TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第四十七話 絵里の実力

「貴女達にダンスの指導を? ええ、いいわよ」

「えぇっ!?」

 

 生徒会室にいた絵里に頼んだ穂乃果へと、返ってきた内容はそれだった。

 あっさりと了承されるとは思わなかったのだろう。

 大袈裟に仰け反った穂乃果を見て、絵里は目を伏せて言葉を続ける。

 

「元々、ちょうどいいと思っていたところだしね」

「ちょうどいい?」

「こちらの話よ。希、後は任せてもいいかしら?」

「もちろん。絵里ちに渡された資料と一緒に、ウチ達生徒会でも考えてみるね」

「ありがとう。という事で、早速貴女達の指導をするわよ」

「え、え?」

 

 置いてきぼり感を食らった穂乃果の手を引き、絵里はμ'sの面々を連れて生徒会室を出ていった。

 最後に俺も退室する間際、希先輩に目配せをして軽く頭を下げる。

 

「負担をかけてしまって申し訳ないです」

「いいんよ。ウチと朝陽ちゃんの仲やん? それに、今のウチ達は一心同体。だから、絵里ちを任せました」

「任されました。……といっても、今の絵里なら大丈夫だと思うけど」

 

 笑顔でそう告げれば、希先輩も笑みを浮かべて頷く。

 

「確かに、今の絵里ちは強い。まあ、念のためや」

「わかってますって。じゃあ、私も行きますので」

「頑張ってなー」

 

 手を振る希先輩に見送られ、俺は屋上へ向かう。

 既にμ'sのメンバーは着替えており、絵里も動きやすい格好になっていた。

 

「あ、朝陽ちゃん。どこ行ってたの?」

「ちょっとね。それで、もう練習は始まったのかな?」

「これからだよ。でも、なんで生徒会長まで着替えてるんですか?」

 

 不思議そうな面立ちの穂乃果だったが、他の人も同じような思いを抱いていたのだろう。

 訝しげな眼差しを絵里に送っている。

 対して、絵里は腰に手を当てて穂乃果達を見回す。

 

「私の事はいいのよ。それより、まずはストレッチをしてちょうだい」

 

 有無を言わせないその迫力に呑まれたのか、穂乃果達は言われた通りにストレッチを始めた。

 全員が身体を伸ばしているのを見て、絵里は意外そうに眉尻を上げる。

 

「へぇ。基礎を疎かにして歌やダンスばっかり練習していたと思っていたけど、そういうわけじゃないのね」

「皆には怪我をして欲しくないからね」

 

 俺がμ'sの練習を考えるにあたって、一番重視したのは身体の柔らかさだ。

 海未と何度も話し合いを重ねた結果、どんな時でも力を入れてストレッチをやる結論になった。

 穂乃果や凛等は少し納得がいかない様子だったけど、根気よく柔軟体操の大切さを教えた事で、どうにか理解をしてくれたので良かったよ。

 そんな経緯を絵里に伝えると、考え込むように顎に指を添えて。

 

「なるほどね。貴女らしいと言えば貴女らしいのかしら」

「そうかな?」

「ええ。過剰なほど臆病な朝陽らしいわ」

「うぐっ!」

 

 にっこりと微笑んだ絵里の目は、どこかからかいの色が宿っていた。

 俺の事情を話しただけに、こうした部分で彼女は本当の気持ちを察するのだろう。

 物語の通りに進めよう、あるいはそれ以上の結果になるようにしていた俺の心境を。

 思わず胸を抑えて後ずさる俺に、絵里は呆れた表情を向ける。

 

「はいはい。お遊び半分の演技はその辺にしておきなさい」

「絵里先輩ー、ストレッチ終わりましたー」

「じゃあ、次は私の指示通りに行動してね」

 

 それから、穂乃果達は絵里の言う通りに練習をしていった。

 やはり、ダンスに関して素人の俺達とは違い、絵里の指導は的確で厳しい。

 誰もが汗を流して辛そうな様子だし、花陽に至っては少しふらふらしている。

 

 しかし、本当に辛い内容のはずなのだろうが、誰一人として音を上げる事だけはしなかった。

 炎天下に晒されてじわじわと体力を奪われる中、一心不乱に絵里を見つめて練習をする。

 μ'sとして頑張っているのが楽しいという想いと、必ず廃校を阻止してやるという気概が全身から迸っていた。

 当然、絵里がその事に気が付かないはずがなく、どこか複雑そうな顔で呟く。

 

「私の目が曇っていたのかしらね……」

「絵里?」

 

 ノートにメモしながら声を掛けるが、絵里は首を振って答えなかった。

 全員の集中力が切れそうな所を見計らい、水を飲んで休憩と告げた後、彼女は海未を呼ぶ。

 

「どうしました?」

「あれが今の貴女達の全力?」

「そうですね。いつもより気合いは入っていると思いますが、実力としては大まかに変わらないです」

「そう。……そうね、次は一度、貴女達のダンスを見せてもらおうかしら」

 

