「う……うーん……。うー……う? んー……。
…………。…………。
…………あ…………朝か……」
「めぇぇ~~」
ようやく起きられましたか、ご主人よ。
「……? ……布団が喋ってる…………イリュージョン・シープ?」
のたのたと目を擦りながら起き上がる。よろよろと体についた土を払い落とす。
すっかり日は昇っていた。
どうやら俺は眠っていたらしい。イリュージョン・シープを抱き枕にして。
これぞまさに羊毛100パーセント! ……くだらないこと考えてる場合じゃないな。
岩の破砕音はもう聞こえないけど、洞窟作りはどうなってるんだろう?
「んん、ん~~~~――、はぁ!
おはよう。フレムベル・ベビー」
大きく伸びをしていると、すぐ近くに浮かぶ炎の子供が視界に入ったので、朝の挨拶を交わす。
フレムベル・ベビーは自身の体の炎を揺らめかせる。
おはようさー、主! 寒くなかったさ?
「うん、全然…………そっか、お前がずっと暖めてくれてたのか。
ありがとう。寒くなかったよ」
それはよかったさー。
おかげでこっちは薄暗くて作業が遅れたっす。
スコップ片手に、青の人型がやって来る。その後には著しくテンションの違うお仲間三名の姿もあった。
まぁまぁ、よいではありませんか。ドリルロイド殿のヘッドライトとテールライトで十分対応できたのですから。
暗い穴で! 俺は! 土を掘る!
ソイツさん、僕らは運んだだけで掘ってないです。す、すいません。
そう話す彼らの安全ヘルメットにもヘッドライトがついていた。
なんだかんだで光源は足りてたわけだ。
「それで、どうなった?」
洞窟内からはギュイン、ギュッ、ギュギュギュ、ギュイィィン! と途切れ途切れにドリルの音が漏れている。
穴の拡張は少し前に終了致しました。
今は壁の形を整えてるっす。
唸る両腕の小型ドリル! 削られる壁のでこぼこ!!
僕らの仕事が殆どなくなってしまって……すいません。
軽く首を動かし、新造洞窟の周辺を見渡す。
昨晩、寝る直前には結構な量の土砂がそこかしこに積まれてたが、今はその影も形も見当たらない。
「破片とかはどうしたの?」
オレッちは東の方に捨てたっす。
そんな物! 全て! 西へ!
すすすいません。全部南の方に運びました。
それでしたら、北の方角へ捨てて来ましたよ。崖があったので丁度よかったです。
何でバラバラ!?
「まぁ、捨ててくれたんならいいや。
それじゃ次の仕事だ。Aチームは大き目の岩を探して運んで来てくれ。
それでうまい具合に、洞窟の入り口を隠すように配置して」
なるほど、カモフラージュですね。
すいません、今すぐ行きます。………………人使いの荒いマスター。
こら! わがまま言うなっす! 皆さんだってずっと働き通しっす。
岩をー! 運ぶー! 俺の得意分野ー!
「えっと……悪いね。今あまり余裕ないから」
「めぇぇ~~」
ご主人よ、戯言だ。気にすることはない。
そうさー。うちらは主の役に立つことが喜びっさー。
フォローを入れてくれるイリュージョン・シープとフレムベル・ベビー。
黒羊は細めた目でAチームを睨みつけ、炎の子供はさり気なく火の粉を彼らに飛ばしている。
「ま、まぁ、それじゃあ、宜しく頼むよ」
了解しました。Aチーム、出発しますよ。
おおおおーーー!
オレっち、変なこと言っちゃって……何か申し訳ないっす。
すす、すいません。
そうして、Aチームは岩探しの旅に出発した。
さて、洞窟の様子が気になるな。
「めぇぇぇ~」
一歩踏み出し、歩き出そうとしたところで、横にいる黒羊に止められる。
ご主人よ、まだ地面に細かい岩の欠片が散乱しております。後程
「うん? ああ、ありがとう」
丁稚って……。
勧められる通り、黒羊に乗ることにした。もこもこしてて
洞窟の入り口へと進むイリュージョン・シープ。炎の子供は後をついて来ている。
なるべく小さめに作るようにとお願いした入り口だが、出来上がったのはそう小さいものでもなかった。ドリルロイド自身の大きさがそこそこあるものだから、これは仕方ないだろう。
と言っても、そこまで大きいわけでもない。俺がここを通るには、少し頭を下げる必要があるだろう。そんな程度の大きさである。
「ドリルロイド! 入っても大丈夫か?」
大丈夫ッス! どうぞッス! はやくおやびんに中を見てほしいッス!
