TS少女のラブライブ!   作:水羊羹

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第四十八話 下手の考え休むに似たり

「希先輩、調子はどうですか?」

 

 生徒会室を訪ねた俺は、書類とにらめっこしている希先輩に声を掛けた。

 その言葉に彼女は顔を上げ、柔らかい笑みを浮かべて頷く。

 

「今の所は大丈夫。特に大きな問題は起きていないし、後はオープンキャンパスを待つだけや」

「おお! そうですか。なんとかいけそうで良かったです。ところで、他の人達は?」

 

 辺りを見回してみても、室内にいるのは希先輩だけ。

 不思議に思って尋ねると、希先輩は目線を上げて顎に指を添える。

 

「えーっと、絵里ちが書いた提案を検討するために奔走しているから、かな?」

「ほー、絵里がですか。ちなみに、どんな?」

「亜里沙ちゃんと話し合ったらしいんやけど、制服の事とかスクールアイドルの事とかやね」

「へー、意外」

 

 まさか、あの絵里がそんな女の子らしい提案を持ってくるとは。

 いや、絵里が可愛かったり、今どきの女子っぽい感覚を持っているのは知っている。

 しかし、オープンキャンパスの時では、てっきり歴史についてとか堅苦しい内容を作ると思っていたのだ。

 

 感心した声を上げた俺を見て、希先輩も苦笑いを漏らす。

 

「最初は朝陽ちゃんが思ってた通りだったみたいやね。だけど、亜里沙ちゃんにダメだしされまくったから」

「ああ、なるほど。泣きそうな顔で亜里沙の提案を受け入れた絵里の顔が浮かびますね」

「ふふっ、違いない」

 

 二人で笑みを交わし合った後、真面目な顔に戻して本題に入る。

 

「希先輩の方はどうですか?」

「んー、まずまずって所かな?」

「運動神経いいですもんね、希先輩は」

「海未ちゃんのお蔭でもあるんやけどね」

 

 確かに、ダンス指導に関しては絵里に遅れをとるかもしれないが、それまでの実績を含めれば海未に任せても安心できるだろう。

 実際、希先輩の様子から順調のようだし。

 

「とりあえず、これでμ'sに加入しても即戦力になりそうですね」

「あはは、期待を裏切らないように頑張っちゃうよー」

「応援していますよ。……それにしても、絵里に黙ってていいんですか?」

 

 素直にバラせば、絵里的にも嬉しいと思うんだけど。

 そう思って問いかけると、希先輩は悪戯っ子のように頬を吊り上げる。

 

「だって、絵里ちの驚いた顔がみたいやん?」

「……相変わらずですね」

「うーん、褒めてもワシワシしか出せないんよ」

「いやいや、いらないですから!」

 

 そんな物は求めていない。

 第一、俺には男の意識があるって知っているんだから、希先輩がワシワシするのは色々と駄目だと思う。

 純粋な同性同士の楽しいじゃれ合い、ってわけでもないんだし。

 思わず後ずさる俺に、希先輩は肩を竦めて楽しげな眼差しを送る。

 

「それで、朝陽ちゃんのわるだくみはどうなん?」

「人聞きが悪いですね。皆が笑顔になれる素敵な作戦と言ってほしいです」

 

 ため息をついて苦言を申した後、俺は生徒会室の扉に手をかける。

 

「もう帰るん?」

「ええ。これから海未との打ち合わせがあるんで」

「そっか。じゃあ、最後に一ついい?」

「どうしたんですか?」

 

 振り向いて首を傾げる俺を見て、いやらしい顔つきで両手を動かす希先輩。

 

「前にも言ったよね。ウチの前では他人行儀の言葉遣いをしないでって」

「……あっ」

「お仕置きやね」

 

 語尾に音符でも生やすように告げた後、希先輩はゆっくりと立ち上がった。

 確かに、男の意識があるから云々の話はしたけど。したけども、まさかこのタイミングで掘り返すなんて。

 いやいや、ちょっと待って。今ここでお仕置きするの!?

 

 慌てて逃げようとドアノブを動かすのだが、焦っているからかガチャガチャと詰まり、上手く扉を開けられない。

 暫く四苦八苦していると、右肩に優しく手を置かれる。

 頬を引き攣らせてその方向に目を向ければ、満面の笑みを浮かべたワシワシガールと視線がかち合う。

 

「手加減して欲しいかなー、なんて?」

「それは無理な相談やね。という訳で、早速行ってみよう!」

「みぎゃー!?」

 

 結局、希先輩が満足するまで、俺はむちゃくちゃワシワシされてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……酷い目にあった」

「その、ご愁傷様です」

 

 命からがら部室に戻ってきた俺は、机の上に突っ伏していた。

 頭上から労るような海未の声が降り注ぎ、それにヒラヒラと手を振る事で応える。

 

「この体勢で申し訳ないんだけど、報告を聞いてもいいかな?」

「はい、構いません。といっても、後は穂乃果達が絵里先輩をμ'sに入れようと決めるだけですが」

「こっちも、絵里がμ'sに入りたいと思うだけの段階に来たよ」

 

