TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。


第二十五話 不審者アイドル、再誕

「あ、おはよう朝陽ちゃん」

「おはよう、ことり」

 

 神田明神で練習の準備をしていると、階段の方からことりが手を振りながら近づいてきた。

 ことりの挨拶に笑みを返した俺は、地面に敷いたシートの上に、タオルや機材を手早く並べていく。

 すると、忙しなく動く俺を見たからか、ことりが申し訳なさげな表情を向けてくる。

 

「やっぱり、これからはことり達も手伝った方が……」

「いや。私はことり達のサポートをする役割だからね。これぐらいはさせて欲しい」

「でも、朝陽ちゃん一人の負担にするのは」

「それを言ったら、ことり一人に衣装デザインを考えさせている私も辛いよ」

「そ、それはことりが好きだからいいのっ!」

 

 慌てた様子で告げることりを見て、俺は苦笑いを浮かべつつ首を横に振る。

 

「私も、ことり達のサポートをするのが好きだから……こうして、誰かの役に立つのが……」

「朝陽ちゃん? 最後の方になんて言ったの?」

「ううん、なんでもない。それより、早く準備体操を始めよっか」

「そうだね。穂乃果ちゃん達が来る前に──」

 

 不思議そうに首を傾げていたことりだったが、不意に目つきを鋭く──と言っても、随分と可愛らしい目つきだが──すると、素早い動作で背後に顔を向ける。

 釣られてことりの方に目を向けてみれば、僅かに影が角に隠れる姿を発見する。

 

「──朝陽ちゃん。今、誰かいたよね?」

「まあ、いたような気がするけど」

「やっぱり、見間違えじゃなかった」

 

 頻りに頷いていることりを尻目に、俺は角の方に視線だけを動かしていく。

 すると、不審者の格好をした少女が角からそーっと顔を出す。

 角度の問題からことりには見えていないようだが、俺からはその間抜けな姿が丸見えだ。

 

「ことりことり。今、その人が顔を出しているから、不意をついて振り向いてごらん」

「うん、わかった……えいっ!」

「やばっ!」

 

 俺の言葉に頷いてから数瞬後、今度は身体ごと素早く振り向いたことり。

 対して、不審者は焦ったような声を上げ、さっと物陰に隠れた。

 しかし、急いで隠れたからか、不審者のツインテールにしている髪の毛が隠れきれていない。

 そんなどこか間抜けな不審者の様子を見たからだろうか。

 ことりは凄く微妙な表情を浮かべ、視線で俺に助けを求めてくる。

 

「えぇと、どうすればいいのかな?」

「とりあえず、私が様子を見てくるよ」

「え、危ないよ朝陽ちゃん! 危険な人かもしれないよ?」

「まあ、多分大丈夫だと思うから」

「おはよー!」

「じゃあ、ことりは穂乃果に事情を説明しておいて」

「あ、朝陽ちゃん!」

 

 呼び止めてくることりの声を努めて無視して、俺は静かな足取りで不審者の元へ歩み寄っていく。

 すると、どうやら俺が近づいてくるのを感じとったようで、不審者はコソコソとした動きでこの場から離れようとしている。

 

「そうは問屋が卸さないよっと」

「ふっ! ……あ、あれ?」

「どうしたんですか? 手を伸ばしたりなんかして」

 

 俺の脚を掴もうとしたのだろう。

 物陰に隠れてしゃがみ込み、こちらの方へと手を伸ばしていた不審者。

 不審者はビクリと肩を震わせ、ぎこちない動作で俺を見上げる。

 そして、呆れた表情を浮かべた俺と視線が合った不審者は、指でサングラスを押し上げながら、何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「な、なんの事かしら? あんた、どっかの超絶可愛いアイドルと私を見間違えているんじゃない? 私はあんたと初対面よ。決して、スーパーアイドルのにこじゃないわ」

「はぁ……おはようございます、矢澤先輩」

「ちょ、ちょっとっ!? にこの変装セットを取らないでよ!」

 

