつけて」
一礼するジオさん。
「頼みましたぞ、賢者殿」
と、これは代表役。
「け、賢者様、がんばってー!」
「危なくなったら一旦戻ってくるのよ!」
手を振るアリアとコロ。
「賢者様、がんばれー」
「ゴブリンなんぞ、全滅させてくれー!」
「頼んだぞー!」
「やっちまってくれー!」
「無事を祈ってるからなー!」
他の面々も思い思いに応援の声をかけてくれる。
そんな彼らは高度が上がるにつれ、どんどん小さくなっていく。
「――よし!
行くぞ! トランスフォーム・スフィア、
西に向かってくれ!」
◇◇◇◇
快適な空の旅を始めて、約一時間。
『主、あれじゃないかな?』
「ああ、多分そうだ。高度を落としてくれ」
ゴブリンの集落を見落とさない為にも、トランスフォーム・スフィアには結構な高度で飛行させていた。
そしてこんな上空でも寒くなく、風もなく、普通に息ができるスフィアの中は本当に快適であった。今後の旅はこいつを利用しようと心の中に決める。
上空から徐々に下降する。
集落に近づくにつれ、その全貌が見えてきた。
ダスト君に聞いた話だと、ゴブリンの数は300近く。それぞれの強さはミオ族と大して変わらないらしい。ミオ族の平均ステータスが 攻/150 守/50 くらいだから、もう一体モンスターを召喚すれば全部倒せるかもしれない。
「散乱しているのはキャンプファイヤーの跡かな? 随分と文明観のある村だな……」
ひょっとしたら、それなりに知性がある奴らなのか?
『主、何か雰囲気がおかしいぞ』
「そうなのか?」
未だ高度は高く、俺の目では細かいところまで見ることができない。
『右の方だ』
「右……?」
右下に顔を向け、俺は固まった。
「……な、なんだ、あれは?」
◇◇◇◇
端的に言うと、ゴブリンの集落は怪物に襲われていた。
俺はトランスフォーム・スフィアと
悲鳴をあげ、逃げ惑うゴブリン達。中には武器を手に取り、果敢に怪物に挑む者もいたが、その
「……くっ、鑑定!」
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
森を走る大鮫 -地ー
☆☆☆☆☆
【魚族】
森を支配する王者。縄張りへ侵入する
者に怒りの鉄槌を下す。その剛力を止
められる者はいない。
ATK/2200 DEF/2000
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲
姿形を一言で表現するなら、手足の生えた鮫である。
そして、その余計に生えた手足がとにかく太い。筋肉でガッチガチである。
鮫の大きさは横2メートルに、縦7メートル。四つの足で地面を這っているが、その状態でも高さ3メートル程ありそうだ。とにかく全体的に巨大で、根源的な恐怖感を見る者に与える。
何これ!? ゴブリンを倒しに来たら、ボス出現だよ!
しかし、これはこれでラッキーかもしれない。何しろほっといてもゴブリンを減らしてくれるわけだし。
改めてゴブリン達に目を向ける。
身長はミオ族と同じくらい。高い鼻に禿げた頭、そしてエルフ耳。顔は遊戯王カードにあるゴブリン突撃隊のゴブリンとよく似ている。
その皮膚の色は、鉄が錆付いたような赤茶びたもの。俗に言う
目の前で行われていたのは惨殺だった。
食べる為ではない、遊ぶ為でもない、ただ殺す為に殺す。
走る鮫はゴブリンを巨大な足で踏み潰し、鋭い牙で食いちぎり、巨体で突き飛ばした。
よく見ると、ゴブリン達の行動はある程度秩序だっているものであった。
文字通り命を賭して鮫を食い止める役。
遠くから弓を射掛ける役。
子供や老人らしき者を避難させる役。
それぞれが必死な表情で自身の責任を果たそうとしていた。
鮫は突進する。
四、五軒の家と七、八匹のゴブリン達をまとめて押し潰す。
鮫は大地を踏み鳴らす。
それだけで、いくつもの血の花が、地面に咲いた。
鮫は勇敢に、無謀に向かってくる一匹のゴブリンの下半身に齧り付き、首を振り回す。
俺のすぐ近くに、ゴブリンの上半身だけが飛んできた。
既に事切れたゴブリンに目を向ける。
彼は絶望に固まった表情で、虚ろな目をこちらに向けていた。
バラバラに壊された藁の家屋に目を向ける。
茶碗や壺、そして何に使うのかよく分からない道具が散らばっていた。
彼らが生活してきた……生きてきた証である。
「…………。
…………やっつけるぞ……」
『主?』
「あの鮫、やっつけるぞ!!」
ポーチからカードを取り出す。
「足止めしろ、
『GUGYAAAAAAAAOOOO!!』
新たな参戦者に慌てふためくゴブリン達。
そんなゴブリン達をよそに、大きく口を開け、鮫へと向けて灼熱の炎を吐き出す
だが、それをそよ風の如く意に介さない鮫。
くそっ! まったく堪える様子がないな。
炎が効かないのか、それとも
「よし! あった!」
鮫に対抗できるレベル5のモンスターを右手に掲げる。
「雷帝ザボルグ、召喚!」
…………。
…………。
……。
……。
……あれ?
