異世界のカード使い   作:りるぱ

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ケーネ村編
第09話 治癒の光


 第一発見者は見張り番のダストであった。

 同期よりも若干幼く見られる小柄な彼はその時、見張り塔で傷心の時間を過ごしていた。

 彼は先月、初めて愛が芽生える季節――発情期なる期間を迎えた。

 身体が火照る未知の体感に、胸はワクドキの頭テンションMAX状態となっていたが……今となっては、それが全ての元凶だったんじゃないかと彼は考える。

 これまでいい仲であったと思っていた同い年の幼馴染にいざ告白に行かんと彼女の部屋まで脇目もふらずにダッシュしたところ――件の幼馴染はこれまで眼中になかった近所に住むおっさんと、その、まぁ、アレしていたのだ。

 ダストにとって、それはそれはショッキングな事件であった。

 どれくらいショッキングであったかというと、これまでの人生で起こった幸せな出来事TOP10を、十数分間にわたって延々と見続けるほどのショッキング具合であった。

 そんな失恋をした彼は早々立ち直れず、次の日、部屋でふて寝した。

 その次の日も、部屋でふて寝した。

 そのまた次の日も、部屋でふて寝した。

 そしてそのまた次の日はさすがにもう眠くなかったので、ベッドの上を体育座りしながら、過去にあった幼馴染との幸せな時間を夢想して、にへら~と笑っていた。

 十八日目で、”仕事しろっ!!”と、父にこの見張り塔へと放り込まれた。

 村にニートを養う余裕はない。

 彼の両親の忍耐力は、なかなかに強かったと言えるだろう。

 

 見張りと言っても壁を越えられるような動物は早々やってこない。大型動物さえ獲物とする緑襲鷲(りょくしゅうわし)の縄張りは大森林の遥か向こう側である。極まれにゴブリン共が攻め込んでくることもあるが、どうせ壁を越えられやしない。

 結局のところ、彼ダストは、望遠鏡で遊ぶくらいしかやることがないのであった。

 しかし、たまにはこんな仕事もいいと、普段狩猟に勤しむダストは望遠鏡を覗き込みながら考える。年に三度村に帰って来るジオさんが持ってくるお土産は毎度毎度興味深い。彼にとって、都会とはまるで夢の国のような場所であった。

 毎日変化のない狩猟生活をやめて、自分もジオさんについて行こうかな? そうすれば、幼馴染が余所の男といちゃつく所を見ないで済む――。

 そんなことを割と真面目に考えながら、ダストは森に向けていた望遠鏡から目を離す。

 

「ふぅ……」

 

 一度目を瞑り、軽く肉球で眼球をマッサージする。見張り番も今日で連続六日目だ。なんだかんだで、心の傷は少し癒えたように思う。そして望遠鏡と言う都会の珍しい玩具を弄るのにも、そろそろ飽きてきたところである。

 何か面白いことでも起きないものかと考えながら窓の下枠に腕を置いて寄りかかり、彼はなんとなしに遠くに目を馳せる。

 

「あれ?」

 

 遠く空の上、ごみ粒のような黒い点が浮かんでいるのが見えた。初めは目にゴミでも引っ付いているのかと思ったが、どうも違うらしい。

 

「なんだろ? 

 ……へへっ、丁度いい物があるじゃん」

 

 すぐ手に持った玩具が遠くを見る為の物であることに気づき、黒い点に望遠鏡を向けるダスト。

 そうしてレンズを通し、彼の目に映ったもの。

 それは――

 

「……ぇ……え? ……まっさかー。

 …………で、でも……。……ドラゴン?」

 

 それは、漆黒のドラゴンであった。

 おとぎ話に頻繁に登場する最強種。もちろんダストは本物などに出会ったことはないのだが、小さい頃に幻獣図鑑の挿絵で見たことがある。そう言えば、あの幻獣図鑑もジオさんが都会から持ってきたお土産だったな……などとどうでもいい所に思考が飛ぶ。

