「──じゃあ、改めて。真姫ちゃん、凛ちゃん、花陽ちゃん。μ'sへようこそ!」
笑顔で穂乃果が告げると、真姫達は各々が嬉しそうな表情を浮かべた。
そんな様子を見た穂乃果が一度頷き、手に持つコップを掲げる。
「堅苦しい事はなしにして、今日は皆で楽しもう! かんぱーい!」
『かんぱーい!』
穂乃果の号令に併せて、俺達も手に持つコップを掲げた。
ガラスが当たる音が室内に響き、その音を皮切りに場は騒然としていく。
穂乃果達二年生組は笑顔で談笑を始め、真姫達一年生組は興味深げに室内を見回す。
新たに六人となったμ'sの様子を尻目に、俺は今日の記憶を掘り返していくのだった。
真姫達がμ'sに加入してから、数日後の事。
放課後の練習を終えた時、おもむろに穂乃果が真姫達に声を掛けた。
「今日、うちに来ない?」
「えっ? 穂乃果さんの家にですか?」
代表して不思議そうな面立ちで尋ねた花陽に、穂乃果は笑顔で頷いて俺達に顔を向ける。
「そうそう。花陽ちゃん達がμ'sに加入したから、その歓迎会をやりたいなぁって」
「あ〜、それはいいかも!」
「だよね、ことりちゃん! やっぱり、こういう新規メンバーの歓迎会をするのは当然だよね」
「……穂乃果、本当にそれが本音ですか?」
「や、やだなぁ海未ちゃん。せっかくの後輩に良い所を見せたいなんて、穂乃果はこれっぽっちも思ってないよ?」
視線を泳がせ、海未からの追求を逃れようとする穂乃果。
対して、海未は呆れたような表情を浮かべてため息をつく。
まあ、穂乃果の様子からして大まかな事情は察したのだろう。
もちろん、穂乃果が真姫達と親睦を深めたいと思った事も本当だろうが。
「まぁ、いいです。穂乃果にしては珍しく良い提案でしたので、私もそれには賛成です」
「ちょっと、海未ちゃん。珍しくとはどういう意味かな?」
「どうでしょうか? 皆さんの時間が空いているなら、これから歓迎会兼親睦会をするというのは?」
「無視しないでよ海未ちゃーん!」
海未の言葉を聞いて、真姫達はお互いの顔を見合わせた。
「朝陽ちゃーん! 海未ちゃんが虐めるー!」
「よしよし、穂乃果は可哀想に」
俺に泣きついてきた穂乃果をあやしながら傍観していると、やがて真姫達は恐る恐るといった様子で口を開く。
「私は別に構わないけど」
「その、迷惑じゃないですか?」
「そこは穂乃果の返答次第になるかと……穂乃果、今から貴女の家に上がらせてもらってもいいんですか?」
「えっ? うん、大丈夫だよ! お母さんならきっとわかってくれるって」
「えっと、連絡とかしなくていいのかなぁ?」
「あ、そうだね。一応、お母さんに電話しておこっと」
不安げに尋ねたことりに頷いて俺から離れた穂乃果は、懐から携帯を取り出して耳に当てる。
そのまま電話でやり取りを始めた穂乃果を尻目に、俺は真姫達の元へ近づいていく。
「これは、穂乃果なりに真姫達と仲良くなりたいって考えたんだと思うよ」
「それはなんとなくわかってるわよ」
「うん、私達に気を使ってくれたんですよね? うぅ、ちょっと緊張しちゃうなぁ」
「大丈夫だよ、かよちん! 先輩達は皆いい人だから、きっと凄く楽しいと思うよ!」
「まあ、今回は時間も時間だから軽い親睦会という感じだろうね。その内、休日を使ってちゃんとした歓迎会をやるんじゃないかな?」
真姫達と話していると、どうやら穂乃果は親から無事に許可を貰えたらしい。
嬉しそうな笑みを浮かべた穂乃果は、俺達を順番に見回して腕を振り上げる。
「よーし、じゃあ穂乃果の家でパーティーだ!」
「パーティー楽しみだにゃー!」
「白いご飯があったら嬉しいんだけどなぁ……」
穂乃果に釣られて跳び上がる凛に、期待に満ちた面立ちになる花陽。
なんていうか、本当に花陽はお米が好きなのだろう。
現在も、キラキラとした眼差しで空にある茶碗に似た雲を眺めているし。
まあ、唐突な穂乃果の提案からお米はないと思うが。
「とりあえず、私は一度家に戻って準備をしたいのですが」
「ことりも、一回お家に帰りたいなぁって」
「駄目だよ二人共! こう言う時は直ぐに行動するんだよ。ほら、前に海未ちゃんも善は急げとか言ってたじゃん」
「あ、あれは穂乃果が勉強をサボってたからです!」
「いいからいいから! よーし、穂乃果の家にレッツゴー!」
「だ、だから話を──」
「ほ、穂乃果ちゃ──」
