異世界のカード使い   作:りるぱ

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第13話 星光る池

 ガヤガヤとした声に目が覚める。眠気(まなこ)で上半身を起し、辺りを見回す。

 狭い空間……家の中だ。

 俺は茣蓙(ござ)の上に寝かされていたようだ。体の上には厚い動物の毛皮がかけられている。

 

「そうか……気絶したのか」

 

 ゴブリン達から総土下座されて……その後、すぐに意識を保てられなくなったんだ。

 

「起きなきゃな……。

 ――何が、どうなってる? うぅ……」

 

 立ち上がろうとして、失敗する。片膝をついて、自分の状態を思い出す。

 ああ……怪我してるんだっけ。

 

「……この頭の鈍痛はそのせいか……。痛っ」

 

 左腕が少し地面に触れて、さらなる激痛が走る。

 そう言えば腕も折れてるんだったな。

 

「……はは」

 

 可笑しさに、つい声を出して笑ってしまった。

 左腕は風船みたいに、元の倍くらいまで()(ふく)らんでいた。痛みで動かせないのと合わせて、まるで自分の腕じゃないみたいだ。

 ――さっさと治そう。

 そう思い、ポーチからここ最近よく使う魔法カードを取り出す。

 

「ブルー・ポーション」

 

 どこからともなく出て来たコップを用い、同じく無より現れた壺からポーションをすくう。そして、それをごくごくと飲み干す。

 一杯目で頭の鈍痛が治まり、二杯目で腕の腫れも綺麗に引いた。毎度思うが、脅威の回復力である。

 しかし俺の意識は麻酔を打たれた後のように、未だ(もや)がかかったまますっきりしない。きっと単純に血が足りないからだろう。でもまぁ、動けない程じゃない。

 

 体も一応治ったし、一先ず辺りの様子を確認してみる。

 (わら)で作られた壁の隙間隙間から日光が針のように射し込み、何もない雑風景な家の中を照らしていた。

 まだ外は明るい――と言うことは、そんなには寝てないはずだ。

 

 ならば、そこまで急がなくても大丈夫かな?

 一旦腰を下ろして目を瞑り、もうしばしの休息をとることにする。

 外からわいのわいのと人の――ゴブリン達の甲高いざわめき声が耳に届く。

 距離が近いからだろうか? とある二匹の会話がやけにクリアーに聞こえた。

 

 

『駄目。もうオレ、生きていけない……』

『どうした? 仕事する』

『ベリーギの実、壺ごと潰された。二年も溜めてたのに……』

『ベリーギ、めずらしい実。溜めたのか?』

『壺一杯……』

『すごい! ――おれも、食いたい』

『無理。壺と一緒に潰れた』

『それは困った……』

『オレ。生きる楽しみ、なくなった』

『……』

『――死にたい……』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『……わかった。おれにまかせろ』

『……? どうする?』

『割れた壺、どこにある?』

『これ、欠片。一個持ってる』

『――うん。この欠片、おれ知ってる。おれが作った壺』

『そう。壺、お前から貰った』

『おれ、またこれ作る』

『また?』

『そっくり』

『――――』

『一緒』

『――』

『同じもの。作る』

『――』

『そしたら。ベリーギの実、元に戻る』

『……戻る?』

『そう』

『……』

『…………』

『………………』

『……………………』

『……すごい。お前、天才』

 

 

 ……。

 ……。

 一度今の状況を整理してみよう。

 俺はゴブリンの集落を襲う怪物――手足のついた筋肉ムキムキな鮫を倒し、その後ゴブリン達に囲まれて総土下座された。

 普通に考えれば、土下座は感謝か謝罪の意味を持つ。まぁこの場合、きっと感謝の方だろう。

 そして出血多量が原因なのか、俺はすぐに倒れた。

 今の状態を見る限り、倒れた俺を家まで運んで休ませたのはゴブリン達だろう。

 つまり今の所、ゴブリン達に敵対意思はない。

 

 ゴブリンをやっつけに来たのにおかしなことになった。

 どうやら彼らは組織的な行動をとることができ、言葉も話せるようだ。

 ゴブリンと意思の疎通ができるなんて、想像すらしていなかった。

 

 そもそもゴブリンが害獣と大して変わらないと思ったからこそ、俺はこの依頼を引き受けた。

 ここまでの文明と文化を持っている種族なら、もはや獣とは言えないだろう。

 であるならば、ミオ族が受けた被害の数々は害獣によるものではなく、異種族間に起った争いによるものであると推測することができる。

 そう、争いだ。これはミオ族とゴブリン族の地域紛争なんだ。

 ――その片棒を担がされたのか?

 

 いや、違う。

 ミオ族達との会話を思い返してみると、彼らはゴブリンの存在をごく当たり前に、知っていることが常識である風に話していた。

 彼らからして見れば、賢者と呼ばれる俺も、ゴブリンと言う種族を知っていて当然だったことだろう。そしてそんな俺にゴブリン退治――ゴブリン族虐殺の依頼をし、俺は(こころよ)くそれを引き受けたわけだ。

 そう、詰まる所――

 

「悪いのはなんの知識もない、アホな俺自身か……」

 

 もっとゴブリンについて詳しく聞いておくべきだった。

 本当、自己嫌悪に陥る。

 ろくに考えもせず、ゲーム感覚で引き受けた俺が全ての元凶だ。

 危うく取り返しのつかないことをしてしまう所だった。

 まったく、何かゴブリンクエだ。

 意気揚々でいた昨日の自分をぶん殴ってやりたい。

 ここは現実の世界だってのに。

 現実の世界が、そんな都合よくできてるわけないってのに……。

 

「はぁ……」

 

 情報整理終了。なぜこうなったのかよ~く理解できた。

 ――これからどうしよう……?

 

「さっきブルー・ポーションを使ったな。

 残り魔力は後どれくらいだろ? ――ステータス」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ Clear

魔力の最大値が1アップしました。

 

大型モンスターを2体討伐せよ 0/2

 

魔力 2/10   ATK/80 DEF/180

 

△NEW

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 ラ、ランクアップしてる!?

 つまり、俺の信奉者が少なくとも、新たに十人以上も生まれたってことか!?

 心当たりを考えてみると…………きっとあれだな。ってか、あれしかない。

 

「……うっそーん。

 あのゴブリンの総土下座って、そういうこと!?」

 

 なにそれこわい。

 何がどうなって、どういう思考回路でそうなったわけぇ!?

 いやまぁ、集落襲ってた鮫やっつけたけど――でもそれだけで信奉者になるってのもな……。

 ケーネ村であんなに病気怪我治してあげたのに、一人も信奉者生まれなかったわけだし……。

 

「これは何かしら理由がありそうだね。――要調査っと」

 

 続けて次のランクアップ条件の項目を読み進める。

 お題は大型モンスターの討伐。

 大型の基準がよく分からないけど、あの鮫みたいな奴を後二体だと思えばいいのかな?

 鮫が他にもいるとは限らないし、それに今回のように楽に勝てるとも限らない。

 ――前途多難だ……。

 

「…………ん? この最後のNEWってのは何だろ?」

 

 一番下の行に、新しく追加されたNEWと書かれた項目があった。

 その文字に意識を向けてみる。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

大型モンスターを2体討伐せよ 0/2

 

魔力 3/10   ATK/80 DEF/180 

 

▽NEW

魔力10到達により、効果が開放されまし

た。最大魔力を消費して習得できます。

 

ロックLv.1   消費2

カード一枚の発動限界時間をなくす。使

用中、そのカード分の魔力は回復しない。

 

バウンスLv.1  消費3

魔力の切れたカードは自動的に手の中に

戻る。

 

サーチ     消費4

カードをカードケースより呼び出し、手

の中に転送することができる。

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 効果が……開放された?

