「──ワン、ツー、スリー、フォー」
絵里の様子を見にいった日から数日後。
現在、俺達は神田明神でダンスの練習をしていた。
また、他にも俺が踊らない事で色々と一悶着あったが、まあそれは置いておこう。
ともかく、俺の手拍子に合わせて穂乃果達は身体を動かしていく。
「穂乃果、前に出すぎ」
「ごめーん」
「ことり、二人から遅れているよ」
「は、はーい」
「海未、もっと手の振りを大きく」
「すみません」
穂乃果達を注意深く観察していき、気が付いた事を報告する。
それを聞いて、穂乃果達は直ぐにダンスの動きを直す。
うん、とりあえずはある程度形になってきたな。
A-RISE等と比べたらまだまだだけど、素人に毛が生えたぐらいには動けている。
「はい! 今から十分休憩」
「たーっ! 疲れたー」
「脚が重たいよぉ」
「穂乃果達も体力がついてきましたね」
俺の言葉に座り込む穂乃果達に対して、海未は僅かに汗を滲ませているだけだ。
やはり、普段から身体を動かしているからか海未は体力がある。
まあ、穂乃果達も体力がついてきたのでそちらも大丈夫だろう。
後は、ダンスの技術とライブ中に笑顔でいられる事──
「……ぁぁぁ……!?」
「あれ、今何か聴こえなかった?」
「うーん、気のせいじゃないかなぁ」
唐突に耳に入った音に、穂乃果とことりは不思議そうに首を傾げた。
それに対して、穂乃果達よりはっきり聞こえたのか、海未は表情を引き締めて俺の方へと顔を向ける。
「朝陽、今のはもしかして」
「海未達は休憩しておいて。私が確認してくるから」
「いけません! ここは警察に連絡を」
「待つんだ海未。あれは知り合いだから大丈夫だ、多分」
「本当ですか?」
携帯を片手に俺を見つめる海未に、笑みを返す。
まさか、海未が警察を呼ぼうとするのは予想外だった。
うん、普通なら通報してしまうよな。悲鳴らしき声が聞こえたんだし。
ともかく、心配そうな眼差しを送ってくる海未に見送られ、俺は階段を降りていく。
「あ、朝陽ちゃん。やっほー」
「ゔぇぇ!?」
角から顔を出すと、そこには案の定巫女服姿の希先輩に、自分の身体を抱いて頬を赤らめている西木野がいた。
俺に気が付きにこやかに手を振る希先輩に対して、西木野は奇妙な声を上げて勢いよく後ずさる。
えっ、その反応は傷つく。俺って西木野に避けられているのだろうか?
「うん、何事もなくて良かった」
「じゃあ、ウチはもう行くな。バイバイ」
「あ、ちょっとっ!?」
手を伸ばして引き止める西木野を無視して、希先輩はさっさと階段を登ってしまった。
希先輩がいなくなる事でどこか気まずげな空気が漂いはじめ、西木野は視線をあちこちに飛ばしている。
かくいう俺も、突然の事になんて声を掛ければいいか思いつかない。
……とりあえず、ここにいた理由から聞くとしよう。
「なんで西木野はここに?」
「え? えーっと、あれよ。たまたま学校の帰り道に通っただけよ」
「へー、そうなんだ。私はてっきり穂乃果達の様子を見にきたんだと思ってたよ」
「なっ! そんな事ないわ。貴女の勘違いじゃないかしら」
相変わらず認めないその姿勢は、流石西木野と言うべきか。
ともかく、西木野が穂乃果達へと本格的に興味を持ってくれたようだ。
これは恐らく、穂乃果が奮闘したお蔭だろう。
「では、私はもう行くよ。……改めて、作曲をお願いします」
「……まあ、気が向いたらね」
そう告げると、西木野は踵を返して去っていった。
先日とは違うその返事に、俺は内心で嬉しく思いつつ階段を登っていく。
西木野の心境の変化の原因は、これも恐らく穂乃果が説得してくれたからだろう。
やはり穂乃果は凄い。俺ではできなかった事をいとも簡単にやってくれる。
「おかえりなさい、朝陽。それで、どうでしたか?」
「私の想像通り、知り合いがふざけていただけさ」
「ほっ……何事もなくて良かったです」
穂乃果達の元へ戻ってきた俺へと、海未がそう尋ねてきた。
それに肩を竦める事で返してから、俺は休憩が終わり柔軟体操を始めている穂乃果達に目を向ける。
「では、時間も押している事だし練習を再開しようか」
「おーい! 早くやろうよー!」
安堵したように息を漏らしている海未にそう告げ、手を振ってくる穂乃果達の元へ足を進めていく。
そして、背後から近づいてくる海未の足音を耳に入れながら、俺は頬を一度叩いて気合いを入れ直すのだった。
ファーストライブまでの時間が近づいてきた時の事。
やけに機嫌の良い様子を見せる穂乃果に連れられ、俺達は屋上へと来ていた。
理由を話さず連れてきた穂乃果に、ことりは不思議そうに首を傾げ、海未は訝しげな眼差しを送っている。
「それで、私達を屋上に集めてどうしたんですか?」
「ふっふっふー、ついにできたんだよ」
「できた?」
ことりの疑問にも答えず、穂乃果は口をニマニマと緩ませるのみ。