 

「近づいてきてる……」

 

 ドラゴンは体を村の方角――つまりこちらに向け、真っ直ぐ突き進んで来ていた。その輪郭は少しずつではあるが、どんどん大きくなっていく。

 実は背中に一人と一体が乗っているのだが、真正面からしか見れないダストにはそれらを視認することはできない。

 

「あわわわわ、は、早くみんなに知らせないと!」

 

 階段を転げ落ちるように駆け下りたダストはポケットから緊急用の笛を取り出し、迷わずそれを全力で吹き鳴らした。皆何事かと困惑する中、ダストは叫ぶ。

 

「ド、ドラゴンだ! ドラゴンが来たーー!!」

 

 ――こうして、村は約二十年ぶりの大騒ぎとなった。

 

 

◇◇◇◇

 

「た……確かに、ドラゴンじゃ」

 

 村の代表役の震える声が、見張り塔の狭い室内に反響した。

 望遠鏡を下げる彼とて過去にドラゴンを見たことがある訳ではない。だが遠くからも感じるあの威圧感――。あれは間違いなく上位生物のものであると彼は確信する。

 

「どうするんだ!? ドラゴンなど敵うわけがない!」

 

「襲われたら、村は一巻の終わりだぞ!」

 

 慌てふためくのは村の顔役二人だった。一人は狩猟を管理し、もう一人は村内の農畜産業をまとめている。今この場所に、このケーネ村をまとめる最高幹部が全て集まっていることになる。ことはまさに、村存亡のかかった一大事であった。

 

「代表、私にも望遠鏡を貸していただけませんか?」

 

「おお、ジオ殿」

 

「そうだ、ジオ殿なら何かいい案を思いつくかもしれん」

 

 そうして代表役から望遠鏡を受け取る一人の男。年の頃は三十代半ばだろうか。

 彼の名はジオ。村の対外窓口を一身に背負う苦労人であった。村で栽培した香辛料を町まで運んで売り、村に必要な品物を町から購入して持ち帰る。彼はその役割の為、一年の半分近くを旅路に費やしていた。そんな彼の知識は役割柄村一番であり、相談役としても皆から頼りにされている。

 

 望遠鏡を覗き込むジオ。ドラゴンはもうかなり近くまで近づいてきている。今後どうするにしても、あまりもたもたしている余裕はない。

 

「戦えない者の避難は済んでいますか?」

 

「今やってるところじゃ。じゃが、地下壕には全員入りきらんじゃろうな……」

 

「そうですか……。……ん?」

 

「ど、どうした?」

 

「何か分かったのか!?」

 

 慌ててジオに詰め寄る顔役二人。

 この村はなんだかんだで危機らしい危機に見舞われたことがない。

 だからといって、皆をまとめる立場の人物達がこの有様とは……。まったく嘆かわしいと心の中で嘆息するジオ。

 

「あれはドラゴンではありませんね。ワイバーンです。

 似ていますが、ドラゴンより数段ランクの劣る幻獣です。弓矢を持った者が30人程いれば、どうにか退治できると思います」

 

「なら今すぐ村の衆を集めて弓矢を――」

 

「少し待ってください」

 

 そう言って、ジオは望遠鏡を覗き続ける。

 

「……しかし、あのような黒いワイバーンは私の知識にはありません。きっと突然変異種か何かでしょう」

 

「その……突然変異種とはなんじゃ?」

 

 杖をつき、一歩前に進む出る代表役。

 

「極々稀に生まれる強力な個体のことです。

 見たところ、あの黒い装甲は相当頑丈そうだ。下手をすると、矢が刺さらないかもしれません」

 

「勝てんのか?」

 

「分かりません……。

 撃退できたとしても、相応の犠牲を払うことになるでしょう。

 このまま隠れてやり過ごすことが最善かもしれません……」

 