 こ、これは……! かなりすごいんじゃないだろうか。

 

 新たに習得できる三種類の効果――

 24時間の発動限界をなくすロック。

 魔力切れカードを自動回収するバウンス。

 そして、カードケースからカードをアポートするサーチ。

 

 ぶっちゃけ、どの能力も喉から手が出るほど欲しい。

 

「でも、最大魔力を消費……か」

 

 いかんせん、習得する為には魔力の最大を削らなければならない。

 せっかく上がった魔力を……。

 

「特に時間制限もないみたいだし、しばらく保留だな」

 

 残り魔力に目を向けると、今日使えるのは後2ポイント。

 これはもしもの時の為に温存しておこう。

 

 ――うん。

 こんなもんでいいだろう。

 考え事をしていたおかげか、それとも少し休めたおかげか、薄い幕がかけられたように違和感のあった脳味噌は、大分正常な状態に戻ってきた。

 そろそろ外に出て、色々と情報を集めてこよう。

 

 天井が低いので、腰を少し(かが)めながら立ち上がる。

 ゴブリンのサイズに合わせているからか、この家はかなり狭い。家というより大きめなテントと言った方が正確に表現できているかもしれない。

 一歩、二歩踏み出すと、まだ足取りが少しふらついているのが分かる。そのまま外へ進み出る。

 

『起きたみたいだね』

 

「トランスフォーム・スフィア……」

 

 入り口の前で俺を出迎えたのは茶色の体毛に銀の甲冑。身長2.5メートルある鳥人、トランスフォーム・スフィアだった。大鮫との戦いで千切れた左羽根が痛々しい。

 どうやら、彼は俺の寝ていた家の前で見張りをしてくれていたようだ。

 

『我もいる』

 

 その背後にいるのはトランスフォーム・スフィアより頭三つ分大きい重甲冑のアフロ巨人。

 ――雷帝ザボルグだ。

 彼はどこかの邪神像のように、無駄な威圧感を周囲に撒き散らしながら佇んでいる。

 

「うん。二人共、見張りお疲れさま。

 それで、今状況がどうなってるか分かる?」

 

『それなら、彼らから聞いた方が速いんじゃないかな?』

 

 

「おお!」

「御使い様!」

「御使い様、起きた!」

「うで治ってる」

「怪我、あとかたもない」

「御使い様、すごい!」

「御使い様……」

「救って。御使い様」

「御使い様!」

 

 誰も集合の号令をかけてないのに、わらわらと集まってくるゴブリン達。そしてあれよあれよという間に、彼らによる赤銅色の土下座の輪ができあがった。

 

「えっと……」

 

 平伏すゴブリン達の中心にいる俺。

 うーん……これは困った。

 

 どうしようかと考えながら顔を上げてみると、輪の向こうにいる一匹の――いや、一人のゴブリンが視界に入る。

 何やら指示を出していた彼はこちらの様子に気づき、輪を縦切るように俺の元へとやって来た。

 見覚えのある鋭い目付き。

 気絶する前に見た、”御使い様に感謝を”と号令をかけたゴブリンだ。

 彼がこの集落のリーダーなのかもしれない。

 

「起きたか……御使い様。

 しかしまだ顔色が悪いようだな。オレの家でもう少し身体を休ませるといい。

 お前ら! 御使い様はまだお疲れだ! 少し休ませる!

 全員、作業に戻れ!! 

 ――――では、こちらへ。散れ散れ散れぃ!」

 

 土下座するゴブリン達を追い立てながら、彼は俺に目配せをする。どうやら合わせてほしいようだ。

 詳しい事情が分からないので、とりあえずここは流されるがままにいこう。黙って目付きの鋭い彼について行くことにする。

 歩くこと約30秒。

 元いた場所から30メートルも離れていない、すぐ近くにある一軒の竪穴式住居に案内された。

 外から見た広さは先程寝ていた場所の二倍くらい。道中観察した限り、この集落の中では大きい部類に入る家だ。

 

 慌てて作業に戻ったその他大勢のゴブリン達は、どうやら俺を案内する彼のことを怖がっているようである。しかしやはり好奇心の方が勝るのか、仕事をしつつも、ちらちらとこちらに目を向けてくる。皆口を噤んで、先程まであった雑談する声がなく、妙な静けさが出来上がっていた。

 

「中へ――」

 

「ええ」

 

 俺が家の中に入ると、外のざわめく音が徐々に元に戻っていく。

 

「まぁ、座ってくれ」

 

 彼に勧められるがままに、地面に敷かれた茣蓙(ござ)の上に腰を下ろす。

 そして、俺の向かい側に胡座(あぐら)を組んで座る彼。

 

 さて、まずはこれを言っておかないとな――。

 

「皆さん何か勘違いをされているようですが、私は御使い様と言う人物ではありませんよ」

 

 信奉者の件といい、その肩書きはどう考えても可笑しい。

 勝手に誤解して、後で違うと怒られても困る。

 

「ああ。分かっている」

 

 彼はそう言って改めて姿勢を正す。

 

「オレの名はカイ。この集落の首領をしている。

 まずは礼を言わせてもらおう。

 客人は我らを滅亡の危機から救ってくれた」

 

 深く頭を下げるカイさん。

 

「――心から感謝する」

 

 彼の姿勢、表情、動作の一つ一つから、本当に感謝していることが(うかが)い知れる。

 ここは素直にその感謝の意を受け取っておこう。

 

「……それで……どうして私が御使い様なのですか?」

 

 俺はカイさんが頭を上げたのを見計らい、話の本題をもう一度切り出す。

 

「それに関しては申し訳ないと思っている。

 御使いなどと言う呼称からも、客人はそれが何を指すのか、推測くらいできているだろう」

 

「まぁ……。

 神の御使い……でしょうか?」

 

 御使いとは、一般的に神の使者を指す単語だ。

 

「その通りだ。今我らにはそういった心の支えがどうしても必要だ。

 悪いとは思ったが、勝手に客人を御使い様に仕立て上げさせてもらった。

 だからここを出るまでの間だけでいい。御使いのふりをしてもらえないか?」

 

 彼、”ゴブリンのリーダー”カイは両手の拳を地面につけ、先程よりもさらに深く頭を下げた。

 

「――頼む」

 

 心の支えが必要なほど、ゴブリン達はまずい状況にあるってことか。

 選択を俺に委ねてくれたけれど、そういう状況ならやらない訳にも行かないだろう。甘いとは思うが……まぁ……これも日本人気質だな……。

 外にいるゴブリン達の様子を見た限りじゃあ、もうばっちり御使い様認定されているようだし……。

 ……お芝居か……。

 

「――――分かりました。引き受けましょう。

 その代わりといっては何ですが、いくつかの質問をさせてください」

 

 ここでできる限りの情報を集めよう。

 今後どうするかに関しての指針になるはずだ。

 

「もちろん構わない。オレに答えられるものなら」

 

「ありがとうございます。

 ――ではまず、お聞きします。あの鮫はなんですか?」

 

「さめ?」

 

 鮫を知らないのか?

