外は無明地獄。この時間帯は虫の鳴き声すら聞こえない。
戦死したハウンド・ドラゴンの為に手を合わせる。
フレムベル・ベビーの話によればカードごと消えたらしいので、墓を作ってあげることすらできない。だからせめてこれくらいはと、黙祷を捧げているのだ。
……ありがとう。そしてすまない。
喧嘩っ早い奴だったけど、その行動の根源は「俺の為に」であった。結局のところ、彼は俺の為に戦い、俺の為に死んでいったのだ。
主、余り気にすることないさ。うちらは主の魔力で作られてるさ。主の為に働くのも、そして戦って消えるのも当然さ。むしろ本望さ。
俺を慰めようとするフレムベル・ベビー。
その言葉の中に初めて聞く設定を見つけ、興味を覚える。
え? 何? 魔力で作られてるって?
「俺の魔力がお前らを作ってるのか?」
そうさ。うちらの大本となってる物は主の魔力で作られてるさ。
「大本? 意味がよく分からないんだけど。召喚する時に使う魔力のことだよな?」
それとはまた別さ。大本って言うのはカードのことさ。
フレムベル・ベビーはスーツケースを指差す。
「ん? どういうこと?」
そのスーツケースにあるカードは全て主の魔力で作られてるってことさ。それを作ったせいで、主はこんなに弱体化してるさ。
「え? 弱体化してたの? 俺って。
と言うかやけに詳しいみたいだけど、この際だから知ってること全部教えてよ」
詳しいわけでもないさ。オレに分かるのはオレの本体は主が作ったってことと、主は本来もっとすごい力を持ってたってことくらいさ。
誇らしげに話すフレムベル・ベビー。
すごい力って……元末期がん患者に何言ってんだか。
「う~ん……俺の元々持ってた力って部分はよく分からないけど、カード自体が俺の魔力でできているってのは分かったよ。
後、慰めてくれてありがと。これからはなるべく君らを死なせないように頑張るよ」
それもいいことさ。うちらの存在は主の力そのものさ。できるだけ失わないよう注意すべきさ。
そう諭す炎の子供に、どうしてか違和感を覚える。
彼は俺が力を失う要因になるから、なるべくモンスターを死なせないよう注意すべきだと言っている。そこに自分達の命を勘定に入れていない。
これは忠誠なのか? それとも――――。
「なぁ……、お前らって……生きてるのか?」
最初の頃からずっと思い続けていた疑問をぶつける。
気になり続けていたことであり、そして……できれば知りたくないことでもあった。
――生きてないさ。
何てことのないように言う炎の子供は、静かに揺らめく。
この人格も全部擬似的なものさ。主は本当の意味で、うちらの命を心配する必要なんかないさ。
「…………、」
死ぬことに恐怖を覚えないし、主以外の死に対しても何とも思わないさ。
うちらが恐怖を覚えるなら……それは一つだけさ。主の役に立てなくなることさ。
生きている炎は……生きているように見える炎は、そう続ける。
だから……主はここに
「…………。
………………そうか」
心の中を見抜かれた気分になった。
昼間に人間らしきものを鑑定で見つけ、興奮を覚えたのはまだ記憶に新しい。たが、俺はそれらと接触する為に行動を始めるべきか、未だに悩んでいた。
まだ四日目とは言え、ここでの生活にも慣れ始めている。
便利とはいえないが、快適な住居。周辺の野生動物の強さも徐々に分かって来たし、食べ物も水も魔法で出せる。そして……話し相手だっている。
小さな世界だが、安全な世界だ。ここに全てはないが、必要なものはある。
この安心できる巣穴から、わざわざ危険溢れる大海原へ出る必要はまったくないように思えたのだ。
「そうだな……」
人は一人では生きられない。寂しさに耐えられないからだ。
うさぎじゃないが、寂しさで人は死ぬ。例え肉体的に生きていても、精神が死ぬのである。
だから人は仲間を求め合う。コミュニケーションを欲する。
俺は無意識に召喚したモンスターをその相手として代用していた。だが正に今、そんな行為はまやかしであると、そう言外に告げられたのである。
――初心に帰ろう。
まだ四日しか時間は経過してないが、初めの頃の気持ちを思い出すべきだ。
この何だか分からない場所へ放り出された時の気持ちを。
ここから脱出し、人に会いに行きたいと思った気持ちを。
「行動しよう……予定通りに」
◇◇◇◇
五日目、朝。
昨晩0時前にブルー・ポーションを出し、最後に残った魔力1を消費した。ギリギリまで魔力を温存しておいたのは、もしもの時の為にである。何しろ護衛はフレムベル・ベビー一体しかいない。慎重になりすぎて損することもないだろう。
そして今さっき。
0時に全回復した魔力から1ポイント消費し、非常食を出した。
これで腹も満腹。今日は水も食料も完全に充足している。すばらしい!
