「禊のルームメイトって生徒会長だったのか……どんな人か知らないけど、大変そうだな」
「ああ。しかも、かなりの曲者だ。正直言って、一週間もつかどうか」
翌朝。
一夏と顔を合わせた俺は、早速ルームメイトの事について話をした。
本当なら昨日の夜にでも愚痴りたい気分だったが、記念すべき初日という事で、あの人が手料理を振る舞ってくれて、かつその後は質問責めに付き合わされ、部屋をでる暇もなかった。人生であれだけ精神的に疲労さたのはいつぶりだったか、おかげで朝から一夏に愚痴った事でなんとか気も晴れてきた。美少女と一つ屋根の下とかとんだラブコメ展開だが、全然楽しくないのは何故だろう。
「本当に、俺は箒で良かったよ」
「全くだ。知り合いなら多少は融通が効くだろうし、箒は変なことしてこないだろうし」
「?変なこと?」
「あ、いや。なんでもない。こっちの話」
いかんいかん。昨日の事をうっかり話そうになった。
……本当に、あの人どうにかならないものか。初対面の異性に緊張するどころか、嬉々としてちょっかいを出してきやがって……。
「ともかく、当分そっちの部屋とかに逃げることもあるだろうから、その時はよろしく頼む」
「おう。二人しかいない男同士。助け合って行こうぜ!」
ガシッと一夏と力強い握手を交わす。
そうだ。基本的に消灯時間まで一夏の部屋に逃げるという選択肢も残されているんだ。何も律儀にあの曲者と同じ時間を過ごす必要はないんだ。それに相手は二年生!基本的には部屋以外は別!つまり部屋にさえ帰らなければ、あんな事もされなくて済む!
よし!やってやる!やってやるぞ!
「……なんでいるんですか……」
「んー?君に会いに来たから」
一限目が終わってすぐ、その人は現れた。
昨日と違って、制服に身を包んで、二年生のリボンをつけている。この学園は学年をリボンの色で分けているんだそうだ。
今日は朝起きたら既に姿がなかったので、この姿を見るのは初めてになる。……やはり、制服の上からでもわかるな。
「やんっ。視線がいやらしいわよ、十和田くん」
「へ、下手な言いがかりはやめてください!」
「えー、どう見ても、さっきの君の視線は、お姉さんの体を舐め回すように見てたと思うけどなぁ」
「舐め回すようには見てません!」
「ふーん。舐め回すようには、ねぇ。つまり見てた事は否定しないのね」
うぐっ……ああ言えばこう言う!
確かに見てましたけど、そういう言い方はやめてほしい。女子がなんか騒いでるじゃないですか。この人は俺をセクハラ生徒にでも仕立て上げたいのか。
「で、なんですか。俺に用があるんじゃないんですか?」
「あ、露骨に話を逸らしたね。まあいいわ。今日の放課後、時間は空いてる?」
「へ?ええ、まあ。特に予定はーー」
「じゃあ、決定ね。放課後、生徒会室まで来てね。来なかったらお姉さん、何するかわからないから」
笑顔で怖い事言わないでくれよ……。
言うだけ言って、生徒会長は鼻歌交じりに帰って行ってしまった。
当然、教室の中はざわついている。あの人が生徒会長である事を認識できていなかったのは、どうやら一夏だけらしく、周囲は何やら俺と生徒会長の関係性について気になっているようだった。いや、別に大した関係はないんですよ。昨日知り合ったばかりのルームメイトです。
しかし、そう言っても、それはそれで騒ぎになりそうな気がしなくもないので苦笑いして誤魔化す事にした。どうせバレる事ではあるが、何も今バラす必要はない。とんでもなく疲れるし。
「とわだんと会長知り合いだったんだぁ~、意外だね~」
「どわぁ!?」
いつの間にか俺の後ろに立っていた女子に驚いて思わず飛びのいてしまった。というか、いつの間に背後に立ってたんだ?全然気がつかなかったんだが。
「お~、凄い驚きっぷりだね~。大丈夫~、とわだん?」
「だ、大丈夫」
心臓の方は凄い事になったけれども。
「ところで、とわだんって何?」
「とわだんのあだ名~」
