TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第三十一話 束の間の休息

 μ'sのメンバーが七人になった日から、時が流れ。

 現在、俺は秋葉原の駅前で絵里を待っていた。

 今日はμ'sの練習もない休日だったので、息抜きをするのに最適な日だったのだ。

 元々、近い内に絵里に気分転換をさせようと思っていたから、今日は都合が良かったという事もある。

 

「希先輩には感謝しなきゃな」

 

 初めに誘った時、遊んでいる暇はないと絵里が断ってきた。

 しかし、その場にいた希先輩も説得に加わり、結果として絵里は俺の申し出を受けてくれたのだ。

 また、気を遣わせてしまったのか、希先輩は二人で行ってこいとも告げてきた。

 改めて、今度は希先輩に休んでもらいたいと思った事も記憶に新しい。

 内心で希先輩に感謝の念を示していた俺は、改札口から絵里が近づいてくるのを目に入れる。

 

「お待たせ、朝陽。もしかして、来るのが遅かった?」

「いや、約束の時間にはまだ余裕があるよ」

「なら良かった。朝陽がいるもんだから、遅刻しちゃったかと思ったわよ」

「絵里は真面目すぎると思うけどね」

「そうかしら? 時間より早めにくるのは普通でしょ?」

 

 肩を竦めてそう告げると、絵里は不思議そうに首を傾げた。

 一般的に十分前行動と言われているが、時間にルーズな人もいる。

 酷い場合だと三十分や一時間遅れはザラであり、中にはドタキャンをしてしまう人も。

 その点絵里は根が真面目なので、そのような事は起きないだろう。

 

「絵里にとっては普通でも、他の人では普通じゃないという事さ」

「そういうものかしら?」

「ま、細かい事はいいと思うよ。とりあえず、行こうか」

「ええ! 早く朝陽のオススメの喫茶店に行きましょ!」

 

 全身からワクワクとした雰囲気を滲ませている絵里に、俺は内心で微笑んで喫茶店へと彼女を連れていく。

 同時に、μ'sに新たなメンバーが加入してからの日を振り返るのだった。

 

 

 

 

 

 ──無事に矢澤先輩がμ'sに入ってくれてから。

 

 改めて、穂乃果の家でメンバー加入の歓迎会を開き、それはもう盛大に祝った。

 初めての先輩という事もあって、μ's……特に一年生組は緊張していたが、矢澤先輩の人徳のお蔭もあり、直ぐに打ち解けていく。

 なお、その時に矢澤先輩からの提案で、俺達は互いに名前呼びをする事になる。

 より実践的なアイドルの知識がある矢澤──もとい、にこ先輩。

 彼女の加入は、μ'sにとって非常に大きな意味を持つ事になるだろう。

 楽しげに笑みを交わし合う穂乃果達を尻目に、俺は今後の事を考えていくのだった。

 

 

 

 

 

「──朝陽?」

「ん、なにかな?」

「ううん。なんだか朝陽がボーッとしていた気がして。大丈夫?」

「私は平気さ。そういう絵里はクラクラするとかない?」

「私も平気よ。それより、ここが朝陽のオススメ?」

 

 瞳を輝かせて尋ねてくる絵里。

 普段クールな印象が強いだけに、このような子供のような表情は新鮮だ。

 まあ、絵里はポンコツの時が稀によくあるので、クールビューティーなのかと聞かれても首を傾げてしまうが。

 ともかく、楽しげな様子の絵里を引き連れ、俺達は喫茶店の中へと入る。

 

 店内は小洒落た空間になっており、全体的に落ち着いた雰囲気だ。

 昼時をやや過ぎた後だが、人はそれなりにいるらしい。

 上品な雰囲気の店員に連れられ、俺達は窓側の席へと案内される。

 絵里とは向かい合わせに座り、メニュー表を開く。

 

「それで、ここのチョコレートケーキが絶品なんでしょ?」

「友人から聞いた話によるとね。絵里はそれにするんだよね?」

「もちろんよ! 朝陽はどれにするの?」

「うーん、私はミルクレープにしようかな」

「あら、それも美味しそうね。チョコレートケーキは外せないし、でも二つも食べると……ああ、このパフェも捨て難いわ」

 

 絵里は眉間に皺を寄せ、メニュー表とにらめっこをしていた。

 どうやら、他にも食べたいメニューがあって困っているらしい。

 確かに、どのデザートも美味しそうに撮られており、心なしかキラキラと光っているような。

 改めて眺めていると、俺も自分の決意がぐらついてしまいそうだ。

 

「まあ、また次に来た時食べればいいじゃないか」

「……それもそうね。やっぱり、私はチョコレートケーキにするわ」

「私もミルクレープのままかな」

 

 無事に頼む物が決まったので、呼び鈴を鳴らして店員を呼んだ。

 デザートと飲み物を頼んで店員が去っていった後、来る時に置かれた水を口に含みながら絵里を見る。

 彼女はメニュー表に写っているデザートを見つめており、この姿からある程度リラックスしているとわかるだろう。

 

