今後は出来るだけ登場させるようにはしたいです。
場所は移り学園食堂。一年一組の全員でも入り切る広さの厨房にて、ヒロは急いで調理の準備を進めていた。
美味しい料理を食べさせる、と息巻いたのはいいとして、彼ら彼女らには少しでも格好良いところを見せなければ意味がない。
「森山さん。料理って言っても何を作るんですか?」
一夏の疑問は皆同じく抱いていたようで、いざ料理を作ると豪語されても詳細が分からなければ美味しいのかどうかすらイメージも出来ない。先輩方はその料理の美味しさは完璧に叩き込まれてはいるものの、今年入ってきたばかりの新入生は違う。ましてや作る人物が男なのだ。女尊男卑の風潮が強い今の世の中では男性に嫌悪感を抱く女性も多く、このIS学園とて例外ではない。過去にも男が作った料理だから、という理由でわざと床に落とされたこともある。現に一組の中にもそういう生徒はいるのだ。
だからこそ、そんな不安を消し飛ばす程の料理を作らなければならない。万人を唸らせる料理を。
「今回はね、炒飯を作りたいと思います」
炒飯。
炒める飯、と漢字で書くようにその調理法は至ってシンプル。卵、ご飯、そして具材を合わせ一気に炒め上げる中華料理の代表格とも呼べる一品である。
ヒロがこれを選んだ理由は単純。時間が掛からず、比較的同時に多く作れる為だ。
基本、炒飯は全ての工程が一分半から二分の間。そこでいかに火力を強くし、焦がさずに炒めるかが美味しさに直結するわけだ。
シンプルだからこそ細心の注意を払わなければならない。繊細かつ豪快な料理がまさに炒飯というものなのだ。
「それじゃあ早速作っていこうかな。皆近くに寄ってもらえる?」
「えー?なんでですかー?」
「ほら、やっぱり料理してるとことか見て欲しいし。ああでも近寄り過ぎないでね?中華のコンロって火力が段違いだから」
そう言うとヒロは早速ガス台の火を点火し始めた。ゴウッ、と勢い良く燃え盛る炎を前にしてクラスは少しどよめく。
基本的に中華料理の火というのは他の日本料理や西洋料理とは比べ物にならない程火力が強い。少し覗き込めば下手をすると火傷してしまう程で、暫く鉄製品を置いていると焼け、溶けてしまうのではというレベルまで真っ赤に熱される。きちんとした方法で扱わなければとても危険なのだ。
しかしその火力は中華にとって無くてはならないものであり、特に今回の炒飯のように強い火で炒める料理には欠かせない。普通の家庭では決してお目に掛かれない設備だが、こんな設備を用意出来るのも流石IS学園といったところだろう。
未だに騒がしいクラスをよそに、テキパキとヒロは作業を進めていく。まず中華鍋を扱う際には必ず油返しをしなければならない。
中華鍋は市販のテフロン加工のフライパンなどとは違い、大体が鉄で形成されている。充分に熱して古い油を飛ばし、新たな油を馴染ませなければ具材がくっついて焦げの原因になってしまうことも多い。まずは鍋にお玉二、三杯程度の油を入れ、全体的に広げる必要があるのだ。
近年ではテフロンなどのものも見られるが、やはり鉄製がヒロにとって一番しっくりくる。道具にもこだわりを持つのがプロだ。
「えーっと一夏くん、今更だけどなんか解説とかいる?料理の」
「えっ、してくれるんですか?ぜひ聞きたいです!」
「分かった。皆もそうなのかな?」
『はい!お願いします!』
何と威勢の良い返事だろうか。最近の若者はこういうことが出来なくなりつつあるが、ここの学生はいつでも元気である。この業界に身を置いている以上どうしても挨拶が気になってしまうのだが、一夏や彼女たちなら心配なさそうだ。
さて、解説して欲しいと言われた手前ミスは絶対に禁物。気を緩める暇は一切ない。スイッチを完全に切り替え、仕事モードへと突入する。
