第一話 状況把握
「あれ、ここはどこだ?」
ふと気が付けば、俺は見知らぬ部屋にいた。
部屋はピンク色の壁紙で覆われており、ぬいぐるみ等の可愛らしい小物が目に入る。
「女の子の部屋、だよな? なんで俺がこんな所に──」
「
「──は、はーい!」
不可解な現象に思わず困惑していると、俺の耳に女性の声が入ってきた。
咄嗟に叫び返してしまったが、朝陽とは一体誰の事だろうか?
「意味がわからない……」
呟きを零しつつ、この部屋を出ようと扉に近寄り、ドアノブを回す。
すると、鍵がかかっていなかったのか、扉は簡単に開く。
「やっぱり知らない廊下だ」
案の定と言うべきか、扉を開いた先も見覚えがなかった。
つまり、ここは俺が全く知らない場所だという事だ。
もしかしたら、俺は誰かに誘拐されたのかもしれない。
そう思い、辺りを警戒しながら少しずつ足を進めていくのだが、やけに歩幅が小さいような……
「って、なんか小さくなってないか!?」
思わず手に目を向けると、確かにいつもより手が小さかった。
改めて身体に手を這わしてみれば、手だけではなく、どうやら足等身体が全体的に小さくなっているらしい。
何故俺はこんな事にも今まで気が付かなかったのだろうか。思ったよりも混乱していたのか?
「なんで俺の身体が小さくなってるんだよ」
得体の知れない恐怖に身震いした俺は、更に警戒を募って階段を降りていく。
すると、そこには椅子に座って新聞を読んでいる女性がいた。
「おはよう朝陽。早く友達の所に行きなさい」
「だ、誰?」
「誰って……朝陽はまだ寝ぼけているのね」
困ったように微笑み、女性は再び新聞に目を戻した。
寝ぼけている? 朝陽?
この人は何を言っているんだ……俺の身に何が起こっているんだ。
「一体何がどうなってるんだよ」
確かに昨日、俺は自分の部屋で眠ったはず。
なのに、いきなり知らない場所で知らない人に知らない名前で呼ばれて……
「朝陽って、もしかして俺の事か?」
玄関に向かう途中で、ふと思い至る。
先ほどの女性は、俺の目を見て朝陽と言った。
つまり、俺は朝陽という存在なのか?
「そんなはずはない。俺の名前は……俺の名前ってなんだ?」
家族の顔は覚えている。今までの記憶だってしっかりとある。でも、俺を含めた家族や友人達の名前が出てこない。
思わず背筋が凍り、座り込んでしまう。
「嘘だよな? 名前を思い出せないってそんなわけないよな?」
震える脚でなんとか立ち上がり、俺は壁に寄りかかりながら玄関へと足を進めていく。
その先に、今の俺が求めている答えがあるような気がして、ただただ無心で玄関に向かう。
「おはよう、朝陽ちゃん!」
「お、おはよう……」
「朝陽ちゃん!?」
「顔が真っ青ですよ!?」
なんとか玄関を開ける事に成功した俺だったが、そのまま目の前にいたサイドテールが特徴の少女に寄りかかってしまった。
すると、側にいた生真面目そうな少女に、ふわふわとした雰囲気を醸しだす少女が、心配そうに俺の方へと駆け寄る。
「海未ちゃんとことりちゃんは叔母さんを呼んできて!」
「わ、わかりました。ここは頼みましたよ穂乃果!」
「待ってて朝陽ちゃん!」
そう告げると、二人の少女は家に入っていった。
対して、少女は俺を抱えたまま、ゆっくりと玄関の方に歩いていく。
「直ぐに叔母さんが来るから頑張って!」
「穂乃果……海未……ことり……?」
「穂乃果達がどうしたの?」
不思議そうに問いかける少女を尻目に、俺は聞き覚えのあるその言葉を聞いて、思考を巡らせていた。
確かに、彼女は自分の事を穂乃果と言った。そして、残りの二人も自分達を海未とことりだと言っていた。
……ま、まさか。彼女達はラブライブの──
「ぐぅっ!?」
「朝陽ちゃん!?」
突如として脳内に鋭い痛みが走り、思わず呻いてしまう。
そして、混乱が境地に至ったのか、急速に意識が
悲痛な声を上げる少女を視界の端に入れつつ、俺は一つの思いで心中を埋め尽くされるのだった。
──ここって、ラブライブの世界かよ。
「──はっ、ここは!?」
弾けるように飛び起きた俺は、ここが最初にいた部屋だと理解した。
同時に、急に起きた事で
「なんなんだよ全く……?」
ある程度時間が経ったからか、冷静になった思考で状況を整理してみようとする。
その時、自分の中に覚えがない記憶がある事に気が付く。
「なんだこれは……」
初めて感じる感覚に思わず眉を歪めつつ、俺は脳内から記憶を掘り返していく。
俺の名前は、