 とりあえず、無事に絵里にとっての気分転換になったようだ。

 廃校の危機が脳裏にちらついて、今日の休暇も上手く休めないかと思っていた。

 最近の絵里は暗い顔ばかりしていたから、今のような気負いのない笑顔を見られて嬉しい。

 

 しかし、根本的な解決の目処が立った訳ではないのだ。

 である以上、また絵里が無理をしてしまうのはもはや必然。

 だからこそ、俺ができる事で絵里達を手伝いたい。

 

 穂乃果達μ'sには、にこ先輩も加わってくれた。

 七人になったμ'sならば、俺がいなくても問題はないだろう。

 まあ、初めから俺がいなくてもどうにでもなっていた気もするが。

 ともかく、μ'sを手伝う事はもちろんだが、なにより今は絵里を支えたいのだ。

 

「どうしたの?」

「いや、絵里があまりにも楽しそうだったんでね。微笑ましく思っていたのさ」

「だって、朝陽がオススメするから凄く楽しみなんだもん」

「楽しみなら良かったよ……どうやら、来たみたいだ」

 

 注文していたチョコレートケーキがテーブルに置かれると、絵里はキラキラと瞳を輝かせた。

 手に持ったフォークでケーキを切り分け、上品な仕草で口に含む。

 目を瞑って味わうように口を動かし、やがて絵里はゆっくりと目を開く。

 

「ハラショー……」

 

 艶のある感嘆の吐息を漏らす絵里を尻目に、俺もミルクレープを食べてみた。

 なるほど。確かに勧められる店の事だけはある。

 しつこくない甘味と、柔らかな舌触り。

 生クリームが特に絶品であり、総合して優しい味といった所だ。

 まあ、俺は特に美食家でもないので、今の評価が妥当かどうかは首を傾げてしまうが。

 

「これも美味しいよ」

「私のもすっごく美味しいわ! 改めて、この喫茶店に来て良かった」

「気に入ってくれたのなら連れてきた甲斐があったよ」

「……ねえ、朝陽」

「ん、どうしたんだい?」

 

 チラチラと俺に目を向けていた絵里は、仄かに頬を赤めて指を絡ませていた。

 明らかに恥ずかしがっているとわかるその姿に、思わず首を傾げた俺は不思議ではないはずだ。

 暫く視線を行ったり来たりさせていき、やがて何か覚悟でも決まったのか。

 俺から僅かに目を逸らしながらも、絵里はゆっくりと口を開いていく。

 

「その、希から聞いたんだけど。喫茶店では、仲の良い友達同士で食べさせあいっこをさせるって」

「…………あー、うん」

 

 何を吹き込んでいるのですか、希先輩!?

 ニヤニヤと笑っている彼女が目に浮かび、思わず頬を引き攣らせてしまう。

 絵里の言葉は間違ってはいない。仲の良い友達同士なら、違うデザートを頼んで分け合いっこはよくする。

 穂乃果もことりとそういう事をしているのを目にしていた。俺と海未は恥ずかしいからしていなかったが。

 それに俺の場合、前世が男という事もあって尚更抵抗があった。

 

「ほら、私達も付き合いが長いでしょ? だから、希の言うように食べさせあいっこをしたいなって」

「その事なんだけど、それは希先輩が──」

「私とするのは、嫌?」

「──うぐっ」

 

 瞳を潤ませて、小首を傾げた絵里。

 どこか不安そうな表情を浮かべる彼女に、俺は言葉に詰まってしまう。

 普段がクールだからか、そんな可愛らしい仕草は卑怯だ。

 

 の、希先輩ぃ……どうして俺にこんな試練を与えるのですか。

 いやまぁ、どう考えても自分が楽しむためだとはわかっているが。

 だけど、絵里は凄く美人で可愛くて綺麗なのに、そんな恋人のような恥ずかしい事をするなんて。

 それに、俺と絵里だとそういう行為をするのは釣り合わないと思うし。

 

「やっぱり、駄目よね。我が儘を言ってごめんなさい」

「そんな、我が儘じゃない! その、そういう事するのに相応しい人が絵里にも必ず現れるから、その時まで待てばいいと思う」

「私は朝陽とやりたい!」

「わ、私と?」

 

 思わず声が裏返ってしまった。

 驚いて問い返すと、絵里は頬に桜を散らして頷く。

 

「朝陽とそういう思い出を作ってみたいの」

「わ、私と……その、なんていうか、とても恐縮であるというか」

「恐縮?」

「えっと、その、とても嬉しいです、はい」

 

 やばい。今、絶対顔が赤くなっている。

 顔全体から熱さを感じ、恥ずかしくて俯いてしまう。

 絵里から色々な思い出を作りたいと告げられ、正直心が舞い上がっている。

 普段はできるだけ気にしないようにしていたが、やはり美少女である絵里にそこまで言われると、非常に照れくさく感じてしまうのだ。

 しかも、今回は食べさせあいっこというただの思い出ではなく──

 

