色々あった林間学校。これでよかったとは思わない。間違いなく最悪な選択肢を選んだのだろう。しかし、あれが今の自分にできる最善か……などと自問自答しているうちに、いつの間にか窓の外は見慣れた景色に変わっていた。
すると、車内に可愛らしい声が響いた。
「あっ、平塚先生!小町達はこの辺りで大丈夫です」
小町からいきなりの提案。この辺りは普段の買い物をする場所ではないし、できればもうちょい家に近い場所のがありがたいんだけど……。
しかし、こちらが口を開く前に、車は既にスピードを緩めていた。
「よし、二人ともお疲れ様。気をつけて帰れよ」
「いえいえ、こちらこそ。お疲れ様で~す♪」
「お疲れ様です……」
仕方ないので、皆に軽く挨拶して渋々降りると、誰かがとてとてと駆け寄ってくる足音が聞こえた。
その音に目を向けると、誰だかすぐにわかった。
「八幡さんっ、小町ちゃんっ、おかえりなさいっ♪」
「……お、おう」
「ただいま~!」
鮮やかな金髪。宝石のような碧い瞳。雪のように白い肌。無邪気な笑顔。
絢瀬亜里沙は、今日も惜しみなく凄まじいまでの魅力を振り撒いていた。
「いや~、亜里沙ちゃん、今日も可愛いね~♪疲れが吹き飛ぶよ~」
「あははっ、ありがとう♪小町ちゃんも林間学校お疲れさまだね」
キャッキャとはしゃぐ二人を見ていると、なんか一つだけ足りないことに気づいた。
「……ひとりで来たのか?」
「えっ?あっ、雪穂~。なんで隠れてるの~?」
「いや、べ、別に……」
何故か建物の陰からこちらを窺いながら、高坂雪穂はこちらを見ていた。
しかし、亜里沙が手招きすると、観念したようにゆっくりと歩いてくる。
途中、ふわりと吹いた風に短めの髪がさらさらと靡き、それがやけに彼女を大人っぽく見せた。
そして、目が合うと今度は年相応の幼さの混じった、でも少し硬い笑顔を見せた。
「こ、こんにちは……」
「……おう」
「…………」
「…………」
こちらも何故か言葉がうまく紡げない。何がそうさせるかはわからないが、とにかく今は他愛のない会話なんてものも難しい気がした。
彼女も同じ気まずさを感じているみたいで、目線を斜め下に逸らして苦笑いをしている。
すると、手首に彼女の手の柔らかさが蘇ってきた。
……落ち着け。きっと林間学校でのあれこれで疲れてるんだろ。
それに、こっちは年上なので、形だけでもしっかりしておかねば。
「……久しぶりゅ……」
「…………」
……噛んじゃったよ。マジか。
自分で言っといてなんだが、言うほど久しぶりでもないからね?
恥ずかしさで自分の顔が熱くなっていくのを感じていると、雪穂がクスクスと笑いだした。
「……ふふっ、今噛みましたね?しかも、そんな久しぶりじゃないですよ?」
「悪い……」
「あ、謝らなくても大丈夫です!それと……おかえりなさい」
「あ、ああ……ただいま」
「あの……二人していつまでやってんの?」
「見てるこっちが恥ずかしいよ~」
「「っ!」」
小町と亜里沙の声に、はっと我にかえる。いかん。いくらなんでも考えすぎだろう。家に帰って、非モテ三原則を復唱しよう……変な空気に飲まれんように。
そこで、何故かまた視線を感じた。
「…………ん?」
目を向けると、平塚先生の車はまだ停まっていて、窓から由比ヶ浜と戸塚がじーっとこっちを見ていた。
……いや、まだいたのかよ。てか平塚先生、何面白そうにしてんですか。
*******
家に帰り、ようやく人心地つくと、小町は大きく伸びをした。
「ん~♪よしっ、じゃ、荷物を家に置いたから出かけよっか」
「うんっ、出かけよっか」
「おう、気をつけてな」
「…………」
小町がじ~っと見つめてくるが、今はそんな体力はない。ないったらない。むしろ、お前は何でそんな体力あるんだよ。
すると、すぐさま示し合わせたように、亜里沙と悪戯っぽい笑顔を作った。
「そっかぁ、じゃあ小町達だけで出かけるしかないか~」
「だね~。でも、八幡さんが一人だと寂しいだろうなぁ~」
「…………」
「え?え?」
何だか先の展開が読めてきた気がする……雪穂はどちらかわからないが、小町と亜里沙を交互に見比べていた。
「じゃあ、お兄ちゃん。一休みしてから、千葉に来てね~」
「雪穂、八幡さんとゆっくりしてから千葉に来てね~」
二人はどたばたとリビングを出ていき、あっという間に炎天下へ飛び出した。
俺と雪穂は、その様子をポカンと見つめてから、顔を見合わせ、苦笑いをした。
「あはは……何だかあっという間に行っちゃいましたね」
「……ああ。てか、なんか悪いな」
「大丈夫ですよ。私もゆっくりしたかったですし。あっ、じゃあ私、クッキー持ってきたから食べませんか?」
「そっか……じゃあ俺はお茶でも淹れてくるわ」
*******
それから、しばらくクッキーをつまみながら、夏休み中のあれこれについて話した。
「ふふっ。八幡さん、家にいてばかりじゃないですか」
「……いや、皆出かけてるから、誰か留守番してたほうがいいだろ。防犯面考えたら」
「防犯の為に何をしてるんですか?」
「……防犯のシミュレーションゲームだよ」
「じゃあそういうことにしてあげますね」
「ああ、そういうことにしといてくれ」
「じゃ、じゃあ……」
急に雪穂が視線を明後日の方向に向け、何やらもじもじと気まずそうに指を絡ませていた。
「?」
「今度でいいから千葉を案内してくれませんか?それか……た、たまには東京に来ればいいんじゃないですか?」
そう言いながら、微かに頬を染める彼女に胸が高鳴るのを感じた。よくわからんが、そういうのは反則じゃないんですかね……。
とりあえず頷いておいた。いや、それしかできなかった。
「……そ、そうだな」
噛みながら返事したところで、欠伸がでた。今朝もかなり早く起きたからだろう。車の中では平塚先生と話していたので寝てないし。
すると、雪穂が優しい微笑みを見せた。それは、季節外れの雪を溶かすような温かさを含んでいた。
「疲れてるなら少し横になっていいですよ?私は読書してますんで」
「ああ、そっか、悪い……」
それから、二、三回言葉のやりとりがあった気がする。
彼女の声を聞いているうちに、俺は自然と眠りに誘われていった。