矢澤先輩がシーフにジョブチェンジした次の日。
部活申請書を提出するという話になったので、早速俺達は生徒会室へと赴いていた。
人数の関係上、生徒会室に入るのは俺達二年生組となり、真姫達一年生組に見送られて入室していく。
「失礼します」
「生徒会にどのような用でしょうか?」
代表して声を上げた穂乃果に、絵里は走らせていたペンを置いて顔を上げ、俺達へと営業スマイルを向けた。
すると、表面上でも笑みを浮かべた絵里を見たからか、穂乃果達は驚いた様子で目を大きく見開く。
「せ、生徒会長が笑ってる」
「ど、どういう心境の変化でしょうか」
「何か良い事でもあったのかなぁ?」
「ぷぷっ、随分と驚かれているみたいやね、絵里ち」
「の、希っ!」
「ほらほら、後輩達が見てるでー?」
口許に手を当て、忍び笑いを漏らした希先輩。
絵里はその言葉に頬を赤らめ、声を荒らげる。
しかし、希先輩に俺達に見つめられている事を指摘された絵里は、今の醜態をなかった事にするようで、何度か咳を落とす。
「ん、んんっ……さて、用件を聞こうかしら」
「あ、はい。これを提出しに来ました」
「これは?」
「はい。部員が五人以上になったので、私達を正式な部活と認めてください」
「アイドル部、ねぇ」
穂乃果に手渡された紙に一通り目を走らせ、呟きを漏らした絵里。
対して、希先輩は俺に不思議そうな眼差しを送っている。
恐らく、希先輩は穂乃果達に矢澤先輩の事を伝えていないのが不思議なのだろう。
確かに、どの道矢澤先輩の所へ行かなければならないのに、わざわざ生徒会室に来るのは二度手間だ。
だが、俺が穂乃果達に矢澤先輩の事を言わなかったのには、ちゃんと理由がある。
まあ理由と言っても、今の絵里が穂乃果達にどのような対応をするのか確かめたかっただけだが。
とりあえず、絵里の方は穂乃果達の事をある程度認めたらしい。
でなければ、表面上でも穂乃果達に笑顔を向けられないからな、絵里の場合。
「認めてくれますよね?」
「残念だけど、認めるわけにはいかないわ」
「な、何故ですか! 部活申請の規定は守っていますよ!」
「この学校には、既に同じような部活があるのよ」
「へ?」
強い口調で尋ねる海未に、絵里は言い聞かせるように言葉を落とした。
その言葉を聞いて素っ頓狂な声を上げる穂乃果を尻目に、絵里は希先輩へと顔を向けて口を開く。
「たしか、アイドル研究部だったわよね?」
「うん、にこっちがいる部やね」
「つまり、この学校にはアイドルに関係する部があるから、同じような部を作る事は認められないの」
「そ、そんな……」
愕然とした声を上げた穂乃果。
海未達も沈んだ表情を浮かべており、辺りに重苦しい沈黙が降りてくる。
すると、そんなどこか哀愁漂う穂乃果達の姿を見たからだろうか。
悩むように目を泳がせていた絵里は、やがて大きなため息をついてから、穂乃果に声を掛ける。
「はぁ…………ねぇ、高坂さん」
「は、はい。なんですか?」
「貴女達は、どうしてもアイドル部を設立したいのよね?」
「そうです!」
「だったら、そのアイドル研究部の人と話し合いをしたらどうかしら?」
「えっ?」
恐らく今、この場の全員が同じような気持ちを抱いただろう。
μ'sを敵視していた絵里が、わざわざ助言をしてくれている、と。
これには大層予想外だったのか、希先輩も驚愕した表情を浮かべている。
かく言う俺も、まさか絵里が助言するとは思わず、酷く驚いてしまう。
そんな俺達の様子を見て、絵里はむっと表情に不満げな色を宿す。
「どうせ直ぐにわかる事だから教えたまでよ。そんな顔をされるのは心外だわ」
「いやいや、絵里ちの言葉は充分に驚く事やん」
「……貴女達をまだ認めてはいないわ。でも、だからって貴女達に意地悪するのは違うでしょ」
「え、えっと。ありがとうございます?」
戸惑い気味に首を傾げた穂乃果の言葉に、絵里は目を伏せて再びペンを走らせはじめた。
これ以上言う事はないと言外に示すその様子を見た希先輩は、優しげな笑みを浮かべて穂乃果に声を掛ける。
「ふふっ……さて、君達。今からアイドル研究部に行くんやろ?」
「は、はい。これから頼みにいこうと思っています」
「なら、善は急げや。場所は朝陽ちゃんが知っているから、朝陽ちゃんに教えてもらってな」
「え、朝陽ちゃんが?」
驚いた様子でこちらへと振り向く穂乃果達。
対して、俺が希先輩に目を向ければ、彼女はにこやかに手を振っていた。
