これが本当の西住サンドです!   作:吉原 昇世

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第1話

 

『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れなし 鉄の掟 鋼の心 これぞ西住流』

 

【逸見エリカ】

 

「副隊長?」

 思わず口をそう吐いた。逸見エリカが最後に接した西住みほは、黒森峰の副隊長だったのだから。

 まさか、再び彼女とまみえる事になろうとは、エリカは夢にも思わなかった。エリカの中で、既にみほは過去の人間となっていたのだから。

 

 過ぎた事に拘っても仕方がない、と自分でも思う。過去に拘れば、結果、現在をないがしろにしてしまう。とても合理的な行為だとは思わない。

 しかし、過ぎてしまった事なのだと、取り戻せない事なのだと意識すると、やはり逸見エリカは胸中穏やかではいられなくなるのだ。

 もう、あれから一年になる。第62回全国戦車道大会、我が黒森峰の10連覇が賭かった記念すべき大会。

 手前味噌ではあるが、布陣は完璧だった。二年生ながら、強豪黒森峰の隊長を務める西住まほ隊長、そして一年生ながら副隊長を務める西住みほ副隊長、そして彼女達の元で訓練を積んだ精鋭達。これだけのタレントを擁した学校が他にあっただろうか? 否、そんな学校はなかった。プラウダ、聖グロリアーナ、サンダース大付属の常連校と比較しても、圧倒的と言ってしまえる戦力が揃っていた。もはや、10連覇というものは目的ではなく、ただの状況に過ぎない。勝つべくして勝つ年代だったのだ。

 だが、実際はそうはならなかった。結果は準優勝。最強の布陣で臨んだにも関わらず、栄光の優勝旗を手にする事は出来なかった。

 ここで断っておきたいのだが、エリカが拘っているのは、拘らずにいられないのは、何も勝敗の事ではない。敗因は自分達が西住隊長の指揮に答える事が出来なかったからだと自覚している。その領分はちゃんと弁えている。敗因を反省する事はあっても、敗因を理由に人を乏しめる事はしない。それはお門違いだ。

 では、何に対して?

「どうして、何も言わずに行っちゃうのよ」

 大会後、みほは黒森峰を去った。戦車道を辞めるのではなく、黒森峰女学園から姿を消した。

 彼女の心中を察すれば、同情しないでもない。直接間接問わず、彼女の行動が敗北を招いたのは明らかだった。それを自覚しているみほは、自責の念に駆られ、転校を余儀なくされたのだろう。加えて、みほは西住流家元の娘だ。きっと師範から厳しい叱責があったに違いない。

 だが、それでも。それでも、一言あっても良かったのではないかと思う。謝罪を求めている訳ではない。みほの行いは西住流にこそ反していたかもしれないが、決して責められる行いではない。隊長であるまほも、その事でみほを責めた事は一度もない。

 ならばこそ、転校を考えた段階で、姉であるまほや、同級生である自分に相談してほしかった。そうすれば、彼女の心の負担を幾分か和らげる事が出来たかもしれない。

(なのに、あの子はその機会もくれなかった)

 結果、西住みほの後任は逸見エリカとなり、新体制で翌年の全国大会に向け、鍛練を積む事となった。

 

 そうして、エリカは副隊長として、まほと同伴する機会が増えた。

 憧れの西住まほ。強化選手にも選ばれ、既に次期西住流後継も確実視されていた人物。そんな彼女の傍らにいる事は、エリカにとって誇らしい事だった。

 エリカはまほを、西住流そのものだと思っている。これは、まほ本人もそうだと話している事もあったが、何より傍で見ているエリカ自身がそう感じるのだ。

 だから、隊長にとって西住流とは何か?などと無粋な問いを投げた事はない。本人の代わりに、エリカが答えても差し支えない。

『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れなし 鉄の掟 鋼の心』

 西住流そのものである西住隊長を、エリカは心から尊敬し、崇拝していた。まほが掲げる戦車道を、自らもそうあろうと常に心に持っていた。

 

 

【西住みほ】

 

 エリカにとってそうであったからといって、西住みほにとってもそうであったとは限らない。

 みほにとって、西住流の戦車道は尊ぶべきものではない。いや、この言い方だと語弊がある。正確には、みほの中での占める割合がそう多くない。

 みほには、家元の娘であるという自覚がない訳ではない。十歳の頃から門下生に交じり戦車道の訓練を受けてきたし、黒森峰に入学してからは西住流家元の生まれとして、それ相応の役職に就き、名に恥じぬ才覚を発揮してきた。