 ため息をついてから、不審者──矢澤先輩のサングラスを奪いとった。

 狼狽したように取ったサングラスに手を伸ばす矢澤先輩に、俺は改めて要件を尋ねるべく声を掛ける。

 

「それで、どうして私達を観察するような真似をしたんですか? まあ、大方予想はつきますけど」

「観察じゃないわよ。敵情視察よ、敵情視察」

「ま、そういう事にしておきましょう」

「そういう事ってなによ!」

 

 声を荒らげる矢澤先輩へと手を突きだし、今日の予定を素早く確認してから。

 

「ところで、矢澤先輩。今日の予定は空いていますか?」

「は? なによいきなり……まあ、今日は特に何もないけど」

「じゃあ、今日の放課後に矢澤先輩に会いに行きますね」

「はぁ?」

「そろそろ皆を待たせているので、私はこれで失礼します」

「ちょ、ちょっとどういう事──」

 

 矢澤先輩の頭にサングラスをかけ直した後、頭を下げて踵を返した。

 暫くして、矢澤先輩の慌ただしい声が聞こえなくなった事から、恐らく彼女はこの場を離れたのだろう。

 

「あ、朝陽ちゃん! 何もされなかった?」

「ことりちゃんから変な人がいるって聞いたんだけど」

「どうやら、穂乃果達の事が気になっていたらしいよ」

「それって、もしかしてμ'sのファン!?」

 

 それらしく矢澤先輩の事をぼかして伝えると、何故か穂乃果は瞳を輝かせはじめた。

 また、意外すぎる穂乃果の言葉を聞いたことりは、頬に手を当てて苦笑いを浮かべる。

 まあ、今の矢澤先輩の行動はある意味、μ'sのファンと言っても過言ではないかもしれないが。

 μ'sの追っかけをしているし、μ'sを酷く意識しているし、こうして近くで観察をしているし。

 

「とりあえず、朝練を始めよう。海未達も来た事だし」

「えぇー、そのファンの話をもっとよく聞きたいよぉ」

「ファンじゃないと思うけど……まあ、近いうちに会えるから」

「すみません、遅れました」

「あ、聞いてよ海未ちゃん──」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべた海未の元へと、穂乃果は機嫌良さげな足取りで駆け寄っていく。

 そのまま海未に笑顔で先ほどの出来事を伝えている穂乃果を尻目に、俺は柔軟体操の手伝いを再開するため、ことりの方へと足を進める。

 

「それで、結局誰だったの?」

「穂乃果が気に入る人、かな」

「穂乃果ちゃんが?」

 

 不思議そうな面立ちで、首を傾げたことり。

 それに頷きを返しながら、内心で今後の展開に思考を巡らせていく。

 現段階ではわからないが、穂乃果が矢澤先輩を気に入るのは間違いないと思う。

 矢澤先輩のアイドルへの情熱は花陽に並ぶほど……いや、一度挫折した経験のある矢澤先輩の方が強いかもしれない。

 穂乃果ならば、そんな矢澤先輩の熱い想いに気が付き、μ'sに勧誘しようとするはず。

 後は、俺が穂乃果の行動を影でサポートをして、より確実に矢澤先輩をμ'sに引き込むようにするだけ……

 

「待っていてください、矢澤先輩」

「何か言った、朝陽ちゃん?」

「ことりの気のせいじゃないかな?」

「そうかなぁ?」

 

 ことりの背中をゆっくりと押しつつ、俺は矢澤先輩へと思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢澤先輩がμ'sの観察に来た日の放課後。

 用事があると告げて、念のため海未に人数分のタオルを預けた後。

 矢澤先輩に会うために、俺はアイドル研究部の部室前に赴いていた。

 既に矢澤先輩は中にいるようで、部室の明かりが点いている。

 

「どうも、矢澤先輩」

「あーはいはい。用は中で聞くからさっさと入って」

「お邪魔します」

 