そんなどこか不気味な穂乃果を見て、海未は益々不審そうに見ていた。
また、流石にことりもこれには引いているようだ。頬が僅かに引き攣っている。
正直、おおよその予想がついていた俺からしてみれば、穂乃果の嬉しさがわからなくもない。
ともかく、これ以上勿体ぶっても意味がないと思ったのか、穂乃果は笑顔で一枚のCDを差しだす。
「今朝ね、家のポストに入ってたんだ」
「これは、CDですか?」
「どうしてCDが……もしかして!」
何かに気が付いたように大きく目を見開くことり。
その数瞬後、海未も思い当たったのか徐々に表情に驚きの色を浮かべていく。
そんな海未達の様子を見た穂乃果は、ゆっくりと頷き俺達を見回す。
「そう、これは穂乃果達の曲。──μ'sの歌だよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ことり達の歌!?」
「わわっ! 顔が近いよ二人共ー!」
愕然とした声を上げて詰め寄ってくる海未達に、穂乃果は慌てたように手を突きだし宥めている。
その様子を傍観していた俺も加わって海未達を落ち着けさせた後、穂乃果が事前に準備しておいたパソコンの前に腰を下ろす。
「本当に私達の歌ができるとは……」
「なんか実感が湧かないなぁ」
「まあ、そのうち実感するさ」
「じゃあ、CDを再生するよ?」
真剣な面立ちで尋ねる穂乃果に、海未達は固唾を呑んだ様子で頷く。
そして、パソコンにCDをセットして穂乃果は曲を再生させた。
「海未ちゃんの歌詞が曲になってる……」
「これが……」
「私達の歌……」
パソコンから流れはじめるメロディー。
ピアノの伴奏と西木野の声が響き、俺達はその歌に惹き込まれていく。
それから、俺達はCDの再生が終わるまで声を上げる事ができなかった。
やがて、CDの再生が終わると俺達は揃って感嘆のため息を零す。
「凄い、凄い凄い凄いよ! これが穂乃果達の歌なんだね!」
「うん! ことり達の歌だよ!」
「そう、ですね」
笑顔ではしゃいでいる穂乃果達に対して、海未はどことなく歯切れが悪い。
そんな海未の姿を見て、穂乃果達は顔を見合わせ首を傾げる。
「どうしたの海未ちゃん? 曲ができて嬉しくないの?」
「そ、そういうわけではないんですが」
穂乃果の問いかけに曖昧な表現で答え、海未はチラチラとパソコンの方へと目を向けている。
うーん、海未がそこまで素直に喜べない理由か。
やたらパソコンを気にしているけど……あ、もしかして。
ある事に思い当たった俺は、僅かに目を泳がせている海未の傍に近づき、耳元でそっと囁く。
「自分の歌詞が曲になって、改めて恥ずかしくなったのかな?」
「なぁっ!?」
「い、いきなり大声を上げてどうしたの?」
「ななななんでもありませんよ! ええ、なんでもありませんとも! 少し失礼します」
明らかに動揺している様子を見せる海未。
そのまま不審そうな穂乃果の眼差しを無視して、海未は俺の手を握って穂乃果達から離れた場所まで連れていく。
穂乃果達から充分離れた所まで俺を連れてきた海未は、頬を赤らめながら口を開く。
「いいですか、朝陽。私は恥ずかしがっていません」
「いや、どう見ても恥ずかしがって──」
「いません!」
俺の言葉をピシャリと遮り、海未はそう告げて睨めつけてきた。
うん。海未が恥ずかしがっていないのはわかったから、俺を睨みつけるのは止めてほしい。
そんな風に思いつつ、俺は海未の肩を二度叩く。
「まあ、どの道これからも海未が歌詞を創る事になるし、そのうち慣れるさ」
「だから私は恥ずかしがって等……へ?」
「だってそうだろう? 穂乃果は当てにならないし、ことりは衣装を優先してもらいたい。もちろん私も手伝うが、歌詞制作のメインは海未になると思うよ?」
「……そうでした。これからもあるんでした」
そう呟きガックリと項垂れた海未。
このファーストライブで廃校が阻止できれば文句ないのだが、そんな都合の良い事が起きるわけない。
このファーストライブは、いわゆるスタート地点だ。
これから、海未達は何度も歌を創り、ライブをする事になるだろう。
つまり、その度に作曲や歌詞を創らなければいけないわけで……。
まあ、海未ならなんとかなるだろ。
「そもそも、どうして海未は恥ずかしがっている事を隠しているんだい?」
「うぐっ……」
「隠してもバレバレだからね?」
改めて俺から告げられ、海未は誤魔化しても無駄だと悟ったらしい。
諦めたようにため息をついた後、海未は目を逸らしながら自分の指を絡ませる。
「……あの時、ことりに言われた事が」
「あの時?」
「その、羨ましそうにぬいぐるみを見てるって」
「あー、海未が可愛いもの好きだって話?」
「はい。朝陽にはバレているので話しますが、あの時はつい見てないと嘘をついてしまいました」
「それと歌詞になんの関係が?」
「いえ、特にないです」
ないのかよ!
