これが本当の西住サンドです!   作:吉原 昇世

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第2話

 

「あなたは今後、彼女を何と呼びますか?」

 暴風雪と称される他校の上級生から投げられた問いを受け、エリカはやはり答えに窮するのであった。

 

 

【みほとミカ】

 

 大学選抜戦を終え、大洗女子学園に助力した学校を改めて招待しての慰労会。あの戦いで何の見返りも求めず、戦車と人員を提供してくれた彼女達をもてなそうと、大洗女子学園の角谷杏会長が主催した。主催と言っても発案しただけであって、会場の手配や招待状の作成などは副会長と広報が担当したというのは誰もが知ってる話だ。

 聖グロリアーナ、サンダース大付属、プラウダ、黒森峰、知波単が続々と会場入りし、遅刻が危ぶまれていたアンツィオも会長が開始の音頭を取る直前には到着した。

 唯一、慰労会の会場に姿を見せてなかったのは、継続高校の三人だけであった。彼女達も参加の旨を連絡していたのだが、何かの事情があったのか。

 各校入り混じって盛り上がる中、大洗隊長の西住みほが継続高校の三人の心配をしていると、ジャージ姿の女の子がみほを会場からひっそりと連れ出した。赤毛のツインテール、継続高校のミッコだ。

 ミッコは、会場から少し離れた場所に控えていたミカの所までみほを案内すると、みほとミカを残し、アキと一緒に会場の方へ立ち去った。

「継続高校の皆さんも来てくれてたんですね、ありがとうございます」

「せっかくの招待だったからね。それに、アキもミッコも私と違って社交的なんだ。すごく楽しみにしていたよ」

 まるで、自分は参加するつもりがないと断っているかのように、カンテレを鳴らす継続高校隊長のミカ。チューリップのようなハットを目深にかぶっている為に、ミカの表情はみほからははっきりと見えない。ただ、笑って見せる口元からは何故か寂しさが滲んだ。

「ミカさんも一緒にみんなの所に行きませんか? 友達を紹介したいんです」

「友達か。せっかくだけど遠慮しておくよ。私はあの二人みたいに『優しく』はできないんだ。時間がなくてね」

「?」

 ミカの詩的な物言いに慣れないみほは、どう返していいものか困っていた。すると、ミカは更に続けた。

「だけど、キミとは一度話をしておきたくてね」

「はい、私もミカさんとはずっとお話ししたかったんです」

「そう言ってくれると嬉しいよ。では、西住さん、と呼んでいいかな?」

「みほって呼んでください。お姉ちゃ、いえ、黒森峰のまほさんもいますから」

「そうか、では改めてみほさん。一つ、訊きたい事があるんだ。いいかな?」

 もしこの場にアキとミッコがいたなら、驚愕を禁じえなかっただろう。ミカが他人に訊ねたい事がある。普段のミカからは想像もつかない行動だ。何がミカの興味を惹いたのか、アキは気になって仕方がなかっただろう。

「はい」

 みほがそう快諾すると、ミカも優しく、やはり静かに笑って見せた。ミカの五指に弾かれたカンテレが綺麗な音色を響かせる。

「キミはもう黒森峰には帰らないのかい?」

 

 

 

【隊長達】

 

「結局、ミカさんはいらっしゃらないのね」

 ダージリンがそう零すと口いっぱいに食事を頬張るケイが同調する。

「彼女のBT∸42捌き、とてもエキサイティングだったわ! 会えるのを楽しみにしてたのに」

「確か、先日も気付いたら居なかったようだな」

 大学選抜戦後、各校の隊長に感謝を述べていたまほだったが、継続高校にだけはそれが適わなかった。

「まったくだ、せっかくウチのペパロニ特製鉄板ナポリタンを皆に振る舞おうと思っていたのに」

 ノリとパスタの国から来たアンチョビは、また違ってベクトルでミカの不在を嘆いた。

「ふん、ウチから戦車を盗んだのが後ろめたくって参加できないだけでしょ」

 継続高校との過去の遺恨からか、ミカに対してあまり快く思っていないカチューシャ。

 自然と隊長格が雁首揃えてしまうのは、宿業なのだろうか。このメンツが顔を合わせると、途端に辺りは異様な空気に包まれる。その証拠に、同じ隊長であるみほや知波単の西絹代は、この中に参加していない。隊長と共にする事が多い、逸見エリカやノンナ、オレンジペコもこの場にはいない。

