学園食堂の日常   作:SKYbeen

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第三話:噂の男子への挑戦

 午前八時半。未来ある若き少女達が勉学に励む少し前、所轄HRと呼ばれる時間にヒロはある教室を覗き込んでいた。

 何を隠そうこの一年一組、そこには世界初の男性IS操縦者、織斑一夏が在籍しているのだ。何十億といる男の中でただ一人ISを動かせるという件の生徒を見に来た訳なのだが、どうやらかなりグロッキーな様子である。恐らくこの女だけの空間にいることが耐えられないのだろう、冷や汗を額に浮かべ一人ぶつぶつと唸っていた。

 

 

(分かる、分かるぞ一夏少年。俺も最初はそうだったからなぁ………)

 

 

 周りからの好奇の視線、女の園に孤立無援という重圧、この先やっていけるのかという大きな不安。当初ここにやって来たヒロと全く同じ心境を彼は抱いていることだろう。やはり共感するものがあるのか、青ざめる一夏を見て何故かヒロは微笑ましくなるのだった。

 

 

「……何してるんだ?」

「あ、おはようございます織斑先生。ちょっと噂の男子を拝見しにですね」

「……はぁぁー……なるほどな……」

 

 

 ニヤつきながら様子を伺っていると昨夜と同じような呆れ顔で千冬がやって来る。今教壇に立っているのは副担任の山田真耶で、おっとりメガネのドジっ子先生として生徒から慣れ親しまれている。教師としては今一つだと言えるかも知れないが、それを差し引いても人気は高い。……その人気の秘密はやや主張が過ぎる二つのメロンが要因に違いないとヒロは常々思っていた。

 

 ともかく千冬がいない現在の一年一組には何とも奇妙な空気が流れていた。全視線が一夏に注ぎ込まれ、皆誰もが興味津々といった具合である。まるで動物園の客寄せパンダのような雰囲気に千冬は溜め息をつかずにはいられなかった。

 

 

「全く、アイツは見世物じゃないんだぞ」

「まぁそうなんですけど、でも気になっちゃうんですよね。ほら、この学園で歳近い男って織斑くんだけですし」

「私より歳上のクセに何を言ってるんだ、バカもの」

「いでっ」

 

 

 頭部に黒い出席簿が命中し、ベシっという小気味良い音が鳴る。

 歳近いとは言ったが、実際ヒロの年齢は二十九とお世辞にもお兄さんとは言えない歳。というかアラサー目前だ。まだ二十代とはいえ十五歳というまさに若年な一夏と比べてしまうと歳が近いというのは少し無理がある。なにせ千冬より五つも上、そろそろ青年と名乗るのも厳しい年齢だった。

 

 

「いてて………何するんですか織斑先生ってば。仮にも歳上ですよ俺?」

「ならもっとそれらしいオーラを出してから言え。正直お前からは威厳が感じられん、威厳が」

「ひっでぇ」

 

 

 確かに千冬の言う通り、歳上とはいえヒロには些か威厳と言うものが欠けていた。それはそれで取っ付きやすいという面もあるだろうが、やはり歳相応のオーラというか格は必要になってくる。それでも全然伴っていかないのはちょっとした悩みでもあったりするらしい。

 

 それが理由なのかは知らないが、千冬は基本ヒロに対しタメ口で話し、逆にヒロは敬語で話している。これではどちらが歳上なのが分かったものではないが、二人共大して気にしていないので問題は無い。むしろ今口調を変えても気持ち悪いだけ、という共通認識があるとかないとか。

 

 

「しっかしやられてますねぇ一夏くん」

「アイツが軟弱なだけだ。小娘共に何を気後れする必要がある」

「いやいや、まだ中学出たばっかですよ彼。こんなとこに放り込まれりゃそりゃ緊張しますって」

「だとしても、だ。肝が無さすぎるのは少々頂けん」

「厳しいですねぇ………」

 

 

 何となく谷底に子供を突き落とすライオンを幻視したヒロ。獅子の子落としとまではいかないが、実の弟にさえ厳しくしていくスタイルのようだ。だがここはIS学園である。千冬が教師である以上、生徒には平等に接するべきなのだ。例えそれが血が繋がっている家族だとしても、である。それでもたかだか齢十五の男子が一人では辛いに決まっているのだが、そこは彼女なりの愛なのかも知れない。まぁ、ヒロに分かる筈もないが。

 

 