そんな内心のツッコミはさておき、一体海未は何を言いたいのだろう。
うーん、海未の性格からしてもっとはっきり言うのかと思っていたのだが。
ともかく、俺は海未の言葉に返事をするために口を開く。
「結局、海未は何が言いたいんだい?」
「えぇと、つまりですね」
「まさか、咄嗟に口から出ただけ?」
「……はい」
容量の得ない海未に、俺が思いついた事を告げると、彼女は頬を引き攣らせて頷いた。
え、何そのしょうもない理由。
つまり、俺が言った言葉へ咄嗟に言い返したのはいいが、その後を考えていなかったって事か?
なんだろう。海未ってここまでポンコツだっただろうか。
まあ、人間なら間違った事を言う時もあるよな。
そんな事を考えている間に、いつの間にか海未は頭を抱えていた。
「海未?」
「私だって失敗したと思いましたよ。でも、つい昔の記憶が蘇ってノリに乗ってしまったんですよ。そんな暴走の象徴とも言える曲を目の前で聴かされて、一体私はどういう顔をすればいいんですか!」
呟きの途中から俺の襟首を握り、前後に揺さぶっていく海未。
涙目でそう告げる海未を見て、俺は内心で吐き気を堪えながら口を開く。
「とりあえず、穂乃果達に正直に言っても問題ないと思うよ」
「それでは穂乃果達にからかわれるじゃないですか!」
「別にいいじゃないか」
「うぅ……」
なんとか海未を抑えてそう返せば、彼女は恨めしげな声を上げて俺を見つめた。
その視線を努めて無視して、俺は穂乃果達の方へと目を向ける。
穂乃果達は疑問に満ちた目で俺達を見ており、その事を海未の肩を叩いて教える。
「ほら、穂乃果達も待っているから戻ろう。正直に歌詞を聴いていて恥ずかしかったって言おう」
「……わかりました」
渋々といった様子で頷いた海未を連れ、俺達は穂乃果達の元へ戻った。
やっと戻ってきた俺達に、穂乃果は不思議そうに首を傾げて口を開く。
「二人はなんの話をしていたの?」
「大した事は話していないさ」
「それで、どうして海未ちゃんはさっき変な顔をしていたの?」
「海未は自分で創った曲を聴いて複雑な気持ちになっていたみたいだ」
ことりの問いにそう返すと、穂乃果達は顔を見合わせた。
そして、揃って呆れたような表情を浮かべて首を横に振る。
「海未ちゃんがそう思うのは……ねぇ?」
「うん、わかってた事だよね」
「へ?」
「海未ちゃんって照れ屋さんだから」
「わかりやすいし」
素っ頓狂な声を上げて固まる海未を尻目に、穂乃果達は言葉を続けていく。
「でも、別に恥ずかしがる事ないと思うけどなあ」
「うんうん。すっごく良い歌詞だったよ、海未ちゃん?」
「あ、ありがとうございます……」
笑顔でそう言った穂乃果達。
それに、海未は耳まで真っ赤にしながら消え入りそうな声で呟く。
えっと、とりあえず上手く纏まったの、かな?
まあ、なんにせよ海未もそのうち慣れるだろう。
いや、海未の場合その羞恥は治らないかもしれない。
「そういえば、この曲名はなんて言うの?」
そんな風に考えていると、不意に穂乃果が海未へと尋ねた。
それを聞いた海未は、どこか誇らしげな笑みを浮かべる。
「今回のコンセプトは、旅立ちやスタート等と言った希望や未来を想う歌詞です」
「おお! 穂乃果達にピッタリなテーマだね」
「うん、ことりもいいと思うな」
そんな穂乃果達の感想に、海未は嬉しそうに頬を綻ばせる。
そして、海未は俺達の視線を集めてから口を開くのだった。
「希望に溢れた私達の歌の曲名は──」
──START:DASH!!