 皆無言となった。

 何しろ、やり過ごせる保障などどこにもないのだから。

 強力な種には知性が生まれる。知性があるということは、遊び心があると言う事でもある。かのワイバーンが()()の後、子供が蟻の巣に水を流し入れるように、蝶の羽を一枚ずつもいでいくように、気軽な遊び感覚で村民を皆殺しにする可能性は十分にあった。人の倫理観など彼らには通用しない。それは人が蝿を叩き潰す時、いちいち罪悪感を覚えないのと一緒である。

 

「降りてきます!」

 

「!」

 

 ジオの声に皆窓の外に顔を向ける。漆黒のワイバーンはしばらく滞空し、そしてゆっくりと村へと向かって下降する。とうとう結論が出せないまま相手が来てしまった。

 

「――! あ、あれは!?」

 

「誰かが背中に乗っておるぞ!」

 

「い、今確認します」

 

 再び望遠鏡を向けるジオ。あまり深く考えずに適当に買ってきたものであったが、この道具は存外役に立つものだなと内心思う。

 レンズの先から見えたのは人だった。自分達と違い、割とポピュラーなヒューマン型である。紫のローブを身に着けている。

 

「どうじゃ? ジオよ」

 

「はい。間違いなく人です。

 ……ワイバーンは彼に付き従っているように見えます」

 

「なら、そいつを殺せば」

 

「さっそく村一番の弓の名手を呼んでこよう。確か今はアリアがそうだったか」

 

「やめてください! どうしてそういう結論になるんですか!?」

 

 弱点見つけたり! と意気揚々と戦闘計画を立てる顔役達に対し、ジオは右腕を横に振り、怒りを顕わにする。この田舎者共はなんでもかんでも排除すれば解決すると思っている。それが可能であるかさえ考えもせずに――。

 

「ジオの言う通りじゃ。主を殺されればワイバーンとやらは怒り狂うやもしれん。冷静で居られないのは分かるが、おぬし等ももうちっと考えてものを言え!

 ――それでジオよ、どうすればよいと思う?」

 

「遥か東方、メルア王国の現国王は類稀なる神級のカイリ保持者です。彼の傍には常に幻獣――金毛赤眼の獅子が付き従っていると聞きます。何でも幼き頃にかの獅子より認められたとか。

 見たところ、あそこにある漆黒のワイバーンもメルア王の獅子に近い強さを持っているように思えます。それを従わせるだけの力を持つとなれば、あれに乗っている御仁はメルア王と同等のカイリを保持しているかもしれません」

 

「ふむ」

 

「それだけの御仁ならば、むやみに暴力を振るうこともないでしょう。まずはこちらが礼を持って対応すべきです。そうすれば、そう悪いようにはならないかと思います」

 

「……ならばその案を採用しよう。

 ルラータ、ヘーロ、お前達もついで来なさい。我らミオ族最上の礼式をもって出迎える」

 

「し、しかし」

 

「そうです。万一アレが敵意ある者ならどうするのです?」

 

 なおも食い下がる村の顔役――狩猟頭ルラータ、そして農畜産まとめ役ヘーロ。

 彼らの心配も真っ当であった。ことが村の存亡に関わる以上、下手な希望的観測は命取りとなるかもしれない。

 

「どの道戦って勝つ可能性は限りなく低い。そうじゃな、ジオ」

 

「はい。突然変異種のワイバーンに加え、神級クラスのカイリ保持者が相手となれば……おそらく」

 

 その言葉を受け、代表役は無言で歩き出し、見張り塔の下り階段を駆け足気味に下り始める。それに従うルラータとヘーロ。ジオもその後に続いていく。もう相手はすぐそこまで来ているのだ。

 

「……ジオよ、お前は後方に下がりなさい。もしわしらに何かあれば、お前が皆をまとめよ」

 

「……はい」

 

 

◇◇◇◇

 

