見渡す限りの女、女、女。
教壇の上に立たされる俺に好奇の視線が突き刺さる。芸能人はこんなものを軽くいなしているのかと考えると、感心するばかりである。
席の中央かつ先頭に座る一人目……確か織斑一夏っていったか。
そいつは俺をさながら救世主でも見るかのような目でこっちを見ていた。あんまり目を輝かせているので一瞬ホモかと思ったぜ……まぁ、立場が逆だったらと思うとわからないでもないけど。
「えーと……皆さんもご存知かと思いますけど、二人目の男の子です。自己紹介をどうぞ」
「ど、ども。十和田禊です。漢数字の十に、平和の和と田畑の田で十和田で、禊って書いてケイって読みます。よ、よろしくお願いします」
一礼して、頭を上げると……あ、あれ?終わってない?
何故か期待に満ちた視線が俺に向けられている。
くっ……これが転校生あるあるというやつか。特に面白い事を話せるわけでもないのに、何故か面白い話を要求される。無理に決まってるだろ、俺は芸人じゃないんだぞ。
視線で織斑に助けを求めると、サムズアップで返された。成る程、自分が通った道だと言いたいわけか。なら、助けてくれてもいいと思うんだがな。
はぁ、と一つ息を吐く。そして再度息を吸い、思い切って口にした。
「以上!」
がたたっ。
織斑含め、クラスの大半の人間がずっこけ、そして副担任らしい山田っていう先生は、苦笑いを浮かべていた。
「はぁ……何故男共は揃いも揃って、自己紹介でしでかすのか。お前達、まさか狙ってしているわけではあるまいな」
腕組みをして、ため息混じり頭を振ったのは、このクラスの担任らしい先生。なんと、あの織斑千冬らしい。ブリュンヒルデの名を冠し、ISに乗れば常勝無敗。その神話を破れるものは存在しないとまで謳われたあの伝説のIS操縦者。ここ数年。未だに憧れの女性ランキングのトップを維持し、外国でも彼女の名前を知らない者は田舎者とまで言われる始末。おそらく歴史の教科書なんかに載ること間違いない人物だ。俺達みたいな物珍しいだけの存在とは違う。
「まあいい。諸君も知っているとは思うが、十和田は織斑に続く二人目の男性IS操縦者だ。発表されたのがちょうど一週間前。入学するまでの予習をする期間はなかったが、それでも特別扱いをするつもりはない。あくまで十和田も一生徒だ。それらを踏まえた上で、同じ男子であり、クラス代表でもある織斑を筆頭に十和田をサポートするように。以上だ」
パン、と手を叩くと、それが終了の合図なのか、織斑先生と山田先生は踵を返して、教室を出て行ってしまった。
うーん。流石はエリート校。諸事情で遅れたと言っても、特別扱いはしないらしい。
「十和田!……で、良いんだよな!?」
「うぉっ!?お、おう。別に十和田でも禊でも良いけどよ……」
「俺は織斑一夏!よろしくな!俺の事は一夏って呼んでくれ!織斑だとややこしいしな!」
「それは良いけど………なんでそんなにテンション高いんだ?」
しかも超笑顔だし。
「だって俺しか男がいなかったのに、一人とはいえ同じ男子が増えたんだぜ!?嬉しいに決まってる!」
「あ、あー、そうか………一応聞くけど、ノーマル、だよな?」
これで違うって返されたら、俺チャラ男扱いされても良いから女子に近づくわ。後、こっち見てる君達。その腐った妄想垂れ流しでこっちを見るのはやめてください。心が死んでしまいます。
「ん?ノーマル?よくわからないけど、よろしくな」
どうやら意味が伝わらなかったらしい。となると、その手の質問をされたことがないってわけか……グレーゾーンだが、まだ白よりだな。隠すのが上手かったら、俺終わるけど。
「いやぁ、本当に良かった。女子ばっかりで肩身が狭くてさ。同室も幼馴染って言っても、女子だから辛いのなんのってーー」
「……悪かったな。私が同室の相手で」
やや怒りを秘めた低い声が、横から飛んできた。
一夏は肩をびくっと震わせると、一歩退いてそっちを向いた。
そこにいたのは長い黒髪を後ろで結った女の子。やや吊り上がった目つきと相まって、不機嫌そうな感じが滲み出ている。
