西木野が開いた素敵な伴奏会から一日経って。
現在、俺は穂乃果達と一緒に屋上へと来ていた。
「お願い、西木野さん! 私達のために曲を作って!」
「だから、それは前にも断りましたよね」
手を合わせて必死な様子で頼む穂乃果に対して、西木野は呆れたような表情を浮かべて腕を組んだ。
そして、西木野は穂乃果の後ろにいる俺の方へと目を向け、なんとかしろと言わんばかりに見つめてくる。
それに俺が笑顔で手を振れば、西木野は頬を痙攣させていた。
まあ、あれだ。穂乃果は一度決めたら突っ走るから、恐らく西木野が頷くまで諦めないだろう。
穂乃果に目をつけられた事は、西木野にとって幸運だったのか不運だったのか。
ま、その答えは近いうちに自ずとわかるか。
そんな風に考えていると、ことりが俺の方へと身を寄せて囁いてくる。
「ねぇ、朝陽ちゃん。あの子と知り合いなの?」
「ん? ああ、昨日ちょっと会ってね」
「ふ〜ん」
その返答を聞いたことりは、意味ありげに俺を一瞥してから西木野の方へと視線を戻した。
まあ、ことりが考えているような大した事はなかったな。
ただ、俺が改めて西木野の才能を目の当たりにしただけだし。
「あ、もしかして作曲できないの?」
「そんな事ないわよ! やりたくないだけです、そんな事」
穂乃果の問いかけに声を荒らげた後、西木野はため息をついて目を逸らす。
やはり、昨日の今日では西木野の心は変わってくれないか。
どうするか……俺にできる事は少ないが、一応やるだけやってみよう。
「昨日聴かせてくれた曲は、西木野が作曲したのか?」
「え? ええ、そうだけど。それが何?」
「改めて言うけど、私は凄く感動したんだ。心の奥底まで染み渡るような綺麗なメロディーに」
「ゔぇぇ!?」
不思議そうな顔をしている穂乃果を追いこし、訝しげにこちらを見る西木野の前まで足を進める。
そして、素っ頓狂な声を上げて後ずさろうとする西木野の手を握り、俺は柔らかい微笑みを意識しながら口を開く。
「私達には君が必要なんだ。他の誰でもない、西木野が」
「ちょ、ちょっといきなりすぎるわよ!」
「朝陽ちゃん!?」
「は、破廉恥です!」
「ふふふ、朝陽ちゃんには後で聞きたい事ができたなぁ」
その透きとおるような瞳を見返しつつ、俺がそう言えば西木野は顔を赤らめる。
背後で穂乃果達が何やら騒がしいが、まあ特に気にしなくてもいいだろう。
ともかく、西木野は気まずそうに俺から目を逸らし、それでも強い口調で告げる。
「そこまで言ってもらって悪いけど、私にその気はないのよ」
「どうしても?」
「ええ、今のところはね」
「その歌で廃校を阻止できるかもしれないのに?」
「興味ないし……もういいかしら?」
そんな西木野の問いかけに、俺は手を離す事で応える。
残念そうに肩を落としている穂乃果達を一瞥した後、西木野は僅かに視線を泳がせながら扉に近づいていく。
「西木野さん!」
「なんですか?」
「私、諦めないから!」
「……そうですか」
瞳に強い決意を宿した穂乃果の姿を見て、西木野はそう呟きを漏らして去っていった。
西木野がいなくなる事で辺りに重苦しい沈黙が流れはじめ、穂乃果達はお互いの顔を見合わせて難しい表情を浮かべる。
「断られちゃったね」
「なんていうか、海未ちゃんみたい」
「あれが普通の反応だと思いますが」
まあ、海未と西木野の性格は似てない事もない。
二人共真面目な性格だし、微妙に素直になれない所も共通しているし。
いや、西木野は海未ほどはっちゃけていないか。
西木野がラブアローシュートなんてしたら……うん、ないな。
「さて、これからどうしようか」
「うーん、穂乃果は西木野さんの曲で歌いたいな」
「まあ、本命は西木野として。一応予備のプランも建てておいた方がいいだろうね」
「そうですね……最悪、他の人の曲を歌う事になるかもしれません」
俺の提案を聞いた海未は、顎に手を添えて思案する素振りを見せる。
そのまま四人で色々と相談をしていると、不意に屋上の扉が開かれた。
それに俺達が揃って目を向ければ、そこには真剣な面立ちでこちらを見つめている絵里がいたのだ。
「生徒会長……」
「ちょっといいかしら」
「私達にどのような用でしょうか?」
思わずといった様子で呟きを漏らすことりに、鋭い目つきで絵里を牽制していく海未。
どうやら、生徒会室での一件からか海未は絵里に対して良い感情を持っていないらしい。
まあ、あれだけきっぱりと否定されたしな。気持ちはわからないでもない。
ともかく、海未から歓迎されていない空気が漂う中、そんな事を気にとめる様子を見せない絵里は、ゆっくりと俺達を見回していく。
「貴女達がスクールアイドルの結成を諦めていないみたいだから、その忠告をしに来たのよ」
「忠告、ですか?」
「ええ……まず、前提として音ノ木坂は廃校の危機にある」
「そうですが……」
穂乃果の問いかけに頷いて告げた絵里の言葉に、先ほどまで視線を鋭くしていた海未は戸惑いがちに頷いた。
それを見て、絵里は僅かに表情を柔らかくして指を立てる。
「それをなんとかしたいと思い、貴女達はスクールアイドルをやろうと思った。その事に間違いはないわね?」
「そうですけど?」
「その心意義は前にも言ったと思うけど嬉しいわ。ただ、貴女達は失敗をした時の事もちゃんと考えているのかしら?」
「え……?」