十和田だから、とわだんって事なのか?なんというか、安直な気がしなくもないが、あだ名っていうのは得てしてそういうものか。まぁ、こんなあだ名をつけられたのは生まれて初めてだけど。
「嫌だった~?」
「別に。嫌じゃない」
「そう?良かったぁ~」
……それにしても、この間延びした喋り方はなんなのだろうか。
どうにも作ってるという感じではなさそうだし、この独特な雰囲気。一緒にいると気が抜けていくような感覚がする。
「あの人ーー生徒会長の事知ってる?」
「知ってるよ~。私も~、生徒会に~、入ってるから~」
「へ、へぇ~。この時期にもう?」
「うん。ここは~、会長に選ばれたら入れるから~」
駄目だ。この喋り方。こっちもつられそうになる。これが噂に聞く『ゾーン』というやつか。女子が放つ特有の雰囲気と空気で、相手の主導権を握ると言われるあの伝説の!………違うか。多分、この子は天然なだけな気がしてきた。
しかし、この子はこんなゆるゆるな感じで仕事ができるのだろうか。仕事をするというよりも、寧ろ増やしていくスタイルな気がしなくもないんだが……というか、多分増やす。
「とわだんも生徒会に入れたらいいのにね~」
「え……それは俺的にちょっと嫌だなぁ」
「え~、なんで~?」
「なんでって……まぁ、色々と」
あの人の下につくという事は、即ちあの人と部屋だけでなく、放課後もずっと一緒にいなきゃいけないという事になる。絶対嫌だ。今はただでさえ、女子ばかりの環境に慣れるのが優先事項なのに、そこにさらに生徒会長の相手をするなんて項目が追加されたら、胃に穴が空く。『二人目の男子。女子ばかりの環境に耐え切れず、体調を崩し、入院』なんて絶対に笑えないぞ。他人には笑われるけど。
「そっか~。ざ~んねん」
がくりと肩を落とすゆるゆる系女子。
はぁ……この子がルームメイトだったら、俺の学園生活におけるストレスも少しは違ったのかもしれない。このゆるさのおかげで他の女子に、特にあの生徒会長に比べて圧倒的に心労が少なくて済みそうだし。
「じゃあね~、とわだん~」
人間の通常歩行速度の三分の一ぐらいの歩行速度で、ふらりふらりとしながら彼女は自分の席に帰って行った。何が凄いって、今にもコケそうなのに、全然コケないこと。見てるこっちは危なげなその歩き方にちょっと心配になるが。
そういえば、名前。聞くの忘れてたな。
一週間遅れで入学した俺は、一夏、箒、セシリアの三名以外は名前を知らない。ここって、出欠確認とかしないから余計に。なので、俺の名前は知られていても、俺は相手の名前を知らないんだ……あ、後あの生徒会長も名前は知ってるな。
まぁ、また後で会うか。生徒会の人間なら生徒会室がどこかは知ってるだろうしな。その時にでも名前聞こう。
「ここがぁ〜、生徒会室だよ〜」
「ありがとう、布仏」
「どういたしまして〜」
布仏(ちゃんと名前聞いた)に連れられて、俺は生徒会室に来た。
来たはいいが、ものすごく帰りたい。いや、帰ったところで一日と待たずに顔をあわせることになるんだが、それでも最後の抵抗を……する前に布仏が俺の手を掴んでドアノブを握らせる。
「どうぞどうぞ〜」
「あ、ああ……」
一瞬、何の気配もなく手を握られたからビクッと肩を震わせてしまったものの、ここまで来たらやむをえまい。ごくりと生唾を飲み込んで、生徒会室に足を踏み入れる。
「いらっしゃい。我が生徒会へようこそ〜」
ちょっと高そうな机の向こう側に生徒会長がいた。
ちょっと高そうなのはどうにも、机だけじゃないらしい。目につくものは、おおよそ一般的な高校に置かれているものに比べて圧倒的に高級感を醸し出している。この辺りも流石IS学園としか言いようがなかった。
「そこにかけなさいな。お茶はすぐに出すから。虚ちゃん、お願い」
「はい」