「なんだ、一夏。言いたいことがあるなら、もっと言えばいい。私は気にしていないからな」
そう言うポニーテールの女子の表情は全然気にしてないという感じではなかった。寧ろ『後で覚えていろ』と言わんばかりの怒りのオーラを迸らせていた。
「い、いや、箒。俺は別にーー」
「ふんっ。見苦しいぞ、一夏。男が言い訳をするな」
弁明の余地すらもなく、箒と呼ばれた少女は一夏を一蹴した。どこか男らしい口調からか、伝わる拒絶感は大きく感じる。
「あらあら、可哀想に。一夏さん、宜しければ篠ノ之さんに変わって、わたくしがルームメイトになって差し上げても良くってよ」
また増えた。
今度は金髪に髪をロールさせている女の子。どこか、貴族を思わせる佇まいで、そこにいた。いつからいたのかは知らない。
「何を勝手な事を言っている!?一夏は私と同じが良いと言ったのだ!勝手な事を言うな!」
「それは勝手に篠ノ之さんが仰っているだけでなくて?それに、わたくしは一夏さんの身を案じての提案ですわ」
バチバチッと二人の視線がぶつかって火花を散らした。
はー、成る程な。
「やるな、一夏。両手に花で」
「?」
「おいおい、マジですか……」
首をかしげる一夏に頭を抱えた。
どうやらこの男。鈍感野郎らしい。それともやっぱりホモなのかもしれない。前者なら良いが、後者は駄目だ。
「ふん。まあいい。どちらにしても、寮長は織斑先生だ。お前がどれだけ喚いたところで、部屋割りは変わらん」
「くっ……確かにそうですわね。誠に残念ながら……」
悔しそうに言う名前のわからないお嬢様っぽい子。
なるほど、あの人が寮長というのは実に良い人選だと思う。後、結構似合ってると思う。厳しそうな感じが。
……と、その時ちょうどチャイムがなった。
自分の席につく間もなく休み時間が終わるとは……転校生って大変なんだな。俺の場合は、遅れて入学してきたみたいな感じだけど。
「なぁ、一夏。俺の席ってーー」
「ああ。俺の隣だ。わからない事があったらなんでも聞いてくれよな」
「そうか。じゃあ」
「……IS以外で」
「頼りに出来ねえ……」
まぁ、仕方ないか。
冷静に考えたら、こいつも少し前までISとはほぼ無縁の生活を送ってきたわけだし。必死こいて勉強してきた人間とはわけが違う。だから、頼りにするというのは御門違い………うん?
「そういえば、この学園に入学する生徒って参考書渡されるよな?」
「ああ。入学前の予習なんだってさ」
「で、一夏がここに入学決まったのって何時だっけ?」
「高校入試の日だから二月の中旬くらいだな」
「……事前学習はどうした」
「実は古い電話帳と間違えて……」
あ、頭痛くなってきた……。訂正。こいつ馬鹿だ。無知だ。あんまりわからないんじゃなくて、全くわからないやつだ。ひょっとすると、無駄に培われた豆知識レベルのIS知識の方が上だ。
やっぱり血縁関係なんてアテにならないな、と切に思った今日この頃だった。
「凄いよな、禊って」
「何が?」
「だっていきなり入学させられたのに、授業に普通についていってるし」
昼休みになって、ようやく休憩らしい休憩ができるようになった俺は、一夏案内の元、食堂で昼飯を食べていた。
「そういうお前はもう少し勉強したらどうなんだ」
「流石に入学したばかりの人に教えてもらうのはわたくしもどうかと思いますわ」
……箒とセシリアも一緒に。
というか、休み時間は大体一緒だった。一夏と話をしていれば、自然と会話に入ってきている。そうなると、話さないわけにもいかないので、二人と軽く自己紹介をして、この形に至る。今の所、この二人は女尊男卑の影響が出ていないようで、男である俺にも普通に接してくれている。まぁ、一夏のおまけなのかもしれないし、セシリアに関しては入学当初はそうでもなかったらしい(一夏談)。なんで今に落ち着いたかは二秒でお察しだが。
「うっ……そう言われると返す言葉もない……」
「まぁ、古い電話帳と間違えて捨てたのはともかくとして、今は基礎だし、また俺が教えるから」
「け、禊~」
縋るような表情と声で一夏がそう言った。
……おかしいな。普通立場逆じゃね?