 見張り塔から出る村の幹部四名に対し、狩猟班の青年達は不安げな視線を注いでいた。もしもの為にと集められた彼らは、皆腕っ節に自信のある者達だった。その中には今回の件の第一発見者であるダストも混ざっている。

 

「コロ、レビジ、アリア、あーそれからダスト、武器を置いてわしらについて来なさい。残りはジオの指示に従うんじゃ」

 

 代表役の突然の言葉に、訳が分からないという表情をうかべる青年達。

 

(彼らには申し訳ないのじゃが、説明してる余裕はない)

 

「よいか! これから来る人物に敬神の礼をもって出迎える! やり方は毎年の光臨祭で見ておるじゃろ? コロとアリアはわしらの両端へ、レビジとダストは門を開ける役じゃ!」

 

 若者達は互いに顔を見合わせ、頷く。どうやら時間がないことを察したらしい。

 

「よし。レビジにダスト、すぐ開門せい」

 

 代表役は門の前に陣取る。敬神の礼に合わせ、その両隣には顔役である二人が、さらに両端には強き乙女が。

 そして、門はゆっくりと開かれた――。

 

 

◇◇◇◇

 

 硬直するように皆の動きが止まった。

 その理由は三つ。

 

 一つは門の前にタイミング良く、いや、タイミング悪く相手がいたこと。これでは心の準備も何もあったものではない。

 

 二つ目は間近でワイバーンの突然変異種を見たこと。陽光を反射する漆黒の体に真紅の目。その溢れ出す存在感、種の差による絶望感にはただただ圧倒されるばかりであった。何の冗談なのか、その背中には人の骨が騎乗している。

 ぎょっとする。骨は首を動かし、奈落の底へと繋がるような闇色の眼窩をこちらに向けたからだ。どうやら錬金術で作り出された生物であるらしい。骨からさほど威圧感を感じないが、その代わり、呪いとても言うべきか――防衛本能を刺激する不吉な何かをその身から噴出させている。何かを条件に力を発揮する特殊なタイプなのかもしれない。例えば、死者の魂とか……。

 恐ろしい。本当に喧嘩を売らなくてよかったと代表役は心の底から思った。

 

 そして三つ目は目の前にいるヒューマンの男性。黒の髪に黒の瞳。その背丈はヒューマンとしてはかなり高い。いや、むしろ巨人と称してもいいかもしれない。代表役にヒューマンの美醜はよく分からないが、無感情な視線を向けられていることだけは理解できた。

 

(な、なんという桁違いのカイリじゃ……)

 

 そんな彼からは強力なカイリが漏れ出ていた。その分だけでも王級クラス程あるが、潜在的にはまだ上があるように見える。その身に纏った紫のローブも、何らかの強力な呪詛が込められたものなのか、禍々しいオーラーを周囲に漂わせている。

 

 代表役は震えだす杖を握る右手に左手を重ね、鷲づかみにした。

 

(皆圧倒されて動けん。ここでわしも動かんでどうする!)

 

「ど、どうも」

 

 紫ローブの男から声がかかった。標準的な言語であるニホン語であった。どうやら問答無用で襲う気はないらしい。代表役は意を決し、彼の前へと一歩一歩、歩みを進める。皆の息を飲む気配が背後から感じられた。

 男の眼前の、敬神の礼で正しいとされる位置で立ち止まる代表役。ドラゴン、骨、そして紫ローブの男から放たれる圧力を受け、気絶しそうになる。何とか意識の紐を繋ぎ止め、変わらず無表情の彼に対し、代表役は太古に神より伝えられたミオ族最上級の挨拶を実行する。これできっとこちらの従順の意を分かって貰えるだろう。

 からからに乾いた口を開き、声を絞り出す。

 

「にゃーーーー」

 

(……こ、これでどうじゃ?)