「さて、恒例の護衛召喚を始めよう」
手に持ったカードの名は、
記載されたステータスにもう一度目を向ける。
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A・O・Jサイクロン・クリエイター ー闇ー
☆☆☆
【機械族・チューナー】
手札を1枚捨てて発動する。フィールド上に
表側表示で存在するチューナーの枚数分だけ、
フィールド上に存在する魔法・罠カードを手
札に戻す。この効果は1ターンに1度しか使
用できない。
ATK/1400 DEF/1200
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光属性を目の敵にしている
テキストに書かれている効果がどういう形で現れるか分からないが、今回注目したのはそのステータスと機械族であるという二点。
攻撃力は1400と現在鑑定したこの辺一帯の野生動物全てより高く、防御力も1200でハウンド・ドラゴンのように一撃でやられることはないだろう。そして種族は機械。つまり壊れでもしない限り、暴走することはまぁ、多分ないと言うことだ。
「フレムベル・ベビー」
了解さ。ついてくさ。
召喚の為に洞窟の外へと向かう。入り口に差し掛かったあたりから凍えるような寒気が肌を刺す。くっ、相変わらず寒いな。
カードを前に掲げ、これだけで召喚の準備は完了。実にお手軽である。
「
小さなつむじ風が巻き起こる。
朱色の
その特徴はやはり何と言っても機械であることだろう。動く度に小さなモーターの駆動音が耳に届く。身体の四倍程ある両翼の中央には、それぞれ一つずつ大きなファンが取り付けられている。イラストではそのファンが回転し、風を作り出す様が描かれていた。きっとモンスターの名の通り、サイクロンの如く強い風を生み出すのだろう。
因みにサイクロンとは、インド洋方面に発生する熱帯低気圧のことだ。台風的なものだと思えばいい。他にも微粒子の分離に使われる機械もそう呼ぶのだが、こいつの名前は前者の方を指すと思われる。
マスター、ご指示ヲ。
鋼のクチバシを俺に向けるサイクロン・クリエイター。早速命令を下すことにする。
「この洞窟の周りの監視を頼む。相手が攻撃してきた場合を除いて、戦闘は避けてくれ」
ハウンド・ドラゴンの一件の反省を踏まえ、はっきりと戦闘を避けるよう言い含める。
畏まりマシタ。
朱色の隼は平坦な思念で了解の意を示す。
「何かあった時はまず俺に報告するように。
それから監視と並行してでいいから、大きめの葉っぱをたくさん持って来てくれ。なるべく種類は多い方がいい」
ハイ。洞窟内にオ持ちすれば宜しいデスカ?