口から出そうになった言葉をお茶と一緒に飲み込む。
「ていうか、よくそれでIS動かせるもんだな。やっぱり知識と技能は別ものなのか?」
一夏は男だからという理由で専用機を持たされているらしく、既に試合も行っているそうだ。なので経験値だけで言えば、一夏は十分に俺の先輩と言える。
「そうでもないな。やっと武器をイメージして展開できるようになったし」
「以前の授業では、クレーターを作っていたしな」
「ですから、知識と技能が別物。というわけではございませんわ。特に、ISに関しては」
なんかアレだな。この二人、一夏の事が好きなんだろうけど、言葉のチョイスが確実に一夏の心を抉ってる。
「そうなのか……参考にさせてもらうな」
勉強はしっかりしたほうがいい。でなければ、恥をかく。よし覚えた。
「ところで十和田さんは専用機をお持ちですか?」
「いいや。その内来るらしいけど」
俺もサンプリング目的で専用機をくれるらしい。
普通は専用機って響きだと超カッコいいのに、サンプリング目的とわかった途端に溜め息が出たのは記憶に新しい。ようは
「そうですか。その時は一夏さんとご一緒にお教えしてさしあげてもよろしいですわよ」
「それは凄く助かる。よろしく頼む」
セシリアは何と言ってもイギリスの国家代表候補生だそうで、彼女もまた専用機持ちなんだそうだ。代表候補生といえど、全員が持っているわけではないので、かなり優秀なんだと思う。
……しかし、そうなるとそのセシリアと良い試合をしたらしい一夏もかなり優秀というか、寧ろ超がつくほどの天才なんじゃ……。
イケメン……天才……世界で二人しかいない男性IS操縦者……。
「主人公か、お前はっ!」
「うぇっ!?い、いきなりどうしたんだよ、禊」
「いや、世の不条理さをひしひしと感じて、つい」
叫ばずにはいられなかった。いや、だってさ。高スペック過ぎません?そりゃ確かに彼女にも驕りとか慢心があったかもしれないけども、どう考えたってその程度で埋まる差じゃないだろうに。
「まあ、それはそれとして。……この視線、どうにかならないか?」
机から身を乗り出して、一夏に小声で話す。
昼飯というのもあってか、他学年他クラスの生徒が訪れるこの食堂では、視線の集まり方が凄い。視線に攻撃力とか物理干渉能力があったら、今頃穴だらけだ。穴があくほど見つめる、とはまさに今のような状態を指すんだろう。
「うーん、慣れるしかないなぁ。それに時間が経ったら勝手に収まるし」
「まぁ、そうだよな……」
それにしたって、お前の慣れは早過ぎると思うんですが。まだ一週間と少ししか経ってないのに。順応性高すぎ……。
「でも、まあ。男は一人じゃないしさ。それを考えると、かなりマシになったと思うぜ」
「あー……うん。そういえば、元は一人だったんだろ?大変だったな」
「ああ。でも、箒がいたし。知り合いが一人いると全然違うぜ。箒がいなかったら、今頃どうなってたか」
多分、今の一夏に悪気はないと思うし、それどころか過去に思いを馳せているだけで他意もない。一夏の横で顔を真っ赤にして口をパクパクさせている箒にはとても悪いと思うし、同情を禁じえないけど。だから、セシリアも、そこまで不機嫌になる必要はないと思うのだが……それを勘違いと訂正するまで思わせないのがこういう手合いの人間だ。
「禊は知り合いとかいないのか?案外いるかもしれないぞ」
「いや、そういう話は聞いた事ないな。それに、中学の時っていなかったか?やたら男女差別したがるやつ」
「わかる。ああいうの、すっげー困るよな」
「そういうのもあって、女子とはあんまり仲良くなくてな。小学校の時の友達とかも全然覚えてないし。だから知り合いとかはいないな」
その分、一夏がマトモなタイプで安心した。やたらとこっちに来るのは、どうやら同性がいない事で心細かったらしい。例えるなら、今までおかずしか無かったところにやっと白米が現れた的な。白米は大事だよな。日本人として。
ともかく、時折ホモなんじゃないかと思わせる発言も、仲間が来た事への安心感から来るものだそうだ。俺としても、一夏の気持ちは大いにわかるので、誤解はすぐに解けた。何よりそれとなく本人に聞いてみたら、凄い勢いで否定したし。
「だから、先に一夏がいて良かったぜ。男一人で知り合いもいないなんて、やってられないし。それに従姉妹から聞いた話なんだが、ここって相部屋なんだろ?初対面の異性相手に普通に生活しろなんて無理ーー」
「あれ?もしかして知らないのか、禊」
「何が?」
「俺達、部屋
「…………なんだって?」
「いや、だから別々なんだよ。部屋割が」
「は…………はぁぁぁぁあああああ!?」
思わず、一目もはばからずに叫んでしまっていた。
でも、しょうがない事だと思う。部屋割が別って事は、つまり。
「俺も女子と同じ部屋って事か!?」
「た、多分……ちふ、織斑先生が言うには『政府の措置』とかなんとか……」
「どんな措置だよ!間違いが起きたらどうするんだ!?」
「それを俺に言われても……」
「そうだぞ、十和田。今は落ち着け。あまり大きな声で話す事ではないだろう」
言われて、周囲を見ると、俺の言葉を聞いた一年生の女の子達が見るからにテンションを上げていた。いや、なんでですか。俺は別に一夏みたいなイケメンじゃないですよ。期待しても意味ないよ。
しかし、落ち着いてはいられない。
いきなり女の園にぶち込まれたかと思ったら、気を抜けそうな自室まで女子と相部屋とかハードル高すぎ。これはもう陰謀すら感じざるをえない。
「………一夏」
「なんだ?」
「……骨は拾ってくれ」
「禊……」
「「?」」
そこには男子にしかわからない絶望が確かにあった。
そして来てしまった放課後。
学園を出て、数十メートルしか離れていない寮まで現実逃避できる暇なんてものはないに等しく、ISの特訓をする一夏達と別れて、俺は一人で
かつて、たかだか荷解きをするためだけにここまで覚悟をしなければならない事態があっただろうか。いや、ない。なんなら、荷解きをするような事も無かった。
しかし、覚悟を決めなければならない。
いくら女子に慣れていないとはいえ、これから同じ部屋で生活するんだ。それに一夏も別れる前に言っていた。『女子との相部屋は一時的で、後から一人部屋になる』と。
それまでの我慢だ。政府の措置だかなんだか知らないが、良いだろう。この地獄、耐え切ってみせる!