反応がない。
うんともすんとも言わない。
ええっと、何でだ?
今俺の残り魔力は7。レベル5のこいつを召喚するのは余裕のはずだ。
鮫は身体を振り回す。
まるで巨大なハンマーのように、鮫の尾は
俺の左横に吹っ飛んでくる
「くっ……」
上がった土煙に、思わず目を覆う。風の玉にガードされ、砂が入ってこないことに気がづき、手を下げる。そしてすぐさま手痛い一撃を受け、家屋の下敷きとなった
よかった、まだ死んでない。
安心したのもつかの間。
再び鮫に目を向けると、怪物はその
間を置かず、突進!
「雷帝ザボルグ! 雷帝ザボルグ!
くそっ! トランスフォーム・スフィア、上昇しろ!」
今トランスフォーム・スフィアと俺のいる高度は約5メートル。俺の命令を受けたトランスフォーム・スフィアはさらに高く、高く、上昇していく。
――6メートル。
――――7メートル。
鮫は大きく口を開け、猛スピードで迫ってくる。一歩足を踏み出す
――――――8メートル。
――――――――9メートル。
――――よしっ! ここまで来れば!
眼下にある、迫りくる地を這う鮫の後ろ二本足が、収縮したように見えた――。
一瞬のことであった。血管が浮き出るほど、その両足に力を込めた鮫は――大きく跳躍した!
「ちょっ! うそぉ!」
迫り来る鮫の口内。
時間の流れが、やけに遅く感じられる。
徐々に近づく鋭い牙の一本一本がはっきりと見てとれた。
一説によると、人間は死の瞬間、全てがスローに感じるらしい。あれって本当のことだったんだなぁ……。
って冷静に考えてる場合じゃねぇーー!
よけろ! よけろ! よけろ!
『うおおおぉぉぉおお!!』
トランスフォーム・スフィアの咆哮。
両翼に力を入れ、何とか鮫の跳躍突進をかわそうと奮起する。
そしてゆっくりと、かするように、俺のすぐ左脇を通り過ぎていく鮫の魚眼と一瞬目が合う。
よし! なんとかこれで――っ!
鮫の黒い爪が、トランスフォーム・スフィアの翼を
左翼の半分を失う程の激しい力を受け、まるで電車に引っかかれたように錐揉み状に落下していくトランスフォーム・スフィア。俺のいる玉の中もぐるぐると回転し、激しいGがかかる。
なんとか上だと思われる方向に目を向けると、必死に損傷した翼を羽ばたかせ、体勢を立て直そうとしているトランスフォーム・スフィアの姿が目に入った。
――激しい衝撃!
――――――
――――――
――――
――――
――
――
「は……ぁ……うっ」
まだ……生きているようだ――。
どうやら、藁の家に落ちたらしい。きっとトランスフォーム・スフィアによる最後の減速も効いたのだろう。
粘着性のあるぬるりとした液体が、顔の左半分を染める。
左腕も折れているのか、まったく動かない。
麻痺しているからか、不思議と痛みはなかった。
「…………生きてるか?」
『まだ死んでないよ。でも悪いな、主。すぐには動けそうにない』
「いや、別にいいさ。
落ちる時、俺の為にクッションになってくれたんだろ? でなきゃ、この程度で済んでる訳がないもんな」
瓦礫をどかし、よろよろと立ち上がる。
さっきまで入っていたトランスフォーム・スフィアの玉は、落下の衝撃で割れていた。
――状況はどうなっている?