入り口から大声を張り上げると、そう返事が返ってきた。
「なら行こう。頼むよ」
「めぇぇ~」
少しだけ頭を下げ、入り口を騎乗しながら
「おお! これは!」
注文通り、全体的にかなり広い。そして天井は3メートルくらいの高さがある。きっとドリルロイドが立ち上がって削ってくれたんだろう。
ここッス、おやびん!
ヘッドライトをチカチカさせながら、手――勿論小型ドリルのことだ――を振るドリルロイド。
因みにヘッドライトは目そのものだった。あれで見えてるんだろうか?
「ああ、一晩中もお疲れ様………………って、なんじゃこりゃあ!!!!」
ドリルロイドの背後の壁――そこにある、一面になされた彫刻の浮き彫りが俺の視界を埋め尽くした。
植物らしき柔らかい曲線模様の中、ドリルロイド、イリュージョン・シープ、フレムベル・ベビー、そしてトラップ処理班Aチームの姿がエキゾチックな画風で彫られていた。
芸術性、高っ! ドリルロイドが掘ったのか!? さすがに吃驚仰天だよ!
ふっ、つい創作意欲が爆発したッス。
ギュインッと上に向けた手のドリルを一回転させるドリルロイド。
中は下っ端共に綺麗に片付けさせたッス。おやびんが下りても大丈夫ッスよ。
「お、おう、そうか」
未だ驚きから回復しない硬直した思考のままイリュージョン・シープから降り、冷たい岩の地面を踏む。
地面はほぼ平らに削られていて、よほど綺麗に掃除したのか、小石もほとんどなかった。……なるほど、これはいい。
食料はあそこに運ばせたッス。
腕である小型ドリルの指す方に目を向けると、非常食が壁の隅に積まれていた。
彫刻も後ちょっとで完成ッス。最後までやっていいッスか?
「ああ、ならお願いするよ」
ありがとッス。作品を完成させるッス! 頑張るッス!
「が、頑張れよ」
もう一度壁一面に広がる彫刻に目を向ける。
チュイン、ギュッギュイン、ギュギュ、ギュイーン!
腕の小型ドリルで精密作業をするドリルロイド。
…………。
…………。
……。
……さて――。
「朝食でも食うか……」
◇◇◇◇
おいしい缶詰朝食の後。
やることもないので、ドリルの音をBGMにして寛ぐ。
25畳ある洞窟の上空中央にフレムベル・ベビーを配置したことで、洞窟内は一気に明るくなった。これで光源問題が解決されたと同時に暖房問題も解決したことになる。
しばらく手持ち無沙汰にボリボリ乾パンを齧っていると、Aチームが報告に帰って来た。
持ってきたぞー!
足りないんですね、すすすすいません、今すぐ追加をお持ちします。
待つっす。マスターはまだ何も言ってないっす。
全部で八つ持って参りました。適当に入り口付近に並べておきましたので、後ほどお確かめ下さい。
「おう、お疲れ様ー」
そう言いながら腰を屈め、洞窟の入り口から外に顔を出す。
俺の身長の三分の二程ある岩が八つ。それらは入り口を塞がずに、しかしぱっと見洞窟に気づかせないよう、うまい具合に配置されていた。
洞窟内に戻り、Aチームに対しGood! のサインを送る。
「ナイスだ!
とりあえずこれで仕事は終わりだ。後はゆっくり休んでてくれ」
ふぅ……と一息つくAチーム。
ギュイン、ギュイン、ギュイィィイン!
下っ端共、休む前にここを片付けるッス。新しく掘った分の土砂が散らばってるッス。
ええー、マジっすか? ドリルロイドさん、マジ鬼畜っす。
は、はいすいません! すぐやります! ……………………もう、死ねばいいのに……。
仕事はー! まだまだ! 終わらない!