 

「に、にゃーーーー!」

 

 なんと、男から挨拶を返された。確かに神以外がこの挨拶を受け取る際、同じ「にゃー」を持って返すことが正しい礼儀とされるが、こんな古いしきたり、ミオ族ですら知らない者は多い。

 

(ふぅ……。どうやら何とかなりそうじゃな)

 

「…………。

 ……わしはこの集落の代表役をしとりますにゃ。

 不躾な質問にゃが、賢者殿。我らが村へ何用ですかにゃ?」

 

 だからと言って、ここで油断して普通の話し方をしない。ミオ族に伝わる最上級の尊敬語で語りかける。賢者殿と呼称したのは言わば”Mr.(それがし)”や”なんちゃら先生”といった意味合いだ。向うの名前を知らない今、妥当な呼称と言えるだろう。

 

「私は旅をしている者です。今回は補給の為にこの村へと寄らせて頂きました。

 職業柄薬を作っていまして。もしよろしければ、この村の怪我人や病人を治す代わりに、いくつかの物資を融通してもらえないでしょうか?」

 

 代表役は思う。彼はこれだけの力を持っているのだ。その気になればこんな木っ端村、わざわざ交渉しなくとも根こそぎ略奪できるはずである。だから今彼が語った内容はきっと本当のことなのだろう。

 

「わかりましたにゃ。

 ようこそ。ケーネ村は賢者殿を歓迎しますにゃ」

 

 

 

◆◆◆◇

 

 よっしゃ! ファーストコンタクト成功だぜ!

 にしても三毛猫の村とは、さすが異世界。度肝(どぎも)を抜かれるとはこのことだな。

 

 でも何で彼らの言語は日本語の語尾に”にゃ”なんだろ? 謎過ぎる。

 とりあえず長老的な猫について行くことにする。確か代表役とかいったか。彼は一番前を先導して歩いている。

 俺の左右斜め前に豪奢な民族衣装を着た猫二人が、両隣には皮鎧を身に着けた若い猫が俺を挟むようにして歩いていた。

 そう言えば、確か三毛猫ってほぼ雌しか存在しないんだっけ? 遺伝子的にあーだこーだあって。ってことはこいつら全員雌……なわけないか。代表役は髭っぽいの生えてるし、両斜め前を歩く幹部的な感じのご両人もいかにもおっさんって感じだし。

 なら左右の二人は雌? うーん……よく分からんな……。

 

 右を歩く若い猫に目を向けると、彼(彼女?)は怯えたように目を逸らす。

 人見知り? まぁ、俺異種族だしね……。この世界に俺と同じ人間っているのかな……?

 

 進むうちに、ちらほらと民家が見えてくる。外見は……土で作ったかまくら。この表現が一番近いだろう。勿論その規模は標準的なかまくらの七、八倍以上ある。それがぽつぽつと点在していた。

 

 稀に入り口から頭半分を覗かせ、そっとこちらを見る村民を確認できる。元が三毛猫なので妙に可愛らしい。よ~く彼らの視線の先を辿ると、どうやら見ているのは俺ではなく、真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)であるようだ。まぁ、そりゃあ目立つわな。てか、よくもまぁコイツごと村に入れてくれたものだ。てっきりもっと色々言われると思ったんだが……。

 

 俺を連れた一行は村のはずれの方に向かっているようだ。およそ八分間程度歩きつづけ、一軒のかまくら型家屋に辿り着いた。

 

「賢者殿、窮屈じゃろうが、ここにお泊り下されにゃ。

 身の回りの世話役にコロとアリアを置いていくにゃ。ほれ、挨拶なさい」

 

 ずっと俺の両端を固めていた猫達が頭を下げる。

 

「よ、よろしくおねがいしますにゃ。コロですにゃ」

 

「アリアですにゃ。何でもお申し付け下さいにゃ」

 

「どうも、宜しくお願いします」

 

 声を聞く限り、どうやら雌……と言うのは失礼か、女性らしい。

 

「わしはこれから少し所用がありますにゃ。賢者殿はしばらく寛いでくださいにゃ」

 