 隊長格、と呼称したものの、実際にはここに揃ってる最上級生達は既に隊長職を辞している。各校は、それぞれの信頼できる後輩に後任を託している。既に彼女達は隊長という重圧から解放されている。

 その為なのだろう、これまでは立場上口に出来なかった事も言えてしまう。

「いない人の話題はここまでにして」

「? なによダージリン。さては、この偉大なるカチューシャを褒め称えたいのね。いいわ、存分に」

「そうでなくてよ、カチューシャ。あなたにとってもいい機会だと思うのよ」

「What? 随分意味ありげに言うじゃない」

 ケイとてダージリンの真意は図りかねたが、それでも普段の格言の前振りだとも思えなかった。何か価値のある、少なくとも有意義な話題を提供しようとしている。まほやアンチョビにもそれを察する事は出来た。

 そして、ダージリンは満を持して、その話題に因縁浅からぬ人物に水を向ける。

「まほさんに伺いたい事があるのだけれど、黒森峰の次期隊長はどなたになさるのかしら?」

 一同は言葉を失った。その内容が衝撃的だった訳ではない。むしろ、勿体ぶった割には、それ程重要な事柄とは思えなかったからだ。

 もちろん、次期隊長の件は自校の事であれば大事である。だが、他校の人事に関してはその限りではない。今現在はどの学校も公表してないが、そう時期を置かずしてすぐに一般にも知られる事となる。別段この時期に探りを入れる程、重要視されている案件ではない。

「黒森峰の次期隊長はエリーシャに決まってるじゃない。ダージリン、アナタ耄碌したの?」

「カチューシャの言う通りね。黒森峰にはエリカがいるわ。マホもそのつもりで教育してたんでしょ?」

 カチューシャもケイも、黒森峰の次期隊長は、副隊長を務めた逸見エリカだと信じて疑わない。

「あぁ、黒森峰の現隊長はエリカだ。これはずっと昔から決めていた事だ」

 まほに明言され、皆の認識は確実なものとなる。

誰もが既に確実視していた事だが、わざわざダージリンは直接まほに確認して見せた。と言う事は、何かの意図があったという事なのか。まほ以外の人間は、その思惑に気付き、ダージリンに視線を向ける。

「いえね、先日の試合を見てて、ふと思ったのよ。『みほさん』はまほさんとアイコンタクトで意思疎通が図れるのねって」

 西住姉妹と島田愛里寿の対決を、この場の皆がスクリーン越しに目撃している。あの息詰まる激闘を、傍観していた者も緊張し目を離せなかった死闘を。あの最終決戦を見た者なら、誰もが両者を称えただろう。

 特に大洗側の関係者であれば、西住姉妹の連携攻撃には度肝を抜かされた事だろう。言葉を交わしている暇はなく、彼女達は視線を交わすだけで互いの意図を理解した。あのセンチュリオンを打倒できたのは、あの二人だったから。どちらかが欠けていれば、間違いなく結果は変わっていただろう。

「確かにあれは真似できない。流石は西住流だ」

「そうね、つい失念しがちだけど、ミホーシャも西住流後継者なのよね」

 ダージリンの感想に、アンチョビもカチューシャも首肯した。この場にいる誰もが、まほだけでなくみほの実力をよく知っているし、認めている。みほに土を付けたのは、エキシビジョン時はカチューシャの助力もあったとはいえ、ダージリン率いる聖グロリアーナのみだ。それ以外は、一度みほに敗北を喫している。

「いや、もうみほは西住流の門下ではない」

 まほは短く指摘したのみで、それ以上は何も言わない。

「ミホが西住styleかどうかはノープロブレム。ワールドクラシックスやプロリーグで共闘すれば」

「そっか、二年後の世界大会でまたあの連携プレイが見られるのね!」

 そう、可能性があるとするなら、世界大会や戦車道のプロリーグでの共闘。そう遠くない未来に、西住の名が全世界の戦車道界を賑わせる事に違いない。この場の誰もがそれを期待している。姉のまほもそれを望んでいる。

「どうなるかはみほ次第だ。私があれこれ口を出す事じゃない」

 しきりに話題を終わらせようとするまほ。だが、それを黙って許すダージリンではない。

「そうかしら?」

「何がだ?」

「いえね、みほさんと、大洗の子達と初めて試合をした時、みほさんはまほさんとは違った戦いをするのね、と思ったの。実際、決勝までの全試合を見させてもらったけど、その印象は変わらなかったわ」

