学園食堂の日常   作:SKYbeen

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第二話:仕事終わりの肉じゃが

 

 

 「だはぁー………今日も疲れた」

 

 

 午後九時、食堂にて。朝昼晩と全ての仕事をやり終えたヒロは今日も疲れ果てていた。

 

 照明は全て消し、明るいのは厨房の中のみ。ただでさえ広い食堂が、こうやってみると尚更広大に感じる。ひんやり冷たい調理台に突っ伏し、横目に食堂を見ていたヒロはそんなことを考えていた。

 

 今、彼は厨房に一人しかいない。基本的に他の従業員は終業の八時きっかりに上がらせる規則の為、否が応にも後片付け等はヒロが一人でやらねばならなかった。勿論ある程度は片付けを済ませてはいるが、それにしたって一人でこなすような仕事量とは言い難い。使った調理器具や食器、台や壁、コンロといった火の元の拭き上げ、床掃除。毎日毎日繰り返しているともう慣れたが、疲労がこれでもかと溜まっている状態でやるのだから少し嫌になる。

 

 

 「ったく、あの爺さんめ………いい加減規則変えろっての」

 

 

 ヒロの頭に浮かぶあの朗らかな笑顔。元々腹の中が読めない老人だが、まさかこちらの要望がことごとく突っぱねられるとは思いもよらなかった。ここの運営者だからって些か職権乱用が過ぎるのでは、とぶつくさ文句を零す。

 

 ここの管理・運営を全て任されていることには感謝する。おかげで自分のやりたいことも出来るし、美味しさに顔を綻ばせる生徒を見るのは嬉しいものだ。だがそれはそれ、これはこれ。せめてあと一人か二人は人手が欲しいが、それすらも断られるのは少々厳しすぎるだろう。仕事はとても楽しいが、こればかりは苦言を呈したくなる。まぁ言ったところでまたひらりと躱されるのが関の山だが。

 ふぅ、と軽く溜め息をついてしまうヒロだったが、そんな彼の元に来客が現れる。

 

 

 「いつもの元気がないな、ヒロ」

 「あ、織斑先生」

 

 

 やや呆れたような声色の女性。凛とした空気を纏った彼女は織斑千冬。このIS学園の教師を務めている。

 鬼教師として生徒を震え上がらせる千冬。彼女の厳しい教鞭は学園内でも有名で、それは教師ではないヒロでも周知していることだった。鷹のように鋭い目つきと厳格な姿勢、それがいつもの織斑千冬だが、今日の彼女は幾分か柔らかな雰囲気を感じさせた。

 

 

 「すいません、今日はいつもより入りが凄くて」

 「流石のお前でも手間取ったみたいだな?」

 「えぇ、まぁ。お恥ずかしながら」

 「気にするな。お前のやってることは誰にでも出来ることじゃない。なんせ何百人という人間の食事を提供するのだからな」

 「………織斑先生が優しい……明日は嵐だな」

 「む、失礼な奴だな」

 

 

 カウンター越しに他愛のない会話を交わす二人。ヒロは敬語を用いていながらジョークを飛ばすなどかなりフランクで和やかな空気だ。しかしこれは千冬を知っている人間からすれば異常も異常、普通では有り得ないことである。何故なら彼女は織斑千冬、世界最強の名を持つ存在だ。余程親しい間柄でもない限り、こんな冗談は畏れ多くて言えたものではない。生徒などが口にすれば即座にキツい一撃が飛んでくる程だ。

 

 そんな恐怖の権化に対してもフレンドリーに接するヒロ。千冬も特別、彼の言葉遣いや態度を気にしている様子はない。互いに気遣いが無用な程度には親交がある、ということなのだろう。

 

 

 「全く……それよりいつもの頼みたいんだが、いいか?」

 「大丈夫ですよ。すぐ用意しますんで」

 「ああ、よろしく頼む」

 

 

 千冬に頼まれ席を立ち、冷蔵庫を開ける。中には整然と食材が詰め込まれているが、そんな中に一際目立つ小さな鍋があった。ヒロはそれを手に取るとガス台に立ち、鍋を火にかける。強過ぎず弱過ぎず、丁度良い具合に火を調整し、じっくりと温めていく。

 その間に次は食器を取り出し、準備を進めていく。台に置かれたのは小さい茶碗と味噌汁の器、そしてやや大きめの深皿。茶碗にはそのまま白米を盛り、器には熱いお湯を入れ温めておく。こうすることで汁物は冷めにくくなるのだ。同様に深皿にもお湯を注ぎ、温度を上げる。

 