 顔を合わせた時に話した限り、漠然とμ'sに羨望を向けていた絵里は、更にその想いを強くしていた。

 スクールアイドルは皆素人、という考えを捨てさせ、改めて自分もあの人達と一緒に輝きたいと思わせる。

 そんな流れにしようとしていたのだが、上手くいきそうで良かった。

 

 海未と考えた作戦。

 簡単に言うと、絵里と穂乃果達μ'sの橋渡しだ。

 ある程度素直になれたとはいえ、今までの気持ちから絵里がμ'sに入りたいと言えるわけがない。

 また、μ'sサイドも絵里の事をよく思っていない可能性があり、結果としてμ'sが九人にならないかもしれなかった。

 だから、俺は絵里のダンスを見た海未を引き込み、こうして上手く互いが尊重し合えるように取り計らったのだ。

 

 絵里本人はこの作戦は概要しか知らず、代わりに希先輩が把握している。

 特に、彼女の場合は海未からオープンキャンパスに向けてダンスレッスンを受けており、心構えなら誰よりもできているだろう。

 

「一応、絵里先輩にはオープンキャンパス用の振り付けを教えておきましたが」

「薄々察してるんじゃないかな。絵里もμ'sに入れようとしているって」

 

 実際、昨日の電話では振り付けの練習をしているって聞いたし。

 どうやら、予想以上に絵里はμ's加入に前向きのようだ。表面上はμ'sに入りたくない風を装っているが。

 だから、口では色々と言いつつも、いつ誘われてもいいように練習しているのだろう。

 考えている内に身体が落ち着き、起き上がって海未と目を合わす。

 

「もう大丈夫なのですか?」

「ん、なんとかね。本当、希先輩のワシワシには困ったもんだよ」

「そうですね、本当に」

 

 嫌に切実に同意してくる海未に、俺は不思議に満ちた面持ちを向ける。

 

「あれ? 海未って、希先輩にワシワシされた事があったっけ?」

 

 そう尋ねると、口許には苦虫を噛み潰したような色を、しかし瞳には虚無感を含ませるという器用な表情を覗かせた海未。

 

「ええ、ええ。希先輩とはダンスの振り付けの時に少し……後輩との親睦を深めるためとかのたまい、私のむ、胸を……胸を……!」

「もういい、いいんだ海未!」

 

 虚ろな目でやじろべえの如く頭を揺らす海未を見て、俺はいたたまれない思いで目頭を押さえた。

 お前もやられたか、海未よ。希先輩のワシワシは、正直言って悪癖のレベルだと思う。

 いやまぁ、あれが希先輩なりのコミュニケーションだとはわかっているが。

 それでも、やられる方の身からすれば、色々と辛いものがあるんです。

 

 暫く希先輩被害者の会を開いていると、部室の扉が開いてにこ先輩と花陽が現れる。

 

「邪魔するわよ」

「えっと、こんにちは」

「どうしたんですか、二人とも? 屋上で練習していたのでは?」

 

 練習着姿の海未が告げた通り、俺達は作戦会議するために屋上を抜けだしていたのだ。

 他のμ'sの面々は、絵里に指導されているはずなのだが。

 首を傾げている海未を見て、にこ先輩は腰に手を当てて俺にジト目を向ける。

 

「今回の首謀者はあんたでしょ?」

「しゅ、首謀者?」

 

 いきなり黒幕にされた俺とは一体。

 思わず困惑していると、隣にいた花陽が海未に声を掛ける。

 

「海未先輩。絵里先輩をμ'sに誘うつもりですよね?」

「……どうして、そう思うんですか?」

「問い返しは肯定と受け取るわよ」

 

 そう告げると、にこ先輩はどっかりと椅子に座り込む。

 どうやら、俺達から詳しい話を聞くまで、屋上に戻るつもりはないらしい。

 花陽もおずおずといった様子で腰を下ろし、自然と二人から注目される事になる。

 

「それで、絵里についてだっけ?」

「バレるようなミスは犯していないつもりだったんですが」

 

 不思議そうに首を捻る海未を尻目に、頬杖をついたにこ先輩が花陽に目を向けた。

 

「それに気づいたのは花陽よ」

「あ、はい。その、オープンキャンパス用のダンスを練習している時、ふと思ったんです。私達のダンスの立ち位置が、九人用だって」

「改めて、花陽から話を聞いた私も納得したわ。ダンスをする本人視点だと気づきにくかったけど、一歩引いた観客視点だと私達の並び方に歪さが見えるからね」

 

 言われてみれば、なるほどと大いに頷ける回答だ。

 確かに、海未はあらかじめ九人用の振り付けにしていたので、いつかはμ'sの面々も察するとは思っていた。

 しかし、まさか練習を始めてこんな早く勘づくとは。流石はアイドルに詳しい花陽といったところか。

 

 内心で感心しながら、俺は海未と目を合わせて首を縦に振る。

 