「その通りだ。みほは、西住流の戦車道とは違う、自分だけの戦車道を見つけている」

「そのようね。でもね?」

 ダージリンの熱を帯びない冷たい視線が、まほを刺す。それに怯むまほではないが、かと言って制する事も出来ない。きっとカチューシャなら、まほの一瞥に震え上がってしまうだろうが。

「あなたと共闘していたみほさんは、とても輝いて見えたわ。これまでの大洗の子達の試合はどれも素晴らしかったけども、それと違ったみほさんの本来の姿が、あの試合にはあったわ」

「何が言いたい?」

「姉妹への賞賛を、私に言わせるのかしら?」

 言葉を発するごとに、ダージリンのまほを責める色が強くなる。それが見ていられないカチューシャは横から口を挿む。

「いい加減にしなさい。これ以上ダラダラ続けるようなら私がシュクセーしてやるわ!」

「じれったいのは私も同じなのよ、カチューシャ」

 カチューシャの牽制も、ダージリンを止めるには至らない。

「What? じれったい? もう意味が分からないわ」

「どうしたみんな。腹が減ったのか? パスタでも食べるか?」

 駆け引きが得意ではないケイとアンチョビは既にお手上げ状態だ。こうなると、ダージリンが進める他ない。

「では、単刀直入に言わせてもらうわ」

 その場にいた誰もが、思わず固唾を飲む。ダージリンが口を開くまで、独特な緊張感が場を支配する。

「まほさん。あなた、みほさんを黒森峰に連れ戻す気はないの?」

 

 

【みほとミカ】

 

「黒森峰に、ですか?」

 質問の意図が分からず、仕方なくオウム返しする。が、みほがそう訊き返しても、ミカは目を伏せ首肯し、カンテレの弦を優しく弾くのみ。

 思えば、黒森峰に戻ろうと考えた事は一度もなかった。戦車道から離れたくて大洗に転校してきたものの、結局は何の因果か戦車道を再開する事となった。結果的にはそれが良かったと思っている。戦車道を通じて、友達もできたし、疎遠になっていた姉とも仲直りする事が出来た。

 戦車道再開に導いたのも、姉との復縁を後押ししてくれたのも、大洗にいたからこそ。

「私はこれからも大洗のみんなと一緒に戦車道をやって行きたいから」

 これはみほの偽らざる気持ちだ。決勝戦での古巣黒森峰との対決を経て、ようやく見つけたみほの戦車道。仲間と共にある事こそが、何よりも尊いものだとみほは感じている。

「ふうん」

「準決勝で、もう勝てないって諦めかけた時、同時に来年もこの大洗女子学園で戦車道を続けたいなって思ったんです」

 つい熱が入ってしまうみほ。それ程までに、大洗への想いは強いという事だろう。

 しかし、ミカはその回答で満足しなかった。

「こだわりすぎじゃないかな?」

「えっ?」

 不意にそう言われて困惑するみほ。ミカは、もちろん困惑すると分かっていた。いや、困らせる為にそう言った。意地悪なのは先刻承知だ。

「例え話と思って聞いてくれたらいい。黒森峰を辞めて転校した先が、大洗ではない戦車道のない学校だったとしよう。偶然、大洗のような状況で引くに引けず戦車道を再開する事になった、としよう」

 どういう意図があってこの例え話を聞かせるのか、そう疑問を持たずにいられない。それと、ミカがこれほど具体的な、言ってしまえば俗っぽい会話をしているのが、みほには不自然に感じられた。

「そして、大洗同様優勝まで導き、廃校の危機を回避したとする。そうした時、やっぱりキミは同じことを言うんだろうね」

 ここまで黙って例え話に耳を傾けていたみほであったが、それには同意できなかった。ただ、状況が同じであったというだけでは、みほはまた戦車道を続けたいとは思わない。みほにとっての第一義は結果ではない。

「ミカさんがそういうつもりで言ったのではないと、分かっているつもりですが。私は優勝できたから大洗に残りたいと思ってる訳ではありません」

 みほの発言の意味するところ。他の強豪校と違い、大洗ではお山の大将を気取れるとミカは思ったのだろう。優勝で得た環境に益を、言葉を選ばなければ悦を見出した、と。彼女はそう言いたいのだ。