 そう言って代表役は頭を下げ、その背後に控える幹部二人も同様に頭を下げた。そう言えば彼らは最後まで喋らなかったな。

 

「ああ、ありがとう」

 

「では……」

 

 

 

◇◇◇◇

 

「賢者様、お茶をどうぞにゃ」

 

「これはどうも、ご丁寧に」

 

 石のテーブルにお茶を載せるアリア。

 彼女ら二人は甲斐甲斐しく俺の世話をしている。時たま妙な目配せをしているのが気になるが、特に騒ぎ立てる程のことでもない。

 黒飛竜は外で休ませている。当たり前だが、中は狭くて入れないからだ。ワイトキングは壁の隅に立っていて、微動だにしない。すっかり骨格標本が板に付いてきたようだ。時々部屋の掃除をするコロが彼を見て、びくっと身を竦ませたりしていた。そして7体のモンスター・アイは変わらず俺のローブの中にいる。

 

 家の中には薄いほこりが積もっていた。アリアによればここは来客用の家で、そもそもこの村に来客などここ十数年なかったらしい。だからこの家に入った当初、彼女らは慌てて清掃活動に勤しんでいた。

 そしてなんだかんだで、ここに座ってから一時間以上経過している。これまで二人とも忙しそうに立ち回っていたので、大した話を聞けてない。ようやくお掃除もひと段落したようなので、声をかけてみることにする。

 

「少々お尋ねしたいのですが、この後の予定はどうなっているのでしょう?

 私は生活用品を数点購入したいと思っていますが、この村に雑貨屋などお有りでしょうか?」

 

「い、いえ、この村にはお店と呼べるものはないですにゃ」

 

「多分、この後代表役の家で賢者様の歓迎会をすると思いますにゃ。賢者様の要望に関しては、その時に代表役から相談があるはずにゃ」

 

 少しどもりながらも答えてくれるコロに、これからの予定予想を話してくれたアリア。

 アリアってあれだよね。俺が鑑定した人だよね、多分。まったく、奇妙な縁もあったもんだ。

 

 村民の見た目は二足歩行する巨大三毛猫なので、中々個人の判別がしづらい。だから個々の服装や装飾で見分けることにした。まず俺の世話をしてくれる二人に目を向ける。

 コロは右腕に銀色の腕輪つけ、左耳の後に羽を(かたど)った髪飾りがある。ワイトキングが動くたびにいちいち怯える姿が可愛らしい。とりあえず羽飾りの猫と覚えよう。

 アリアの特徴は頭に巻いたバンダナだ。原色の赤をベースに花模様があしらわれている。尻尾にも赤い飾り布を巻きつけており、赤色が彼女のチャームポイントなのかもしれない。アリアのことは赤バンダナの猫と覚えることにする。

 

 まだ警戒されているのか、二人からの情報収集は進んでいない。コロは怯えるし、アリアは何を聞いてものらりくらりとかわしてしまう。後程代表役にお聞きくださいにゃ、だ。

 結局収穫を得られないまま、日は沈もうとしていた。夕刻であった。

 

「賢者様、代表役がよろしければ共にお食事をと申してますにゃ」

 

 今さっき来た伝令の言葉を俺に伝えるアリア。

 勿論二つ返事でOKした。ここにいても何の情報も集まらない。

 

「それでは、ご案内いたしますにゃ。こちらへどうぞにゃ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 食事は肉、肉、肉、豆、芋、肉、肉、肉だった。

 大きなテーブルに様々な肉料理が並んでいた。どうやらここには主食と言う概念はないらしい。別にそう驚くことでもない。地球でも主食と言う概念があるのはアジア圏くらいである。よく欧米はパンが主食という勘違いをする日本人を見かけるが、パンは欧米の人にとっておかずの内の一品であり、そもそも主食という考え方は向こうにはない。

 

「歓迎しますにゃ、賢者殿。どうぞ遠慮せずに召し上がってくださいにゃ」

 