「朝陽?」

「ひゅい!?」

「ど、どうしたの変な声を出して?」

「い、いや。なんでもないさなんでも、ハハハ」

 

 咄嗟に笑って誤魔化したのだが、どうやら絵里は理解してしまったらしい。

 珍しく意地悪そうな表情を浮かべた絵里は、口許に手を添えてクスクスと笑みを落とす。

 

「もしかして、さっきの言葉で照れてるの?」

「そ、そんな事ないよ?」

「ふふっ、声が裏返ってるわよ。それにしても、あの朝陽も恥ずかしがるのねぇ」

「か、からかわないでくれ!」

「どーしよっかなぁ」

 

 くっ、ニヤニヤしやがって。

 楽しげに微笑む絵里に対して、俺は涙目で睨みつける事しかできなかった。

 暫く絵里から弄られていると、不意に彼女は口を閉ざす。

 チョコレートケーキに視線を落とし、悩む様子で俺と交互に見つめ。

 やがて、フォークでケーキを切り分けた絵里は、ゆっくりと俺にそれを差し出す。

 

「え、絵里?」

「や、やっぱり朝陽とやりたいから。……あ、あーん」

 

 頬を火照らせ、期待に満ちた眼差しを送りながら、絵里はこちらにフォークを向けてきたのだ。

 まさか、あれだけ恥ずかしがっていた絵里からやるとは思っていなかった。

 しかし彼女の手は震えており、徐々に涙目になっている事から、やはり羞恥心はあるのだろう。

 

 ……こ、これは食べなければいけないのか?

 素早く周囲を見回すが、誰も俺達の事は気にしていないらしい。

 つまり、今なら誰にも見られずに事が行えるという訳だ。

 だがしかし、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだが。

 

「ほ、ほら。絵里はひとまず落ち着こう」

「私は落ち着いているわ。あ、あーん」

「だからね?」

「あーん」

「その、絵里?」

「うぅ……あーん」

 

 意固地になっているのか、俺にフォークを向けたままの絵里。

 彼女は悲しげに眉を下げ、寂しそうな唸り声を上げた。

 そこまでして、絵里は俺に食べさせたいのか。

 

 ……ここまでさせているのに、俺が臆しても良いのだろうか。いや、そんなはずはない。

 元男として、絵里に恥をかかせる訳にはいかないだろう。

 内心で決意を固めた俺は、意を決して突き出されたフォークを咥える。

 瞬間、絵里の表情に満開の花が咲き誇っていく。

 

「ど、どう?」

「う、うん。美味しいよ」

「ええ、このケーキは絶品よね……やった!」

 

 辛うじて言葉を返すと、絵里は小声でガッツポーズを取った。

 どうやら、俺に食べさせられた事が大層嬉しいらしい。

 そこまで喜ばれて恥ずかしい反面、どこか嬉しい気持ちもある俺は変だろうか?

 ともかく、これで無事に試練を乗り切ったはずだ。

 

「なんとか助かった」

「その、朝陽。私も朝陽に食べさせてもらいたいな」

「……やっぱり?」

「駄目?」

 

 うん、そうなると思っていた。

 絵里は食べさせあいっこをしたいと言っていたので、俺からも食べさせる事になるだろうとは感じていたのだ。

 本当に頬が熱くなるのだが、絵里の方は慣れたのか冷静になっている。

 ……どうしても、食べさせなければ駄目だろうな。

 半分諦めの境地でミルクレープを切り分け、フォークに乗せて絵里の方へ差し出す。

 

「あ、あーん」

「や、やられる方も恥ずかしいわね……はむっ」

「どう?」

「ええ、食べさせあいっこって楽しいわ!」

 

 俺は味の感想を聞きたかったのだが。

 食べる事で吹っ切れたのか、絵里は破顔して大きく頷いた。

 どうやら、念願の食べさせあいっこをできてご満悦であるらしい。

 

 なんていうか、絵里が騙されているような気がする。

 元はと言えば、希先輩が変な事を告げなければここまで悩む必然がなかったと思う。

 まあ、絵里が楽しんでくれるのなら、俺も羞恥心を押し殺した甲斐があった。

 

「絵里が楽しいのなら良かったよ」

「朝陽! 食べさせあいっこって良いわね。なんだか、いつもより距離が近い感じがするの」

「まあ、少なくても物理的に縮まったんじゃないかな?」

「だからもう一度食べさせあいっこしましょ」

「……えっ?」

「はい、あーん」

 

 満面の笑みでケーキを差し出す絵里を見て、俺は思わず頬が引き攣ってしまう。

 絵里が楽しそうな事は良いのだ。気分転換になったという事だから。

 しかし、それと食べさせあいっこは別な訳で。

 ……絵里の疲れを癒すため、と前向きに捉えておこう。俺の羞恥心は、この際気にしない。

 結局、それから俺達は互いに食べさせあいっこをしていくのだった。

 

 

 

 ──とりあえず、絵里は吹っ切れると押しが強くなると覚えておこう。

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