その瞬間、ほんの一瞬だけピリついた何かを一夏は感じた。先程まではフランクで親しみやすい雰囲気だったヒロが、今この瞬間から鋭く尖った空気を纏っているように見える。
これがプロの姿なのか。まだ始まったばかりで断片しか読み取れないが、早くもその姿に一夏は釘付けになった。
「それじゃあまず、熱した鍋に油を入れて卵を入れていくよ。それである程度固まったらご飯を入れて炒める。この時卵は焦がさないよう注意すること」
徐々に煙が強くなっていく鍋は既にかなりの高温、つまり熱は充分入っている。そこに大さじお玉一杯の油を入れ、熱を少し下げていく。熱すぎる状態だと卵があっという間に焦げてしまい台無しになってしまうのだ。熱したらまず熱を下げ、そこから調理していくのが第一。
一杯分の油を戻し、そこに再度油を足す。クラスの人数から考えて大体一鍋で五人前程作れれば間に合うだろう。一夏を除き全員が女子であるし、量は少なめで問題ない筈だ。
油が温まってきたので一度火から外し、その状態のまま卵を投入する。
「えっ、火に掛けなくていいんですか?」
「そうすると焦げちゃうからね。さっきも言ったけど火力が物凄いんだ。数秒でも置いといたらすぐ焦げるから、こうやって具材を入れる時は手前に置いてからやるんだよ」
一般的な家庭の場合火に掛けたままでも多少は平気だろうが、中華ではそうはいかない。火力が強過ぎる為に火から外して具を入れなければすぐに焦げてしまう。全部が全部という訳でもないが、そうするに越したことはない。直接火に当てずとも鍋は加熱されているので充分だ。
鍋に卵を入れるとすぐに縁から固まってくるのでお玉でかき混ぜながらほぐし、すぐさまご飯を投入、鍋を返して卵の面を上に持っていき、手早く炒めていく。
「この時不必要に鍋を返す必要はないんだ。火の通りが浅くなっちゃうからね。焦げないように注意しながら適度に振っていく感じかな。そんじゃササッと炒めてくよ」
平然と言うヒロ、しかしそこからの光景は言葉からは全くイメージ出来ないものであった。
凄まじい早さで中華鍋を前後に動かし、すかさず鍋を数回返す。文字にするとさも簡単そうに見えるが、実際はまるで違う。鉄で出来た鍋はずっしりと重く、ましてや今使っているような大きめのものだと満足に返すのもやっと。それを上手くする為の振り方にもコツがあり、単純なフライ返しとも全く異なる。
これには経験が何よりものを言う。手首の力だけでやるのではなく、身体全体を動かして鍋を返す。腕だけだと充分に力が伝わらず、きちんとした返しが出来ない。しかし身体の全ての力を伝えるようにやってみると、不思議なことに重い鍋でも宙を舞うのである。
炒飯はこの鍋振りが何よりのポイント。空気を含ませながら炒めることで余分な油が飛び、美味しさをギュッと閉じ込める油脂の膜が出来る。強い火力と的確な鍋振りがあってこそ、美味しい炒飯は完成するのだ。
「………すげぇ………」
鬼気迫る光景、とはまさにこのことを言うのだろう。真剣な眼差しで、そして一言も発することなくひたすらに鍋を振るう。何かの決して派手なパフォーマンスでもないのに、一夏の目にはヒロの姿がとても格好良く写って見えた。彼自身も料理は得意だと自負しているし、だからこそあんな質問を投げ掛けたのだが……それは愚問だったらしい。今のヒロは正しくプロの姿。自分のような素人とは格が違う。
一夏は料理が好きだ。だからこそ、道が少し違えば歩んでいたかも知れない「料理人」の姿に、一夏は尊敬の念を抱いた。
「ある程度卵とご飯を炒めたらここに塩、コショウ、そして旨味調味料を入れる。具を入れる前にここでガチッと味を決めるのが大切なんだ」