 そう代表役が勧める食卓には俺を含め、五人が席についていた。

 

 ここは小高い丘に立てられた代表役の家。当然の如くかまくら式である。

 先の代表役のセリフの前に、彼らは一人一人俺の前で自己紹介をしてくれた。

 昼に俺を出迎えた代表役以外の二人は、名をルラータとヘーロと言う。ルラータさんは狩猟を管理していて、ヘーロさんは村内部の様々な仕事をまとめているらしい。二人とも非常によく似たカラフルな民族衣装を身に着けており、中々見分けがつきにくい。

 そしてもう一人、新たに紹介されたのはジオと言う男性。何でも、いつもは村と町を往復しているのだそうだ。俺の欲しいものに関しても、彼が便宜を図ってくれるらしい。茶色のポンチョに身を包んでいる、落ち着いた雰囲気の三毛猫だ。

 彼らの態度から過度の恐れや嫌悪感は感じない。この世界でも人間型の知的生物は存在するのかもしれない。

 

「どうかのう、賢者殿。女衆が腕によりをかけて作った料理ですにゃ」

 

「はい、とてもおいしいです。

 こんなきちんとしたお食事にありつけるのは久々です」

 

「おおー。それはよかったにゃ」

 

 正直なところ、まずくはないが、特別おいしいとも思えない。だが懸命によいものを出そうとしてくれる彼らの親切は心に染み入るものがある。その為か、料理は五割り増しくらいにおいしく感じられた。世話役といい料理といい、実際、怪しい旅人に対しては過ぎた待遇だと思う。久々のお客さんらしいので、それで奮発しているのだろうか?

 食事は終わり、太陽もすでに木々の向こうへと沈んでいた。なんとなしに部屋の壁に設置された松明(たいまつ)の明かりを見つめる。

 

「賢者殿は薬を作られるのにゃとか」

 

 これは狩猟頭のルラータさんだ。声をかけられ、意識をテーブルに戻す。

 

「ええ、少し制限はありますが、かなりいいものが作れますよ」

 

「それはなんとも有り難いにゃ。にゃにしろ、狩りに出ると生傷が絶えないにゃ。

 近頃西のゴブリン共も頻繁に襲い掛かってくるようににゃったし、今も動けない者が何人かいるにゃ」

 

「村の中にも病気で倒れているものが数人いるにゃ」

 

 続けて農畜産まとめ役、ヘーロさんが話し出す。

 

「やはり薬で治るものと治らないものがあるようにゃ。もしよろしければ、賢者殿には後日、彼らを見てやって欲しいにゃ」

 

「分かりました。私でよろしければ」

 

「ぜひお願いしますにゃ」

 

 頭を軽く下げるヘーロさん。

 

「賢者様。

 賢者様の連れている黒いワイバーン、私はこれまでにあれだけ強力なものを見たことがありませんでした。あのワイバーンはなんという種でしょうか?」

 

「あれの名は真紅眼の飛竜(レッドアイズ・ワイバーン)です。

 そうですね……あまり余所のワイバーンと強さを比べたことはありませんが、かなり珍しい個体であることは確かですよ」

 

「おお……やはり――。レッドアイズ……ですか……。

 ワイバーンを騎獣にしていることといい、賢者様は強力なカイリをお持ちのようだ。もしよろしければ、等級をお教え願えますでしょうか?」

 

 カイリ? 話の流れからして魔力みたいなものだろうか? それに等級があると。

 

「もうしわけない。何しろ年がら年中移動ばかりを繰り返していたもので、きちんと測ったことがないのです」

 

「……なるほど、そうでしたか。

 賢者様からはかなり強力なカイリを感じます。きっと神級にも届くでしょう」

 

「いえ、さすがにそれは褒めすぎかと。そこまで高くはないでしょう」

 

 ごまかせたかな?