 いや、もしかしたら呼称が違うだけかもしれない。

 

「ここを襲っていた化物のことです」

 

「ああ……。我らはアレを”森喰い”と呼んでいる。

 遥か昔から西の森奥深くに住む、見た通りの怪物だ。本来なら縄張りから出ることはないのだがな……」

 

「森喰い……」

 

「森喰いは七年前に三体の子を産んだ。

 アレの生態をよく知ってるわけじゃないが、少なくともこれまでに一度もなかったことだ。

 その子らが七年かけて成体化し、今新たな縄張りを求めてここら一帯で暴れまわっている」

 

「では、この村はよく襲われるのですか?」

 

「いや。今日が初めてだ。

 だが……いつか来るとは分かっていた。

 その為の準備もしたんだが……なんの役にも立たなかったな」

 

 つまり、この集落が初めて森喰いに襲われた日に俺が来たわけか。

 ――天文学的な確率だな。

 もし俺の到着が後一時間遅かったら……あるいは後一時間早かったら……。

 そうだったなら、結果的にこの集落はなくなっていたはずだ。

 遅ければ怪物に殺し尽くされ、早ければ多分……俺が彼らを全滅させていた。

 

「次の質問です。

 御使い様とはなんでしょう? 詳しく教えてください」

 

 イエス・キリスト(救世主・イエス)みたいなものなんだろうか?

 この世界の人は全員同じ神を信じていると思ってたんだが……うーん、気になる。

 それにお芝居をする為にも、御使いとやらが何なのか分からないと話にならない。

 

「御使いとは、神が我らゴブリンに知識を授ける為に遣わせた者の事だ。

 背の高い、黒髪黒目のヒューマンタイプだと言い伝えにある」

 

「知識を……授ける?」

 

「見ての通り、我らは元種だ。

 神は元種の一部にも知識を授け――」

 

「少し待ってください」

 

 元種?

 また分からない単語が出てきたぞ。

 どうする。このまま流すか? 誤魔化すだけなら何とでもなる。

 

 ――――いや……やめよう。

 知識がないせいで間違いを犯しかけたばかりじゃないか。

 人は反省できる生き物だ。

 ここは、「素直に聞く」ことこそが最善のはずだ。

 

「その――元種について、教えてもらえませんか?」

 

 カイさんは驚いた顔をする。

 

「客人は今まで元種に会ったことがないのか?

 ――――いや……住む地域によって、それもありえるのか……?」

 

「お願いできますか?」

 

「あ、ああ、構わない。

 元種とはとどのつまり、神が人間を作る以前からこの大地に住んでいた者達のことだ」

 

 ふむ……。

 確かダスト君の話によれば、女神がこの世界と動植物を作り、男神(おがみ)が人間を作ったらしい。

 

「つまり……元種とは男神ではなく、女神によって作られた知的生物?」

 

「その認識で間違いない。

 人間共は差別と侮蔑を込めて、我らを人に満たない者――亜人と呼ぶ」

 

 差別と侮蔑……か。

 

「業腹だが、その思考は理解できないでもない。

 知識を与えられた状態から作り出された人間達と違い、当時の我らは獣当然だったからな」

 

 カイさんは苦い顔で話す。

 

「実際、今でもゴブリン族は馬鹿な者が多い」

 

「……カイさんを見ていると、とてもそうは思えませんが」

 

「オレはな……大きな都市で奉公してたんだ。六年近くな。

 ……やってた仕事は下っ端の……そのさらに底辺のものだった。結局クソみたいな環境に耐え切れなくなって、ここに逃げ帰った。

 そしたら……笑えることに、あっと言う間に首領に担ぎ上げられた。

 人間の小間使いをやってたオレは、ここじゃあ知識人らしい」

 

 なるほど。

 都会で働くうちに、色々と学んだのか。

 

「この調子だと、百年後も人間共に差別され続けていることだろうよ」

 

 カイさんはそう自嘲ぎみに続けた。

 

「御使いの話だったな……。

 神は確かに人間を作ったが、元々あった我ら元種をも見捨てなかった。人間と同じように、我らへも多くを与えたのだ。

 その中の一つが御使いだ。

 神は我らに知識と文化を教える為、身を守る術を教える為、御使いを遣わせた。

 御使いは様々な新しい知識を我らにもたらし、我らを導いた」

 

 つまり御使い様は当時のゴブリンにとって、教師兼リーダーだったわけか。

 

「神の時代というと、300年以上昔の話になりますね」

 

「そうだ。今となっては御使いに関する記録はあまり残されていない。

 ただどうしようもない困難に陥った時、再び我らを救う為にやって来ると信じられている。

 我らにとって、御使いとは奇跡をもたらす救世主だ。

 数百年経った今でも、”五賢人”に勝るとも劣らないほど敬愛されている」

 

 五賢人?

 本筋とは関係なさそうだが、また新しい単語が、ががが……。

 

「良ければ少し村を回らないか?

 御使い様である客人の顔をみんなに見せてやりたい」

 

「ええ。構いませんよ。

 ――その前に続けて質問です。五賢人とはなんでしょうか?」

 

 こうなったらもう、ここで分からない単語を徹底的に聞いておこう。

 どこに落とし穴があるか分かったものじゃないし、それでなくても、知ることは今後の為になるはずだ。

 

「五賢人を知らない? 冗談だろ?」

 

 カイさんは顔を強張らせたまま固まってしまった。

 ……あれ? そこまで驚くこと?

 まずったかなぁ……。

 

「とある事情により、知識がとことん足りないのですよ」

 

 曖昧に誤魔化してみる。

 

「いやいや、それにしたって。五賢人を知らないのは()()()()()だろ!

 …………待てよ。……そう言えば――」

 

 カイさんは何やら考え込むように手を顎に当てる。

 

「頭をうって、それまでの人生を全て忘れたという人間の話を聞いたことがある。

 まさか……それなのか?」

 

 どうやら記憶喪失と解釈してくれたようだ。

 なら、それに乗ろう。

 

「ええ。そのようなものです。

 ――因みに、その、ありえないとは?」

 

「あ、ああ。

 五賢人のことは、八歳になると世界の声によって知らされるんだ。

 だから、知らないのはありえないと言った」

 

「世界の声?」

 

 うっはー!

 もう、知らない固有名詞が次から次へと!

 

「それすら分からんのか?」

 

 カイさんの俺に向ける視線が段々と可哀想な人を見る感じに……。

 

「えっと……すみません。

 教えて頂けますか? 世界の声についても」

 

「あ、ああ。悪かったな。客人も大変だろうに。

 世界の声とはそのままの意味だ。何と言うか……直接頭に声が降って来る。

 一度体験すれば分かりやすいんだがな」

 

 逆に言えば、体験しなければ分かりにくいと。

 

「その……八歳の誕生日以外に、どういった時に世界の声が聞こえますか?」

 

「そうだな――

 まず、自分の何かが劇的に変化した時。

 それと滅多にないが、賢人か、もしくは勇士が新たに生まれた時。

 後は……世界規模の何かが起きた時だな」

 

 最後の世界規模の事件なんかは、そうおいそれと起きやしないだろう。

 そして彼の口ぶりからすると、賢人や勇士が生まれることも滅多にないらしい。

 残るは――

 

「自分が劇的に変化した時……ですか。聞ける可能性が一番高いのは」

 

「あまり期待するなよ? 一生聞けない奴がほとんどだ。

 確実に世界の声を聞けるのは……まぁ、八歳の誕生日だけだな」

 

 なるほど。

 その時に五賢人の情報が貰えると。

 

「しかし、八歳ですか……。

 そんな幼い時分に偉い人の名前を言われたって、覚えられないでしょうに」

 

「それはない。

 世界の声を覚えないというのは、できない」

 

「できない?」

 

「頭の中に直接刻み込まれる感じだ。

 だから、世界の声は忘れられないんだ」

 

 ……知的生命体全員の頭に刻まれる、絶対に忘れられない声か。

 それが本当なら、五賢人というのは有名ところの騒ぎじゃないだろう。

 

「集落を回りながら話さないか?