 ただ、その付いて回る西住流家元の所為か、友人はあまり多くなかった。戦車道を通じて得た友人はもちろんいた。小学校の同級生だった柚本瞳、遊佐千紘、中須賀エミは特に馴染のある友人だ。だが、幼さの為もあってすぐに仲良くなれたエミ達と違い、門下生や黒森峰の隊員が気安く接する事はない。みほは戦車道が関わる場所だと、どうしても特別視されてしまうのだ。

 みほは、友達が欲しかった。例えば、瞳と千紘のような互いをあだ名で呼び合えるような親友が。家元の娘としてではなく、一人の西住みほとして接してくれる友人が欲しかった。

 黒森峰に在籍していた時、ついぞそれが叶う事はなかった。みほも他者に対して、名字で呼ぶような畏まった距離の取り方をしてしまっていたものだから、当然と言えば当然かもしれない。

 と、そこまで思いを巡らせ、ふと頭をよぎる事がある。

(そういえば、黒森峰で一番仲が良かったのは誰だろう?)

 姉のまほとは連絡を密にしていたから接する機会が多かったが、それはカウントされない。まほは友達ではなく、姉妹だ。

 とするなら、次点で接する機会が多かったとなると、

(逸見、エリカさん)

 同級生の逸見エリカ。彼女は、みほと同じく一年生ながら車長に任命された、数少ない逸材の内の一人だ。豊富な戦車知識、作戦への高い理解力、それを実行できる優れた技能を持ったもう一人のエリート一年生。大会メンバーに選出された中には赤星小梅などの他の一年生もいたが、エリカの実力は群を抜いていた。隊長のまほが、みほに次いで信を置いていた人物である。

 周りからはエリカと比較され、本人からもライバル視されていたが、みほ自身は悪い気はしていなかった。何かにつけてエリカがみほに絡んでくる事は、むしろ嬉しかった事かもしれない。

 エリカはみほを特別視しなかった。師範の娘である事も、命令系統上の立場が上位である事も、重々承知していたが、それをプライベートにまで引っ張る事はなく、戦車道は戦車道、私生活は私生活と割り切っていた。

 エリカとは同学年であった事も手伝い、一緒に過ごす時間は少なくなかった。例えば、作戦会議。

「どうして副隊長のあなたがそんな後ろの席にいるのよ! ほら、西住隊長の正面の席が空いてるじゃない」

 最後列の一番端に座っているみほを見咎め、みほを最前列中央に連れていく。そう、エリカはみほ一人を行かせるような事はしない。みほと『一緒に』最前列の席に向かうのだ。入学当初は他の上級生の目もあり大袈裟にする事もなかったが、全国大会が近付いてくる頃には共に隊の中心的存在で、人目を憚らず容赦なくみほに関わっていくエリカ。

 だが、みほも気にはなっていた。家元の娘としては意識していないようだが、エリカも無意識の内に、みほを通してまほを見ている事が多いのだと。

「では早速だが、次回の練習試合の作戦会議を始める。先日、配布した資料の通り、相手は継続高校。場所は・・・」

 姉のまほは、妹のみほから見ても自慢の姉だ。エリカがそう感じているように、みほもまほの事を尊敬している。それが分かってしまうが為に、未だにエリカとは『友達』になれていない。

 みほとエリカは、お互いに実力を認め合うライバル同士だ。だが、みほが望む友人関係ではない。

 もっとお話がしたい。学校の事、家族の事、趣味の事。しかし、エリカはそれを望むだろうか? エリカはみほの友人になってくれるだろうか?

 

 

【みほとエリカ】

 

 全国戦車道大会初戦の前日、ブリーフィングルーム前の廊下。みほは部屋に戻ろうとしていたエリカを呼び止めた。

「あの、逸見さん。ちょっと、お話が・・・」

「話? 明日のこと?」

 この反応にみほの胸はちくりと痛んだ。確かにこれまで戦車道の話しかしてこなかったのだから、経験則としてみほがエリカに用があるとしたら、戦車道の話になるだろうと初めに推測するも当然だ。しかし、今回はそうではない。