「花陽の推測通りだよ。私達は、絵里がμ'sに加入して欲しいと思ってる」

「ふぅん。それで、話の流れからもう一人は希って感じかしらね」

「ご明察です、にこ先輩」

「こんなの少し考えれば誰でもわかる事よ」

 

 鼻を鳴らしてため息を漏らしたにこ先輩は、流し目で俺を捉えて言葉を繋ぐ。

 

「で?」

「で、とは?」

「決まってるでしょ。あいつらについてよ、あいつらについて。素直にμ'sに入ってくれるとは思えないんだけど」

「……にこ先輩は、絵里達がμ'sの一員になるのに賛成ですか?」

 

 俺の問いかけを聞き、彼女はどこか悔やむ様子で下唇を噛んだ。

 

「賛成よ。あいつがいればμ'sを更に良くしてくれるでしょうし、ダンスの知識を見てもあいつ以上に相応しい人はいないわ」

「なら、どうしてそんな悔しそうなんですか?」

 

 言葉とは裏腹に、にこ先輩の表情は明るくないのだが。

 海未達も気になっているのか、自然と全員で彼女が話すのを待つ。

 沈黙が室内を支配した後、にこ先輩は自嘲が含まれた笑みを浮かべる。

 

「二年前。二年前に、あいつと一緒にスクールアイドルができていたら、もしかしたら未来が変わったのかもって思っちゃっただけよ。まったく、いつまでも過去を振り切れていなくて情けないわ」

 

 にこ先輩……。

 恐らく、彼女が言っているのは、前のスクールアイドルについてだろう。

 夢と希望に溢れていた日々と、仲間達が去っていった悲しみ。

 俺は当時を見ていないので、気安く言葉を返す事ができない。

 

「その、にこ先輩!」

「花陽……?」

 

 二の句を告げないでいると、瞳に力を入れた花陽が声を上げた。

 指を絡めてモジモジしながらも、確固たる決意を滲ませて口を開く。

 

「私は当時のにこ先輩の気持ちがわかるなんて言えません。でも、今のにこ先輩が楽しそうだって事は言えます。だから、昔より今を見てください。今、絵里先輩と一緒にスクールアイドルをやりましょう!」

 

 その思いの吐露をぶつけられ、目を丸くして驚きを露わにしたにこ先輩。

 確かに、花陽の言う通りだろう。

 少なくとも、現在のにこ先輩はスクールアイドルとして輝いている以上、過去のIFなんて考えるだけ無駄な内容だ。

 今考えるべき事は、絵里達がμ'sに入った後の未来なのだから。

 

 にこ先輩も同じ結論に至ったのか、頬杖を解くと肩を震わせていく。

 

「そう、ね。前の事を考えているなんて、私らしくなかったわ。よし、そうと決まったら話は簡単。さっさと、あいつらをμ'sに加入させるわよ!」

「はいっ!」

 

 と、喜ぶのはいいんだけど。

 まずは、穂乃果達に賛同を得てからではないと、絵里達に話を通せない。

 

「あの。とりあえず、絵里先輩の加入には花陽も賛成という事でいいんですよね?」

 

 手を上げて尋ねてくる海未に、にこ先輩はポンと手を打って。

 

「あ、そうそう。その事なんだけど。もう穂乃果達全員には言っておいたから」

「は、え?」

「あー、もう察しが悪いわねぇ。だから、あいつ……絵里のμ's加入に関しては、既に手を打っているから。後は絵里達本人に伝えるだけ」

 

 いつの間に!?

 互いを刺激しないよう、俺達は慎重に作戦を遂行していたのだが。

 気が付けば、にこ先輩が上手く纏めてくれていた。

 

 ……なんというか、俺の立つ瀬がないな。

 いやまぁ、時間短縮という意味では、助かったのは間違いないんだけど。

 

 微妙な心境を抱いていると、目を点にした海未が花陽の方に顔を動かす。

 

「つまり、私達の動きは無駄だった……?」

「そ、そんな事はないと思います。海未先輩が絵里先輩に合わせてくれたから、こうしてスムーズに穂乃果先輩達にも話せたんですし」

「……まあ、そういう事にしておきます」

「そもそも、なんでこんな回りくどい真似をしているわけ? 誘いたいなら、さっさと誘えばいいじゃない」

 

 眉根を寄せたにこ先輩は、そう告げると立ち上がった。

 全員の視線が集まる中、特に気にする素振りも見せないまま、彼女は部室のドアノブに手をかけて顔だけ振り向く。

 

「にこ先輩?」

「面倒だから、もう私がさっさとあいつに言っておくわ」

「へ!?」

「じゃあ、あんた達も後で来なさいよー」

 

 突然の言葉に動けないでいる俺達を尻目に、にこ先輩はヒラヒラと手を振って去ってしまった。

 なんか、にこ先輩がにこ先輩たる所以を垣間見た気がするな。

 ウジウジとする俺と比べ、即断即決で頼りになるところとか……って!

 

「私達も追いかけよう!」

「あ、そうです! 待ってください、にこ先輩!」

「ま、待ってくださいー!」

 

 慌てて腰を上げた俺達も、にこ先輩を追って屋上に向かうのだった。

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