「──見て見てこれ!」
「どうしたのですかいきなり」
改めて廃校阻止する事を決心した時から一日経って。
昼休みになるのと同時に、穂乃果が瞳を輝かせて何かを机に置いた。
昨日、あれから皆で色々と調べたのだが、廃校を阻止するための実績等を見つけられなかったのだ。
その事で気落ちしていた俺達は、穂乃果が机に置いたものにとりあえず目を向ける。
「今スクールアイドルってのが流行っているんだって!」
「わぁ〜! この衣装可愛い!」
穂乃果が机に置いたのは、やはりと言うべきかスクールアイドルの雑誌だった。
一体どこから持ってきたのかとか気になる事はあるが、それは大して重要ではないので置いておこう。
あ。ことりが残像が見えるほど素早く雑誌を手に取り、顔を輝かせて食い入るように読んでいる。
ことりは服が好きだからなあ。何度ことりの着せ替え人形の餌食になりかけた事か……まあ、大抵は海未を
「でねでね! このスクールアイドルをやれば──」
「穂乃果、海未が消えたみたいだよ」
「──へ?」
机を何度も叩いて鼻息荒く告げる穂乃果にそう答えれば、彼女は素っ頓狂な声を上げて教室内を見渡していく。
しかし、教室内のどこを見ても海未の姿はない。
やがて、穂乃果は何かに気が付いたように教室を飛びだしたので、未だにトリップしていることりを促して俺達も追随する。
「あ、海未発見」
「海未ちゃんどこ行くの!」
「はぅっ!」
廊下を素早く見回している穂乃果と一緒に俺も海未を探すと、気配を殺してここから離れようとしていた姿を見つけた。
そして、俺に数瞬遅れて見つけた穂乃果は鋭く叫び、それを聞いて海未は可愛らしい声を上げて肩を震わせた。
暫くすると、俺達に見つかって逃げられないと悟ったのか、海未はゆっくりと振り返りぎこちない笑みを浮かべる。
「どこに行こうとしていたんだい?」
「わ、私は少し用事がありまして」
「聞いてよ海未ちゃん! 穂乃果凄い事を思いついちゃって──」
「はぁ……皆でスクールアイドルをやる、ですよね?」
「──すごーい、なんでわかったの!? 海未ちゃんってもしかしてエスパー?」
「話の流れから誰でもわかります!」
で、スクールアイドルをやりたくないから海未は逃げだした、と。
確かに、スクールアイドルをするのは恥ずかしい。
でも、海未の場合は散々ポエムを作ったり、一人でポーズを決めていたりしているからな。
正直、一番スクールアイドルに向いているのは海未だと個人的に思う。
そんな事を考えていると、海未がジト目でこちらを見ているのに気が付く。
「どうしたのかな?」
「いえ、朝陽が生暖かい目で私を見つめていたので」
「ああ、その事か。実は今、海未がスクールアイドルに向いていると考えていてね」
「なっ! と、突然何を言いだすかと思えばそんな戯言を」
「戯言じゃないよ。ことりもそう思うよね?」
頬を紅潮させて否定する海未の様子に、俺がいまだに雑誌を眺めていることりに同意を求める。
すると、ことりは視線を上げて無言で海未を見つめだす。
そんなどこか品定めするようなことりの視線を受けて、海未は警戒するように徐々に後ずさっていく。
「な、なんですか」
「……うん、海未ちゃんはこの服が似合うと思うな」
「わぁ、本当だ! 海未ちゃんにとっても似合いそうだよ!」
「穂乃果達は何を言っているのでしょうか……た、楽しそうです」
そう告げると雑誌のあるページを俺達に見せることり。
そのページはいわゆるステージ衣装を紹介しているコーナーで、確かに海未が着れば凄く似合いそうだ。
俺と一緒に雑誌をのぞき込んだ穂乃果は、感嘆の声を上げて笑顔で頷く。
そんな俺達のじゃれ合いを見て興味が湧いたのか、海未はどこか恐る恐るといった様子で近づいてきた。
その瞬間、穂乃果とことりの表情が悪どい顔に変わる。
ああ、これは海未を釣るための餌だったのか。穂乃果達も中々ずる賢いな。
「これなんかもいいと思うな」
「あ、本当だ。流石ことりちゃんだね!」
「わ、私にも見せてくだ──」
「かくほー!」
「えーい!」
「──は、嵌めましたね!?」
充分こちらまで海未が近づいた事を確認した穂乃果は、ビシッと海未を指差し号令を掛けた。
それを合図にことりが気の抜けた声を上げながら海未に抱きつき、穂乃果もそれに続く。