『ご、ゴメンね織斑くん。自己紹介してくれるかな?ダメかな?』

『い、いやそんな謝らなくたって………大丈夫ですよちゃんとやりますから』

 

「お、一夏くんの番ですよ自己紹介」

「ふむ………」

 

 

 意外と早くやってきた一夏の自己紹介。今までの女子たちは大して緊張する素振りもなくスラスラと話していたが、果たして固まっている彼に出来るのだろうか。若干楽しんでいるヒロを尻目に千冬は内心不安で仕方がない。昔からこういう場は不慣れな一夏を彼女はよく知っている。まともな自己紹介など出来ようものか。

 本来ならさっさと教室に入るべきだが、こればかりは千冬も動向を見守りたかったようだ。眉を潜め、一夏渾身の自己紹介に耳を寄せる。

 

 

『えー……あー……お、織斑一夏です。よろしくお願いします。………………………以上です』

 

 

 カクン。

 

 あまりに短い、というか最早自己紹介とは言えないような自己紹介に二人は体の力が抜けていった。緊張しているのは分かるが…………正直あれは酷すぎるというか何というか。

 

 

「………彼、口下手なんですね」

「ただの緊張しいだ…………見てられん」

 

 

 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。それはそれは盛大な溜め息の後、勢いよく教室のドアを開け千冬は生徒たちの前に立った。

 

 するとどうだろう。一点に注がれていた視線が一気に千冬の方へと移り、直後に黄色い大歓声が教室に木霊した。その威力たるや窓ガラスをブチ破らん程、扉の窓越しに中を見ていたヒロは思わず耳を塞いでしまった。かのブリュンヒルデたる千冬に憧れるのは理解出来るが、こっちの鼓膜を破る勢いで叫ぶのは勘弁して欲しい。

 

 

(ふぃー……どうかることかと思った。さて一夏くんの様子はっと……)

 

 

 まだ少しキンキンしながらも気を取り直して様子を伺う。仕事モードに突入した千冬により先程とは比べ物にならないような規律ある空気である。やはり教師としては優秀なのだろう。テキパキと淀みなく進めていく様は板に付いている。ちらほらスパルタな言葉が飛んでいるが、それも彼女の特色の一つだ。

 

 当の一夏といえば実の姉が教師という事実に未だ驚きを隠せていない様子。確かにいきなり目の前に現れれば相応のインパクトはあるだろう。尤も教育簿という名の剣をお見舞いされてからは随分と落ち着いている、というより意気消沈しているようだが。

 

 

『────さて、ある程度話した所である人物を紹介しよう。入れ』

「……………ん?」

 

 

 さて、件の男子も見れたし厨房に戻ろう。そう思い立ち去ろうとした矢先に思わぬ指名が入った。目線だけを動かすと、千冬が意地悪なニヤついた笑みを浮かべ、こっちへ来いと手招きしている。

 

 

「………えぇぇー………」

 

 

 ………自分も自己紹介しろとでも言うのだろうか。まぁ別にそれは構わないが、あのしてやったりという笑みは何とも癪に障る。後で絶対に文句を言ってやると心に誓い、仕方なしにヒロは教室に足を踏み入れた。

 

 視線、視線、視線。初め一夏に注がれていたような眼差しが今度はヒロに突き刺さる。そして囁かれるヒソヒソ声。何を言ってるのかはよく聞こえないが、十中八九一夏以外に男がいた、とかそういう類のものだろう。

 何より同じ男である一夏は千冬が現れた時以上に驚愕していた。この先野郎一人だと落ち込んでいた矢先にヒロがやって来たのだから無理もない。

 

 そんな状況の中、放り込まれたヒロは固まっていた。何と言っても予期せぬ事態、何か言葉を考えているわけでもない。かといって即興でやれと言われても中々辛い部分がある。正直、ちょっとしたピンチであった。

 

 

(織斑先生っ!何を言えばいいんですか何を!)