 他の強豪校であれば、みほ以外にも経験者や実力者がいる。個人が好き勝手に出来るという事は考えられない。当たり前の事ではあるが、衝突する事もあるだろうし、窮屈な思いをする事もあるだろう。

 だが、大洗であれば、話は違ってくる。西住みほは優勝の立役者、学園艦を存続させた言わば英雄的存在である。大洗にいれば、ちやほやされるだろう、持て囃されるだろう。誰もが自分に悪い顔はしない。こんなに果報な環境はない。

 ミカの例え話も状況は同じだった。あの問いにイエスと返答すれば、それは得られる恩賞が、大洗に居続ける理由と解釈されていただろう。

「ミカさんは知らない事かもしれませんが、戦車道成績優秀者の特典も辞退させていただきました。私が欲しかったのは、特典とかじゃなくて」

「友達、かな?」

「・・・はい」

 思えば、そう公言したのは初めてかもしれない。全国大会後に一度、黒森峰を訪問した際も、戦車道を続ける旨を姉のまほに伝えたが、その理由は言ってない。もしかしたら、言わずともまほは察したのかもしれない。

 だが、ミカとは作戦会議を除いて、言葉を交わすのはこれが初めてだ。

 それ程面識のないみほの本心を見抜けてしまえるミカ。そんな人物が、どんな意図があって、このような話を始めたのか。やはり、ミカは受ける印象に違わずミステリアスだ。

「友達か。友人を多く持つことをあまりお勧めできないけど。それはさておき、だ」

「?」

 今回、継続から参加したのもミカ、アキ、ミッコの三人だ。ミカはその二人以外とはあまり付き合いがないのかもしれない。みほはぼんやりとそう思った。自分も友達は数で捉える事はないが、それでも多いに越した事はないと思う。故に、今回のパーティも楽しみにしていた。ライバル達と親交を深めるこの機会を。

 そう思った事を知ってか知らずか、ミカは本題に移る。これまでの話はつまるところ、枕でしかない。言質は存分に取ったと言わんばかりに、自信満々に問いを投げる。

「大洗の友人をとても大事にしているようだけど、黒森峰にも友人はいたんじゃないのかい?」

 

 

【隊長達】

 

「みほを黒森峰に?」

 聞き間違いでもなく、ダージリンはそう言った。まほが聞き間違いを疑ったのは、他でもない他校のダージリンが発現したからだ。もし自分がその案に興味を示し実行すれば、黒森峰以外の学校に圧倒的なデメリットがもたらされる。二年後の世界大会を待たずして最強コンビが黒森峰に於いて結成される、という事態をダージリンが予想できなかったとは思えなかった。

 この案は黒森峰にしかメリットがない。ライバル校にとって大洗の弱体化はさしたる問題ではない。九連覇を成し、二連続準優勝の黒森峰が、隊長、大隊長経験に加え、優勝経験を積んだみほを迎えれば、まさしく鬼に金棒。無敵の最強軍団が完成される。

 それは誰の目から見ても驚異的に映る。事実、他校の面々は引き攣った笑いを見せるしかなく、アンチョビに至っては泡を吹いて気絶している。それ程までにみほの実力は誰もが認めている。

 それなのに、ダージリンは何故そのような問いを投げたのか。

「それも悪くない。だが、何度も言うように、みほがどうするかはみほの自由で、黒森峰の隊長はエリカだ。変更は一切ない」

 まほがそう言い切ったのは見て、俄かに安堵するケイ、カチューシャ、アンチョビ。実現すれば、黒森峰一強時代の到来は阻止できなかっただろう。

「そうなの。それは残念だわ。ウチのペコが西住流と黒森峰の狂犬を同時に打ち破る所を見たかったのに」

 芝居がかった挑発に、相変わらずの厚い顔でやってのけるダージリン。エリカとみほを打倒する事は容易であると言わんばかりに。

「ちょ、ちょちょっ、ダージリン。それ以上やるとシベリア送り60ルーブルなんだから」

「・・・アハハ、ワタシもマホがこの場でエキサイトするのはノーセンキューかなぁ」

 そう言って、カチューシャとケイは挑発されたまほを窺い見るが、まほは至って冷静で気分を害した様子もない。感情の分かりづらい人物ではあるが、どうやら安全と判断しても良さそうだ。