 もう少しすると暗くなる。できれば、明るいうちに御使いの顔を皆に見せてやりたい」

 

「え、ええ。かまいませんよ」

 

 カイさんは丸めていた足を伸ばし、立ち上がる。

 

「後についてきてくれ。

 客人は適当に笑っているだけでいい」

 

「分かりました」

 

 言われた通り、彼の後について外に出る。

 カイさんの家の周りでは、作業をするゴブリン達が皆ちらちらととある場所に視線を向けていた。その先を辿ると、カイさん宅の入り口付近でじっと俺を待つ、トランスフォーム・スフィアと雷帝ザボルグのいる場所に行き着く。

 そしてゴブリン達がカイさんに連れられ、家から出て来た俺に気づくと、皆視線の先をこちらへと移した。

 

「少し集落の中を歩く。君らはそこで待機してて」

 

 雷帝ザボルグとトランスフォーム・スフィアにその場で待機するよう言い付ける。

 今集落は復興作業の真っ最中である。体の大きな二人がついて来るのは色々と邪魔だろう。

 

『御意』

 

『わかったよ。もしもの時は呼んでくれ』

 

 集落自体そう広くない。

 もし何かが起った場合、集落全体を見渡せる長身のザボルグに雷を放ってもらえばいい。距離なんて関係なく、次の瞬間には届くだろう。

 

「それでは行こう。

 お前ら、さっさと仕事しろ! 御使い様が見てるんだ! 恥をかかすつもりか!」

 

 カイさんの怒鳴り声に、こちらを盗み見ていたゴブリン達が慌てて自分の作業に戻る。

 

「すまないな。こっちだ」

 

 ゴブリンの集落を観察しながら少し早足に付いて行く。

 気分はゴブリン村の観光客だ。

 

 ゴブリン達の多くは、手作り感満載の皮鎧を地肌につけていた。少数ながら、毛皮で作った衣服を着ている者もいる。

 そんな彼らのほとんどが壊れた家屋の片付けをしていた。

 まだ使えるパーツともう駄目なパーツを分類したり、廃材をどこかへ運んだりしている。

 すでに御使い様の話は集落全体に伝わったのか、彼らは俺を見つけると慌てて土下座体勢に移ろうとし、カイさんの一睨みでまた慌てて作業に戻る。

 うーん。よく訓練されている。

 

「助かる。御使い様の顔を見たあいつらは皆、やる気を出してくれている」

 

「いえ……役に立っているようでしたら何よりです。

 それで話は戻りますが、先程の五賢人の続きをお願いできますか?」

 

「ああ、そうだったな。

 五賢人とはその名の通り、五人の賢い人達のことだ。

 この世界で最も豊富な知識を持つ五人が選ばれる……と言われている。

 実際、基準は不明らしいがな」

 

「選ばれるって……誰が選ぶんですか?」

 

 天使? 神様? 王様?

 

「さあな。とりあえず神ではないらしい。

 一般的には世界だと言われている」

 

 世界……って何? どいうこと?

 

「大きな悩みや迷いを持つ者達は彼らを探し出し、相談を持ちかける。

 大体何かしら、いい結果を得られる場合が多い。

 少年ニコルの母を救う旅とか、皇女エアラのお家騒動とか、そのいくつかは餓鬼共の寝物語にもなっている」

 

 そっか……。

 世界規模で名前バレするから、そうなるのか。

 さしずめ、世界に選ばれた悩み相談員ってとこかな?

 大変そうだ。

 

「多くの人々が引っ切り無しに訪ねるせいか、賢人はその内皆、どこか隠れ住むようになってしまう。

 三年前に”夢幻の旅人”ルーファル様もどっか消えちまったしな。

 ルーファル様を囲んでたエミル王国の貴族共は大慌てよ。ははっ、あれは痛快だったな」

 

 カイさんはそう話しながら懐かしそうに笑った。

 これも都会で得た情報のはずだ。

 都会での生活は最悪である風に言ってはいたが、きっとそれだけじゃなかったに違いない。

 

「まぁ、今となっちゃ所在がはっきりしている賢人は一人だけとなった。

 ”知識の番人”ゲオルグ様だ。知識の都と呼ばれるルミナス皇国首都にいる。

 御使い様も困ったことがあれば、相談に行くのもいいかもな。おいっ! いつまでこっち見てんだ! 仕事しろ!」

 

 へー。ルミナス皇国か。

 もしかしたら本当に相談に行くかもしれないな。覚えとこ。

 

「夢幻の旅人 ルーファル様に、知識の番人 ゲオルグ様か……。

 ――残りお三方のお名前はなんでしょう?」

 

「ああ。”純白の癒し手”白蓮(びゃくれん)様。

 それに”不動の哲学者”ロマイヤー様だな」

 

 聞いといてなんだけど、さすがにこれだけの人物名を一斉に覚えられない。

 まぁ、心の片隅にうっすらと印象だけでも残しておこう。

 

「今の所、五賢人はこの四人だけだ」

 

 え?

 

「”氷流の魔女”ルーシー様が一昨年に亡くなったからな。まだ次が選ばれていない。

 ”大学”の校長を勤め、数千種の知識を修めたケント翁か、神算鬼謀で知られるメルア王国の金獅子将軍ルイか、今の所この二人が最有力候補だ。まぁ、”ここら辺の”とただし書きが付くがな」

 

 そうか。四人の時もあるのか。

 それにしても、候補者達の肩書きもすごいな……。

 

 話しながら歩き進む内に、俺達はとある巨大な物体が横たわる場所に辿り着いた。

 雷帝ザボルグが倒した大鮫――森喰いの死体である。

 森喰いの周りでは、多くのゴブリンが何らかの作業をしているのが見える。

 

「おい! どうだ! 食えそうか?」

 

「首領! み、御使い様……――」

 

 こちらに気づいたゴブリンが慌てて地面に手を付こうとするところを、カイさんの軽いキックによって阻まれる。

 

「いいから報告しろ!」

 

 うわぁー。体育会系だー。

 

「は、はい。肉、焼いた」

 

 報告する彼が手を仰ぐと、他のゴブリン達が木の皿に載せた肉を持ってくる。

 なるほど。鮫の肉を食料にするのか。

 

「御使い様も……」

 

 俺の方にも同様に皿を差し出すゴブリン。

 集落を歩いていく内に見慣れてきたせいか、こいつらの長い鼻も、禿げた頭も、赤銅色の肌も、その全てが段々と可愛く見えてきた。子供みたく全部のパーツが小さいのもまたいい。

 

 カイさんは受け取った肉を齧り、渋い顔を俺に向ける。

 無言で食ってみろと促しているようだ。

 ――さて、どうする? 

 焼いただけって言うし、食っても大丈夫か? 主に食中毒的に。

 覚悟を決めて一口齧ってみる。

 

 こ、これは――

 

「……硬くて、筋張ってて、臭くって、嫌な後味がいつまでも口の中に残りそうな味ですね」

 

 まったく噛み切れる気配を見せない肉をもぐもぐしながら感想を述べる。

 驚くことに肉は塩で味付けされていた。一体どこで採っているのだろうか?