(食堂についてとか色々あるだろう? ほら、さっさとしろ)

(んな殺生な……)

 

 

 小声で助けを求めるも華麗に一蹴。ますますほくそ笑む千冬に軽く憤慨しつつも取り敢えずヒロは口を開く。ここまで来たらもはや一気に言い切ってしまった方が楽だ。まだ内容は整理出来ていないが、順を追って丁寧に説明していくとしよう。

 

 

「えー、私はここの食堂の管理・運営をしています森山ヒロというものです。後のHRで織斑先生から再度説明されると思いますが、あー、君たちには食堂の使い方等々を教えたいと思います」

 

 

 そう口火を開き、ヒロは説明を始めた。

 

 まず、ここの食堂は単なる社内食堂などとはワケが違う。規模もさることながら世界中様々な種類の料理を作らなければならないのだ。その為にはスタッフの迅速な作業が必要であって、僅かでもロスタイムを無くす為に食券を買って出来たら取りに行くセルフサービスになっている。

 また基本的には朝昼晩全ての時間帯に営業しており、朝は六時半から八時半、昼は十二時から一時半、そして晩は五時から八時までとなっている。この時間内にさえ来ていれば、例え一分前だとしても食事は提供するのが決まりだ。

 ただし学園の食堂とて当然休みはあるもので、日曜日は必ず閉業している。ヒロたちも人間だ、疲れも溜まるし心も参る。一日だけとはいえガス抜きの日は必要なのだ。

 

 

「えー、以上が大体の説明になります。まぁ最初のうちは慣れないところもあるでしょうが、それも日にちが解決してくれます。あー、僕は基本的に食堂にいるので、何か分からないことがあれば遠慮なく聞きに来てください。……以上です」

 

 

 普段こうやって大勢の前ではあまり話さない分若干の緊張はあったものの、一先ずは食堂について説明出来たのはよかった。しかし一息に喋ってしまったが皆に伝わっただろうか。なるべく分かりやすいよう簡潔にまとめたつもりだが、まぁその心配は必要ないだろう。少しアレな人間は多いが、ここにいるという時点で優秀な生徒たちなのだから。

 

 けれども彼女らは新入生、右も左も分からぬ新米だ。ヒロの説明だけではイメージしづらい部分もあるだろう。終わりとはいったが質問の一つや二つ、受け付けるのが筋である。

 

 

「織斑先生、質問とか受けた方がいいですよね?」

「そうだな……。お前たち何か質問はないか?」

 

 

 千冬がそう言った途端、天を突く諸手の数々がヒロの目に飛び込んで来る。これでは一つや二つというレベルではない。一部を除き殆ど全員が手を上げているではないか。確かに質問に答えるのは役目ではあるが、流石にほぼ全員に聞きたいことがあるのは驚きだ。

 

 しかし数の多いこと。このままバカ正直に一人ずつ当てていってはいくら時間があっても足りない。もうすぐ授業も始まることだし、二、三人の質問に答えて終ろう。そう考えたヒロだが、実際それは甘かった。

 

 

「はい!森山先生?っていつからここにいるんですか?」

「四年前からかな。あと俺先生じゃな──」

「はいはい!!何でも作れるんですか?デザートも!?」

「ま、まぁ大体は。というか質問は一人ずつ言ってほし──」

「あの!織斑先生と仲良さげでしたけどズバリどんな関係なんです!?」

「え゛っ、いや織斑先生とは別に………てかそれどうでもいいよね!?」

「はいしつもーん!」

「私もー!」

「ひーっ!織斑先生どうにかしてくださいよ!」

 

 

 出るわ出るわ質問の雨。怒涛の勢いで放たれる若者特有の活力というのは中々凄まじいものがあった。質問に答える前にはもう次の質問が来ているのだからもう大変である。しかも途中から変な方向に進んでいっている始末、もはやヒロの手に負えるものではない。かなり困惑しながらもヒロは頼みの綱たる千冬に助けを求めた。

 

 

「全く………静かにしろ!質問はこれで終わりだバカ者共が!」

 

 

 一喝。鬼の一声でやいのやいのと騒いでいたクラスはしんと静まり返った。普段から彼女たちを相手しているだけあって流石の一言に尽きる。何とか解放されたヒロはほっと胸を撫で下ろした。

 

 

「……あ、あのー」

「なんだ織斑。質問は締め切ったぞ」

「ま、まぁ織斑先生。せっかくの男子なんですから。あと一つくらいは、ね?」

「………ふん、いいだろう」

 

 

 そんな縮こまるクラスの中、恐る恐る手を挙げる一夏。どうやら聞きたいことがあるようだが、あの騒ぎでは切り出せなかったのだろう。

 質問を締め切ったとは言ったがせっかくの男子、何か質問があるのなら是非とも答えようではないか。厳しく当たる千冬に頼み込み、ヒロは一夏に向き直った。

 

 

「えーと織斑一夏くん、だよね。何か質問?」

「は、はい。あのー………ちょっと言いづらいんですけど」

「いいよいいよ。何でも言って」

「………その、森山さん、の料理って………美味しいんですか?」

 