今年で小学生四年生になり、先ほどの少女──穂乃果達とは幼馴染みだ。
家族構成は両親と俺の三人家族。兄弟姉妹はいない。
得意科目は理系で、文系は苦手な方。
身体を動かすのは得意だからか、家にいるより外で遊ぶ事が好き。
「とりあえず、自分の事はこんなもんか」
ため息を漏らし、ぼんやりと天井を仰ぐ。
俺が眠っている間に何かがあったのか、俺という人格に、朝陽の人格が混じりあっているのを感じる。
一体どうしてこんな事になったのか……神様がいるなら随分と酷い神様だな。
「これって、やはり転生なんだろうか?」
もしもこの現象が転生ならば、俺は前世で既に死んでいるという事になる。
そして、なんの因果か朝陽として再び産まれたという事にも。
色々と考えても答えが出ないので、ひとまず転生の事は置いておこう。
問題は俺が意識を失う直前、あの場にいた少女達……穂乃果達の事だ。
「仮に転生なら、ここはラブライブの世界?」
──ラブライブ。
この物語は、主人公である高坂 穂乃果が高校二年生の時に始まる。
突然告げられた、自分達の高校が廃校するという知らせ。
その事を耳にした穂乃果は、幼馴染みの南 ことりや園田 海未と共に、スクールアイドルとして廃校を阻止しようと思い立つ。
その際、三人には数々の出会いや苦難が待ち受けるのだが、そこは重要ではないので置いておく。
「問題は、そこに俺という人物が出てこないという点だな」
雨宮 朝陽という人物は、作中でも語られた事がない。
朝陽らしき人物が現れた事もないし、誰かの話に挙がった場面もない。
となると、つまり俺はこの世界でのイレギュラーという事だろう。
「はぁ……どうなってんだか」
ここまで不可解な出来事がいきなり押し寄せていなかったら、俺はもっと純粋に喜んでいたかもしれない。
本来会えるはずのないラブライブのキャラクターが、手の届く距離にいる。
会話もできるし、なんなら一緒に遊ぶ事もできるだろう。
一度は夢見た光景……しかし、実際に自分の身に起きてみればどうだ。
自分の事で精一杯で、現状を楽しむ余裕はない。
今だって、ラブライブの世界に転生した事を疑っている。
ただ、目の前の現実に目を背けても意味がないから、辛うじて自分の気持ちに区切りをつけているだけ。
「母さん達は大丈夫かな……」
不意に、前世──仮にそうしておく──の家族を思い出す。
母さんは無理をしていないだろうか。父さんはまた無駄遣いをしてないだろうか。
もしかしたら、友人達は学校で馬鹿騒ぎをしているかもしれない。
だけど、そんな彼等の名前を思い出せない。俺と関わった人達の名前が出てこない。
「くそっ……なんなんだよ」
目元に腕を押しつけ、涙を堪える。
泣きたいし、恥も外聞もなく盛大に喚きたいけど、そんな事をしたら、今の家族に勘づかれてしまう。
今の俺は朝陽、ただの『雨宮 朝陽』なのだ。
前世の記憶が不鮮明な俺を示す物は、もうこの『雨宮 朝陽』という肩書きしかない。
だからもし、不気味がられて家族に『雨宮 朝陽』を否定されたら、きっと俺の心は折れて壊れてしまうだろう。
そうならないためにこの感情には蓋をして、今まで通り『雨宮 朝陽』として過ごす。
大丈夫、上手くいくはずだ。今までの記憶のように暮らせば、誰にもわからないんだから。
暫くそうやって自分を戒めた後、袖で目元を拭う。
「ふぅ……」
ため息を零して起き上がり、改めて周囲を見回していく。
そして最後に目に入った姿見に、俺は思わず遠い目をしてしまった。
意識を取り戻してからずっと現実逃避をしていたが、そろそろ腹を括らなければいけないだろう。
ノロノロとした動きでベッドを降り、重い足取りで姿見の方へと向かう。
そして、姿見に映った俺の姿は──
「やっぱり……」
──女の子だった。
歳は十歳ほどだろうか。
艶のある黒髪に、翡翠色のやや吊り上がった瞳。
将来クラスでチヤホヤされそうな顔立ち。
そんなどこか気の強そうな美少女が、こちらを見つめていた。
試しに右手を上げれば、姿見の美少女も右手を上げる。
舌を出してみれば、美少女もアッカンベーしてくる。
ついでに笑みを浮かべると、美少女はにっこり微笑んだ、可愛い。
「なるほどなるほど」
美少女と同時に腕を組み、何度も頷く。
とまあ、意味のない行動を繰り返していたが。
とどのつまり、この姿見に映る美少女は俺なのだろう。
「生まれ変わったら美少女ってか? 笑えないわ!」
──どうやら俺は、転生は転生でも女の子として転生してしまったらしい。