TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第二話 決別

 俺がラブライブの世界に転生したと理解してから、数日後。

 現在、俺は教室の扉の前にいた。

 俺は小学四年生なので、通っているのはもちろん小学校。

 まさか、もう一度小学生をやり直すとは思わなかったけど。

 

「ここに、あの穂乃果達が」

 

 穂乃果達の前で気を失った後、あれから彼女達とはまだ会っていない。

 だから、俺と朝陽が混ざってから初めての出会いになるわけだ。

 

「緊張するな……」

 

 今の俺の心境を表すと、複雑という一言に尽きるだろう。

 幼馴染みと会える喜び、俺に違和感を覚えないかという恐怖、憧れのラブライブキャラに会えるという高揚……その他諸々を含めた感情が、心中を渦巻いている。

 

「落ち着け、家族にもバレなかったんだ。今まで通りの雨宮 朝陽を演じろ」

 

 震える手を抑え、小さく呟きを漏らす。

 ゆっくりと深呼吸をして、思考をクリアにする。

 そして頬を叩き、俺は教室の扉を開く。

 

「おはよー」

「おはよう、朝陽ちゃん。体はもう大丈夫?」

「あの時は顔色が凄く悪かったんですよ」

「ん、もう平気さ。だからこうして学校に来たわけだし」

「本当?」

「うん、心配してくれてありがとう」

 

 心配そうな面立ちで駆け寄ってきた穂乃果達に、そう返して笑みを浮かべる。

 実際に元気そうな俺の姿を見て、穂乃果達は各々がほっと安堵の息をついていた。

 どうやら、穂乃果達は俺の言葉に納得してくれたらしい。

 あの後、俺の身体にそれらしい異変はなかった事から、恐らく記憶が混ざりあった時に脳がオーバーヒートしたのだろう。

 まあ、実際の真偽はわからないが。

 

「そういえば、朝陽。前と話し方が変わりましたか?」

「まあ、心機一転だと思ってね。変かな?」

「穂乃果は普通だと思うよ!」

「ことりはちょっと変だと思ったかなぁ」

「私も少し違和感を覚えました」

 

 笑顔で告げた穂乃果に対して、ことり達は困惑気味に眉を寄せていた。

 まあ、普通は変だと思うよな。実際に家族達も不思議そうにしていたし。

 これは、俺の意識が女口調をしたくないと訴えていたので、妥協した結果この話し方になったのだ。

 男口調は流石にまずいし、かといって海未のような敬語も俺には難しい。

 だから、このようなよくわからない口調になってしまった。

 もちろん家族を説得するのには難航したが、暫くするとこれが少し早い俺の厨二病だと思ったのか、段々と生暖かい眼差しを送りつつも理解してくれた。

 その代わり、何か大切な物を失ってしまったような……

 

「朝陽ちゃん?」

「いや、なんでもない。ことり達が変だと思うのは、まだこの言葉遣いに慣れてないからだよ。その内気にならなくなるさ」

「そういうものでしょうか?」

「そういうものさ」

「朝陽がそこまで言うなら、とりあえず気にしない事にします」

 

 完全に納得したとは言いがたいが、ひとまず海未はこれで納得してくれたらしい。

 対して、先ほどからことりは頻りに首を傾げている。

 

「どうしたの、ことりちゃん?」

「……ううん、なんでもない」

「そう? あ、もう直ぐでチャイムが鳴っちゃう!」

「授業中に寝ては駄目ですよ?」

「昨日沢山寝たから大丈夫だよ海未ちゃん!」

「大丈夫かなぁ?」

「そこは穂乃果を信じよう」

「よーし、今日も頑張ろー!」

 

 不意に教室にある時計を見て、そう告げた穂乃果。

 その言葉を皮切りに、俺達は各々が自分の席へと向かう。

 そして自分の席に着いた俺は、内心で安堵の息を漏らす。

 

 とりあえず、なんとか穂乃果達に説明する事ができた。

 後は、俺の意識をバレないように朝陽として過ごすだけだ。

 ただ、あの時のことりの様子が少し不安だが……

 

「念のため、意識しておくか」

 

 小さく呟きを漏らしつつ、改めて俺は気合いを入れ直すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──だから、この問題はこうなって」

 

 黒板に書いてある問題の解説をする先生を尻目に、俺は机の上に開いたノートへと視線を落とす。

 左手で頬杖をつきながら、右手に握った鉛筆でノートに現状の考察を記載していく。

 