 しかし、こんなところでいちいち憂いていては、エリカへの想いは伝わらない。

「明日、というより、これからのことなんだけど」

「これからのこと?」

「うん、明日から全国大会が始まるでしょ」

「10連覇が懸かった大事な大会ね。西住隊長の経歴に相応しい功績よね」

 既に優勝したかのような発言は決して慢心ではない。過酷な訓練や練習試合を経て裏打ちされた自信の表れなのだ。

 誇らしいエリカを余所に、みほの気持ちは晴れない。エリカはみほの気持ちを察してないのだから仕方ないのだが、戦車道の話をすれば自然とまほの話題に触れる。今はそこでなく、自分に向いてほしいのだ。

「そうだね。で、もし私達が優勝出来たら」

「もし? 副隊長のあなたがそんな弱気でどうするのよ」

「違うよ、逸見さん。絶対一緒に優勝しよう」

「当然よ」

「で、優勝したら、私と」

「あなたと?」

 いざ、言葉にしようとするとなかなか言い出せない。言えばいいのだ。友達になりたい、とただそれだけを伝えればいいのだ。

 しかし、これまで過ごした時間がその意志を鈍らせるのだ。

(嫌われてしまったらどうしよう?)

 なかなか言い出せずにいるみほにじれったくなったのか、無理やり先を促させるエリカ。

「別にいいわよ。ボコられなんとかのぬいぐるみを一緒に買いに行けばいいんでしょ?」

「いいの?!」

 みほは思わず上擦った大声を上げてしまう。予想以上の返答にみほのテンションは一気に限界値を超えた。

「いいわよ。あのキモイぬいぐるみ、私の趣味じゃないけど。あなた行きたいんでしょ?」

 どうしてエリカがこうも自分の願いを受け入れてくれるのか不思議でならないが、思考は止まる。予想外に訪れた歓喜がみほから考えるという要素を奪った。

 迷わないみほは強い。言い換えるなら戦車に乗っている時のみほは頼りになる。今のみほはそれだ。ならば、強気なみほは、あのエリカに対しても強気になれてしまう。

「じゃあさ、逸見さん」

「なによ」

「私と逸見さんは友達だよね?」

「・・・・・・」

 これには、すぐに返事をしていたエリカも言葉に詰まる。どう返事をしていいか、というよりも、何故いきなりこんな事を言い出すのか分からなかった。これは、全国大会前日に問わねばならない事なのか?

 答えあぐねているエリカの瞳を、みほは逸らさずじっと見つめている。これまでみほがエリカに対して、積極的になった事はない。エリカもいい加減に返事をする事は出来ないと悟る。

「そうね、一緒に買い物に出掛けるんだから、友達って事になるのかしら」

 みほ感激の極み。声がゴムボールも斯くの如しと言わんばかりに弾む。

「じゃあ♪」

「でも、まだ約束しただけよ」

「えっ」

「あなたには副隊長として、西住達長を支える義務があるわ。それを全うできない人を、私は仲間とは、友達とは認めない」

 これを受けたみほは改めて思い知る。逸見エリカという女性は、勝利に対して妥協しない、強い信念を持った女性なのだと。

 だから、その姿が近しい誰かとダブって見えてしまう。

(・・・お姉ちゃんみたい)

 勝利に向かって邁進する姿勢。彼女の中にあるのは、ただ前進する事のみ。西住流の在り方そのもの。

「うん、もちろんお姉ちゃんを全力でサポートする。逸見さんの事も」

「私も負けないわよ」

 エリカもどこか嬉しそうに微笑んで、踵を返し再び歩き出す。みほはエリカと絆を感じられた喜びを余韻に浸っている。先行していたエリカは、みほがその場でボーとしているのを見咎めた。

「副隊長、あなたいつまでそうしてるのよ?」

 みほも慌ててエリカに並んで歩き出す。ちらっとエリカの横顔をのぞき込むと、彼女の頬は少し赤みを帯びていた。

「逸見さん、どうしたの?」

 エリカはこちらに視線を向けるでなく、そのまま進行方向を向きながら答える。

「それ。その逸見さんってのやめなさいよ」

「えっ?」

「隊長だって私の事、エリカって呼ぶじゃない? 同学年のあなたが名字で呼ぶってのもなんか変でしょ」

 そこで一旦区切って、少し口ごもらせた後、

「私達、友達なんだし」

 少し照れた様子で言い捨てて、早歩きになるエリカ。赤らんだ表情をみほに見せまいとしていたのだろう。

 みほは呆気に取られて、しばし先を歩くエリカの背中を見ていた。黒森峰に入って以来、戦車道を通じて出来た初めての友達。

 みほが我に返った時は、既にエリカは曲がり角に差し掛かろうとしていた。

 数歩だけ前へ歩み、立ち止まりエリカを呼び止める。

「逸見さん、私も」

 そう呼び止められ、エリカは肩越しにみほを見やる。

「逸見さんも私のこと、みほって呼んでください!」

 エリカは視線を天上へ巡らせ、少し考える素振りを見せてから、

「そうね、考えとくわ」

 と、だけ伝えて、その場を立ち去った。

 みほの視点からは見えていただろうか、芝居がかった返事をして、まんざらでもない様子で部屋へ帰ったエリカの横顔が。

 