 このジオって人、少し苦手かもしれない。さっきから何かと探りを入れてくる。

 今気づいたけど、彼一人だけ語尾に”にゃ”をつけてないね。

 

 

◇◇◇◇

 

「もうすっかり夜ですにゃ」

 

 あれからしばらく談笑が続いた。

 ルラータさんから狩猟の苦労話を聞き、ヘーロさんから家畜や畑の自慢を聞いて、そして幾度かあるジオさんからの鋭い質問を何とか嘘でかわす。

 

「賢者殿もきっと長旅で疲れていることでしょうにゃ。今日はもうこれでお開きにしたいと思いますにゃ」

 

 代表役の言葉である。

 どうやらその言葉の通り、今日はこれでお開きにするらしい。

 

「ええ、大変おいしいお食事、有難うございます。

 明日からは皆の役に立てるよう努力いたしましょう」

 

「とても有難いですにゃ。それでは、帰りはまたアリアとコロに案内させますにゃ。

 ――おーい! アリアにコロ!」

 

「はい」

「ただいま」

 

 入り口からアリアとコロが入ってくる。ひょっとしたら、ずっと外で控えていたのだろうか?

 

「賢者殿を家まで案内せい」

 

「「かしこまりました」」

 

 あれ?

 

「こちらへどうぞにゃ」

 

 手を出口に向け、俺を案内するアリア。

 君達、今”にゃ”つけないで喋ったよね?

 

「えっと……はい。

 では代表役、お先に失礼します」

 

 こうして代表役からの夕食への招待は無事終わった。

 少しギクシャクした席ではあったが、彼らの歓迎は心の底から好ましく思う。

 お返しする為にも、明日から頑張ろう。

 

 

◇◇◇◇

 

 ぴ~、ひゅるりるりら~♪

 

 うおおおおおおおおおお!!

 

 ぴ~ひゃらぴ~♪

 

 油断したーーーー!!

 うおおおおおおおおおお!!

 何だこの痛みは! 腹が捻じ切れるぅぅぅぅ!!

 駄目、無理、死ぬ死ぬ死ぬ。もういっそ殺せ!!

 

「カカカカード……」

 

 いでぇーーーー!

 完全に食中毒だよ!

 に、日本人の腹に、この世界の衛生基準で作られた食事は無理だったんだ!

 なんか腹ん中でチャルメラが鳴ってるぅぅぅ!

 

 ちゅるりらり~♪

 

 うおぉおぉおぉ。もうマジ無理。絶対無理。

 吐きそう。ごめん、許して。

 

 ぎゅぎゅぎゅのぎゅ♪

 

 すみませぇん! 謝る、謝りますからぁ!

 だだだ誰に謝ればいいんですかーー!?

 

「どどどどどこだ、どこだ――」

 

 ああああった! これだ!

 

 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

治療の神ディアン・ケト    ー魔ー

           【魔法カード】

 

自分は1000ライフポイント回復する。

 

           消費魔力 3

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

 

 

 ちち、治療のかか神なんだから、ここここれくらい直せるだろ、きっと。

 し、喋ってる余裕もない。

 ちちち治療の神ディアン・ケト、発動。

 

 俺の手の平に、白の光が生まれる。

 どうすんだ、これ? 手のひらに引っ付いてる?

 とりあえず患部である腹に当ててみることにする。

 

「くっ…………はぁ……はぁ……」

 

 光は広がり、俺の全身を包み込む。

 五臓六腑の異常が、取り除かれていくのを感じる。

 まさに一瞬。

 光が収まると、腹の痛みは嘘のように退いていた。

 

「はぁー…………な……治った……」

 

 きつかった。食中毒があんなに苦しいものだったとは。

 日本でも毎年何人かの人が食中毒で亡くなってるらしいけど、今ならよ~く分かる。

 死ねるわ、これ……。

 

「…………マジ、疲れたぁ……」

 

 

 

――――――――――――――――――――

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼

未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ 0/10

 

魔力 0/9    ATK/80 DEF/130 

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼


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