 ノックをすると、矢澤先輩が扉を開けて顔を出した。

 そのまま矢澤先輩に手招きをされたので、言葉に甘えて部室の中に入り、促されるまま椅子に座る。

 矢澤先輩も俺と向かい合って着席し、これで話をする準備が整う。

 

「で、私になんの用があるわけ?」

「まあまあ、本題の前に少し雑談をしましょう。矢澤先輩の目から見て、μ'sはどうでしたか?」

「どうって、そんなの駄目駄目に決まってるじゃない」

 

 ぶすっとした顔つきで頬杖をつき、ジト目で俺を見つめる矢澤先輩。

 やはり、いまだに矢澤先輩はμ'sを認めていなかったか。

 なんとなく想像はついていたが、念のため矢澤先輩にμ'sの印象を聞いてみたのだ。

 ファーストライブからμ'sが見違えるほど成長したとは言え、それはあくまでも素人から見た場合の話。

 矢澤先輩のような厳しい目線を持つ人からすれば、μ'sはまだまだスクールアイドルとして半人前にも満たないのだろう。

 

「まあ、やっぱりそう思いますよね」

「じゃあなんでわざわざ聞いてきたのよ?」

「矢澤先輩の気持ちを確認しておきたかったんです」

「ふーん、私の気持ちねぇ」

「そういう事です……あ、そういえば。どうして、矢澤先輩はμ'sの練習風景を見ていたんですか? 駄目駄目なら見る必要はないと思いますけど」

 

 不意な俺の言葉を聞いて、矢澤先輩はビクリと肩を震わせ、そっと俺から目を逸らした。

 虚空を眺め、明らかに作り笑いだとわかる笑みを浮かべ、矢澤先輩は裏返った声色で告げる。

 

「そ、それはぁ。あの子達の踊りがあまりにも見ていられなくて、にこは放っておけなかったのぉ。ああ、駄目駄目なアイドルも見捨てられないにこって、なんて優しくて魅力的な女の子なんでしょう」

「つまり、μ'sが心配で心配で堪らない、と」

「ち、違うわよ! ただ、あんな腑抜けた活動をしているのなら、さっさと解散した方がいいって言おうとした──ったぁい!?」

 

 ニヤニヤして言葉を返せば、矢澤先輩は机を強く叩いて立ち上がった。

 しかし、矢澤先輩はあまりにも机を強く叩きすぎたのか、言葉の途中で顔色を真っ赤に染め上げ、プルプルと肩を震わせはじめる。

 顔色と同じように真っ赤になった手のひらを見つめ、涙目で息を吹きかけている矢澤先輩。

 

 ……なんていうか矢澤先輩って、お約束を外さないというかなんと言えばいいか。

 矢澤先輩のはそれはそれで美味し……可愛らしい反応なのだが、これってどちらかと言うと芸人的な反応だと思う。

 アイドルとして考えると、どうしても弄られ役等と言ったポジションになるだろうが。

 

「そんなにμ'sは腑抜けていましたか?」

「ふーっ……ふーっ……え? ええ、そうね。あいつ等はアイドルを冒涜しているわ。アイドルの事を何一つわかっていないのよ!」

「本当に、アイドルを冒涜していますか?」

「……ええ、しているわ」

 

 再度問いかけるも、矢澤先輩は俺の目を見てそう言い切った。

 暫くそのまま矢澤先輩と見つめ合っていると、やがて彼女は僅かに目を逸らす。

 やはり、矢澤先輩は心の奥底ではわかっているのだろう。

 穂乃果達μ'sは、スクールアイドルを決して舐めていないという事を。

 だけど、穂乃果達──花陽は除く──のアイドルへの情熱が、矢澤先輩ほどないという事も事実。

 でもまあ、だったら話は早い。矢澤先輩にアイドルの事を講義してもらえば良いのだから。

 