「ああ、それで頼む。命令は以上だ。始めてくれ」
ハイ。
サイクロン・クリエイターは鋼の翼を大きく羽ばたかせ、空へと上昇する。
それを最後まで見ずに、俺は洞窟内へと足を向ける。
歩きながら自身のステータスを開く。
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未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
知的生命体と接触せよ 0/1
魔力 4/8 ATK/80 DEF/50
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「残り魔力は4。この後、お昼にフレムベル・ベビーを再召喚して、残り3」
まだ無駄遣いが許される範囲にはないけど、大分魔力に余裕が出てきたな。
そして次のランクアップ条件は、知的生命体と接触せよだ。
一口に接触せよと簡単に言うが、それなりの準備が必要である。まず裸はまずい。衣服とは文明の象徴だ。真っ裸でうろつく人間なんて不審人物以外の何者でもない。警戒されるのは当たり前、下手するとその場で攻撃を受けかねない。
その為の葉っぱ集めだ。正直焼け石に水な気がしないでもないが、木の葉で簡易的な服を作ろうと思う。真っ裸よりはずっとましなはずだ。
そしてもう一つ、最も重要な課題がある。それは人里を見つけ出すことだ。まぁ、当たり前だな。
今現在人間らしき存在は鑑定で確認できたが、未だに彼らの住処は分からない。
「それを探し出さないことにはなぁ……」
スーツケースの隣にしゃがみ込むと、機械の隼が大きな葉っぱを何枚か咥え、洞窟内に入ってきた。まったく、仕事が速い。
彼は小さく幅跳びをくり返し、器用に地面を進んでいる。
「お疲れ様。そんな感じにどんどん集めて来てくれ。
あっと、ちょっと待って」
無言で立ち去ろうとするサイクロン・クリエイターを一旦止める。
「空から見たこの森はどんな風だった? どこかに町が見えたりしない?」
隼は首を回し、機械の顔を俺に向ける。
見渡ス限り、木々が続いていマシタ。町は確認してイマセン。
「そうか……ありがとう、仕事に戻ってくれ」
やはりそううまい話はないか。
再びスーツケースの上に目を向ける。
そこには昨日の晩に探しあてた、とあるモンスターカードが置かれていた。
「コイツで何とかなるといいけど……。こればっかりは召喚してみないと分からないしな……」
遊戯王カードは効果持ちでない通常モンスターを除いて、そのテキストにはゲームにおけるモンスター効果――言わばモンスターの特殊能力が書かれている。しかしそれはあくまでゲームにおける効果であり、現実においてどう作用するのか分からない。
今から俺が使おうとしているカード――モンスター・アイ。そのテキストはこれである。
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モンスター・アイ -闇ー
☆
【悪魔族】
1000ライフポイントを払って発動
する。自分の墓地に存在する「融合」
魔法カード1枚を手札に戻す。
ATK/250 DEF/350
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イラストには六体の目玉がそれぞれ別の方向を向き、宙に浮く様子が描かれている。テキストと合わせ、何か物探しをするモンスターだと俺は判断した。
果たして実際はどうだろうか?
「消費魔力も1だし、失敗してもそんなに痛手じゃない」
カードを取り、前方に掲げる。
うん! そういうわけで、いって見よう!
「モンスター・アイ、召喚」
――――
――
そして――
ふわ、ふわ、ふわりと――
「小っちゃっ!」
人間の眼球より一回り大きい程度の目玉の群れ。それらが宙を舞う。
マスター。命令。マスター。
マスター。
命令。マスター。マスター。
飛び回る目玉達。俺にじゃれているのか、たまに軽い体当たりをかましてくる。
「はいはい、落ち着いてー。飛び回らない。そして一箇所に集合しよう」
命令? マスター。マスター。
命令。マスター。
マスター。それ命令?
俺の話に耳を貸したのか――耳なんて無いけどな――目玉達は徐々に飛行スピードを緩め、一箇所に集合する。
えっと、数は……3、4、5、6っと、イラスト通り――
あれ? 7体目?
「イラストより一体多いな」
まぁ、こう言う事もあるだろう。さてさて、こいつらが宙に浮けることは現在進行形でやってるからもう分かった。後はスピードだな。
「それじゃあ命令だ。一体だけでいいから、この部屋の周りを二周飛んでくれ。出せる最高の速度で頼む」
了解。誰行く?
私行く。了解。
了解マスター。お前行く。了解。
相談? の後、目玉の一体が飛び出し、部屋の内壁に沿って回り始める。
「へー……結構早い」
とは言え、すごくじゃない。せいぜい自転車を速めにこいたくらいだろう。
命令通り部屋を二周した目玉はわらわら
「今から君達に人里を探して欲しいんだけど…………そうだね、君達は何ができるかな?」
本人――本目?――に能力を聞いてみることにした。これが一番手っ取り早い。
何できる? できること。
リーダー。できる? 私リーダー。何できる?
何できる?
ん? リーダー?