 

 この質問にヒロは目を丸く見開いた。

 

 自分の作る料理が美味しいかどうか。素朴な疑問ではあるが、しかし答えるにはかなり難しい。料理に携わってから長いが、未だにヒロは自身の腕に満足はしていない。それでも生半可な料理人よりも美味しい品を作れる自負はある。そうでなければこんな所にはそもそもいない。未熟であっても自信は持つべきなのだ。

 

 まだ駆け出しの頃、現場でさんざっぱら叱られ不味いとダメ出しをくらった記憶はいつまでも色褪せない。今でこそ相応の料理を提供出来るようにまで成長したが、よもや弱冠十五歳の少年にそれを言われるとは思わなんだ。

 

 美味いかどうか、か。

 

 

「うーん………何とも言えないな。俺ってまだまだ未熟もいいとこだし。そりゃ美味く作る自信はあるけどさ」

「そ、そうなんですか……」

「んじゃ、実際食ってみる?」

「え?」

 

 

 自信に溢れる笑みを浮かべ、ヒロは提案した。料理人たるもの、自分の料理の味を疑われては黙ってはいられない。少しでも不信感があるのなら、それを木っ端微塵に吹き飛ばす程の逸品を作ろうではないか。

 

 本音を言えばムッとした部分もある。しかし、納得するところもあった。自分の作る料理が美味しいかどうか、そういった初心に立ち返ることも時には大切ということだろう。それに、彼の疑問を払拭するには実際に食べてみた方が早い。

 

 

「織斑先生、三十分だけでいいんで時間作れます?」

「何?今作る気でいるのか」

「はい。…………無理ですかね?」

「当たり前だ………と言いたいところだが」

 

 

 善は急げ、とまではいかないものの、一刻も早く料理を作り、食べさせてあげたい。自分の味を知ってもらいたいとヒロは千冬に相談する。が、やはり無理があった。それも当然といえば当然、料理は昼休みに食べればいいだけの話で授業を潰してまでする程のものではない。

 無茶な頼みだったな、と諦めかけたヒロだが、そんな彼を引き寄せ千冬は呟いた。

 

 

(お前の腕はよく分かってる。私も正直、お前の料理を疑われていい気はしない)

(え、じゃあ……)

(バカ者め、こんなことは滅多に出来んのだぞ?これは貸しだ。弟の舌を唸らせてやれ)

 

 

 ほぼ毎日、千冬は彼の作る料理を食べてきた。その味はもちろんのこと、料理に対する誠意や熱意も一番知っている。他人にその腕前を疑われては本人でなくても、というかむしろ本人以上にいい気はしない。疑っているのが実の弟というのなら尚更だ。

 

 幸い、この後の授業はHR。学園の説明諸々をするだけなので変えはいくらでも効く。少々職権乱用とも言えるが、そこは割愛。こうまでしたのだ、ヒロには仰天する程美味しいものを作って貰わねば割りに合わないというもの。

 

 

「お、織斑先生!?いいんですかそんな勝手に!」

「この際です山田先生、クラスの者にも彼の料理を食べさせてあげましょう。実際山田先生も食べたいでしょう?」

「え?あ、まぁそうですけど………」

 

 

 いきなりの決定に慌てふためく真耶。いくら何でも授業を無くしてまで料理を作ることもないだろうに、と思うのは教師なら当たり前である。だがその実、真耶もヒロの料理は大好きではあった。千冬程ではないにしろ、彼女もその味の虜になっているのだ。彼が作ってくれるというのなら是非食べさせて欲しい。教師としては生徒に示しがつかないところだが、正直お腹が空いてきているのも事実であった。

 

 そしてお腹が空いているのは何も真耶だけではない。プロの調理師が作る料理が食べられる、それだけで気持ちが高まり、同時に身体が既に料理を食べる準備をしていた。どんな料理が出るのだろうと、皆ワクワクした様子である。

 

 

「ありがとうございます、織斑先生」

「ふん」

「それじゃあ皆、俺についてきて。とびきり美味いもん、作るからさ!」

 

 

 そう声を掛け、早速ヒロは厨房へと向かう。これを提案した時点で作る料理は決まっていた。材料も完璧に揃っている。あとは実際に作るのみ。

 

 一年一組の舌を満足させられるのか───ヒロにとっての勝負がまた新たに始まったのだった。

 

 

 

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