海未の言葉にも耳を貸さず、穂乃果は海未とことりの手を取って駆けだす。
そして、穂乃果は叫び声を上げる海未達を連れ、あっという間にここから去っていった。
結果、この場に残された形となった俺達は、自然と互いの顔を見合わす。
「私達も行こっか」
「……穂乃果さんって、いつもあんな感じなんですか?」
「まあ、思い立ったら吉日を地で行くのが穂乃果だと思うよ」
「苦労しているのね」
同情したような眼差しを送ってくる真姫に対して、俺は苦笑いを返す事しかできなかった。
苦労していないと言えば嘘になるが、それ以上に穂乃果と過ごすのは楽しい。
これも、一種のカリスマと言ってもいいだろう。
まあ、時折行きすぎて海未に叱られるという場面もあるが。
そんな事を真姫達に話しながら、俺達も穂乃果達の後を追うのだった。
「──朝陽ちゃーん!」
「ん? どうしたんだい、穂乃果?」
記憶を掘り返していた俺は、穂乃果の掛け声で現在に意識を戻した。
声の方へと視線を転じていけば、穂乃果が笑顔で割り箸を俺に向けている。
反射的に受け取った割り箸には『王』という文字が書いており……
「はい、じゃあ王様だーれだ?」
「えっと、私みたいだね」
「おおっ、一番目は朝陽ちゃんが王様かー」
どうやら、俺が意識を離している間に王様ゲームをする事になったらしい。
俺以外は全員割り箸を手に持っており、固唾を呑んだ様子でこちらを見つめている。
いや、いきなり王様ゲームと言われても状況に付いていけないのだが。
「王様ゲームをやる事になった経緯は?」
「あれ、朝陽ちゃん聞いてなかったの? 駄目だよ、人の話はちゃんと聞かないと」
「面目ない。ちょっとボーッとしていたよ」
「今回、私達はお互いの事をよく知るために、何かゲームをしようという話になったんです」
「それで、凛ちゃんが王様ゲームをしようって提案して」
「穂乃果が賛成したって事!」
海未達の説明を聞いて、俺は凛達へと視線を移した。
凛は笑顔でこちらに手を振っており、花陽は緊張したように俺を凝視している。
また、真姫は早く命令をしろと視線で圧力を掛けてきてもいる。
……とりあえず、理由はわかったからさっさと命令を済ませよう。
「では、改めて王様からの命令を告げます。まずは初めだから簡単な命令にするよ」
「ドキドキ……」
「は、早く言いなさいよ!」
「溜めても仕方ないね。では、三番は自己紹介をしてください」
俺の言葉に、皆は手元の割り箸に視線を落として番号を確認していく。
すると、おずおずといった様子で花陽が手を上げる。
「わ、私です」
「おー、花陽ちゃんか。じゃあ、自己紹介お願い!」
「かよちん、頑張って!」
「う、うん。えっと……名前は小泉 花陽と言います。歳は十五で、誕生日は一月十七日、血液型はB型です。好きな食べ物は白いご飯で、好きなものはアイドルですっ! これからよろしくお願いします!」
最後に頭を下げ、花陽は自己紹介を締めくくった。
対して、笑顔で俺達が拍手をすると、花陽は恥ずかしそうに頬を赤らめていく。
特に凛は頬を綻ばせ、優しい瞳で花陽を見つめていた。
「うんうん、花陽ちゃんらしい良い挨拶だったよ」
「あ、ありがとうございます穂乃果さん」
「よし、では皆から割り箸を回収して……はい、割り箸を取って」
皆が割り箸を取ったのを確認した後、穂乃果はにやけた笑みを浮かべる。
「穂乃果、顔に出ていますよ」
「あ、わかっちゃった? じゃあ行くよ、王様だーれだ?」
『王様だーれだ?』
「はいはい! 王様は穂乃果でーす!」
「そりゃあ、あんなにニヤニヤしてたら誰でもわかるわよ」
「あはは……」
呆れたように呟く真姫に、ことりは苦笑いを零した。
対して、そんな真姫達の様子を全く気にしていないのか、穂乃果はにやけた笑みのまま俺達をゆっくりと見回していく。
「さてさて、何を命令しちゃおっかなぁ?」
「穂乃果、あまり過激なのは駄目ですよ。これは、あくまでも親睦会なんですから」
「わかってるよ、海未ちゃん。……あ、そうだ」
海未に
おもむろに、海未へとジーッとした視線を送りはじめる。
唐突なその行動に警戒心を滲ませる海未を尻目に、穂乃果は何かを確かめるように呟きを落としていく。
「一」
「な、なんですか?」
「二」
「穂乃果?」
「三」
「ですから、先ほどから穂乃果は何を──」
「四」
「──言っているんでしゅか?」