「エリカとみほが揃わずとも、二人はそれぞれ強い。グロリアーナも存分に後輩を鍛えておくといい」

 こういう時、西住流が鋼の心を謳っている事を思い出す他校の面々。どんなに煽られてもまほは平常心を失う事はない。俄かに緊張感がほぐれていく。

「ふん、エリーシャもミホーシャも、ウチのニーナとアリーナがケチョンケチョンにしてあげるわ。でも、解せないわ、ダージリン」

「どうしたの、カチューシャ?」

「どうしたのじゃないわよ。さっきから西住まほを挑発して、どういうつもりよ?! おかげで肝を冷やしたじゃない!」

 場を荒らされまくったカチューシャは、未だに明らかにならないダージリンの意図に言及する。被害者であるまほは素知らぬ顔が出来るが、加害者のダージリンはそういう訳にはいかない。これまでの一連の意図を、真意を話さなければ、カチューシャを始め隊長連中は納得しない。

「そうね、端的に言えば、僻みよ」

 ダージリンの口からあまりにも似合わない台詞を聞いて、思わず吹き出すケイ。

「AHAHAHA、ケッサクだわ。ダージリンが嫉妬なんて似合わないよー」

「ケイ、静かにしなさい。ダージリン、あなた端的に言いすぎよ。ちゃんと説明しなきゃ許さないんだから!」

 ダージリンもケイから一笑い取れたからと言ってで、追及を逃れられたとは思っていない。

「人の劣等感をさらけ出させるなんて、貞淑な淑女とは言えなくってよ、カチューシャ」

「ダージリン!」

 おどけて見せるが、カチューシャに一喝され、ダージリンも観念したようだ。努めて澄ました表情のまま、ポツリと呟いた。

「・・・惜しいと思うじゃない」

「惜しい?」

「えぇ、みほさんが黒森峰に戻れば、世界大会を待たずして最強コンビが復活するのよ。それなのに、まほさんはそうしようとなさらない。惜しいと思うじゃない?」

 堰が決壊したかのように一気に言い放つダージリン。その目尻には光るものが確認できた。

「あなた、泣いているの?」

 カチューシャがそう溢すと、ダージリンは脱兎のごとくその場を立ち去ってしまった。あの淑女然としていた彼女が、秘めていた感情をライバルの面前で吐露し、気品も纏わず年齢相応の少女のように駆けて行ってしまった。

「カチューシャ、地雷を踏んだんじゃない?」

「私の所為じゃないわ! 西住まほ、あなた追い掛けなさいよ」

 親交は深くとも、あのような姿は見た事がない。予想外の出来事に狼狽してしまったカチューシャは、まさかのまほ本人に責を押し付けてしまった。

「私なのか?」

「行ってやれ、西住流。どんな時でも退かない流派なのだろう?」

 そうアンチョビから水を向けられたまほは、釈然としないながらもダージリンが去った方へ歩いていく。

「むむむ、自分で後押ししておいてなんだが。なんだこれは・・・まるで、昨日読んだ恋愛小説のようではないか・・・!」

 他の生徒達も、隊長達が何やら只ならぬ雰囲気である事に気付き始めた。年頃の女の子の大所帯とあって、きゃあきゃあと甲高い声が上がる。喧嘩っ早いアンツィオの生徒達が飛び出してこないのは、アンチョビが当事者でなく、むしろ一番に状況を楽しんでいたからであろう。

 

 

【エリカとノンナ】

 

「なにかあったのかしら?」

 隊長達とは違う卓で食事していたエリカは、遠くで他の生徒達が何やら盛り上がっている声を聴いた。

「気になりますか?」

 そう言って怜悧な瞳の女性が声を掛けた。黒髪の長髪が透き通るような肌の色によく映える。

「いえ、別に」

 喧噪の内容に興味はあったが、定型文のような返答をして、テーブルの上に置いてあったグラスのジュースを一気に飲み干す。この女性を相手にしていると、妙に喉が渇く気がするのは気のせいだろうか。

「何故、こんな隅っこの席へ?」

 ライバル校の先輩へそう問うてみたが、最初から一人でその卓にいた自分が言うのもいささか滑稽である。しかし、美貌の狙撃手は野暮な事は言わず、勧められもしない内にエリカと同じ卓に持参したグラスを置く。