ほら、皆さん。愚痴ってもしようがないです。始めますよ。
バンバンと手を叩くレッドのアイツに先導され、だるそうにドリルロイドの芸術から生み出された廃棄物を片付け始めるチームA。
いつの間にやら、モンスターの間にヒエラルキーができてる……。
「……まぁ、ガンバレ」
何はともあれ、これで住居は完成した。
ここまで賑やかだとついつい忘れがちになるが、俺は今絶賛遭難中でピンチ中なのだ。これからは魔力をやりくりしながら、ここから脱出する糸口を見つけ出さねばならない。
間もなくこの世界に来て24時間だ。ルールにはこうある。
――カードの効果は二十四時間経過することにより消失する。
それは昨日使ったカード効果の消失、つまりイリュージョン・シープとフレムベル・ベビーの消失を意味する。
ステータスを開く。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
森の生き物を鑑定せよ 0/4
魔力 1/7 ATK/80 DEF/50
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
残る魔力は1。
これは暖をとる為に、フレムベル・ベビーの再召喚に当てなければならない。
と言うことは結局のところ、本格的な活動は明日からになる。
食料と水の問題もある。非常食はまだ残っているが、昨日からまともに水を飲んでない。もうつばに粘性が出来るほど、口の中が乾いていた。
水場を探してフレムベル・ベビーで沸かして飲むのもありだが、それにしたって探索専用のモンスターが必要だ。
「水は……明日まで我慢だな。一応非常食の中にも魚の缶詰スープとかあるし……」
塩分ハンパないけどね!
こうして考えると、水やら食料やら、結構最低限生き抜くのに必要な魔力が多いな。
ここは一度、毎日の必要不可欠な魔力消費をまとめてみよう。
まず非常食に1。
そして多分、水にも1。
暖房にフレムベル・ベビーで1。
護衛に3。いや、万全を期すなら4……かな?
あれ? これだけで消費は7だ。
最大魔力全部じゃん。
「これは……早期のランクアップは必須だな」
いっそのこと竜を召喚してどっかの町まで乗ってくか?
いやいや、何考えてんだ俺は。
地上ですら凍えそうなのに、まっぱで空に上がったら凍死するわ!
……なら……、残る脱出方法は徒歩。
このジャングルが一日二日で抜け出せる程度の狭さであると、さすがの俺もそう期待できるほど天然さんじゃない。地球におけるアマゾンの熱帯雨林の面積は550万平方キロメートル。日本の総面積の約14.5倍だ。今いるここがそうじゃないと誰が保証してくれる。
「長期戦になりそうだな……」
まずはランクアップだ。
今日たらふく食って、明日は水だけ出そう。護衛もレベル3のモンスターを出して、残る魔力2をランクアップ条件の森の生き物鑑定に使おう。考えてみればこれはこれで丁度いいミッションだ。なにしろこの森の動物の能力はまだ狼一種類しか調べてない。近場の動物の能力を把握すれば、どの程度の護衛をつけるべきかも分かる。それが
「めぇぇ~~」
ん?
「どうした?」
抱き座布団にしていたイリュージョン・シープに聞き返す。
「めぇぇぇ~」
ご主人、そろそろお別れの時間です。
名残惜しそうな目で俺を見るイリュージョン・シープ。
最初は怖いと思っていたこの赤い瞳も、今は見ていて何だか安心できる。
「ああ……そっか」
やけに長く一緒にいたような気がするが、ほんの24時間の付き合いだった。
内容が濃かったからな……。
「しばらく戻って休んでろ。また今度呼び出す」
「めぇぇ~~」
無理をせずにご自分の命を優先してください、ご主人。我の召喚は余裕のある時で十分です。
「……そうか。
色々ありがとう。世話になった」
「めぇ~……」
では……。
そう言って――
イリュージョン・シープは消えた。
現れた時と同じように。
何のエフェクトもアニメーションもなく、カードだけが地面に残されていた。
……。
本当にお疲れ様。
………………。
…………。
……。
「はっ!」
羊毛座布団が無くなってしまったぞ!
◇◇◇◇
再び今は深夜の0時だ。
時計のない俺になぜそれが分かるかと言うと――
「……よし。
魔力が回復した」
まぁ、こういう訳だ。
あの後順当に消えていったフレムベル・ベビーを再召喚し、後はごろごろと巣の中で寝て過ごした。地面は堅くて冷たいが、体温をさらに上昇させたフレムベル・ベビーのおかげで丁度いい涼しさとなっている。
フレムベル・ベビー……まさに一家に一体ほしい暖房モンスターである。
昨晩洞窟を掘る為に延々と轟音を鳴らしたおかげか、大型の動物ところが小動物さえこの近くに寄ってこない。そういう訳で、ドリルロイドの戦闘力が無駄になってしまった。
そして気がつけば、壁には一面の彫刻が……。……。……。……。……。どんだけ~~。
ギュイッ、ギュイィン!