近くに備えてある塩、コショウ、旨味調味料の順番に適量加えていく。無論、ヒロ程の腕前を持つ者ならわざわざ計る必要などない。道具に頼ることなく自身の感覚で味を定めるのも料理人の基本だ。
調味料を入れ、再度炒めていく。ここで炒めるのを疎かにしてしまっては何もかもが台無しになってしまう。しっかりと味のある炒飯を作るには米そのものに味を入れなければならない。だからこそ鍋振りは炒飯にとっての命なのだ。
「そんじゃあ具を入れてくよ。今日はシンプルに白ネギと万能ネギ、あとは炒った桜エビで行きます。これまた香りがいいんだ」
一口に炒飯といっても種類は多種多様、作る人によって味はガラリと変わる。正統派もあれば奇をてらった一品も少なくはない。
今回作るヒロの炒飯は前者、普段庶民が慣れ親しんだ家庭の味に近かった。ただそれで終わっては簡単過ぎて味気ないものになってしまう。そこでアクセントとして投入するのが桜エビだ。
芳ばしい香りが何より特徴の桜エビは軽く炒ることにより更なる香りが引き出される。エビとは特に相性が良い炒飯には持ってこいといえるだろう。
「ふわぁ………いい匂い。すごい美味しそうですね織斑先生!」
「ああ、そうだな」
台に置いてあった具材を一気に入れ、再度鍋を振る。その一振り一振りから漂う美味しそうな香りは比較的生徒達から離れた千冬達にも届き、鼻をくすぐった。和食の安心するような香りや洋食の上品なフレグランスとはまた違う、脳天を直撃する純粋な強い匂い。それはこの場にいる全ての人間の腹を空かせ、一刻も早く食べたい欲求を露呈させる。
それに応えるかのように、ヒロの調理はここで完成を迎える。元々時間の掛からない料理、他の品に比べすぐ食せるのは利点だ。
コンロから移し専用の鍋敷きの上に鍋を置くが、ここでヒロは食器を準備し忘れたことに気付いた。具材は忘れず出していたのに何たる不覚だろう。しかし起こったミスは仕方ない。炒飯が冷めないうちに準備せねば。幸い、千冬が立っている辺りに食器はあるので彼女に取ってもらうことにしよう。
「織斑せんせーい。そこの棚に小さい茶碗があるんで出してくれませんか?人数分」
「………私にやらせるか?全く………おいお前達!聞こえただろう。人数分の茶碗を出せ。さっさとしろ」
(人使い荒いなぁ……)
厳しく当たるのはいいとして、生徒に自分の仕事を押し付けるのは何とも人使いが荒い。ぼんやりそう思うヒロだが、実際彼も皿を千冬に用意させるつもりだったので人のことは言えない。
「森山さん、これで大丈夫ですか?」
「ん、サンキュー。お、スプーンも用意してくれたんだ。助かる」
「いえ!私達も早く食べたいんで!」
「ハハ……まぁそうだよね」
鬼教官の指示のおかげか、はたまた空腹のせいか。生徒達により手早く準備された食器は既に広げられ受け入れは万全。あとは炒飯を盛り付けるのみ。
器用に鍋を返しつつ、お玉に炒飯を乗せながら皿に盛っていく。ヒロが名指した通り普通の茶碗と比べ一回り小さいが、実際に食べるのは若き女子達。空腹とはいえこれで満足出来る筈だ。一皿一皿、なるべく綺麗な状態に盛っていく。
桜エビが芳ばしい、ヒロ特製"炒飯"の出来上がりである。
「オッケー、食堂の席に持ってっていいよ。残りの分も急いで作るから待っててね」
『はい!』
クラスの人数は三十人超、一人を除き全員が女子である。作る量はそこまで多くなくても問題ない。最初の時と同じ容量で素早く炒飯をヒロは炒めていく。
十分後、全員分を作り上げ盛り付けたヒロは皆の前で手を合わせた。
「そんじゃあ皆さん、暖かいうちに食べましょう。頂きます!」
『頂きまーす!!』
