第三十二話 μ'sのPR撮影
にこ先輩がμ'sに加入してから時が経ち。
七人になったμ'sは、更に輝きを増していく。
特に、にこ先輩が加入してくれた事により知識はもちろん、上級生がいるという安心感等からμ'sの結束力が強まったのだ。
メンバー間の仲も良好であり、μ'sは非常に良い雰囲気のグループになっているだろう。
そんな順風満帆と表せるスクールアイドルグループ、μ's。
彼女達が現在、何をしているかと言えば──
「──はい、笑って笑ってー」
「えっとぉ……えへへ」
「じゃあ、決めポーズもつけてくださーい」
凛の要求に、穂乃果は戸惑い気味に様々なポーズを取っていく。
「はっ! ほっ! やっ!」
「これが、音ノ木坂学院に誕生したスクールアイドルグループ『μ's』のリーダー、高坂穂乃果だ」
「……そのポーズじゃあ誤解されると思うけど」
「音ノ木坂戦隊μ's、とか?」
カメラを回している凛の隣で、希先輩がナレーションをしていた。
しかし、苦笑いを浮かべることりが告げた通り、シャキーンとしたポーズを取っている穂乃果を見ると、どうしてもスクールアイドルとは思えない。
怪人と戦う正義の使者というか、変身する時にやりそうなポーズというか。
……この場合、敵サイドの役は誰になるのだろうか?
やはり、今までで穂乃果を叱った事が多い海未で怪人ラブアロ──
「朝陽?」
「どうしたのかな、海未?」
「いえ、今の貴女から不穏な空気を感じたので。何か変な事を考えませんでしたか?」
「うーん、気のせいだと思うな。決して、戦隊物で穂乃果が主人公だったら、海未は敵幹部だろうなんてこれっぽっちも思っていないよ?」
「そ、それは私が悪役っぽいという事ですか?」
「うん? 海未を悪役っぽいなんて考える訳ないじゃないか」
頬を引き攣らせている海未から目を逸らし、さり気なく口笛を吹く。
だが、どうやら海未を誤魔化す事ができなかったらしい。
勢いよく立ち上がった彼女は、表情に不満の色を宿して口を開く。
「嘘です! 明らかに隠す気がないじゃないですか!」
「はははっ、私に疚しい気持ちはないよ。全く、海未は疑い深いなぁ」
「だったらその腹立たしい笑顔はなんなんですか!」
肩を怒らせて近づいてくる海未に、俺は身を翻して凛の背後に隠れる。
そして、ビデオに顔を寄せて囁く。
「これが、μ'sの作詞担当である園田海未だ」
「凛達一年生の面倒を見てくれる、凄く頼りになる先輩だにゃ!」
「わ、私はただやるべき事をしているだけで……」
「自身に謙虚な姿が、後輩達に慕われる所以なのかもしれない」
誇らしげに胸を張った凛の言葉を聞いて、海未は頬を赤らめて髪を弄っていた。
チラチラと凛とビデオに目を向け、やがて何かに気が付いたのか、彼女は慌てた様子で両手を突きだす。
「そ、そうです! いきなり撮らないでくださいっ!」
「と、このように恥ずかしがり屋なのが玉に瑕である」
「朝陽っ! いい加減怒りますよ!?」
「ふふふっ、すまない。海未を見ているとついね」
「ついじゃありませんよ……全く」
「あの〜。それで、これって?」
大きなため息を漏らした海未を尻目に、ことりが希先輩に尋ねた。
マイクを手にニコニコと俺達の様子を見守っていた希先輩は、楽しげな笑顔のまま穂乃果達へと理由を明かしていく。
「実は、生徒会で部活動の紹介をするビデオを制作していてな。今のように各部に取材をしている所なんや」
「おぉ、取材って良い話だね! なんかアイドルって感じで」
「一応、ことり達はスクールアイドルなんだけど……?」
「まあ、取材って言葉を聞くと改めてアイドルって思えるよね」
恐らく、普段では縁がなさそうな取材という事に、アイドルとしての実感が湧いてきたのだろう。
今までも、μ'sは歌やダンスでスクールアイドルとして動いていたが、あれは自分達の周りで完結していた話だ。
しかし、この取材という外部からの接触で自身達の立ち位置を認識した、という感じだと思う。
まあ、閲覧数等から外部の評価というものはあったのだが。