 穂乃果達がいた事から、この世界がラブライブだというのに疑いはない。

 また、穂乃果達の年齢から、物語の開始まで時間があるという事も理解している。

 そして俺に示された選択肢は、大まかに二通りある。

 

 一つ目、穂乃果達と積極的に関わっていく。

 これは言うまでもないだろう。

 憧れの穂乃果達と一緒に日々を過ごす。これほど心が踊る事もない。

 正直、俺としてはこちらの選択肢の方が非常に魅力的だ。

 しかし、それをすると一つの問題が起きてしまうわけで……

 

「物語が歪むんだよな」

 

 今はまだ影響が少ないだろう。

 小学生の幼馴染みなんて、少し疎遠になれば直ぐに忘れ去られる。

 だから、今ここで穂乃果達と距離を置けば、物語の歪みを最小限にする事ができるはず。

 

 そう。二つ目は言うまでもなく、穂乃果達と関わらない事。

 これのメリットは、後にできるスクールアイドルグループ──『μ's』が殆どの確率で結成される事だろう。

 俺が関わったばかりに、もしかしたらバタフライエフェクトでμ'sが結成されないかもしれない。

 そう考えれば、俺が関わらない方が良い。

 だから、二つ目の選択肢が良い事だとわかっているのだが……

 

「諦めきれない」

 

 思わず呟きを漏らし、ため息をつく。

 頭では理解しているのだ。穂乃果達にとっての最善は、静かに俺がフェードアウトするべきなのが。

 でも、俺の理性に反して、本能が叫んでいるのだ。

 

 ──穂乃果達と一緒にいたい。ずっと友達でいたい、と。

 

 確かに、俺はバタフライエフェクトを気にしすぎだろう。

 しかし、穂乃果達には大事な使命がある。約束された輝きがある。

 その輝きを、未来を、万が一で俺が奪っていいのだろうか。いや、奪っていいはずがない。

 

「はぁ……」

 

 無意識に書いていた、二つの選択肢。

 理性という文字と、本能という文字。

 二つの間で鉛筆を行き来させていき、暫くしてから丸で一つの文字を囲む。

 これで良いのだろうか。この選択肢が正しかったのだろうか。

 神様でない俺には未来等わからないが、きっとこれで良いのだろう。

 

「──はい、じゃあ雨宮さん。前に来てこの問題を解いてください」

「わかりました」

 

 先生に呼ばれたので、返事をして立ち上がる。

 そして、視界に入った丸で囲まれた理性の文字を一瞥してから、俺はノートを閉じて黒板へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に授業が終わり、その日の放課後。

 帰り支度をしていると、ランドセルを背負った穂乃果達が近づいてきた。

 

「朝陽ちゃん帰ろ!」

「穂乃果、また授業中に寝てましたね」

「いやー、なんだか今日は天気が良くて眠かったんだ!」

「今日は曇りだよ? ……どうしたの、朝陽ちゃん?」

 

 不思議そうに尋ねてきたことりに、俺は申し訳ない表情を浮かべて首を横に振る。

 

「すまない。今日は用事があるから穂乃果達だけで帰ってほしい」

「え、先生に呼ばれたの?」

「そんな所かな。じゃあ、私は急いでいるのでこれで」

「それならしょうがないっか。またね、朝陽ちゃん!」

「またね穂乃果、海未、ことり」

 

 笑顔で手を振る穂乃果達に手を振り返しつつ、俺は教室を後にした。

 暫くしてから足に力を入れ、駆け足でこの場を離れていく。

 そして、周囲に誰もいない事を確認した俺は、思わず歯噛みしてしまう。

 

「これでいい。この調子で穂乃果達と少しづつ疎遠になっていけば」

 

 そう自分に言い聞かせ、胸に手を置く。

 穂乃果達にとって自分は邪魔だ。イレギュラーなのだから、イレギュラーらしく脇役に徹しなければいけない。

 もっと穂乃果達と色々な事をしたかったけど、俺個人の感情で動いては駄目だ。

 そう、これでいいのだ。俺は脇役としてμ'sの輝きを遠くから見るだけで……

 

「だから、この痛みは俺が我慢すればいい」

 

 胸に痛みが走り、思わず顔を歪めてしまう。

 わかっている。(朝陽)の本能が叫んでいる事ぐらい。

 でも、仕方がないんだよ! 俺一人のイレギュラーで、穂乃果達の輝きを曇らせるかもしれないんだから! 全ては俺が我慢すれば何もかも上手くいくんだよ!