 絵里がそう告げた瞬間、座って水分補給をしていたにこ先輩が勢いよく立ち上がる。

 

「とうとう来たわね! 今からあんたのど肝を抜いてやるんだか──」

 

 と、勢い込んだは言いものの。そんな急に動けば転んでしまう。

 案の定、にこ先輩は足をよろめかせてすてーんと尻餅をつく。

 

「──うぅ……お尻が痛いわ」

 

 お尻をさすっているにこ先輩を見て、なんとも言えない面立ちになる絵里。

 

「今の流れを見ているだけで不安になるんだけど」

「だ、大丈夫! にこ先輩はやる時はやるから!」

 

 拳を掲げて声を上げる穂乃果だったが、それはつまり普段はやらないという事だろうか。

 いや、にこ先輩は常に後輩達の面倒を見ているし、いざという時は頼りになるけど。

 しかし、日常でのボケ担当と言えばいいか、お約束的なポジションと言えばいいか、やるべき時以外は頼りがいがあるかと言えば……どうだろうな。

 映画で出てくる事件が起きると急に頼もしく見える役、それに近い立ち位置じゃないかと思っている。

 

 と、俺の感想はさておき。

 当然、にこ先輩本人にも穂乃果の発言は聞こえており、ポツリと呟きを落とす。

 

「それ、フォローになってないわよ」

「ま、まあ休憩も終わりましたし、生徒会長にダンスを見せましょう!」

「……そうね」

 

 微妙な表情を浮かべたにこ先輩を筆頭に、μ'sの面々はそれぞれが位置を揃える。

 すると、キョロキョロと辺りを見回している花陽が、何かを察した素振りで目を丸くした。

 

「どうしたの、かよちん?」

「う、ううん。なんでもないよ」

「ほら、時間もないんだし早く見せてちょうだい」

「よし、みんな行くよ!」

 

 絵里に促され、現在練習中のダンスを披露していく穂乃果達。

 初めの頃と比べても、雲泥の差で技術が上達しているとわかるだろう。

 しかし、絵里は真剣な眼差しを崩さないまま。目を凝らして注意深く、μ'sの一挙手一投足を観察していた。

 やがてダンスが終わり、七人の少女は一様に息を乱して窺う顔色で絵里を見つめる。

 

「ど、どうでしたか?」

 

 穂乃果の声で絵里は我に返ったのか、瞼を閉じて小さなため息を漏らす。

 そして、見ていられないと言わんばかりに首を横に振った。

 

「駄目ね。全然なってないわ」

「なっ、それはどういう事よ!」

 

 片目を開けて声を荒らげるにこ先輩を一瞥した後、絵里は人差し指を立てて言う。

 

「確かに、短期間でここまで成長したのは凄いと思うわ。でも、これじゃあオープンキャンパスにとてもではないけど見せられない」

「そんな……」

「納得いく理由があるんでしょうね?」

 

 悲しげに俯く花陽に、視線を鋭くして絵里を睨む真姫。

 凛も納得がいっていない顔をしており、μ'sの面々から剣呑な空気が流れだす。

 対して、絵里は立てていた指を下ろし、次いで素早い動きで腕を広げた。

 一連の動作に、品が宿る。指の先まで計算尽くされた優雅さ。ただ腕を振ったとは思えず、場の全員が絵里の動き一つに呑まれてしまう。

 

「今の動きを見てどう思った?」

「えっ……?」

「何か感じなかったかしら?」

「えぇと。凄く綺麗でした」

 

 戸惑い気味に答えることりに、絵里は頷いて説明を続ける。

 

「いい? 貴女達のダンスには、緊張感というものが足りてないわ」

『緊張感?』

「そう、神経一本に至るまで意識が向いていないの。今の貴女達のダンスなんて、糸で吊られたマリオネットさながらのカクカクした動きでしかないわ」

 

 絵里が強い口調で断言すると、思い当たる節でもあるのか、穂乃果達は各々が考え込んでいる様子を見せた。

 

「言われてみれば、そうかも」

「うん。振り付けや歌ばっかに意識が向いていた気がする」

「ダンスという物はね、指先一つで観客を魅せる芸術なのよ。足の位置が数センチズレるだけで、観客の心を震わせる事ができなくなるわ」

 

 流石はバレエをしていた経験だろうか。

 絵里の言葉一つ一つには重みがあり、誰もが神妙そうな顔立ちで頷いていた。

 対する俺も、絵里の話を聞いて頭を殴られたような気持ちになる。

 

 今まで基礎練や振り付けを重視していたが、絵里の言うような所まで目を光らせていなかった。

 ただ踊るだけで穂乃果達は魅了していたし、歌うだけで観客を感動させていたのだ。

 やはり、素人の練習メニューではそこまで気が回らなかったか。

 絵里ならではのアプローチであり、それは彼女でしか気が付かなかったもの。

 改めて、絵里にダンスの指導を頼んで良かった。

 

「ぐぬぬ。言い返せないわ」

「……まあ、ここまで言われっぱなしじゃあいい気分じゃないわよね」

 