ともかく、これがきっかけでμ'sは加速度的に認知されていくだろう。
つらつらとそんな事を考えている間にも、どうやら状況は動いていたらしい。
ビデオを撮る事に賛成の色を見せている穂乃果達に対して、海未は非常に渋い表情を浮かべていた。
「私は嫌です」
「えぇ!? どうして、海未ちゃん?」
「最近スクールアイドルが流行っているし、μ'sにとっても悪くない話だと思うんやけど?」
「音ノ木坂の知名度を上げるためにも良い事だと思うよ?」
「そ、それはわかってますけど。やっぱりカメラに映るのは……」
やはりと言うべきか、海未の恥ずかしがり屋は筋金入りのようだ。
穂乃果達もどこか察したような表情を浮かべており、辺りになんとも言い難い雰囲気が漂いだす。
すると、ことりはこのままだと海未が断ってしまうと思ったようで。
「ことりは、海未ちゃんと一緒に映りたいなぁ」
「で、ですが」
「取材を受けてくれたらカメラを貸すで?」
「おー! カメラがあればμ'sの事を沢山知ってもらえるね!」
「PVも作れるしね」
「新しい曲にゃ!」
思い思いに今後の展開を描いている中、海未は迷うように瞳を揺らしていた。
──皆の言いたい事は理解している。μ'sを知ってもらうためには必要な事。だけど、どうしても恥ずかしい。
そのような複雑な感情が、手に取るようにわかる。
暫くすると、海未は表情を明るくして口を開く。
「では、私以外のメンバーがカメラに映るというのは?」
「えー。流石にそれはないよ、海未ちゃん」
「うん、皆で一緒にやろう?」
「七人になったメンバーで新曲をやりたいって言ってたでしょ?」
「新曲のPVを創ろう、海未ちゃん!」
両手を組んで、海未へとキラキラとした眼差しを送る穂乃果とことり。
彼女達の瞳から煌めく星屑が、海未の元に勢いよく飛んでいく。
対して、海未は顔の前に手を翳しており、僅かに後ずさっている。
「ま、眩しい……」
「海未ちゃん!」
「おねがぁい!」
やがて、穂乃果達の攻撃に屈したのか。
大きなため息をついた後、海未は肩を落としてゆっくりと頷いた。
表情を輝かせはじめた穂乃果達を尻目に、彼女は疲れた様子で口を開く。
「タイミングが良いのはわかりますし、皆で撮りましょう」
「海未ちゃん!」
「やったー! 穂乃果は皆を呼んでくるね!」
「凛もかよちん達の所へ行く!」
あっという間に、穂乃果と凛はこの場を去っていった。
カメラを持ったまま二人がいなくなったので、俺達は手持ち無沙汰になってしまう。
「あ、待ってよ穂乃果ちゃん!」
「走ると転びますよ!」
海未とことりも穂乃果達を追いかけていき、残った俺は自然と希先輩と顔を見合わす。
「良いグループやね」
「そうですね。本当に素晴らしいスクールアイドルですよ、μ'sは……本当に」
「朝陽ちゃん?」
「あ、そうだ。希先輩に渡したい物があったんです」
「渡したい物?」
地面に置いていた鞄を手に持ち、中から幾らかの紙の束を取り出した。
不思議そうに眺めていた希先輩にそれ等を渡し、紙の内容を説明していく。
「この束は私が高校に見学しにいった時の所感で、こっちが友達に聞いた音ノ木坂に進学すると決めた理由の纏めです。で、これが街の人達から聞いた事を元にした音ノ木坂を客観的に見た資料で──」
「ちょ、ちょっと待って朝陽ちゃん! この紙全部が音ノ木坂についてなの?」
「──え? ええ、そうですが」
「この高校の見学って、複数の学校について詳しく書いてあるけど」
「ああ。それはGWの時や休日の時に学校にアポを取っておいたんです。それで、学校にいた生徒達にその学校の自己アピールをしてもらって、改めて音ノ木坂との違いを図とかで表しただけです」
「この友人達に聞いたというのは?」
「そっちは音ノ木坂の生徒達にどうしてこの学校に入学したのか、というアンケートを取っただけです。アンケートの上位がわかれば、音ノ木坂はそこを重点的にアピールすれば良いかなと」
聞かれた内容について説明していくと、希先輩は驚いた様子で紙の束に目を通していた。
にしても、そんなに驚く事だっただろうか?