「多分、アナタと同じ理由ですよ。逸見エリカさん」

「はぁ」

 そう返されても挨拶に困ってしまう。何故なら、このブリザードと渾名される人物が自分と同じ理由でここを訪れたとは到底思えなかったからだ。

エリカがこの卓にいるのは、いくつか理由があった。

一つは、まほから黒森峰の隊員は分かれてテーブルに着くように言われたから。隊員同士が集まると、上下関係を意識して固くなってしまいがちになる。せっかくの会なのにそれではもったいない。

だから、エリカは率先して、なるべく中央から離れた所に陣取った。こうしていれば、黒森峰の連中はトップであるエリカを意識してぎこちなくなる事はない。

 二つ目は、大洗の子達と顔を合わせづらかったから。戦車喫茶での一件もあり、特にあんこうチームとは一緒に居づらい。

 三つ目は、二つ目とそう大差ないが、これが最大の理由には違いない。

(あの子と一緒になんて)

 決勝戦を経て、エリカが一方的に憧れ続けるばかりであったまほの心情が、少しだけ理解できた気がしていた。

 まほは明言こそ避けているが、『みほ』の自由を守る為に西住流の戦車道を継承している旨をエリカに伝えている。当時、エリカはそれが許せなかった。妹想いのまほの想いは酌むとしても、その想いを知らず、責を放り投げて好き勝手に戦車道を続けているみほが許せなかった。

 そんなみほを目の敵にし、大洗の試合は全試合を偵察した。まほと同伴し、大洗の奮闘の軌跡を見届けた。

その中で気付いた事がある。元々口数の多い方ではなかったまほが、試合中はより無口になっていった。エリカが戦況からの感想を発しても、まほはほとんど反応を示さなかった。

 この偵察には、副隊長であったエリカの教育も兼ねていたはずだ。しかし、そのエリカの存在を忘れてしまえる程に、まほは目の前の大洗の勇姿に魅せられていた。いや、そうではない。妹のみほの躍進に目が離せなくなっていたのだ。黒森峰に残ったエリカよりも、大洗に移ったみほの方が、まほの関心を集めたのだ。

 そして、大洗が順調に勝ち進んでいく毎に、とある疑問が脳裏をよぎり、エリカは不安に駆られていく。

(西住妹が、まほ隊長と対決する事になったら?)

 その不安を払拭できなかったエリカは、決勝戦の最序盤、大洗のフラッグ車に対して電撃戦を仕掛けた。黒森峰は、万全の戦力で臨んでいるとはいえ、万が一と言う事もある。試合が動く前に仕留めるという、最善策を実行した。だが、相手チームのファインプレイに阻まれ、履帯が外れる不運も重なり、ついぞみほの駆るフラッグ車を撃破する事は適わなかった。

 最終的に最も恐れていた事態が訪れる。まほとみほの一騎打ちである。

 まほの実力を不安視しているのではない。エリカが最大級の信を預けるのはまほを於いて他にない。まほに不安要素は一切ない。一番の問題点は、相手が西住みほというイレギュラーだという事だ。憂慮すべきはその一点に尽きる。

相手が妹のみほでなければ、何の心配もいらなかった。まほが手心を加えるなどとは微塵にも思わない。だが、みほはどんな奇策を以ってまほに牙を剥くか知れない。西住みほは、エリカにとって最大の憎悪であり、最大の恐怖の対象だったのだ。

 そして、死に物狂いで救援に向かったエリカが目撃したのは、硝煙の中にぼんやりと霞む、ティーガーⅰの白旗判定。それと、晴れない顔のみほと、誇らしげに微笑むまほの姿。

 ほんの一瞬、状況が正確に認識できなかった。黒森峰のフラッグ車が討ち取られているのに、両者の表情は一般的な認知とは真逆だったのだ。勝者が憂い、敗者が笑う。

 その時、確信した。この姉妹の間には決して割って入る事は出来ないのだと。身の程を弁えなければ、まほとみほの間に身を置こうとすれば、自分は苦しむだけなのだと、ようやく理解した。

 西住姉妹と逸見エリカの三角関係は、誰も報われず、誰も幸せになどなれないのだと察した。いや、思い知らされた。

 そうして身の程を思い知ったエリカは、以前ほどまほの傍に身を置く事をしなかった。加えて、みほの事も許そうと考えるようになった。というより、忘れようと思っていた。

 それでも、割り切れる訳ではない。エリカが考えを改めたからと言って、直ちにこの三角関係が改善される事はない。少しずつ時間を掛けて、ゆっくりとあるべき姿になればいいと、そうエリカは考えていた。