 だがそれでも、鮫肉の味は控えめに言って――

 

「同意見だ。不味いな」

 

 カイさんも同じ感想のようだ。

 

「だが、食料は残り少ない。……しばらくこれで凌ぐしかないか」

 

 どうやらゴブリン村の食糧事情はあまり芳しくないらしい。

 まぁ、御使い様という精神的支えが必要なくらいだから、推して知るべしか。

 

「皆に伝えろ! 今夜、御使い様歓迎の宴会を開く! 宴の用意をしろ!」

 

「歓迎の宴会……ですか?」

 

「すまないが、出席してくれ。皆の気分を盛り上げたい。

 ――まずい肉とはいえ、全員腹いっぱい食えるのは久しぶりだろうしな」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 横たわる森喰いの周辺にある倒壊した家屋は撤去され、ちょっとした広場が作られた。

 そこにキャンプファイアーの準備がなされる。

 よく見ると、キャンプファイアーに使われている燃料は倒壊した家のパーツだった。きっと使えなくなった物を燃やすのだろう。リサイクルである。

 

 そして夜は深け、キャンプファイアーに炎が灯される。

 ゴブリン達はまずい肉を食べながらも、歌い、踊りと、大いに宴を楽しんでいるようだ。

 途中俺こと御使い様が紹介され、皆が平伏(ひれふ)す一場面もあったりする。

 

「御使い様。我らゴブリンを助けてくれて、感謝じゃ」

 

 今俺の前で頭を下げている人物はここの長老らしい。

 曲がった腰に杖をついている。

 

「従者様方のお食事、本当にいらないかのう?」

 

「彼らは食べなくとも平気ですので」

 

 俺は広場全体を見渡せる席に座っていた。椅子や目の前のテーブルには彫刻が施されており、きっとこの集落においては貴重なものを出したのだろう。所狭しと並べられた食事もまずい鮫の肉ではなく、新鮮な果物や木の実ばかりである。

 マンゴーに似た果実の皮を剥きながら思う。

 きっとこの果物も、残り少ない食料の中から捻出したものに違いない。

 御使い様という役割を演じてる為ある程度は仕方ないだろうが、一人だけ上等な代物を消費していくというのは、どうしても他の飢えているゴブリン達に対し申し訳ない気分になってくる。

 

 ――約半年前、ここ”ゴブリンの集落”より西の森に、複数の森喰いがやってきた。

 彼らは貪欲に縄張りを広げ続け、それはついに西の森全体にまで及んだ。

 

 西の森にはゴブリンが主食とする”白果(バイカ)”と呼ばれる木の実が豊富にあり、彼らは食糧のほとんどをそこで賄っていたそうだ。

 そんな彼らは徐々に異変に気づく。

 

 ――最初は一人が帰ってこなかった。

 きっと獣にでもやられたのだろうと皆思ったらしい。そう頻繁にあることじゃないが、そこまで珍しいことでもない。

 だが異常は続く。

 一人、そしてまた一人と、食料を採りに行った者達が次から次へと何人も戻って来なかったのである。

 さすがに短期間にこれだけの失踪者が出るのはおかしいと、当時首領になったばかりのカイさんは調査隊を組織し、西の森へ派遣したそうだ。

 結果、複数の森喰いが木々の合間を徘徊していることが分かったのである。

 

 他の猛獣なら知恵と勇気と数の暴力で何とかするのも(やぶさ)かではなかったが、相手は絶望と恐怖の象徴、森喰い。子供を寝かしつかせる時に言い聞かせる怖い話の――その怪物的な位置に存在する誰もが認める正真正銘の化物である。

 この時点で、ゴブリン達の心は()し折れたらしい。

 誰一人、西の森へ入ろうとしなくなったそうだ。

 

 正直その気持ちはよーく分かる。森喰いの実物は俺も見ている。

 体長7メートルあるガチムチの筋肉鮫だ。漏れなくぶっとい手足と黒く鋭い鉤爪もついてくる。

 あんなのが割とよく行く近場を徘徊してたら、心が圧し折れるのも仕方ない。

 

 しかし、生き物は食べなければ死ぬ。

 西の森での食料収集を諦めたゴブリン達は、森喰い達のいない反対側の森――東の森にそれを求めた。

 だが東の森に白果(バイカ)はない。

 ゴブリン達は不承不承、これまであまりしてこなかった狩りに手を出すことになったそうだ。

 

 とまぁ、ここまでがカイさんに聞いた話。

 

 ゴブリン達が食料を求めた東側の森の、そのさらに先にはミオ族の村があるはずだ。

 見事に狩場が被ってしまったのだろう。

 ミオ族との敵対原因はここら辺にあるんじゃないかと俺は推測している。

 

 

「少しは楽しめそうか?」

 

 数少ない集落の有力者達の挨拶が一通り終わったところで、カイさんがやってきた。

 

「ええ。楽しい雰囲気の中にいるだけで、自分も楽しくなってくるものですよ」

 

 キャンプファイアーを囲みながら踊るゴブリン達。

 まるで今日の惨劇がなかったかのように、皆楽しそうにはしゃいでいた。

 

「無理をするな。客人にとってはきっと、野人の集会も当然だろう。

 ……ただまぁ、許してやってくれ。

 皆今日を生き残れて嬉しいんだ。勿論、御使い様が来てくれたことも大きいがな」

 

 

『聖地を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーー!!』』』』

『柱を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーーっ!!』』』』

 

 誰かの叫びに、一部のゴブリン達はのって盛り上げる。

 まるで何かのスローガンのようだな。

 

『御使い様がいる! 今! 決戦の時ーーーー!』

『『『『おーーーー!!』』』』

『聖地を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーー!!』』』』

『柱を取り戻せーーーー!』

『『『『おーーーーっ!!』』』』

 

 

「…………。

 ――――あれは?」

 

「気にしないでくれ。一部の跳ねっ返り共だ」

 

 カイさんは苦い顔でそう答える。

 

「……聖地の奪還など、できるはずもないのにな……」

 

 小さな呟きは、キャンプファイアーの爆ぜる音の向こうに消えていった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 夜。

 宴会はたけなわの内に終わり、今頃皆寝床についたことだろう。

 御使い様たる俺は開いている家を一軒与えられた。

 気絶してた時に休んでいた家だ。自由に使っていいらしい。

 だから今ここには、俺とモンスター達しかいない。

 出入り口の内側にトランスフォーム・スフィアが立ち、外側には雷帝ザボルグが控えている……はずだ。

 この家はケーネ村の来客用ハウスみたく、松明(たいまつ)などの光源設備がない。

 だから不本意なことに、月のないこの世界の真骨頂を味わうことになった。

 一寸先は闇ってやつだ。

 

 さてさて。今俺の魔力は後2ポイント残っている。

 ここで何かモンスターを召喚したいと思う。

 カードは先程キャンプファイアーの光がある内に選んでおいた。

 

 それを指で挟み、前にかざす。

 

「スーパースター、召喚」

 

 そう言いつつも、俺の視界は黒一色に染まっている。

 カードの感触が指の間から消えたので、きっと召喚は成功したのだろう。

 

「スーパースター、発光できるか?

 もしできるなら薄っすらでいい。光ってくれ」

 

 ――そして、暗黒の空間に、光が生まれた。

 スーパースターは空に浮かびながら、斜め目線で俺を見やっていた。

 そして”にやり”と口の端を持ち上げる。

 

 モンスター、スーパースター。

 形はその名の通り星型。色は黄色。

 黄色い五芒星の中央に顔があり、下の角二つに靴を履いている姿を想像すればいい。

 キャンプファイアーの時に見たカードのステータスを思い出す。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

スーパースター         ー光ー

                 ☆☆

【天使族・効果】

このカードがフィールド上に表側表示で存在

する限り、フィールド上に表側表示で存在す

る光属性モンスターの攻撃力は500ポイン

トアップし、闇属性モンスターの攻撃力は

400ポイントダウンする。

         ATK/500  DEF/700

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 こいつは光属性モンスターを強化し、闇属性モンスターを弱体化させることができる。

 確か雷帝ザボルグの属性は光だったはずなので、相性はいいだろう。

 光……だったよね?