 口をへの字にしているにこ先輩を見て、柔軟体操を始めた絵里。

 

「生徒会長?」

「貴女達が納得できるように、私がダンスの実演をするわ。園田さん、頼めるかしら?」

「あ、はい。わかりました。ワンツー、ワンツー──」

 

 頷いて一歩前に出た海未が、手拍子を響かせていく。

 その小気味よい音に呼応して、絵里は軽やかな動きでダンスを披露。

 ポニーテールの金髪を靡かせ、毛先一本まで計算している踊りで、目を見開くμ'sの面々に見せつける。

 蒼天で遍く日輪と共に、屋上を即席のダンスホールへと変貌させていく。

 

 くるりと回ると、絵里の全身から珠の汗が飛ぶ。

 呆気に取られる俺達へと微笑みかけ、彼女は流麗な仕草で腕を振るう。

 絵里の周囲は汗で光り、キラキラと輝いていた。

 たたんとステップを刻めば、全身を駆使して俺達を幻想へと誘う。

 金の妖精が舞う度に、この場に香り立つ旋風が巻き上がる。

 

「すごい……」

 

 漏れた呟きは誰のものだっただろうか。

 しかし、そんな些細な事は誰も気にしない。

 今の俺達は、ただひたすら絵里に心を鷲掴みにされていたのだから。

 まだ太陽が顔を覗かせているはずなのだが、絵里の周りだけ薄暗く見え、それに反比例して彼女だけが色濃く光を発している。

 まるで、照明が降りた舞台の中央で、スポットライトに照らされているかのように。

 

 心から魅入っている中、絵里のダンスが変化する。

 バレエを彷彿させる綺麗な動きから、どこか見覚えのある心が熱くなる踊りへと。

 

「それって、START:DASH!!……?」

 

 はっと驚愕した声を上げた穂乃果に、絵里は微笑んで穂乃果の振り付けを再現。

 あの時はスクールアイドルを始めて間もなかったとはいえ、それでも穂乃果との差は歴然だ。

 それは、単純な技術というものではない。

 指先まで気を遣っているからこそわかる、観客を虜にするダンス。

 

 穂乃果達のダンスは、魂の輝きのようなもので俺達を感動させた。

 しかし、今の絵里のダンスは仕草一つで皆の心を震わせる。

 どちらが良いかとは言えない。あえて言うならば、どちらも魅了されるだろう。

 やがて、最後のポーズを取って絵里は止まり、軽く息を吐いてから不敵に笑う。

 

「貴女達には最低これぐらいできて貰わなきゃ、私はオープンキャンパスでのライブを許可するつもりはないわ」

『……』

 

 返事をしないμ'sを見て、彼女はどこか落胆した様子で眉尻を下げる。

 

「怖気づいたの? だとしたら、期待外れと言わざるを得ないんだけど」

「す……」

「す?」

 

 絵里がオウム返しに尋ねた瞬間、穂乃果の表情が爆発したかのように彩られた。

 

「すごいすごいすごいすごいっ! 絵里先輩凄すぎます!」

「ふぇ?」

 

 勢い込んで駆け寄り、絵里の手を握ってぶんぶんと振る穂乃果。

 対して、絵里は突然の事に驚いているらしい。

 素っ頓狂な声を上げ、なすがままだ。

 直後には、ことり達も彼女の元に集い、各々が感動したと話していく。

 

「上手いのは知っていましたが、生で見ると格段に違いますね」

「本当ね。正直、海未が褒めてたのもわかるわ」

「カッコよかったにゃー!」

「その、私も感動しました!」

「え、えーと?」

 

 戸惑う素振りでオロオロする絵里を見て、少し離れた場所にいた真姫がため息を漏らす。

 

「つまり、貴女のダンスに魅せられたって事よ」

「そうだよ! 絵里先輩、これからも私達を指導してください!」

『お願いします!』

 

 進んで頭を下げた穂乃果に続き、皆も絵里に頼み込んだ。

 尊敬の念が篭ったその態度に、絵里は僅かに頬を緩めて口を開く。

 

「当たり前よ。これからもビシバシ指導するから、覚悟しておいてよ?」

『はいっ!』

 

 それから、更に気合いが入ったμ'sは、絵里の教えを進んで学んでいった。

 改めて、絵里を信頼できると確信したからだろうか。

 先ほどより、技術の呑み込むスピードが増している。

 

 とりあえず、第一関門は突破かな。

 絵里とμ'sの邂逅。そして、互いに尊敬し合えると認識する。

 μ'sは言わずもがなだし、絵里の方もある程度は認めただろう。

 よって、俺が次にするべき行動は、希先輩と保険をかけておくことだ。

 

 といっても、そんな大それた作戦でもない。

 絵里の気持ち次第で、この作戦の合否はほとんど決まるのだから。

 まあ、予想以上に上手くいきそうで良かったが。

 

 頭を振って気持ちを切り替えた俺は、μ'sに囲まれて少し嬉しそうな絵里の元に近づくのだった。

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