 だから、プラウダの副隊長が「アナタと同じ理由」などと言っても、納得できる訳がないのだ。この上級生は、ただそれっぽい事を言っただけに違いない。エリカは口にこそしないが、そう思った。

「雰囲気が変わりましたね」

 ブリザード先輩は、更に続けた。この場には彼女とエリカしかいないので、今の発言はエリカに向けられている事になる。まさか思考を読まれているのではなかろうな? エリカの側から、暴風雪の核は読めない。

 そもそも、どういう印象を抱かれていたのかも知らない。正直、エリカは疎ましく感じていた。

「それは、どうも、ありがとうございます」

 ぶっきらぼうに言い放つが、ブリザード先輩は意に介す様子もなく、一言。

「別に褒めていませんよ?」

(食えない人!)

 友好を示したいのか、喧嘩を吹っ掛けてるのか、どうにも判断が付かない。もしかしたら、今のやり取りは誘導尋問だったのかもしれないと、遅ればせながら気付く。

「アナタはどう変わりましたか?」

「あなたは、えと、ノンナさんはどう思われたのですか?」

 せめてものお返しにそう切り返してみる。この人物からの評価を窺っておくのも、いいかもしれない。考えてみれば、他校からの自身の分析を聞くというのも、そうある事ではない。

 問われたノンナは少し思案し、慎重に言葉を選び、紡ぐ。

「そうですね。戦術に対する深い理解、迅速な状況把握能力、高い任務遂行力。強豪黒森峰の指揮官に相応しい能力を有していると評価しています」

 吹雪の渾名に似合わない穏やかな口調は、嫌味ともおべっかとも思わなかった。素直にそう評しているのだろうと、素直に聞き入れる事が出来た。

 少し意外だった。思いの外、真剣にエリカを分析していた事もそうだが、素直に応じてくれた事が。「他人に評価を下せるほど私も大した人物では」と煙に巻かれるものだとばかり思っていた。

「今のは・・・」

「はい、褒めていますよ」

「・・・それは、どうも」

 もう何が何だか分からない。この人はエリカをからかいに来たのだろうか。もう一足飛びに、「何の意図があっての言動ですか?」と訊いてしまいたい。エリカは心底思っていた。

(あぁ、やだ。私、この人にも劣等感を覚えてる)

 イニシアチブを取られているという事は、エリカの思うように御せないという事は、目の前の人物に対して引け目を感じているという事だ。エリカはそう自覚している。

 そう思い、改めて対する人物に目を向ける。ブリザードのノンナ、この世代の怪物は大勢いるが、この人物の存在感は群を抜いている。彼女の隊長であるカチューシャのカリスマに目が行きがちだが、カチューシャの立てた戦術はノンナの高い実力に支えられているという事を、世間はあまり認識していない。最近の試合結果で言えば、大洗知波単連合とのエキシビジョンマッチ。彼女の駆るIS∸2は、その試合に於いてあんこうチームと並ぶ最高撃破数を誇っている。みほを直接下してこそいないが、彼女の攻撃力が大洗連合を打ち破ったと言っても過言ではない。

 そんな大人物を相手にしていると、エリカはどうしても委縮するし、腰が引けてしまう。だから、無視を決め込む事が適わなくなった今、思わずいい加減な話題を振ってしまうのだ。

「カチューシャ隊長の所に居なくていいんですか?」

 無意識の内に、ノンナを遠ざけようとする言い方になってしまう。これには流石にノンナも気付いているだろう。だが、野暮な真似はせず、飽くまで印象を裏切らない大人な対応を示す。

「同志カチューシャに、もう私は必要ありませんから」

 しまった、と。エリカは思わず舌打ちしそうになった。これが人前でなければ、間違いなく爪を噛んでいただろう。

 ノンナは野暮な真似こそしなかったが、含みのある言い方はしたのだ。彼女とカチューシャの関係を知っている者にとって、これ程意味ありげに聞こえる謳い文句はない。

(何よそれ。すごい気になるじゃない)

 その話題を提供したのは他でもないエリカ自身だ。誰を呪うでもなく、ただ自身の行いを悔いるしかない。

「えと、それは、もう少し踏み込んでも伺っても?」

 おずおずと切り出すエリカの問いに、ノンナはやはり静かに微笑みを以って応える。

「えぇ、その話がしたくて、ここに来ました」

 

 

 

 

to be continued・・・

 




まだまだ続くよ!
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