 

「鑑定、雷帝ザボルグ」

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

雷帝ザボルグ          ー光ー

              ☆☆☆☆☆

【雷族】

         ATK/2400 DEF/1000

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

「うん。あってた」

 

 それに、スーパースターは効果で自身の攻撃力をも500ポイント上昇させることができる。

 予想通り光源にもなってくれたし、色々とお得なモンスターだ。

 

「…………。

 ザボルグ、炎龍(マグナ・ドラゴ)がどうなったか分かるか?」

 

 森喰いと勇敢に戦ったドラゴンを思い出す。

 ザボルグ召喚の為にリリースした彼――炎龍(マグナ・ドラゴ)のカードは見つかっていない。

 正直予想は付いていたが、一応聞いてみることにした。

 

 奴は我の(いしずえ)となった。

 雷帝ザボルグの声が脳内に響く。

 

「そうか……」

 

 やっぱそういうことか……。

 リリースしたモンスターは失われる。

 覚悟は、してたけどな……。

 

「気軽に生贄召喚できないってことがはっきり判明したわけか……。

 ――ザボルグ、明日残りの鮫を退治しに行くとしたら、全部倒せそうか?」

 

 やれんことはないが……今日のようにあっさりとはいかんな。あの技は一度きりだ。

 

「やっぱり、今日のあれは効果なのか?」

 

 ご明察の通りだ。

 

 カードゲーム遊戯王における雷帝ザボルグは、召喚成功と同時にモンスターを一体破壊する効果を持っていた。

 強制発動なので、相手モンスターがいない時は自分を破壊しなければならなかったりとゲームでは使いづらい時もあったが、今回はこれが大鮫に対して発動したのだろう。

 

 これはすんなりといかなさそうである。

 大鮫――森喰いは最低でも後二体存在している。親もこの辺にいるならさらに多いだろう。 

 雷帝に一撃で森喰いを倒す力がなければ、最悪の場合、複数に囲まれてしまうかもしれない。

 

「ザボルグ一体じゃあ無理があるかな……?」

 

 とりあえず今の段階での森喰い退治は保留しよう。

 いざとなったらゴブリン達に協力してもらうのもありだ。これは元々彼らの問題であるし、いやとは言わないだろう。

 

「それにしても、聖地か……」

 

 さっきの宴会で一部ゴブリン達が騒いでいたのを思い出す。

 これまで得られた情報のピースを繋ぎ合わせると、何となく真実が見えてくる。

 嫌な予測ができあがったが……可能性は高い。

 

 欲しい情報はすでに七割方揃っているはず。

 真面目に今後の方針を考えてみようと思う。

 

 俺がここへきた当初の目的は、ミオ族内におけるゴブリンによる被害をなくすことだった。

 その方法とはゴブリン皆殺しという乱暴極まりないものであったが、今となってはゴブリン側にも情が移っている為、それを選択する気は毛頭ない。もしミオ族とゴブリンの関係が俺の予想通りであるなら、きっとさらに情が移るだろう。

 しかし、だからといってミオ族を切り捨てることもできない。今着ている服を含め、彼らには大分世話になっているし、あの村の――あの来客用ハウスで過ごした数日間は、間違いなく居心地の良いものだった。それこそゴブリン退治を引き受けてもいいと思えるくらいに。

 

 なら、何が最善だ? 俺はどうしたい?

 俺が望む未来。それは――

 

「ゴブリン族とミオ族が争わない未来。

 双方が幸せになる未来――」

 

 だが、それには聖地が関連してくるはずだ。

 両者の間に死人も出ている。

 

「…………。

 はぁ……。

 これ、どうにかなるのか?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 チュン、チチチと、野鳥のさえずる声に目が覚める。どうやら朝のようだ。

 昨晩は結局うまい方法を考え付くことができなかった。ああ……憂鬱だ……。

 

 上半身を起こし、しばらく意識が完全に覚醒するのを待つ。

 とことん防音性能のない(わら)の壁の向こうから、ゴブリン達の話し声が漏れ聞こえてくる。

 ……。

 ……。

 

 

『よろこべ! 壺、できた』

『ほんとか!? お前、速い』

『おれ、頑張った。見ろ』

『おお!』

『どうだ?』

『そっくり!』

『そうだろ』

『まったく一緒。同じ壺!』

『そうだろ。そうだろ。もっとほめろ』

『感謝。ベリーギの実、半分やる』

『やった! おれ、うれしい!』

『オレもうれしい!』

『………………』

『………………』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『入ってない』

『入ってないな』

『なんでだ?』

『なんでだろ?』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『さては……』

『?』

『お前、盗んだな』

『!? 違う! おれ、盗んでない』

『壺作ったの、お前。だから盗めるの、お前だけ』

『……そ、そうか。本当だ。――――お前、頭いい』

『オレ、頭いい。お前。盗んだベリーギの実、返せ』

『分かった。返す。………………いや。待て』

『何だ?』

『おれ、盗んでない』

『お前しかいない』

『違う。きっとおれ見てない時、他の奴が盗んだ』

『……そうなのか?』

『き、きっとそう』

『こりゃ、お前ら。朝っぱらから何騒いとる』

『長老?』

『長老、おはよう』

『おお、おはよう。それで、何があったんじゃ?』

『こいつ。オレのベリーギの実、盗んだ』

『違う。盗んだの、別の人』

『これこれ、喧嘩するでない。詳しく話してみよ』

 

 

『なるほどのう。そっくりの壺を作っても、実が入ってないか。ホッホッホッホッホ』

『長老、なぜ笑う?』

『そうだ。オレの実。盗まれた』

『盗まれた。じゃないわ! こんの馬鹿タレ共め』

『え!?』

『じゃあ。何でベリーギの実、ない?』

『そんなの――』

『そんなの……?』

『そんなの?』

『そんなの…………壺の形が違うからに決まっとろうがっ!!!!』

『!』

『!!』

『そ、そうなのか!?』

『ちがう! おれ、そっくりに作った!』

『そっくりじゃなかったんじゃよ……。口の大きさとか、取っ手の長さとかがのう』

『そんな……』

『でも、同じの作った』

『同じのを作ったつもりでも、少し違ったんじゃ。きっと』

『そ……そうか……』

『そうだったのか……』

『そうじゃ。じゃから、もう一度作り直すんじゃ』

『…………』

『…………』

『……』

『……』

『……よし。頼む』

『分かった! おれ、がんばる!』

『出来上がったら、わしにもベリーギの実を寄越すんじゃぞ』

 

 

 ……。

 ……。

 ……。

 ん。起きよ。

 

 

◇◇◇◇

 

 魔力の切れたトランスフォーム・スフィアのカードを回収する。

 そして大きく伸びをしながら外に出ると、一人のゴブリンがこちらへやってくる。

 キリッとした意志の強い眼。カイさんである。

 

「おはようございます。カイさん」

 

「ああ、おはよう。客じ……御使い様」

 

 こちらを覗っている周りのゴブリン達を確認し、カイさんは俺の呼び方を御使い様に変える。

 

「!? それは一体!?」

 

 そして俺の頭上に浮かぶ薄く光る星を見て、目を丸くした。

 

「スーパースターと言います。私の使役するモノの内の一体です」

 

「そ……そうか。

 他にも……いたのか。ゴボンッ。いや、すまない。

 今日は頼みがあって来た。

 これから冥府へ旅立つ者を看取ってくれないか? 御使い様が看取るのなら、彼らも安心して逝けるだろう」

 

「ひどい怪我人がいるのですか!?」

 

「今現在43人死に、100人以上が重症のままだ。

 ――――死者の数はこれからもっと増えるだろうな……」

 