 そうしているうちに鍋からふつふつという音が聞こえてきた。蓋を開けてみると十分に沸騰し、いい具合に煮立っている。冷めないうちに食べてもらうよう、急いで盛り付けなければ。箸を使って具材を綺麗に乗せ、最後に残った汁を掛ける。

 

 これで完成だ。ご飯、味噌汁、そして今回の主菜"肉じゃが"を盆に乗せ、千冬の席へと運ぶ。

 

 

 「よし、出来ましたよ肉じゃが。冷めないうちにどうぞ」

 「ああ。………いい匂いだ……頂きます」

 

 

 皿から立ち昇る香り。醤油、みりん、砂糖と煮物の基本味しか使われていないのにこれほど富んだ風味が出るとは。鼻腔を通り脳を揺さぶるその匂いは千冬の食欲を貪欲に突いてくる。この香りだけでいつまでも堪能出来そうな位だ。

 香りを楽しんだあとはお楽しみの実食。箸を取り、熱々のじゃがいもを口へ運ぶ。

 

 

 「───美味い」

 

 

 ほろりと口の中で崩れるじゃがいものほくほくした食感と濃厚な味付けの醤油だれが調和し、優しくも強い味が口いっぱいに広がっていく。柔らかく煮込まれた豚肉は全く固くなく、一噛みするごとにジュワッと脂が染み出てえも言えぬハーモニーを奏でている。

 全身に染み渡っていくようなこの安心感、日々の疲れがじんわりと癒されていくかのようだ。自然と口角が上がり、美味しさに顔が笑う。例えどんな人間でも美味しい料理を食べると笑顔になるものなのだ。

 

 

 「……ん、少し味付けを変えたか?」

 「ええ、ちょっとゴマ油を足してみたんです。どうですか?」

 「ああ……いつもより美味いな」

 

 

 優しい香りの中に混じる深い香り、普段の肉じゃがとはまた少し違う味を千冬は感じた。香ばしい豊かな風味と同時にコクのある味わい、とても濃厚ながらも主張し過ぎず、あくまで具材を引き立てるまさに陰の立役者。味付けされた具材の旨味を更に引き出すゴマ油はうってつけの調味料と言えよう。

 

 

 「あ、ちなみに今日の味噌汁は白味噌にしてみました」

 「白味噌か………ん、美味い」

 「肉じゃがが濃い味付けなんで相性がいいかな、と」

 

 

 ズズズと一口、味噌汁を口に運ぶ。

 

 ヒロはいつも味噌汁に赤味噌を使っている。塩気が強く香りが高い赤味噌は味噌汁に最適なのだが、肉じゃがなどの濃い味付けの品には白味噌がベストだ。すっきりとした口当たりとしつこくない特有の甘みは肉じゃがと相性抜群、口の中の醤油味をリセットし、飽きを来させない。和食には必ずと言っていい程付いてくる味噌汁は、絶対に欠くことの出来ない必要不可欠の構成員なのだ。

 

 そこからはもう止まらなかった。黙々と、そして脅威的なスピードで食べ進めていく千冬。余程お腹が空いていたのか、その様子はある種鬼気迫るものを感じさせた。そんな彼女を苦笑いしつつも、ヒロは食べ終わるまで向かいの席に座っていた。

 

 

 「ふぅ………今日も美味かったぞ、ヒロ」

 「織斑先生にそう言われると料理人冥利に尽きますね」

 「いつもすまないな。お前も早く休みたいだろうに」

 「いえいえ。先生がお望みとあらばいつでも作りますよ」

 

 

 教師という職業柄、千冬は遅くまで仕事をすることが多い。ましてやここはIS学園、世界中から技術と知識を学びに少女達がやってくる。通常の学校とはまるで性質が異なる故にこなす仕事量も桁違いだ。

 無論、優秀な彼女であればその程度のことは難なくこなせる。だからといってストレスが貯まらない筈もなく、特に年頃の娘を相手にするのは流石の千冬とて気疲れする部分もあった。仕事終わりのこの一時は忙しい日々のいわばオアシス、明日を頑張る為の重要なファクターなのである。

 

 

 「本当に好きですよねぇ、肉じゃが。毎日食べて飽きないんです?」

 「ドイツにいた時は口に出来なかったからな、和食は。お前のおかげですっかり好物になったよ」

 

 

 美味しそうに肉じゃがを頬張っていた彼女を見ていて、改めてヒロはそう感じた。

 