厳しい表情に変わった絵里がそう告げると、穂乃果は驚いたように目を大きく見開いた。
それに対して、そんな穂乃果の様子を見た絵里はため息をつく。
「その様子だと考えていなかったみたいね。私に貴女達の活動を止める権限はないから、この際はっきりと言わせてもらうわ。貴女達がスクールアイドルをすると言うのなら、失敗した時のリスクを考えた上でしてちょうだい」
「リスク……」
「何度も言うけど、思いつきで行動して欲しくないの。スクールアイドルをやりました、でもやっぱり駄目でした……もしそんな風に軽い気持ちでやるのなら、例え私情だとしても私が止めるわ」
そう言い放ち、決然とした表情を浮かべた絵里。
そんなどこか覚悟を決めたような絵里の姿を見て、穂乃果達は返す言葉が見つからないようだ。
「少し言いすぎではないですか?」
「……そうね、少し冷静じゃなかったわ。ごめんなさい」
「い、いえ! それより頭を上げてください!」
圧倒されている穂乃果達に代わり俺がそう言えば、絵里は少し考える仕草をした後で頭を下げた。
それを見て我に返ったのか、海未が慌てた様子で絵里に頭を上げるように頼んでいる。
海未に促され頭を上げた絵里は、真剣な表情を浮かべて再度俺達を見回していく。
「スクールアイドルをする意味、ちゃんと考えてね」
そう告げて横目で俺をチラリと見た後、絵里は屋上を去っていった。
絵里がいなくなった事で、さきほどより重苦しい空気が流れだす。
「生徒会長、凄かったね」
「はい。あれは、責任を背負う者の目でした」
「私達って、軽く考えていたのかなぁ……」
思わずといった様子で穂乃果がそう呟くと、ことり達は表情を曇らせた。
穂乃果達は絵里の言葉に随分と考えさせられたようだが、俺してはそこまで難しく考えない方がいいと思う。
もちろん、絵里の言葉にも一理ある。
でも、前にも思った通り今の音ノ木坂にそこまで評判が落ちる知名度等はない。
だから、この場合は絵里のような慎重な考えより、穂乃果達のような大胆な思いつき方が良い結果を生むはず。
そんな風に考えつつ、俺は悩む仕草をする穂乃果達へと目を向けて口を開く。
「とりあえず、そろそろ授業が始まるから私達も教室に戻ろう」
「そう、だね」
代表して頷いた穂乃果を筆頭に、俺達は教室へと戻るのであった。
あれから、俺達は教室へと戻って授業を受けていたのだが、絵里の言葉を考えているのか穂乃果達は上の空だった。
いつも机に伏せて眠っている穂乃果は頬杖をついて悩む様子を見せ、海未は黒板を見ているがどこかぼーっとしている。
ことりも意味もなくノートにペンを走らせていて、皆真面目に授業内容を聞いてないようだ。
まあ、俺も絵里の話には思う所があるので授業に集中できなかったが。
そんな感じで授業が終わり、休み時間となった。
休み時間になると穂乃果は教室から出ていき、海未とことりが俺の席まで歩み寄ってくる。
「朝陽。授業中に少し考えてみたのですが、生徒会長の話にも一理あると思います」
「でも、私達はそんな軽い気持ちでスクールアイドルをやるつもりはないよ」
示しあわせたかのように海未達はそう告げ、俺へと力強い眼差しを送ってきた。
そんな海未達の様子が嬉しく思いつつ、俺は頷きを返して口を開く。
「うん、海未達が真剣な気持ちでスクールアイドルをしているのは、私がよく知っているよ。……とりあえず、生徒会長の話は念頭に置いといて、今はファーストライブを成功させる事だけに集中しよう」
「みんなー!」
俺の言葉に海未達が頷いた瞬間、教室へと飛び込んだ穂乃果が笑顔で駆け寄ってくる。
脚がもつれそうになるほど慌てた様子でこちらまで走ってきた穂乃果は、不思議そうに首を傾げていることり達にあるものを見せた。
「なんですか、それは?」
「あったんだよ! グループ名の名前が!」
「本当に穂乃果ちゃん!?」
「うん! まだ中身は見てないんだけど、グループ名募集の箱に入ってたんだ」
そう告げて俺の机の上に一枚の紙を置いた穂乃果。
自然と全員の視線がその紙へと集まっていき、どこか張りつめた雰囲気が漂いはじめる。
「じゃあ、開けるよ?」
「どのような名前なんでしょうか」
「楽しみだね〜」
期待しているような面立ちで穂乃果がゆっくりと紙を開くと、そこには──
「……ゆーず?」
「ミューズではないすか?」
──μ'sと書いてあったのだ。
「μ's……」
「神話に出てくる女神から取った名前だと思いますが」
「女神って、ちょっと恥ずかしい」
名前の意味に照れる様子を見せることりに、穂乃果へとμ'sの由来を伝える海未。
そんな海未達の様子を尻目に、穂乃果は暫し目を伏せて考え込む仕草をする。
やがて、噛み締めるように何度もμ'sと呟いていた穂乃果は、顔を上げて輝かんばかりの笑みを浮かべていく。
「うん! すっごく良い名前だよ!」
「はい、私も良いと思います!」
「ことりも〜!」
「うん、穂乃果達にぴったりな名前じゃないかな?」
もしかしたら、他の名前になるかもしれないと思っていたが、無事に俺の杞憂に終わって良かった。
後は、μ'sを考えた人の通りに──十中八九希先輩だろうが──メンバーが九人揃ってくれれば……。
ともかく、俺達から賛成の意を受けて、穂乃果は笑顔のまま大きく頷く。
「これから私達は──μ'sだ!」
今この瞬間から、音ノ木坂で一つのスクールアイドルグループ──μ'sの物語が始動するのであった。