そして、海未は穂乃果達に騙された事にやっと気が付いたようで、心なしか涙目になってジタバタと暴れだす。
しかし、暫くして穂乃果達の拘束から抜けだせないと理解したのか、海未は唯一静観している俺へとどこか縋るような眼差しを送ってくる。
「あ、朝陽は助けてくれますよね? 困っている幼馴染みに手を差しのばしてくれますよね?」
「朝陽ちゃんわかってるよね?」
「ことり達が今すべき事は何か」
不安げな表情で見上げる海未に、楽しげに笑う穂乃果とことり。
三人に見つめられた俺は、安心させるようににっこりと微笑む。
すると、海未はぱあっと顔を輝かせてキラキラとした瞳で見つめてくる。
「あ、朝陽……!」
「うん、教室に連行しようか」
「イエッサー!」
「大人しくしようね海未ちゃん〜」
俺が告げた言葉に海未はがっくりと項垂れた。
それに対して、穂乃果達は嬉々といった様子で海未を教室に引きずっていく。
その哀愁漂う海未の背中を視界に入れながら、俺も穂乃果達の後を追いかけるのだった。
海未拉致事件から時間が経って、その日の放課後。
現在、俺と穂乃果は屋上で流れる雲を見上げていた。
横目でさり気なく確認してみれば、穂乃果にしては珍しく落ち込んでいるようだ。
まあ、あれだけ海未にはっきりと否定されたらな。穂乃果の気持ちもわからないでもない。
「海未に言われた事が心に響いたのかな?」
「うっ……朝陽ちゃんもエスパー?」
「ふふふ、エスパーではないよ。ただ、長い付き合いだからなんとなくわかるだけさ」
「そっか……」
そう呟いたきり黙り込んだ穂乃果。
どうやら思ったよりも重症なようだな。
まあ、即断即決をモットーとしている穂乃果に対して、海未は石橋を叩いて渡るような慎重な性格だ。
そして、冷静な判断が得意な海未の指摘はもっともでもある。それがわかっているからこそ、穂乃果は落ち込んでいるのだろう。
……あんまりこういうのは得意じゃないんだけどな。
「穂乃果は甘いです」
「うっ」
「スクールアイドルとは本物のアイドルのように真剣にやってきた人達なのです」
「ううっ!」
「穂乃果のような好奇心だけでやっていけるほど──」
「や、止めてー! これ以上穂乃果を虐めないで朝陽ちゃんー!」
俺が海未に告げられた内容を口にする度に穂乃果は肩を震わせていき、やがて耐えきれなくなったのか涙目で縋りついてきた。
ちょっと意地悪しすぎたかな。
まあ、今の内容を穂乃果が理解している事が改めてわかったので、これから本題に入るとしよう。
「すまない。少々からかいすぎたね」
「もー、朝陽ちゃんって時々意地悪になるよね」
「そうかな? ……それで、穂乃果はどうするんだい?」
「えっ?」
目を瞬かせる穂乃果に向けて、言い聞かせるように口を開く。
「穂乃果の考えは、海未に言われただけで諦めるような簡単なものだったのかな?」
「そ、そんな事ない! 穂乃果なりに一生懸命考えたんだもん!」
そう叫ぶと力強く俺を見返す穂乃果。
その強い意志を感じさせる穂乃果の煌めく瞳に、思わず笑みが漏れつつ続きの言葉を告げる。
「なら、穂乃果はこんな所で油を売っていていいのかな?」
「油を売る? 穂乃果は油なんて売っていないよ?」
「……まあ、いつもの穂乃果で良かったよ」
「えへへ、そうかな……あれ、何か聞こえない?」
「そうだね、ピアノの音かな?」
不思議そうに辺りを見渡している穂乃果に対して、俺はこの音に大体の見当がついていた。
恐らく、このどこか惹き込まれるようなメロディーは、西木野の伴奏に歌声だろう。
実際に西木野の生演奏をこの耳で聴くのは初めてだったが、やっぱり彼女は凄い。
ここまで圧倒的なセンスを感じさせると、もはや天職のように感じるな。
「ピアノ……はっ! 穂乃果今からこのピアノの人に会ってくるね! 励ましてくれてありがとう!」
「私は穂乃果の背中を少し押しただけだよ。また明日」
「それでも、だよ。またね朝陽ちゃん!」
何か考え込む仕草を見せていた穂乃果は、やがて笑みを浮かべると俺にそう告げて屋上を去っていった。
その見ているこっちを元気にさせるような笑顔に癒されつつ、俺は再び雲を眺めながら口を開く。
「それでいるんですよね──東條先輩?」
「あはは、バレちゃったかー」
俺がそう呟いてから暫く経つと、屋上の扉が開いて中から東條先輩が出てきた。