 

【エリカとまほ】

 

 結果として、先の交わされた約束は果たされなかった。熊本港に寄港した際に新しいボコが買い足される事もなかったし、みほとエリカの呼び合う名前は、逸見さんと副隊長(あなた)のままだった。

 決して、優勝と言う約束が果たされなかった為に、頑なにそう呼ばないのではない。お互いが歩み寄る機会を彼女達は逸し続けていたからである。エリカも、是が非でもみほを名前で呼びたくない訳ではない。

(私は、あなたと友達に)

 独りきりのブリーフィングルーム、バインダーを片手に佇むエリカがそこにいた。第63回全国大会抽選会を数日後に控え、黒森峰の車長達で備品点検をした後だった。

 手にあるバインダー視線を落とし、小さく溜息を漏らす。備品資料はエリカの憂鬱に関係ない。原因は一緒に挟んでいた一枚の写真。

 一年次に戦車道メンバーと撮った数少ない写真の中に、エリカとまほの間で苦笑いを浮かべるみほの姿があった。

 この時のことは覚えてる。黒森峰の報道部が大会当日に取材に来ており、その時に撮った写真だった。

「西住まほさん、表情が硬いですよ。みほさんは上手く笑えてるじゃないですか」

 カメラを構えた女生徒がまほに笑顔を促す。まほも「笑っているつもりだが?」と普段の毅然とした姿とは似ても似つかない。そんな姉の様子がおかしかったのか、隣にいたみほは苦笑せざるを得なかったのだ。

 みほとまほ、そしてエリカ。三人が並んで取った唯一の写真。

(私も笑えてない)

 あの時も上手く笑えなかったのに、みほがいない今、どうして笑う事が出来るのだろうか。

(私、どうしたら)

 思わず涙腺が緩みかけたその瞬間、ブリーフィングルームの扉が開く音がした。

「まだ残っていたのか」

 声の主は上手く笑えない隊長、まほだった。

「その、いえっ」

 今の自分はどう見えてるだろう、目元が赤くなっていないだろうか。そういう事ばかりが気になってエリカが上手く返事できずにいると、まほが傍らに歩み寄り、目についた写真を取り上げた。

「そっ、それは」

「去年の写真だな。相変わらず笑顔が下手だな」

 果たしてそれは誰を指して言われたものなのか、判断しかねる。

「副隊ちょ、いえ、妹さんは今どうしてるのでしょうか?」

 その問いに、優しい目で写真を見つめたまま、エリカの方を見ずに答える。

「戦車道のない学校に行ったと聞いている」

「そうですか」

 その事実に、自分でも意外と驚かなかった。あれだけの事があって、黒森峰を離れる選択をした彼女だ、無理もない。

 むしろ、エリカは心のどこかでホッとした。自分でも理由は分からないが、みほが戦車道を辞めた事が何故か嬉しかった。これでみほが傷付かなくなったのだと、心のどこかで思ったのかもしれない。

(じゃあ、隊長はどう思ってるのだろう?)