……元々、アイドル研究部について言うつもりだったが、まさか希先輩からバラされるとは。
まあ、希先輩にバラされても実害はないのだが、なんとなく釈然としないというか。
「うん、一応その人とは知り合いだからね」
「じゃ、じゃあ最初からその人の所に行けば良かったじゃん!」
「実は、その事をすっかり忘れていたんだよ。すまない、穂乃果」
「私には、朝陽がわざと黙っていたように見受けられるのですが」
「気のせいではないかな?」
笑みを張りつけてそう告げるも、海未は疑いの表情を俺に向けたまま。
また、ことりも俺へと探るような視線を送っている。
対して、穂乃果は素直な様子で、なら仕方ないというように頷く。
……誤魔化した俺が言うのもなんだけど、穂乃果が単純すぎてあれだな。
いやまぁ、穂乃果の場合はこれぐらい純粋なのが美点だと思うが。
「話が終わったのなら、退室して欲しいのだけど」
「あ、ごめんなさい。じゃあ、失礼しました」
絵里の心境の変化を直接聞いてみたいが、残念ながら今は聞けるような状況ではない。
穂乃果達と一緒に頭を下げ、笑顔の希先輩に見送られ、生徒会室を後にした。
それから廊下を歩いていると、穂乃果が好奇心を宿した瞳で俺を見つめる。
「それで、それで。アイドル研究部の人は誰なの? 穂乃果達が知ってる人?」
「まあまあ、それは一年生の皆がいる時に言うから」
顔を近づけてくる穂乃果を押しとどめつつ、俺はこちらまで歩み寄ってくる花陽達に視線を転じた。
すると、俺達の元までたどり着いた花陽が、不安げな表情を浮かべて口を開く。
「あ、おかえりなさい。あの、それで無事に許可を貰えましたか?」
「それが、これからアイドル研究部の所へ行く事になったんだ」
「つまり、まだ部活申請できていないの?」
「そのアイドル研究部にいる人と私達で、話し合いをしなければいけない事になったのです」
真姫にそう言葉を返すと、俺に顔を向けた海未。
釣られて全員の注目が俺へと集まり、自然と皆が押し黙る。
やがて、沈黙に耐えきれなくなったのか、凛が首を傾げて尋ねてくる。
「朝陽先輩がどうしたんですか?」
「どうやら、朝陽がそのアイドル研究部の人と知り合いなようなんです」
「ええっ!? アイドル研究部の人と知り合いなんて、羨ましいです」
「そこなのね、花陽は」
「では、聞かせてもらえますよね?」
そんなに凄まなくても教えるのだが。
強い眼差しを送ってくる海未に、俺は内心で思わず苦笑いを漏らす。
まあ、もったいぶっても仕方がない。さっさと海未達に教えるとしよう。
この後に驚くであろう皆の反応に期待しつつ、俺は海未達へと告げるのだった。
「アイドル研究部にいる人は──にこ先輩だよ」
「──で、にこに会いにきたってわけ?」
机に頬杖をつき、不機嫌そうな面を隠しもせず、矢澤先輩はそう尋ねた。
対して、穂乃果達は各々が興味深げな表情で室内を見回している。
現在、俺達は矢澤先輩へと突撃していき、アイドル研究部の部室内に赴いていた。
俺は前からここに来ていたので、この室内の内装を見慣れている。
だが、やはり穂乃果達にとっては凄く物珍しい光景に映るのだろう。
「凄い凄い! アイドルのポスターがいっぱあるよ、海未ちゃん!」
「確かに、これは見事に揃っていますね。状態も丁寧に保存されていますし、よほど大事にしているのでしょう」
「あ、これ知ってる! A-RISEのポスターだにゃ」
「圧巻と言うべき光景ね」
各々が感嘆の呟きを漏らす中、二人の人物は他の皆とは違う行動を取っていた。
その内の一人である花陽は、瞳に星屑を散りばめさせながらも、残像が残るほどの動作であちこちを歩き回っている。
「はわぁー! これは福岡のアイドルグループのグッズで、こっちは限定PVっ! 初回限定盤のDVDに、ライブ限定グッズまで……!」
「あら、これ等の価値がわかるなんて、あんたも中々やるわね」
「こ、これほどのグッズを集めるとは──こ、これはっ!?」
「ああ、気づいた?」
満更でもなさそうに頷く矢澤先輩を尻目に、花陽は一つのDVDBOXを手に取った。
このDVDBOXがなんなのか理解しているのか、まるでとんでない物を手にしたかのように、花陽は目を刮目させる。
そして、花陽は感極まった様子で身体をうち震わせ、瞳に銀河を創りだしていく。
「本当に……本当にこれは、伝説のアイドル伝説なんですかっ!?」
「そうよ、よくわかったわね」