自分にできるのは色々な所から情報を集め、絵里達の手助けになれば良いと考えたのだが。
資料にしたって、時間が空いている時や夜にレポートとして纏めただけだし。
「もしかして、これ全部朝陽ちゃん一人で?」
「はい。ですから、資料としては役に立つかはわかりません。でも、私なりに音ノ木坂を分析して、改善案や提案等を書いてみました。絵里達生徒会の助けになればいいんですが……」
やはり、この程度じゃ駄目だろうか。
俺みたいな素人では、経営や運営について全く理解できない。
だけど、だからって何もやらないのは違うと思う。
……こんな事しかできないのが歯痒い。
少しでも絵里や希先輩の力になれたら良いのだが。
そんな風に考えていたのだが、どうやら希先輩にとっては嬉しかったらしい。
紙の束を胸に掻き抱き、彼女は柔らかく微笑む。
「ううん。わかりやすく書いてあって、凄く良い資料や。これは生徒会で参考にさせてもらうね」
「参考になるなら良かったです。……私にできる事ならなんでもします。だから、自分一人で抱え込まないでください」
「うん。絵里ちにそう伝えておく」
「希先輩もです」
「ウチも?」
不思議そうに首を傾げた希先輩。
絵里が抱え込むのは知っている。それだけ長い付き合いだし、性格を熟知しているから。
しかし、それは希先輩にも言える事だ。
μ'sの皆を支えてくれている優しい先輩。
絵里を助けて欲しいと願う親友思いの人。
でもそれは、いつも自分を後回しにしているという事。
俺は知っている。希先輩も素直になれないだけで、本当は自分を押し殺しているというのを。
「私にとって、希先輩は大切な友達ですから。何か悩みがあったら、遠慮なく頼ってください」
「朝陽ちゃん……」
「では、そろそろ私も行きますね。これからは、頻繁に希先輩達の様子を窺いにいくと思いますので」
希先輩が持っていたマイクを渡してもらい、俺は頭を下げて踵を返す。
「──ありがとう、朝陽ちゃん」
背後から聞こえてきたその声に、足を進めながら思わず唇を噛み締めてしまう。
何が頼ってくれだよ。自分が誰にも頼ろうとしていないくせに。
自分ができない事を、平然と相手に要求する。
改めて、酷い偽善に溢れた言葉だろう。
「この程度の事しかできない俺を頼れとか、説得力がまるでないな」
μ'sのように我武者羅に突き進んでいる訳でもないし、かといって絵里のように責任を背負っている訳でもない。
誰でもできる事を、傍観者の立場からしているだけだ。
である以上、俺にできるのは誰よりも足掻く事のみ。
考える限りの可能性を想定して、それ等に対処できるように考えを練る。
彼女達の道が険しくならないように、己の全てを使って整えていく。
「だから、あれだけじゃ足りない」
μ'sが廃校を阻止してくれるとは思っている。
しかし、万が一彼女達が廃校を阻止できなかったとしたら?
そのような考えが脳裏を過ぎる以上、俺はその可能性をできる限り排除する。
簡単にいくとは思っていない。俺が何をしても無駄なのかもしれない。
だが、どうしても何もしないという選択は取れなかった。
知識として知っているのに、指を咥えて見ているだけ。
そんな事はできない。見て見ぬ振りをする事は俺が自分を許さない。
穂乃果達と関わる事を決めたのだ。
ならばこそ、できるだけ良い未来にしようと考えるのは自然だろう。
「俺が他にできる事は……」
PV撮影にホームページの更新、メンバーの体調管理に絵里達生徒会の手伝い。
音ノ木坂の魅力を考える事、他校の視察。
μ'sの広報活動もある。秋葉原等でチラシ配りはしているが、少しずつ手応えを感じはじめている。
グッズ関係については、素人の俺が口を出せる問題ではないだろう。
一応、原案は紙に纏めているのだが。
「後は、ことりの問題か」
いつぐらいに留学の誘いが来たのかは覚えていない。
しかし、そう遠くない内に知らせがやってくるだろう。
である以上、より一層ことりの事を気にかけて些細な変化も見逃してはいけない。
また、絵里の様子も強く気にするべきだ。
恐らく、今の彼女の内心は凄く不安定だと思われる。
様々なしがらみに囚われ、生徒会長という重圧に苦しんでいるはず。
だからこそ、俺が絵里を手伝って少しでもその不安を取り除いてやりたい。
「PVが一段落ついたら、急いで絵里の所に行かなきゃ」
やるべき事の多さに、頭が痛む。
しかし、これは俺が望んだ事だ。
俺の行動一つで皆が笑顔になれるのなら、これぐらいどうって事はない。
「考えていても仕方ない。頑張るぞ!」
頬を叩いて気合を入れつつ、俺は駆け足で部室へと向かうのだった。