 内心で本心へと叫び返しつつ、俺はひたすら駆ける。

 暫くすると、自分がいつの間にか公園へと赴いている事に気が付く。

 

「この場所は……」

 

 ここは、自分が初めて穂乃果達と出会った場所だ。

 当時、やたら相手に突っかかっていた俺は、子供達からはぶられていた。

 表面上は平気な顔をしていたが、心の中ではいつも泣いていた。

 そんな時、穂乃果が笑みを浮かべて俺に手を差し伸べてくれたのだ。

 

 

 

『──穂乃果と一緒に遊ぼう!』

 

 

 

 あの時の事は、いまでも鮮明に覚えている。

 穢れを知らない太陽のような笑顔に、聞いた者を惹きつける純粋な言葉。

 穂乃果のお蔭で、俺は反省して素直になることができたのだ。

 あれからことり達とも仲良くなり、俺達はいつも遊んでいた。

 

 だけど、それは今までの話。

 これからは、物語を知ってしまったからには、穂乃果達の邪魔をせず大人しくするべきだ。

 

「あそこでは缶けりをしたな。あっちではかくれんぼ。あの滑り台では穂乃果が落ちそうになっていたな」

 

 無意識に公園に足を踏み入れていた俺は、様々な遊具を見て頬を綻ばせた。

 遊具を一つ見る度に思い出が蘇り、懐かしい気持ちにさせる。

 ゆっくりと公園を廻りながら、俺は様々な思い出に浸っていく。

 

「そして、ここが俺と穂乃果が出会ったベンチ」

 

 最後に、寂しく置いてあるベンチへと寄る。

 所々塗装が剥げ、金属色が剥きだしになっている。

 いつも通りなその姿に苦笑いしつつ、俺はベンチに座って天を仰ぐ。

 

「曇りか……夜だとここから星がよく見えるんだよな」

 

 あの時は、夏休みの半ばだっただろうか。

 突然穂乃果に呼ばれた俺達は、ここまで連れてこられたのだ。

 夜に呼びだされて海未達は怒っていたが、それもここから星を見るまでだった。

 

 

 

『凄い……』

『ここからだと、星がいつもより綺麗に見えるんだ! それを皆に教えたかったの。ごめんね、急に連れてきて』

『ううん、連れてきてくれてありがとう穂乃果ちゃん!』

『全く、穂乃果は仕方ありませんね。ですが、良い景色です』

『えへへー』

 

 

 

 写真のような星々の群生とはいかず、星は数えるほどしか見えなかった。

 しかし、それでも俺達はこの輝きに心から魅入られていたのだ。

 それは、ただ単に星が綺麗だったからか、はたまた穂乃果達と一緒に見たからか。

 

「あれ?」

 

 ふと頬に手を触れてみれば、俺は涙を流していた。

 涙は頬を伝い、ズボンに染みを作っていく。

 

「ははは、どうして泣いているんだよ……」

 

 何度目を擦っても、涙が止まる気配はない。

 すると、改めて泣いている事を自覚したからか、ゴチャゴチャとした感情が心の底から湧き上がってくる。

 

「う、うぅ……」

 

 

 

 

 

 ──どれぐらい涙を流しただろうか。

 

 やがて涙は止まり、感情が落ち着いてきた。

 そして、暫く自分の身体を抱きしめて震えを抑えた後、俺はゆっくりと深呼吸しながら立ち上がる。

 

「なんで弱気になってるんだよ」

 

 たかが穂乃果達と疎遠になるだけじゃないか。

 しっかりしろ、俺。精神年齢は穂乃果達より高いのだから、もっと本心に蓋をしろ、押し込めろ、押し殺せ。

 

「大丈夫。これがあれば俺は大丈夫だ」

 

 胸に手を置き、瞳を閉じる。

 何度もあの時の出来事を反芻して、気持ちを落ち着かせていく。

 やがて、ある程度思考が冷静になった事を確認した俺は、瞳を開いてランドセルを背負いなおす。

 

「よし、帰るか」

 

 呟きを漏らし、公園内を見渡しつつ出口に足を進めていく。

 ここに来てよかった。改めて、自分の気持ちに整理をつける事ができたから。

 

 

 

『ねぇ、どうして一人で座ってるの?』

『……あんたには関係ない』

『だって、一人だと寂しいよ? だからさ、穂乃果と一緒に遊ぼう!』

『…………うん』

 

 

 

「──っ!」

 

 頬を叩いて(かぶり)を振り、腹に力を込める。

 そして、最後にベンチをもう一度だけ一瞥してから踵を返し、俺は公園を後にするのだった。

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