「こ、これが伝説のアイドル伝説……しかも、全巻DVDBOX! 私、全巻持っている人を初めて見ましたっ!」
「そ、そう?」
矢澤先輩が引いているぞ、花陽。
あっという間に近づかれ、キラキラとした眼差しを送られた矢澤先輩は、頬を引き攣らせて花陽から目を逸らしていた。
しかし、そんな矢澤先輩を気にする様子を全く見せず、花陽は頬を赤く染めて熱く語っていく。
「はいっ! 本当に、本当に凄いですっ! 今まで生きてきた中で、一番尊敬できる人に出会いました!」
「そう、なの?」
「へー、これってそんなに凄いんだ」
矢澤先輩達の話を聞いていたようで、穂乃果は感心したように頷いた。
──瞬間、花陽の瞳に雷光が走る。
驚くべき速さで穂乃果へと振り返り、花陽は信じられないといった様子で眦を吊り上げる。
「知らないんですかッ!?」
「えぇと、ごめんね?」
「それなら、私が教えます! 伝説のアイドル伝説とは各プロダクションや学校や事務所等が限定生産を条件に歩み寄り古今東西の素晴らしいアイドルを集めたDVDBOXで──」
いつの間にか矢澤先輩のパソコンの前に着席していた花陽は、凄まじい速さでタイピングをしながら伝説のアイドル伝説──通称『伝伝伝』の素晴らしさについて、語りはじめた。
自然とこの場にいる全員はその話に耳を傾けていき、徐々に花陽の独擅場へとなっていく。
「は、花陽ちゃん。キャラが変わりすぎじゃない?」
「凛はこっちのかよちんも好きだにゃー」
「よっぽどアイドルが好きなのね」
「──オークションに出店しても即完売されてしまう伝伝伝を二セットも持っているなんて……!」
「ふふん。家にもうワンセットあるわよ」
「もうワンセットっ!」
鼻を伸ばしている様子でふんぞり返っている矢澤先輩を見て、穂乃果は閃いたというような表情を浮かべ、口を開く。
「あ、じゃあ皆でこのDVDを見てアイドルの勉強をしようよ!」
「それは保存用だから駄目ね」
「そ、そんな……」
ばっさりと穂乃果の意見は却下された。
すると、花陽は瞳に悲しげな色を潜ませ、項垂れるように顔を伏せ、一筋の涙を流す。
そんな花陽の様子を見た凛が、呟きを一つ。
「かよちんがいつになく落ち込んでる」
「泣くほど見たかったのね」
ある意味愉快とも言っていいやり取りをしている花陽達を尻目に、俺は天井付近に飾られている色紙を見ていることりに声を掛ける。
「どうしたんだい、ことり?」
「ひゃっ! な、なんでもないよ朝陽ちゃん!」
「ああ、それは秋葉のカリスマメイド、ミナリンスキーさんのサインよ」
「へー、これがミナリンスキーのサインか」
「あ、朝陽ちゃん知ってるの!?」
「名前ぐらいしか知らないけどね」
俺がそう告げると、ことりはあからさまに安堵した様子で胸を撫で下ろしていた。
まあ、俺は知識としてミナリンスキーがことりだという事を知っているのだが。
まだことりは、俺達にミナリンスキーの事をバレたくないのだろう。
穂乃果達に知られるも時間の問題だと思うが、ことりが隠したいと考えているのなら、俺も黙っているべきだ。
……ただ、ことりの働いている姿は見てみたい。
今度、変装してミナリンスキーを探してみようかな。
「ことり、どうしましたか?」
「なんでもないよ海未ちゃん! ことりはいつも通りだよ、いつも通り」
「まあ、私もオークションで手に入れたから、ミナリンスキーの顔を知らないんだけどね」
「良かったぁ」
ところで、ことりさん。
貴女、ミナリンスキーだと隠す気はあるのですか?
いや、本人が真面目に隠したがっているのはわかるのだが、それにしては誤魔化し方が雑というかなんというか。
幸いな事に、俺以外は誰もことりの様子を不審に思っていないらしい。
とりあえず、このまま俺は静かにことりの誤魔化しを傍観していよう。
「と、とにかく! にこ先輩は凄い人だよ!」
「褒めたって何もでないわよ?」
「……口がにやけていますが」
「う、うるさいわね!」
そんな俺の思いが、表情に現れていたのだろうか。
ことりは慌てた様子で話を逸らし、矢澤先輩がその世辞を聞いて、満更でもない表情を浮かべる。
しかし、微妙な面立ちで海未に指摘され、矢澤先輩は恥ずかしそうにそっぽを向く。
相変わらず、矢澤先輩はどこか締まらない。
個人的には、そんな所が矢澤先輩の美点だと思っているが。
ともかく、それから俺達は各々が着席していき、ようやく矢澤先輩と話し合いをする準備が整うのだった。