「そういう理由で、矢澤先輩もμ'sに加入してください」

「は、はぁっ!? 何がどうなって、あんたの中でそんな結論が出るわけよ!?」

「まあまあ、試しに入ってみるだけでもいいじゃないですか。入会金は無料ですよ? しかも、今なら愉快な仲間達も付いてきますし」

「途端に胡散くさい勧誘になったわね……じゃなくて! 私はあんた達のグループに入るつもりはないから」

 

 白けた眼差しをこちらに送っていた矢澤先輩は、再び腰を下ろしてそっぽを向く。

 自分の意見を曲げるつもりはないと言外に告げるその様子に、俺は思わず表情に苦笑いを落とす。

 矢澤先輩に断られるとは思っていたが、まさかここまであっさりと否定されるとは。

 まあ、矢澤先輩は穂乃果達の事を殆ど知らないので、いまだに彼女達μ'sを信用できないのだろう。

 

 ──また、あの時のように自分だけ先走るのではないか。自分だけがアイドルに高望みをしているのではないか。前のように自分を置いてスクールアイドルを辞めるのではないか……。

 

 恐らく俺の予想が正しければ、矢澤先輩はこのような想いを抱えているはず。

 勇気を出して一歩を踏みだすのが怖くて、また自分の期待が裏切られるのを恐れて、俺の勧誘を断ってしまう。

 でも、それはつまり期待を持っている事の裏返しなわけで……

 

「私は、矢澤先輩にμ'sへと是非とも加入したいただきたいんです」

「なんでそこまでして私を? 他にも勧誘できる人達はいるでしょ」

「矢澤先輩だからです! 矢澤先輩でなければ、駄目なんです!」

「っ!」

 

 ありったけの想いを込め、それを瞳に乗せて言葉を突きつけた。

 俺の言葉を聞いて、矢澤先輩は目を大きく見開き、こちらをまじまじと見返す。

 部室内は静寂に包まれ、時計の針を刻む音だけが木霊する。

 暫くすると、矢澤先輩は俺から視線を外し、顔を俯かせた。

 

「どうしました?」

「今さら、遅いわよ……」

「何か言いました、矢澤先輩?」

「な、なんでもない!」

「そう、ですか」

 

 慌てた様子でそう返し、袖で目元を拭う矢澤先輩。

 そして何度か鼻をすすった後、矢澤先輩は不敵な笑みを浮かべて口を開く。

 

「ま、まあ。あんたがあのアイドルグループに入れ込んでいるのはわかっていた事だけど」

「まあ、そうですね。穂乃果達ならなんでもできるんじゃないかって思いますし」

「だから、にこがあいつ等をテストしてあげるわ」

「テスト、ですか?」

 

 矢澤先輩は、オウム返しに尋ねた俺へと頷いた。

 

「そうよ。あんたがそこまで言う価値があるのか、私が試すの」

「……今朝のように、コソコソとしたり小賢しい真似をしたりしないでくださいよ?」

「し、しないわよ。にこがそんな小物のような事をするわけないじゃない」

 

 コソコソとした事をしようとしていたな、絶対。

 俺のジト目に気が付いたのか、矢澤先輩は素知らぬ顔をして顔を背ける。

 しかし、若干声が上擦っていたのを聞いたので、俺の予想は間違っていないだろう。

 

「あまり、陰険な手段は取らないでくださいね?」

「大丈夫よ。私が、あいつ等にアイドルとは何かを教えてあげるわ!」

「……不安になってきたなぁ」

 

 拳を掲げ、不敵な笑みのまま叫ぶ矢澤先輩。

 そんな矢澤先輩の様子を見て、俺は今後の展開に頭が痛くなっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私のテストを受けなさい、高坂穂乃果!」

「へ?」

 

 指を突きつける矢澤先輩に、素っ頓狂な声を上げる穂乃果。

 

 ……どうしてこうなった。

 

「あんた達がスクールアイドルに相応しいか、にこが見極めてあげるわ!」

「え、え?」

 

 

 

 ──もう一度言おう……どうしてこうなった!?

 

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