目玉の群の中から一体が俺の前に進み出る。見た目は他の目玉とまったく変わらない。
私リーダー。
「そ、そう。能力説明、頼めるかな?」
私達。みんな一つ。私リーダー。私中枢。
「うんうん」
みんなが見る。私も見る。
「うん? 他の眼球が見たものはリーダーの君も見えるってこと?」
目玉リーダーは頷くように上下に揺れる。
そう。私本体。私消える。みんな消える。魔力切れる。私戻る。
「え~と、君が消えると他の眼球も消えて……。
で、時間切れになると君がカードに戻ると。これで間違いない?」
そう。
「なるほど」
これは当りを引いたかもしれない。中々偵察に適した能力である。
「他の眼球がやられても再生できたりする?」
無理。再召喚。戻る。
目玉リーダーはその場で小さく円を描くように飛びながら思念を飛ばす。
再召喚しなければ復活はなしか。それでも破格だ。なにしろコイツのレベルはたったの1だ。かなりコストパフォーマンスに優れていると言っていい。
「それじゃあ命令だ」
先日人間らしきステータスを鑑定した方向を指差す。滅多に外に出ない上に、出ても太陽の位置などわざわざ確認しない。俺は未だに東西南北が分からないのだ。
更に言うと、分からなくても生活にまったく何の支障もない。まぁ、これが一番の理由だな。
「あっちの方向を行ける所まででいい。偵察して来てくれ。
探すのは主に人里だけど、それ以外の何かを見つけても報告を頼む」
カードの効果は24時間で消える。それは即ち、モンスター・アイに許される移動時間は24時間しかないと言うことだ。どんなに遠くまで行っても、24時間過ぎればただのカードに戻り、移動距離は全てリセットされる。
まぁ、こればかりはどうしようもない。比較的近い場所に人の集落があることを祈るしかないだろう。
了解。報告
人里。
報告。何か。了解。見つける。
目玉達は狭い範囲内をぐるぐると飛び回る。その様子はまるで巣の周りを飛び回る蜂の群のようだ。
「よし!」
バンッ! と手を一叩き。
「行ってこい。期待してるぞ!
――――――――――――――って、待てぇーい!」
俺の声に反応し、洞窟入り口に殺到する目玉の群は急ブレーキをかける。
「リーダーは行かんでいいから! てかむしろ行くな!」
行くな。行くな。リーダー。
私? お前。
行くな。留守番。
七体の内、一体がふわふわと俺の元へ戻ってくる。心なしか落ち込んでいるようにも見えるが、目玉しかないので断定はできない。
私。留守番。
行く。どうする?
行く。行く。出発。バイバイ。
リーダーを残した六体は螺旋飛行を行いながら入り口から出て行った。
バイバイ……。
そんな皆をリーダーは見送る。
……。
……。
何故かその背中には、哀愁が漂っているように見えた。
……こっち来るさ。オレが話し相手になってやるさ。
気を使うようなフレムベル・ベビーの思念が、洞窟内に響いた。
◇◇◇◇
絶賛葉っぱ服製作中なう。
フレムベル・ベビーを再召喚し、今は午後。
川。発見。
火の子供の横に浮かぶ目玉リーダーからの報告だ。
へー、また川を見つけたのか。もしかしたらこの辺、結構河川が多いのかもしれない。
俺が大きな葉っぱを破いたり結んだりしている横に、数枚の葉っぱを咥えたサイクロン・クリエイターがとっとっとっ、とまたやって来た。
「もう葉っぱはこんなもんでいいよ。後は警邏に集中しててくれ」
ちょっとした葉っぱの山が出来上がっている。失敗予定分を含めても、これだけあればきっと十分だろう。
畏まりマシタ――。
それだけ言うと、サイクロン・クリエイターはホップ・ステップ・ジャンプな足とりで洞窟から出て行った。
機械隼が持って来た葉っぱは多種多様であった。まぁ、俺がそう命じたんだから、当たり前だな。
その中には俺の身長を超えるような超巨大なものもある。さすが異世界。
果物の木。発見。
「いや、待てよ。俺が知らないってだけで、もしかしたら地球にも同じような巨大葉っぱの生える植物があるかもしれない」
……まぁ、あるからって何? っちゅう話だけどね。
くだらないことを考えている間にも手を動かす。
葉を折る。折る。折り返す。
茎を結ぶ。結ぶ。結びつける。
これで――
「よっしゃあ!! できたーー!!」
俺の葉っぱ工作第一号、それは――
「これでフルチンからおさらば!!
おパンツ! ゲットだぜーーーーーー!!!!」
川の先。滝。発見。
――――――――――――――――――――
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
未熟なカード使い -闇ー
☆
【上位世界人族】
異世界に迷い込んだカード使い。魔力を
消費してカードに秘められた力を解放す
ることが出来る。しかし、その力はまだ
未熟だ。
ランクアップ条件
知的生命体と接触せよ 0/1
魔力 2/8 ATK/80 DEF/50
▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼
主人公、6話目にしてようやくパンツをゲットする。