生徒会長の指示?に頷いたのは、布仏とも生徒会長とも違うリボンを付けた女子……消去法で行くと三年生だと思う。眼鏡に三つ編み、委員長っぽいというよりも更に大人びてバリバリのキャリアウーマンといったところだろうか。ちょっと堅そうな感じが生徒会長とはえらい違い。
「十和田くん。何か失礼な事、考えてなーい?」
「いえ、別に。ダイバシティが高くて何よりかなと」
「日本人かつ全員女子の私たちを見て、その意見が出てくる君の考えてることは大体わかったわ」
「深読みと思いますけどね……」
ふふん、と笑ってるのに何故か威圧感がすごい。べ、別に馬鹿にしたわけじゃないのに。ちょっと、キャラ付けが全員違って、多様性に富んでるなぁって暗に言っただけなのに。
「どうぞ、十和田くん」
「とわだん、お姉ちゃんのねー、紅茶はねー、とーっても美味しいのだよ〜」
「……確かに。美味しいです、これ」
「そう。ありがとう」
ううむ。俺も自分で淹れた事があるが、全然違う。
まぁ、市販との差もあるんだろうが、淹れる人間の技術で、ここまで変わるものなのだろうか。
……それはともかく、今布仏はこの眼鏡の先輩を『お姉ちゃん』と言ったか?なんだか全然違うんですが。年の近い兄弟姉妹はあまり似ないと聞くが……成る程。
「さて、十和田くん。君がここに呼ばれた意味はわかる?」
「皆目見当もつきませんし、考えたくもありません」
どうせ、ろくな事じゃなさそうだし。特に昨日と今朝の時点での評価を考えると尚更。
「じゃあ、一から説明するわね。まず、十和田くん。今の君は非常に危うい存在よ。その自覚はあるかしら?」
「まぁ、世に二人しかいない男性IS操縦者ですし。日本政府の人にも言われましたけど」
どこぞの研究機関のモルモットにされかねないとオブラートに包まずにストレートに言われたっけ。俺が高校生だからっていうのもあるんだろうが、それでもこっちのメンタルも考えてくれよ。
「そうね。でも、より正確に言うなら『何の後ろ盾もない方』っていうのがつくわね」
「後ろ盾……ですか」
「少し考えればわかるかもしれないけど、織斑くんの場合はお姉さんが、織斑先生がいるわ。あの人は今もなお、復帰すれば世界最強の座につけると言われている人よ。だから、彼女が存在する限り、織斑くんはある程度牽制された状態になる。その隙に織斑くんも強くなれば、自衛の手段も立つわ」
「でも、俺には何にもない。超絶狙いやすいモルモットって事ですか」
「そういう事。この学園にいる間は安全の保障が出来るけど、一歩外に出たらそれこそ命の危機なんてものじゃないわ。二度と日の光を拝めないかもしれないわね」
恐ろしい事を言ってくれるが、納得せざるを得ない。
俺は一夏に比べて守るものが少なすぎる。専用機もないし、姉が世界最強なんて事もない。実に狙いやすいモルモットだろう。休みの日に外に出た日には全身黒ずくめの方々に何処ともしれない場所に連れて行かれるかもしれない。
「そこで、対策があるとしたら二つ。君が強くなるか、それとも織斑くん同様に強力な後ろ盾を手に入れるか」
……なんとなく、この人の言いたい事が読めてきた。
「つまり、俺を鍛えるためにここに呼んだわけですね」
「ビンゴ♪生身もISも、私がビシバシ鍛えてあげるから、よろしくね」
「いや、俺専用機とかまだ貰ってませんよ?いつ来るかもわかりませんし」
「大丈夫。会長権限で常に訓練機を一機だけ押さえてるから。アリーナの使用時間もバッチリよ」
なんと手際の良い。これなら確かに生徒会長と言われてもわからなくはない。人格はともかく、仕事はできるみたいだ。
ともあれ、鍛えてもらう事に異論はない。まだこの時期に二年生で生徒会長やるぐらいなんだから、よっぽど強いんだろう。性格はともかく。
「でも、俺と同室の意味は無いんじゃないですか」
「うん、無いよ。私がなんとなーく選んだだけ」
けろっとした表情で、生徒会長は言った。
やっぱりか……!俺を鍛える云々で呼び出すなら、別に同室の意味なんてなかったはずだ。学園内での安全も保証されてるとかどうとか言ってたしな!