まだ掘り込む余地は残してあるッス。今後のインスピレーションに乞うご期待ッス。
「そっすか」
あっ、そろそろ時間ッス。あっしも消えるッス。
「お、もうか。
この洞窟を作ってくれて本当にありがとう」
壁一面の浮き彫り彫刻を見る。
「お前がいなかったら、こんな豪華な住処を作れなかった」
正直蛇足な気がしないでもないけど……。
ギュイィィイン!
へへ、照れるッス。また今度呼んでほしいッス。残りを仕上げるッス。
「ああ、正直多分別の場所でと思うけど、絶対にまた呼ぶよ」
それでもいいッス。さらばッス!
ドリルロイドは消え、彼のいた場所には一枚のカードがぽとりと落ちる。
それを拾い、スーツケースに納めた。
さて、飲み物を召喚しようと思う。
初めは洞窟内にエレメントの泉を召喚しようと思っていた。
だがしかし、エレメントの泉を鑑定してびっくり!
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
エレメントの泉 ー魔ー
【魔法カード・永続】
フィールド上に存在するモンスターが
持ち主の手札に戻った時、自分は500
ライフポイント回復する。
消費魔力 6
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
消費魔力6とか……。
まぁ、いい。イラストに描かれてる泉も何か光ってるし、正直飲めないかもしれないし……。
じゃあ、泉つながりで天空の泉はどうだろうと思った俺。
イラストには空に浮かぶ浮き島に、その中央にある神々しい泉。
これはひょっとしたら浮き島ごと召喚か? まぁ、絶対たらふく魔力を食うだろうなと考えながら鑑定。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
天空の泉 ー魔ー
【魔法カード・永続】
光属性モンスターが戦闘によって破壊
され自分の墓地へ送られた時、そのモ
ンスター1体をゲームから除外する事
で、そのモンスターの攻撃力分だけ自
分のライフポイントを回復する。
消費魔力 18
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
はっはっは。18消費だよ。
いつになったら使えるんだよって話。
こうして残った候補は二つ。
レッド・ポーションとブルー・ポーションだ。
それぞれを鑑定した結果がこれ。
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
レッド・ポーション ー魔ー
【魔法カード】
自分は500ライフポイント回復する。
消費魔力 1
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
ブルー・ポーション ー魔ー
【魔法カード】
自分は400ライフポイント回復する。
消費魔力 1
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
両方共に消費魔力は1。後は好みの問題だ。
イラストを見る限り、レッド・ポーションはフラスコに入った気泡立つ毒々しい赤色。
一方、ブルー・ポーションは壺からグラスに注ぐ場面が描かれている。色は青だが、まぁ、水に見えないこともない。
あ、どもっす。お疲れ様したー。
お疲れ様でした。
俺! 魔力切れ! 帰還!
すいません、帰ります、すいません。
このどちらかを選ぶなら、俺は断然ブルーの方にする。
正直、飲むのに勇気がいるレッドはちょっと……。
「と言うわけで、魔法ブルー・ポーション、発動!」
手の中からカードの感触が消える。そして――。
「ほうほう、壺ごと出たか。しかもグラス付きとは」
それじゃあ、さっそく。
壺を持ち上げ、グラスに中身を注ぎこむ。
やはり青色だ。まぁ、ソーダ飲料とか、ブルーハワイとか、こんな色の飲み物なら以前にも飲んだことはある。そのせいかあまり抵抗はない。
「いただきまーす」
正直、もはや
およそ35時間ぶりの飲み物である。
「ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ゴク、ぷはーーーー!」
うん! 何って言うのかな? 栄養ドリンク? リポビタン的な?
それを薄めたやつ。
いっぱい飲んだら鼻血出そう。そんな感じの。
「うん! 全然飲めるな! よし! もう一杯!」
――――――――――――――――――――
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
森の生き物を鑑定せよ 0/4
魔力 6/7 ATK/80 DEF/50
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
主人公、地味に八方塞り。