地面に降りたことにより、途端に視界が狭くなったように感じられた。
しかしそれでも、鮫の巨体を見つけることは容易であった。
こうして陸から見上げるとホント、リアルに怪獣だな……。
どうやら鮫は自らの標的を抵抗するゴブリンの方に切り替えたらしい。
『GYOOOOAAAAA!』
そんな鮫に対し、上空から襲い掛かる
うまく鮫の攻撃範囲外の背中付近に位置取り、一方的に炎を浴びせている。
だが、いかんせん攻撃力が低すぎる。鮫はケロッとしていた。
「そうか……俺のゴブリンを守れって命令を、守っているのか」
一旦戦場から離れたことで、大分頭も冷えてきた。冷静になったという奴だ。
手に持ったままの、雷帝ザボルグのカードに目を向ける。
『GUGYAOOOOO!』
主人、オレをツカエ!
ああ、分かっている。
生贄、それともリリースか?
遊戯王カードゲームにおいて、高レベルモンスターの召喚にはモンスターの生贄が必要である。生贄と言う単語はイメージが悪い為、今ではリリースと呼び方を変えたが、やってることは一緒だ。
具体的には、レベル5、6の上級モンスターの召喚には生贄が一体。それ以上のレベルの最上級モンスターの召喚には生贄が二体必要である。
今回俺が召喚しようとした雷帝ザボルグはレベル5。ルール通りに考えるなら、生贄なしでは召喚ができないのだろう。
鬱陶しそうに
どうやら、俺がまだ生きていることに気づいたようだ。
体の向きを変え、太い筋肉質な足で地面を這うように迫り来る鮫。
突進攻撃である。
……きっとかすっただけでも死ねるだろうな。
主人ヨ! ハヤクヤレ!
ああ、分かってる。
「
「雷帝ザボルグ、召喚!!」
轟く雷鳴! バチバチとスパークする電光が、ゴブリンの集落を包み込む。
予想外の現象に驚き、動きを硬直させる鮫。
そして――
白銀の巨人が、光臨する。
雷鳴と共に現れたのは身長3メートルある人型。
白銀の重甲冑を身につけ、体の周囲に稲妻をスパークさせる。
「やれーーー!! ザボルグーーーー!!」
ここに来て、鮫はやっと自身の脅威となりうる存在を認めた。
ターゲットを切り替え、先程とは比べ物にならない勢いで雷帝に突進をしかける。
『
叫びと共に、全身に目が眩まんばかりの雷光を纏う雷帝!
その身体から伸びる極太の
全ては一瞬。雷は、避けられない。避けようなどない。
光が、収まる。
鮫はブスブスと煙を上げ、ゆっくりと、大きな音を立て、横向きに、大地に倒れ臥した。
そして、しばしの沈黙――。
「「「「「「ウオオォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」」」
ゴブリン達の歓声が、集落に響き渡った。
◇◇◇◇
ふらふらした足取りで前に進む。
背後にいたトランスフォーム・スフィアも何とか起き上がり、よろよろと俺についてくる。
雷帝は振り返り、俺に
改めて近くで見た雷帝ザボルグは、虎柄の腰巻をつけた、緑色のアフロヘアーだった。
こんな時だけど、ちょっとおかしい。
『よくぞ召喚下さいました、マスターよ。我が力は全て御身の為に』
「ああ……出て来て早々、ご苦労だった。う……」
くらっとする。
結構出血している。早めにポーション飲まないとな。
「ん?」
周囲を見回すと、いつの間にかゴブリン達に囲まれていた。
そろそろと、ゆっくりと、慎重に近寄ってくるゴブリン達。そうして、俺から5m程度の距離まで近づくと、彼らはばらばらに立ち止まる。
その中で一匹だけ、俺の前に進み出るゴブリン。
彼は鋭い眼差しで真っ直ぐ俺を見つめたまま、左手を高く掲げる。
そして――
――ザ、ザザザザザザザ!
ゴブリン達は一匹残らず、全員一斉に土下座した。
「御使い様に、感謝の意を!」
――――痩せこけたゴブリン達は…………猿のように見えた。
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未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
信奉者を獲得せよ Clear
魔力の最大値が1アップしました。
大型モンスターを2体討伐せよ 0/2
魔力 3/10 ATK/80 DEF/180
▽NEW
魔力10到達により、効果が開放されまし
た。最大魔力を消費して習得できます。
ロックLv.1 消費2
カード一枚の発動限界時間をなくす。使
用中、そのカード分の魔力は回復しない。
バウンスLv.1 消費3
魔力の切れたカードは自動的に手の中に
戻る。
サーチ 消費4
カードをカードケースより呼び出し、手
の中に転送することができる。
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