 詳しくは知らないが、ここに来る前にドイツで教官をしていたという千冬。欧州という遠方の地では和食は殆ど食べられなかったらしく、また食べられたとしてもいまいちだったそうだ。日本人だけあって故郷の味が恋しいのは当然で、その反動からかヒロの料理を知ってからは大抵和食、最近では肉じゃがしか口にしていない。自分がここまで和食好きだとは彼女自身も思っていなかったという。

 

 

 「けどアレですね、今日はいつもより疲れてますね」

 「まぁ、な。明日から新入生が入ってくるからその手続きがな。しかも今年はとんだイレギュラーもいるしな……」

 「あー確かにあのニュースはインパクトありましたよねぇ。なんたって世界初の男性IS操縦者ですし」

 「全くだ。頭痛のタネ以外の何者でもない」

 

 

 盛大な溜め息を漏らす千冬。彼女の言う通り今年の新入生にはとんでもないイレギュラーが存在していた。

 世界で唯一ISを起動させた少年───元来女性にしか扱えない筈のISを男が動かしたという事実は世界を震撼させた。ワイドショーは連日その話題で持ち切り、各国政府も大慌てのてんてこ舞い。例に漏れず、ここも前代未聞の事態に大忙しだそうだ。尤も、そんな教員達の苦労などヒロには関係のないこと。自分の役目は料理を提供することであり、ISに関わることはない。せいぜい暇な時、授業を覗きに行く程度だ。彼女には気の毒だが頑張ってもらうより他ないだろう。その為ならヒロはいつ何時でも料理を作る心構えだ。

 

 

 「織斑一夏くん、でしたっけ。名字一緒ですけど………もしかして?」

 「ああ……私の弟だ」

 

 

 半ば予想はしていたが、実際その通りだったらしい。そもそも織斑という名字は日本においても珍しく、そう多くはない。そしてニュースで見た彼の容姿、特に顔はよく見れば千冬の面影も感じられる。

 なるほど、一体どういう少年なのか少し疑問だったが、これで合点がいった。世界最強のIS操縦者の弟ならば動かせても不思議ではない。説明は上手くできないが、何か運命めいた力が働いているのでは、とヒロは斜め上の想像をした。まぁ実際よく分からないし、それには大して興味も湧かなかった。ただこんな女の園、十五歳の少年がたった一人でいるのは中々辛いだろう。機会があれば是非話してみたいものだ。

 

 

 「因果なもんですねぇ。かのブリュンヒルデの弟がISを動かすだなんて」

 「かも知れんな。……あとその呼び名は好きじゃないんだが」

 「あ、いや、そのー………すいません」

 

 

 ブリュンヒルデ。それは誉れある世界最強の証。ISが普及したこの時代において最も名誉ある称号だ。しかし千冬はそう呼ばれることをあまり好まない。理由は定かではないが、本人が嫌がっているのだからヒロも呼ぶことはなくなった。それでも今は思わず口を突いて出てしまったようで、やや気まずそうに謝罪する。

 

 

 「………フッ、そんな畏まらなくてもいい。大して気にしてはない」

 「ならいいんですけど……」

 「だが、人の嫌がることはすべきじゃないぞ?」

 「ハハ、肝に銘じておきます」

 

 

 ブリュンヒルデと呼ばれると千冬は機嫌が悪くなる。本人が賞賛の気持ちを持って言ったとしても、だ。だが目の前の青年に対してはそこまで悪い気は抱いてはいないように見える。現に彼女は一笑に伏くし、謝ったヒロを諌めていた。

 

 

 「ん……もうこんな時間か。どうも食べてる間は時間を忘れてしまうな」

 「まぁでも、ご飯を食べる時くらいは気にしなくていい思いますよ?」

 「確かにその通りなんだがな……如何せん明日も早い。私はもう休むよ」

 「分かりました。食器は片付けておくんで」

 「すまんな」

 

 

 腕の時計に目をやれば既に十時、そろそろ床につかなければならない時間である。こういった憩いの時くらいはゆっくりしたいものだが、しかし実際そうはいかないのが現実。明日からは弟を含めた新入生も入ってくる為忙しさは割り増しだ。息抜きも大切だろうが改めて気を引き締めねばなるまい。

 

 ふうっ、と軽く息をつき、千冬は厨房で片付けに勤しむヒロに声を掛けた。

 

 

 「ヒロ」

 「はい?」

 「明日もよろしく頼む」

 「もちろん」

 

 

 明日への活力。それは生きていく上で何より欠かせないもの。今の千冬にとってそれはヒロの作る美味しい料理の数々であった。日々の疲れを癒してくれるような暖かな料理、無くてはならないそれを千冬はいつものように注文する。それに対し、ヒロは屈託のない笑顔で応えるのだった。

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