 沈痛な面持ちで話すカイさんの言葉に、俺は内心自分を叱咤した。

 すっかり失念していた。

 昨日は元気に働く彼らや宴会で騒ぐ彼らを見て、重傷者はいないものだと思い込んでいた。

 ――――いや。違う。

 そもそも考えすらしなかったんだ。彼らに……怪我人がいるかなど……。

 初めての大怪我の直後だったり、ゴブリンのことを知る為の情報を集めたり、割と一杯一杯だったという事実もある。

 ……いや。そんな言い訳はいい。

 今俺がやるべきことは――――

 

「急ぎましょう。

 今すぐ彼らの元へ案内してください」

 

 

◇◇◇◇

 

 カイさんに連れられ、辿り着いたこの場所。

 周囲には無数の呻き声と鼻が曲がるような血臭。

 多くのゴブリンが野晒しで茣蓙(ござ)の上に横たえられていた。

 包帯を使う習慣がないのか、遠くからも分かる彼らの深い傷口には、何らかの葉っぱが当てられていた。もしかしたら、止血成分を含んだものなのかもしれない。

 

 この人数じゃブルー・ポーションはきっと足りない。

 あれは壺一つにつき、せいぜい十二、三人分だ。どう見ても、ここには百二、三十人はいる。

 

「おお……御使……い様」

 

 目の前にいる半死半生のゴブリン。彼は俺に向けて手を伸ばす。

 

「もう死を待つだけの者は向こうにいる。行こう」

 

「いいえ。その死を待つだけの者を全員ここに連れてきてください」

 

 伸ばされた手を取る。

 

「大丈夫です。必ず治してあげます」

 

「う……あぁ……、御……使い……さ」

 

「どういうつもりだ?」

 

「そのままの意味です。怪我人を全て治します。

 丁度ここに広い空間がありますしね」

 

 ポーチからカードの束を取り出し、目当ての物を探し出す。

 

「それは一体……?」

 

 取り出されたカードを見て、疑問を浮べるカイさん。

 論より証拠だ。カードに魔力を注入する。

 

「エレメントの泉、発動!」

 

 薄っすらと、水色の光を放つ泉が出現した。

 形は直径5メートル程の円形。水底は見えているので、水深はせいぜい50センチくらいだろう。

 その中央には高さ3メートル程の石柱が立っている。

 淵は石タイルによって舗装されており、自然の泉というよりはどこかの公園の池のように見える。これで中央が石柱でなく噴水なら、そのものになるだろう。

 

「……!!」

「な、なんと……」

「奇跡」

「……奇跡だ」

「御使い様……」

「御使い様が奇跡を」

「ああ……奇跡だ……」

 

 突如現れた泉に目を白黒させるカイさんを含むゴブリン一同。

 

 ――そう言えば……こういうのはできるだろうか?

 出現したエレメントの泉に視線を向けたまま、心の中で簡易鑑定をかけてみる。

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

エレメントの泉        ー魔ー

        【魔法カード・永続】

 

フィールド上に存在するモンスターが

持ち主の手札に戻った時、自分は500

ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 6

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 鑑定の効果が現れ、ちゃんとカードの詳細が出た。

 どうやら実体化させたカードも鑑定できるようだ。

 

 エレメントの泉。

 以前にも使おうとして、そのあまりもの高い魔力消費量により一度諦めたものである。

 今なら余裕とまでは行かないが、何とか使える範疇にある。

 この量の水が全部回復薬なら、瀕死の怪我人が百人以上いても十分足りるはずだ。

 

「失礼」

 

 先程俺に手を伸ばした重症のゴブリンを抱き上げる。

 

「うぅ……あぁ……」

 

「少し我慢してください」

 

「御使い様……何を? それに、この溜め池は一体どこから?」

 

 疑問を呈するカイさん。

 はは……、やっぱ泉に見えないんだ……。 

 

「彼を治療します」

 

「治療……? その池の水に何か……?」

 

「ええ。まぁ、見ててください」

 

 振動がないよう、ゆっくりと歩く。抱き上げた彼をあまり痛ませないようにする為だ。

 エレメントの泉に辿り着くと、一旦患者を泉のそばに下ろす。腰を屈め、泉の中に手を差し入れてみる。

 ほんの少しの抵抗。この感触は……水のそれじゃない。

 むしろ気体に近い気がする。――そう、纏わり付くような……粘着質な感触のする気体だ。

 泉から手を出す。案の定、手はまったく濡れていなかった。

 神秘的である。これは……何だかいけそうな気がする。

 

「…………。

 ――いきますよ」

 

 再び彼を抱き上げ、淡く光る泉に浸からせてみた。

 彼には悪いけど、実験体第一号になってもらおう。そう悪いことにはならないはずだ。

 

「あ……あぁ……。あ……たたか……い……」

 

 泉の水は彼を癒す。

 傷口が盛り上がり、再生していく。

 気持ちよさそうに、泉による肉体治療を受け入れる彼。

 ゴブリン達はその様子を、ただただ黙って見つめていた。

 

 時間にして一分程だろうか。

 ついさっきまで死の一歩手前だった彼は、今やその面影はどこにもない。

 

「自分で動けますか?」

 

「……は……はい」

 

 彼は恐る恐る立ち上がり、傷口があった箇所を確認していく。

 

「な、治った……」

 

 感極まったのか、彼は目の中に涙をいっぱい溜めると、それを滝のように流した。

 

「ありがとう。うぅ……ありがとう! 御使い様! ああーーーーん!」

 

 うわっ、マジ泣きっ。

 

「ありがとう。ありがとう。ありがとうぅ」

 

 壊れたカセットテープみたいに感謝の言葉を繰り返す彼。

 泉はちゃんと効果を発揮してくれた。ブルー・ポーションと比べると治るまでに少し時間が掛かるようだが、戦闘中じゃない今、そんなことを気にする必要はないだろう。

 

「今すぐ怪我人を全員連れて来い!

 いや、待てっ。死にそうな奴からだ! 行け! 速くしろ!」

 

「「「「は、はい!」」」」

 

 我に返ったカイさんの号令により、ダッシュするゴブリン達。

 

「御使い様。この池、使ってもいいんだな」

 

「ええ、もちろんです。その為に出しましたから、どうぞ存分に」

 

 そして、次から次へと運ばれてくる負傷者達。

 

「感謝する。

 聞こえたか、お前ら! 怪我人を中に放り入れろ!」

 

 そうして、負傷者達はポチャポチャと、次々と中に落とされていく。

 

「うげっ」

「うぐっ」

「ぐはっ」

「ちょっ、まっぶはっ」

「げふっ」

「ぼえっ」

 

 もう少し丁寧に扱ってやりなよ……。

 

 ゴブリン落としは止まらない。

 しばらくすると、泉の中は負傷したゴブリンで溢れかえっていた。

 そして、一分程経った頃だろうか。

 初めの方に落としたゴブリンの内、何人かが自力で起き上がった。

 

「聞こえてるか! 治った奴はさっさと中から出ろ! 邪魔だ!

 ――――おい、治った中で意識の戻らない奴らも回収しろ」

 

「「「「へい! 合点承知!!!!」」」」

 

 ここまで来るともう俺の仕事はない。

 邪魔にならないよう隅っこに引っ込んでいよう。

 

 俺の後ろをふわふわとついて来るスーパースターと共に端の方に寄る。

 すると一人のゴブリンが木の椅子を置いてくれた。

 そこに腰掛けると、流れるような作業で俺の前に木の机が置かれ、さらにその上に様々な新鮮な果物が置かれる。

 両脇には二人のゴブリンが”何でもお言いつけ下さい”とばかりに、片膝立ちで控えていた。

 なんだろ? 王様気分?