目を輝かせ、湯気が立ち上る熱々の炒飯を口へ運ぶ生徒達。次の瞬間、彼女達はこう口にした。
"美味しい"
口に入れた瞬間に溢れ出る旨味。普段食べている白米が具材と混ざり合い、絶妙な調味によって主菜へと変貌しているではないか。程よい塩気にホロリとほどける米粒。その一つ一つにしっかりと味を感じられるのは油の膜でコーティングされているからであり、結果それがパラパラの炒飯を生み出す。
もちろんそれだけではない。香ばしく炒め上げられた白ネギと万能ネギは香味野菜として炒飯との相性がこの上なく良い。油気が少なく、どこかさっぱりしているような味わいはこの二つの野菜による効果だ。
そして何よりこの美味しそうな匂いを放つ桜エビ。口いっぱいに広がる海鮮系の香気成分はそのまま旨みに直結する。ただでさえ美味い炒飯が、エビを入れただけで二段階も三段階も美味しさが増すのだ。
最初はバラバラであっても上手に炒めることで、全ての食材が調和し極上の美味しさを作り出す。それこそが炒飯の真髄と言えるだろう。
美味しさに顔を綻ばせ、笑顔で頬張る生徒達。やはり自分の作った料理で生まれる笑顔を見るのは心嬉しいものだ。
そんな中一人席に付き、神妙な面持ちで食べる一夏。育ち盛りの十五歳ということで彼には大盛りにしたのだが、まさか口に合わなかったのだろうか。にしては皿は空だが………。ともかく感想を聞いてみようとヒロは一夏のいる席へ向かった。
「どうかな一夏くん、俺の炒飯」
「……俺も炒飯はよく作ってました。でもここまで美味いのは……生意気言ってすいませんでした!」
これは驚き。よもや謝罪されるとは。彼は生意気なことを言ったと口にするが、しかしそんなこと言っただろうか?美味い飯を作れる、の下りがそうなのかも知れないが、別に本人は全くそうは思っていない。突然謝られて若干困惑したのか、ヒロは目を丸くする。
「おいおい、そんな謝る必要ないって。美味いって思ってくれたんなら充分だよ」
「いや、でも………」
「料理人にとって"美味い"の一言は何より変えがたいもんさ。それだけで俺は嬉しい。それ以上の言葉なんていらないよ」
「………はい!」
料理人の仕事は如何に美味しい料理をお客様に提供するか、ただその一点のみ。最高の一品を作り上げ、満足して貰うのが何よりの使命。その気持ちを一言で表す"美味い"という言葉は、彼ら料理人にとって最大の賛辞だ。それだけで次なる一品への糧となり、料理への原動力となる。生徒達の笑顔と一夏の言葉、その二つでヒロは満腹なのだ。
「一夏くんてさ、料理はする方なの?」
「はい。一応毎日作ってました。好きでしたし」
「そっか。したらアレだ、日曜とかヒマだったら遊びに来なよ。もし良かったら料理とか教えるからさ」
「マジですか!?森山さんがいいなら!」
「あー名字じゃなくて名前でいいよ。そっちの方が呼びやすいだろうし」
毎日料理を作っていたとはこれまた驚きである。今の時代、ましてや中学生だった少年が毎日自炊していたとは。兄弟揃って立派なものだ。
そうであるなら話は早い。せっかく料理の心得があるのなら、一つや二つの教鞭は取ってみたい。プロとしての知識や器具の扱い方等々、教えたいことは山程ある。もちろん彼の都合もあるだろうし無理強いはしないが、この様子を見る限りでは乗り気のようだ。
「当分はISの練習だろうけどさ、頑張ってね。俺もウマい飯、作るからさ」
「はい!これからもよろしくお願いしますヒロさん!」
純真な笑みをその顔に刻み、一夏はヒロと握手を交わす。ガッチリとした、料理人の手。毎日包丁を握り、鍋を振るっていなければこんな手にはならない。日々美味しい料理を届け、皆を笑顔にする。そんなヒロに一夏は尊敬の念を抱いたのだった。