「じゃあ、もういいじゃないですか。会長権限で俺と一夏を同じ部屋にしてください」
「えー、私よりも織斑くんの方がいいなんて……もしかしてーー」
「違いますっ!俺は純粋に同性同士の方が気兼ねなく生活できるってだけの話です!」
なんて事を言うんだ、この人は。俺はBLとかそう言うのは大嫌いだ。
「しょうがないなぁ……じゃあ、こうしましょう。私と十和田くんが勝負して、負けた方が勝った方の言う事を聞く。もちろん、生身での勝負よ」
「……わかりました。受けましょう」
一瞬、悩んだが、これを受けなければ、勝ち負け以前にチャンスは掴めない。やるしかないだろう。
「本当にそれでいいの?」
「ええ。この方が動きやすいんで」
畳道場の上で、俺は私服のジャージ姿で、生徒会長は白胴着に紺袴という日本古来の武芸者スタイルで向かい合っていた。
因みに道場には俺と生徒会長だけ。布仏姉妹は仕事があるらしく、この場にはいない。仕事って言われても、妹の方の布仏は全く仕事ができなさそうなんだが……。
「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたら君の勝ち。逆に君が戦闘不能になったら私の勝ちね」
「それは…….って言いたいんですけど、強いんですよね」
「うん。どうせ、私が勝つから」
強さに裏打ちされた自信、というやつか。男としては情けないが、条件だけでも有利なのはありがたい。
「じゃあ、胸を借りるつもりで行きます」
「ええ。いつでも」
涼しげな笑みは、それこそ本当に何処からいっても対処できる自信があるということなのだろう。
それじゃあ、遠慮なく。
三歩ほど離れた距離を、一歩で詰め寄る。
何の足捌きも見せずに地面を滑走するかのように相手との距離を詰める『活歩』という中国拳法の歩法の一つだ。
生徒会長の表情が完全に虚を衝かれたという驚愕に染まった。これならーー。
だが、ねじ上げるように胸ぐらを掴みに行った手は空を切り、気づかぬうちに投げ飛ばされていた。
勢いをそのままに背中から畳に落ち、肺の空気が一気に外に吐き出される。
「今のはちょーっと、驚いたかな。ひょっとして、何か習い事でもしてた?」
「一応、は。随分昔に約束してまして」
「へぇー。律儀なのね」
「馬鹿なだけですよっ!」
起き上がった俺は、さっきと違い、勢いよく突っ込んでいく。
愚直なまでの突進に、生徒会長は余裕綽々の様子で俺の手を掴み、勢いを利用して、投げ飛ばそうとする。
それに抗いはしない。寧ろ、自分から飛び、より勢いをつけて、叩きつけられるよりも先に体勢を立て直して、足払いを放つ……が、かわされる。
「思い切りがいいのね。感心するわ」
「それはどうも。それに動じない生徒会長には流石としか言いようがない」
ダウンさせる以上、掴むか払う、或いは投げるしかないわけだが、全くその隙がない。かといってスタミナ切れを狙うのもあまり得策とは言えない。確かにスタミナには自信はあるが、それはあちらも同じ。ISに乗る以上、体力がないなんてことはあり得ないはずだ。
……一か八か。賭けてみるか。
攻めの姿勢を崩し、構えたままに距離をとる。
「時間をかけると私も危なさそうだし」
それを生徒会長は様子見と捉えたらしい。流れるような動作で距離を詰めてきた。
こちらのテンポをずらすようにして踏み込んできた生徒会長に、カウンターの姿勢でいたが、見事にタイミングを崩されてしまう。
マズい……と思った頃には、既に俺は襟を掴まれていた。
「一気に勝負を……え?」
何故か生徒会長が目を見開いたまま固まっていた。理由はわからないが、好都合だ。
掴まれていた腕を持って、そのまま一本背負……あれ?
気がついたら、宙を舞っていたのは俺だった。
裏投げか、そう頭が理解した時には油断しきっていた事と、最初と違い、受身が追いつかなかったために、あっさりと意識が落ちた。