 これで寒くなかったら、うちわで扇いでくれそうだな。

 

 

◇◇◇◇

 

 ここはカイさんの家。スーパースターは照明のごとく、部屋の中央上空に浮かんでいる。

 怪我人は一通り泉の水(?)により治癒され、俺たちはここへ戻ってきた。

 エレメントの泉はそのままにしてある……というか、そのままにするしかない。

 重傷者はもういないので、今は軽傷の者などが浸かりに来ている。どうやら肩こり・腰痛にも効能があるようで、お年寄り連中にも大人気である。

 魔力が切れる明日の朝まで、好きにさせておこうと思う。

 

「重傷者128人、全員傷一つない健康な状態に戻った。

 本当にありがたい。何度も我らを救ってくれて、感謝の言葉もない」

 

「いえ、私が勝手にやったことです」

 

 事実だ。彼らは一言も森喰いをやっつけてくれや怪我人を助けてくれと俺に言っていない。

 全ては俺が、俺自身の信ずる倫理の為に勝手にやったことだ。

 つまりは自分の為にやったことである。こんなので恩を押しつけようとは思わない。

 

「そうだとしても、結果的に我らは救われた。

 だからまぁ、そう謙遜するな」

 

「ははは。そう言われると少し照れますね。頑張った甲斐がありました」

 

 俺の動機はどうあれ、結果的に感謝されるのは気持ちのいいものである。

 さて、ここら辺で真面目な話に入ろう。

 

「ごほんっ。

 カイさん。お聞きしたいことがあります」

 

「ああ、何だ?」

 

「昨晩の宴会で、声高に叫んでいた方達がいましたね。

 聖地を取り戻せ。柱を取り戻せと――。

 カイさんはあれを一部の跳ねっ返りと評しましたが、一緒に叫んでいる人の数は決して少なくありませんでした」

 

「…………」

 

「ひょっとしたら、全体の過半数を超えていたかもしれません。

 ”取り戻す”という言葉は、一般的に奪われたものに対して使います。”聖地を取り戻せ”とは”奪われた聖地を取り戻せ”と言う意味でしょう。

 ――奪われた聖地。

 聖地とは一体どこのことなのですか? いつ、誰に、なぜ、奪われたのですか?

 よろしければ、教えて頂けませんか?」

 

 俺の質問を聞き、顔をしかめるカイさん。

 

「……あまり客人に関係のある話とは思えんが……」

 

「いいえ。これは私の目的に大いに関係のある話です」

 

「目的?」

 

「はい」

 

「それは教えてもらえるのか?」

 

「ええ。単純な話ですよ」

 

 全てをよい状態に持っていくことは、どだい無理なのかもしれない。

 それでも俺は俺の思う”良かれ”をするだけだ。

 まったく……傲慢だな……。

 だが、もうすでにここまで関わってしまっている。

 だから、できることなら――――

 

「みんな幸せに。です」

 

「…………」

 

 俺の答えから何かを読み取ったのか、カイさんはしばらく考え込むように目を瞑った。

 

「みんな…………幸せ……。みんな……か」

 

 そして彼は目を開き、睨みつけるように俺に視線を寄越した。

 

「…………。

 いいだろう。特に隠しているという訳でもないしな」

 

 話をする準備の為か、それとも心の整理をする為か、胡座(あぐら)をかく彼は一度姿勢を正す。

 そして落ち着いた声で、淡々と語り始めた。

 

「三百年以上前、神の時代の話だ。

 神は当時獣同然だった我々に御使いを遣わせ、さらに安全な住処――聖地を与えた。

 聖地はあらゆる外敵の侵入を拒み、我々はその中で栄華の時代を築いた」

 

 なるほど。だから聖地……か。

 

「きっとあの時代を生きた者達が一番幸せだったんだろう。

 因みに、聖地の中央には一本の柱が立っていると言い伝えにある。

 何か重要な意味のある柱らしいが……まぁ、今のオレ達に本物を見たことのある奴はいないから、本当のところは知らん。

 ――聖地を取り戻せ。柱を取り戻せ。

 親父やお袋からよく聞かされたよ。それこそ、子守唄代わりになるくらいにな」

 

「それは……何者かに聖地を奪われたからなんですね」 

 

「ああ、そうだ。聖地が奪われたのは二百数年前だ。

 もう大分昔の話なんで、詳細な時期はオレも知らん。大体そのくらいだと言われている。

 ――ある日、人間の一団がやってきた。聞けば、彼らはどこぞの戦争で逃げてきたと言う。言わば難民だな。

 その難民らは自分達を聖地の中に受け入れて欲しいと言ってきた。ボロボロになって逃げてきた彼らは見るも無残な姿だったらしい。泥に塗れた子を抱いた女も多く、当時の首領は見るに耐えかねて彼らを聖地の中に招き入れた。

 奴ら人間共が、我ら元種をどんな目で見ていたかも知らずにな……」

 

 うわぁー……。

 なんかもう、先の展開が読めるんですけど。

 

「首領!」

 

 とここで、家の外からカイさんを呼ぶ声が響く。

 

「なんだ!? 今忙しい!」

 

「いえ。あの……。

 毛玉。村の中、隠れてた。みんな。網投げた。

 毛玉、捕まえた」

 

 毛玉? 何かの動物の俗称か?

 

「……ふむ……丁度いいか。

 おい! その毛玉をここへ連れて来い! すぐにだ!」

 

「は、はいっ!」

 

 命令を飛ばしたカイさんは俺に向き直る。

 

「悪いな。話の続きは少し待ってくれ」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 毛玉とやらが来るまで待つのか。なんでだろ? 

 

「念の為に確認するが、客人はケーネ村から来たのだな」

 

「――はい。その通りです」

 

 やっぱり分かってたか。

 途中から何となくそうじゃないかと思ってたけど……。

 

「来た目的は……ゴブリン退治か?」

 

「はい」

 

「ふふふ……。

 あの毛玉共めが。よほど業を煮やしているようだな」

 

 ん、なるほど。毛玉が何なのか分かった。

 それがこっそりと村の中に隠れてて、そして今掴まったと。

 

「まぁいい。大体の事情は把握できた」

 

「私を拘束しなくてもいいのですか? 私はあなた方を退治しに来たのですよ」

 

「事情は大体把握できたと言ったろ。

 そもそも、客人は元種が何なのかすら知らなかったんだ。

 大方、あの毛玉共に利用されたんだろう。それくらいは想像がつく」

 

「いえ。そんなことはありません。

 彼らの依頼を引き受けたのは私自身の判断です」

 

「なら我らを救ったのも客人自身の判断だ。

 客人が来なければ最悪、我らは滅びていたかもしれん。

 ……そうだな、世間一般のゴブリンに対する固定概念って言うやつを教えてやる。

 ”ゴブリンは受けた恩を必ず返す。”だとさ。くくっ、まったくその通りだ」

 

 そういって愉快そうに笑うカイさん。

 

 

「首領。連れて来た」

 

「よし! 入れ!」

 

 四人のゴブリンが入室する。

 その中央には、網でぐるぐる巻きにされた一人の三毛猫がいた。

 

「け、賢者様~」

 

 頭に緑色の鉢巻(はちまき)――ダスト君であった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

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未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

大型モンスターを2体討伐せよ 0/2

 

魔力 4/10   ATK/80 DEF/180

 

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 ゴブリンって可愛くないですか? コミカルな感じで。
 主人公がゴブリンを何の罪悪感もなく殺すネット小説を見るたびに、もやっとした気分になります。
 それはそれとして、次回でケーネ村編を終わらせることができそうです。

 割とどうでも良い情報――
 中盤に出てくる”世界の声”。主人公はすでに体験済みです。
 本人はまだ気づいてません。

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