部屋番号のタグがついたキーを挿し込み、カギを開ける。
後はこのノブを回すだけ………。
ーーいざ、勝負!
勢いよく扉を開けると、次の瞬間。
「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」
ーーバタン。
扉を開けた時と同じ勢いで閉めた。
部屋を間違えたのだろうか。部屋番号を確認。間違えてはいない。アレは別に同じルームメイトにドッキリを仕掛けようとしたら、違う人が入ってきたみたいなノリじゃない……と。
いやいや、いくらなんでも開けた瞬間、見知らぬ女子が裸エプロンで出迎えなんて夢幻に違いない。それは男の妄想だ。現実にあるわけない。うん、きっとそうだ。
そう締めくくって、再度扉を開ける。
「お帰り。私にします?私にします?それともわ・た・し?」
「……」
言葉を失った。
どうやら、過度なストレスによる幻覚でも夢幻でも妄想でもなく、これが現実らしい。
「あら、反応薄いわね。もしかして、女慣れしてる感じ?」
「……あまりの衝撃に二周回って冷静になってるだけです気にしないでください」
「そう。なら、一応サプライズ成功って事ね」
嬉しそうに言うと、その女子は手にしていた扇子をパチンと鳴らした。
「……ひょっとしなくても」
「ええ。私があなたのルームメイト。名前は更識楯無っていうの。気軽にたっちゃんで良いわよ?」
「はぁ……じゃあ、よろしく。更識」
「むぅ、ノリが悪いよ、一年生。年上の提案は素直に呑んだほうがいいと思うわよ」
「いや、年上って……同級生だし。せいぜい誕生日が早いか遅いかぐらいの問題ーー」
「ざんねーん。二年生でしたー。後、この学園の生徒会長やってまーす」
開かれた扇子には『最強』の文字。
なん……だと……!?
こんな……こんなちょっとズレた感じの人間が、よりにもよって生徒会長……?生徒の長が変人とはこれいかに。いや、まあ……綺麗だし、スタイル良いけど。
しかも、聞いたところによると、この学園において生徒会長とは即ち『学園最強』である事を指すそうで、大抵は代表候補生か専用機持ち、或いはそれ以上の存在がなると言われている。
……全然そういう風には見えないけど。
「いやぁ、みんなに自慢できるなぁ。まだ誰も女子が住んだことのない、二人目の男の子のお部屋で寝食を共にするなんて……私ってば初めての女ね」
「……あの、確か学年ごとに寮って分けられてるはずでは?」
「私は生徒会長」
今度は『権力』の二文字が扇子には書かれていた。
生徒会長権限ってか……横暴だ。横暴すぎる。
「というわけで、これからよろしくね」
「……チェンジで」
「却・下♪」
「ですよねー」
「こんな綺麗なお姉さんを捕まえてチェンジなんて、贅沢なんじゃない?」
「綺麗だからって、変な事する人でも良いってわけじゃないんで」
寧ろ、それなら普通の子が良い。もっと言うなら一人部屋か一夏と同じ部屋が良い。こんな人と毎日同じ部屋で生活するなんて、心が保たない。理性じゃなくて、ストレス的な意味で。いや、どっちも保たないけど。
大体、綺麗だからってなんでも許されると思ったら大間違いだ。ものには限度があるし、そもそも出会ったばかりの男子相手に裸エプロンを敢行しようなんて、貞操意識の低さを物語っていてだな。
「十和田くん」
「なんですか」
「鼻血出てる」
「…………ごめんなさい」
でも、すみません。俺も男でした。