この瞬間、俺達は誰に言われずとも心を一つにしていた。
──ああ、海未の番号は四番に違いない、と。
時が凍り、辺りになんとも言えない微妙な空気が漂いだす。
俺達が揃って生暖かい瞳で海未を見つめていると、海未はその視線を敏感に感じ取ったのだろうか。
顔色を真っ赤に染め上げた海未は、穂乃果からついっと目を逸らす。
「じゃあ、命令をしようかな」
「ま、待ってください! 不正です、今のは不正です!」
「えー、穂乃果はただ順番に数字を言っただけだよ?」
「それが不正なんです!」
穂乃果に指を突きつけ、いきり立つ海未。
ともすれば、海未の姿は犯人を追いつめた探偵役に見えるだろう。
しかし、
「ふっふっふー。穂乃果は一言も海未ちゃんに番号を尋ねていないんだよ? 穂乃果が思っている番号は、実は海未ちゃんのとは違うかもしれないじゃん」
「で、ですが」
「あれれー? もしかして、海未ちゃんは自信がないのかなー? 穂乃果に当てられるのが、怖いのかなー?」
「くっ……」
腹立たしい笑顔をしている穂乃果に、海未は肩を震わせて拳を掲げる。
だが、暫くして海未は落ち着いてきたのか、ため息を一つ漏らして頷く。
「いいでしょう。そこまで言うのなら、穂乃果の挑戦を受けて立ちます!」
キリリと瞳の力が増し、威厳に満ちた表情を浮かべた海未。
その様子は、まるで戦場に赴く戦士のような面立ちであった。
「じゃあ、行くよ?」
「いつでも構いません」
「──四番、今までで一番恥ずかしいエピソードを暴露する」
「……今、なんと?」
穂乃果に告げられた意味を、脳が処理してくれなかったのだろう。
呆然とした声を上げた海未に、穂乃果は悪役が如く微笑み、
「四番さんに、覚えている中で一番恥ずかしいエピソードを話してほしいなって」
「だ、誰ですか四番は!? ……私でした」
「王様の命令は?」
「絶対、です」
「ふっふっふー。日頃から穂乃果に勉強を強要する仕返しだよ! これに懲りたら、もう少し穂乃果の勉強時間を減らすんだね! ……本当に、もう二十四時間監視で勉強するのは嫌だよ」
瞳に絶望の色を宿し、崩れ落ちる海未。
対して、海未へと高笑いを響かせていた穂乃果だったが、不意に瞳を空虚にして涙を一粒落とした。
そんな二人の様子を静観していた俺達は、揃って呆れた表情を浮かべてしまう。
「なに、この茶番?」
「しっ! そういう事を言ったら駄目だよ、真姫」
「海未先輩があそこまでなるエピソードってなんだろう。ちょっと、気になるかも」
「でも、嫌な思い出を聞くのはいけない事だよ?」
「海未ちゃんの場合は、なんとなく予想がつくけどね〜」
俺達が身を寄せあって囁いている間にも、穂乃果達の状況は変化していったらしい。
いつの間にか立ち直ったようで、海未は決然した表情を浮かべ、俺達を見回す。
「無念ですが、王様の命令は絶対です」
「む、無理して言わなくてもいいんですよ?」
「いいんです、花陽。これも、勝負に負けた私の責任です。……私が、生涯で最も恥ずかしいと考えているエピソードは」
何故かそこで言葉を区切り、海未は口篭った。
俺達は自然と海未の様子を注意深く見守り、辺りには重苦しい沈黙が漂いだす。
「エピソードは?」
「エ、エピソードは……うぅ、やはり恥ずかしすぎて言えません!」
そう叫ぶと、海未は部屋の隅に走っていき、そのまま座り込んでしまった。
こちらに背を向けているので、海未の表情はここからだと窺えない。
しかし、海未から醸しだされる雰囲気から、凄い羞恥心を覚えている事がわかる。
そんな海未の様子を見たからだろうか。
穂乃果は仕方ないなぁ、というようなため息を漏らして口を開く。
「流石にやり過ぎたよ。だから、命令を変えるよ」
「……本当ですか?」
「うん。皆で仲良くやるのが王様ゲームだからね!」
「穂乃果っ!」
ぱあっと子供のような笑顔になった海未を見て、穂乃果も笑みを落として頷いた。
そんな二人の様子を眺めて、真姫が呟きを一つ。
「……今のって、落としてから上げる人の心理に漬け込む手法よね」
『……』
戦慄した様子で告げた真姫の言葉に、俺達は返す言葉を見つけられなかった。
幸いなのは、穂乃果がこれを天然でやっている事だろうか。
いや、どちらにしても穂乃果が恐るべきなのは変わらないが。
ともかく、それからは終始和やかに王様ゲームは進んでいき、互いに俺達は仲を深める事に成功するのだった。