そのまま東條先輩はゆっくりとこちらへと歩み寄り、俺の隣に腰を下ろして一緒に空を見上げる。
「絵里の様子はどうでしたか?」
「んー、朝陽ちゃんの心配した通り絵里ちは昨日寝ていないみたい」
「やっぱり……ちなみにどうやって確認を?」
「んん? 知りたい?」
視線を東條先輩に移して尋ねれば、彼女は悪い笑みを浮かべて手をワキワキさせていた。
ああ……ワシワシされたのか。絵里も可哀想に。
「いえ、その手つきで大体予想がつきました」
「なんや、朝陽ちゃんはノリが悪いなー」
「東條先輩が自重しなさすぎなんですよ」
「ほほー、朝陽ちゃんも中々辛辣やね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
俺がそう返すと苦笑いする東條先輩。
それから暫しの間雑談を交わしていると、不意に東條先輩が真面目な顔つきに変わる。
「なあ、朝陽ちゃん」
「なんですか?」
「ウチと出会ってからそろそろ一年が経つんだけど、知ってた?」
「そうですね、絵里に紹介された時が切っ掛けですものね」
あの時の絵里は可愛かったな。
ドヤ顔で『朝陽! 私にも同年代の友達ができたのよ! どう、これでもうボッチじゃないでしょ?』なんて言うもんだから、その場にいた東條先輩と二人して噴きだしたのは記憶に新しい。
突然笑いはじめた俺達を見て、オロオロとしていた絵里の姿に、更に笑いが止まらなかったし。
結局、あの後は事情を理解して不貞腐れた絵里にチョコを奢る事になったんだっけ。
初めて東條先輩とあった時を思い返していると、その当の本人は何やら口を尖らせていじける様子を見せている。
「そろそろウチも絵里ちみたいに名前で呼んでほしいんや。ウチら、友達やろ?」
「でも先輩を名前で呼ぶなんて」
「絵里ちは名前で呼んでるやん」
「東條先輩でもいいじゃないですか」
「……」
「東條先輩?」
「……」
俺の言葉に東條先輩が反応しなくなったので、不思議に思い再度問いかけるも、やはり無言。
「おーい、東條先輩ー?」
「……ツーンや」
自分で擬音を言っているよ……それに、その語尾は取らないのか。
まあ、今の反応で大体察しはついたけど。東條先輩って意外と可愛らしい所もあるんだな。
「……希先輩?」
「ん? なんや朝陽ちゃん? ウチになんでも聞いて」
俺が名前で呼んだ瞬間、背けていた顔を戻して東條──希先輩は満面の笑みを浮かべた。
なんというわかりやすい反応。よっぽど名前で呼ばれたかったんだな。
「では改めて、希先輩」
「うん」
「絵里の事をよろしくお願いします」
姿勢を正してから頭を下げ、俺は希先輩に頼み込んだ。
俺が頼むのは筋違いだというのはわかっているし、絵里にとって余計なお世話かもしれないのも理解している。
でも、学年が違う関係上絵里と会える時間は必然的に少ない。
それに、これから穂乃果達と一緒にいると対立する事もあるだろう。
だから、同じ学年で絵里をよく見ている希先輩が、一番適任なのだ。
希先輩なら絵里をしっかり支えてくれるはずだ。この一年の付き合いでそれなりに理解しているつもりだし。
そんな事を思いつつ顔を上げると、呆れた表情を浮かべた希先輩が目に入る。
「あんなー、朝陽ちゃん。そんな事言われなくても、ウチは絵里ちを支えるつもりやで」
「それでもです。これは私なりのケジメですから」
「……なるほどなぁ。朝陽ちゃんも色々あるんだね」
今、一瞬だけ希先輩が複雑そうな顔をした気がするのだが、気のせいだったか?
「まあ、私にも事情がありますので」
「うんうん。女の子は秘密がある方が魅力的やからね」
「それとは違うと思いますけど……」
「そうかな? ……さて、ウチはそろそろ行くな」
そう告げると立ち上がってお尻をはたいていく希先輩。
その様子をぼんやりと眺めている間に、汚れを落とし終わった希先輩は、俺へと向き直る。
「どうしました?」
「あんまり思いつめちゃ駄目や。朝陽ちゃんはもっと肩の力を抜く事を覚えな」
「……忠告、ありがたくいただきます」
「……ほな、またな」
最後になんとも言えない表情で俺を一瞥した後、希先輩は屋上から去っていった。
それを見送った俺は、なんとなく動く気にもなれず空をぼーっと眺める。
「──肩の力を抜く、か」
今の心境を表すかのように、夕焼け空が曇っていくのだった。