 ふと疑問に思ったエリカは、まほに水を向けてみる。

「西住隊長、いよいよ抽選会ですね」

「あぁ」

「不安はありませんか?」

「西住流は何があっても前に進む流派だ。どうした、エリカは不安か?」

 まほは如何なる時であっても揺るがない。西住流を体現したこの人は、まさしく鋼の心を持っているのだ。

「いえ、そういう訳では」

「どうしたエリカらしくないな。歯切れが悪いぞ」

 言って何か思い当たったらしい。思い当たるも何も、つい先程までの話題がそうだったではないか。

「みほの事か?」

「・・・はい」

 ここではぐらかしても仕方ない。まほが自分の口でその話題を振ってくれたのだ。言いづらい事とはいえ、話せるなら確認したい。

「隊長は、妹さんが黒森峰を離れて、心配ではないのですか?」

 瞼を伏せ質問を吟味するように間をたっぷりと取った後、おもむろに言葉を紡いでいく。

「そうだな、みほが黒森峰にいれば、より高度な作戦が実行できただろうし、柔軟な展開も出来ただろう。だが」

 一旦そこで言葉を切り、勿体付けて、

「エリカ、お前も十二分に副隊長の任を全うしてくれている。いつも感謝している」

 胸が痛い。もちろん敬愛するまほに褒めてもらえて嬉しいのだが、それ以上に、まほには自分より相応しい副官がいると心の奥底に閉じ込めていた嫉妬心が叫び続けるのだ。誰がどう見ても、黒森峰の副隊長に相応しいのは、自分ではなく、西住みほだ。

「もったいないお言葉、ありがとうございます。ですが、そう言って欲しいのではなくて」

「どうした?」

 まほには、エリカが何を訊きたいのか、何を言わんとするのかが分からない。

「ですから、西住隊長は、副隊長が黒森峰を離れた事をどう思っていらっしゃるのですか?」

 ついに直接本人に問うてしまった。先からみほの事を副隊長と呼び続けるが、まほからは何のお咎めもない。まほにもそんな余裕などないのかもしれない。

 先同様、少し間を置いてから、言葉を慎重に選びながら言葉を紡ぐ。

「よかったと思っている。みほは私と同じく幼い頃から西住の教えを受けてきた。みほも戦車が好きだったようだから、途中で投げ出す事はなかったが。・・・いや」

「?」

「そういえば、一度みほに、戦車道を辞めたくなった事はないかと尋ねられたな」

「戦車道を」

「そうだ。どうやらみほは友人の事で悩んでいたらしくてな」

 『友人』、その言葉がエリカは引っ掛かった。しかし、話を遮る事はなく、まほの話に耳を傾ける。

「それを聞いて思った。みほは友達が大事なのだと」

 エリカもそれに同意し、静かに頷いた。

「みほは優しすぎる。プラウダとの決勝戦、私はみほのあの判断を咎めるつもりはない。だが、師範は、西住流はそれを良しとしない」

「・・・はい」

「みほにはみほらしい戦車道があると思う。西住流に捉われない自由な戦車道が」

 分かるかもしれない。思わずそう言い掛けた。咄嗟に口を噤んだが、エリカの唇はその言葉をなぞっていた。

「副隊長には西住流ではない、副隊長だけの戦車道が」

「そうだ」

「では、隊長の西住流とは・・・」

 自身を西住流そのものだと公言するまほ。実力、成果共にそう名乗るに相応しい。だが、いささか、豪語が過ぎるのではないか。今代の西住師範は二子を設けた。姉のまほと妹のみほ。一子相伝の西住流はまほを次期後継者として教育している。島田流に引けを取らない後継者が誕生するだろう。

 であれば、みほは既に西住流から解き放たれているのだ。西住流の戦車道から、その門下である黒森峰から。まほが一身に師範の期待と信頼を背負ってきたのは。

「妹である副隊長を自由にする為の戦車道・・・?」

「さすがは私の副官だ」

 先のエリカへの賞賛は証明されたと言わんばかりに満足げに頷き、出口へ向かうまほ。

「では、隊長。隊長が昨年度の責任を敢えて背負われたのも?」

「・・・抽選会は私とエリカで参加する」

「まほ隊長!」

 エリカの言及をさらりと躱し、扉のドアノブに手を掛ける。そして背中越しにこう伝えた。

「会場の近くに戦車喫茶というものがあるらしい。帰りに寄るとしよう」

 それだけ言い残し、ブリーフィングルームを後にする。残されたエリカは、自らが望んで知り得たまほの志しに、ただただ打ちひしがれるしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」副隊長?」

 

 違う、この子はもう私達の仲間じゃない。仲間でもないなら、友達でもない。

 

 では、何なのか?

 

 黒森峰を裏切り、西住の名を汚し、まほ隊長を苦しめる、私達の唾棄すべき相手。

 

 ならば、完膚なきまでに叩き潰すのだ。この子が侮辱した西住流は決して地に伏してなどいない。

 

 西住流は王者の流派。王者の戦いを見せつけるのだ。

 

 

 そして、まほ隊長がこの子を西住流から解き放たんが為の戦車道を貫こうとするならば、

 今度はこの逸見エリカが、まほ隊長をこの子から解放してあげるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待っててください、西住隊長。

 

 

 

 

 

 




みほ、誕生日おめでとう!
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