これが本当の西住サンドです!   作:吉原 昇世

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いよいよ話が動くよ


第3話

 

「どういう事ですか?」

 ノンナは何と言ったのだろう? エリカは動揺した心を落ち着けようと、ノンナの言葉を脳内で反芻させる。

(カチューシャ隊長にノンナさんがもう必要なくて、その話を私と・・・?)

 何度か論理立てて思考してみたが、やはり意味が分からなかった。そもそもの前提が破綻している。ノンナはカチューシャとの絆を否定した? それで、何故ノンナは話し相手にエリカを選んだのか? 分からない事だらけ。

 ただ、分からないのであれば相手に教えてもらえばいい。幸いな事に、相手はそれを話したいと言っているのだ。

「アナタは、少し私に似ています。逸見エリカさん」

「私が、あなたに、ですか?」

 それは副隊長と言う立場の事だろうか。それならば、そうと言えるかもしれない。

「ダー。アナタも私と同じで、自校の隊長を尊敬しています」

(よりによって、この人に指摘されるなんて)

 ノンナはいつ如何なる時も、隊長であるカチューシャに付き従っている。戦車道の際はもちろんながら、身の回りのお世話まで彼女がしている事は周知の事実だ。と言う事は、

「私がまほ隊長の腰巾着に見えると?」

 こうやって噛み付いてしまう辺り、エリカはノンナに勝てないと自覚せざるを得ない。

「そうではありません。では、エリカさんは、私を同志カチューシャの腰巾着だと思っていたのですか?」

「そういうつもりじゃ」

 そんな認識はエリカの中にない。むしろ、ノンナがカチューシャを上手い具合に誘導しているように思える。カチューシャが辣腕を振るっているようでいて、その実ノンナが隅々までサポートする態で、主導権を握っているとさえ思える。カチューシャは見栄えのする看板で、ノンナがその裏に控える頭脳。この人さえいれば、プラウダは十全に機能する。戦車道に通じてる者の認識は概ねそうだ。

(でも、本当にそうかしら?)

 そこまで思った矢先の事。ふと、自身の意見を、自らの経験則が否定した。

「どうしました?」

 エリカが何かを言い掛けて、言葉を飲んだ事をノンナは見逃していなかった。エリカは、自分の考えを答え合わせでもするかのように、ぽつりぽつりとノンナに伝える。おそらく、ノンナは、エリカが抱いた疑問に対する答えを持っている。

「カチューシャ隊長とノンナさんは常に揃っている。小さな暴君と優秀な副官。でも、『この間』は違った・・・?」

「ダー。より正確に言えば、大学選抜との試合をきっかけに、同志カチューシャは変わったのです」

 今回の慰労会が行われるきっかけとなった、大学選抜との試合。敵軍によって窮地に立たされたカチューシャであったが、ノンナとクラーラの捨て身の援護により、危機を脱した。頼れる同志を失ったカチューシャは、その後も辛くも残存した寄せ集めの兵を率いて、敵副隊長の駆るM26パーシングを撃破するという大戦果を挙げている。その寄せ集めの中にエリカもいた。

 エリカには実感としてある、カチューシャは口だけの無能ではない。寄せ集めの部隊でさえも手足とし、勝利に貢献できる高い指揮能力を持っている。

(うわぁ、思い出したくない事を思い出したじゃない!)

 

『急造チームでチームワークぅ?』

 

 みほへの対抗心だけでつい言ってしまったあの発言。結果的に、各部隊は急増チームでありながら、遺憾なくチームワークを発揮していた。決して事前に合同演習を行っていた訳ではない。ぶっつけ本番での作戦であるにも拘らず、密に連携を取り合った。茶化したエリカでさえも、因縁浅からぬカチューシャやレオポンチームと連携して作戦に当たったので、もうエリカには立場がない。

「そうですね、そちらのカチューシャ隊長の活躍には驚かされました。こう言ってはアレですが、あなたがいないと何もできないとばかり」

 歯切れが悪いエリカに余計な気遣いをさせまいと、ノンナは優しく返す。

「そう思われてしまうのは、私の所為ですね。どうしてもカチューシャに構ってあげたくなりますから」

「・・・・・・」

 ノンナの一言一言が、意味を持って、エリカに対するメッセージ性を帯びているように感じるのは、きっと気のせいではないはず。ノンナは意図して、この話題をエリカに持ち掛けてきている。

 では、エリカはどう受け取るべきであろうか? それを判断するには、まだ情報が足りない。

「ところで、エリカさん。アナタは、まほさんの進路を、将来の展望をご存知ですか?」

「まほ隊長は、いえ、あの方はご存知の通り、西住流の正統後継者です。西住流を受け継ぐ事が既に定められています」

「では、進学なさらないのですか?」

 その質問に、エリカは急に胸が苦しくなった。実を言えば、エリカはまほの進路を知らない。共に時間を過ごす事が多いのに、まほのプライベートについて、ほとんど話す事がない。

 聞けば、まほも教えてくれただろう。だが、エリカにはまほの中に踏み込むような事が出来なかった。まほは尊敬すべき先輩で、それだけでなくエリカにとっては侵しがたい神聖な存在だ。どれ程近くに身を置いても、心は決定的にかけ離れてしまっている。

「私は、あの方の事をあまり知りません」

 急に声音が暗くなってしまう。諦めかけていた存在を、改めて諦めさせられたかのような感覚。

「そんなに気を落とさないでください。言ったじゃないですか、私とアナタは似ていると」

「ノンナさんはカチューシャ隊長の事を知ってるんじゃないんですか? 趣味や進路や」

 エリカは空のグラスに視線を落とし、視線で穴が開いてしまわないかと心配になるほど、視点を一転に留める。そうでもしなければ、ノンナに掴み掛ってしまいそうだったから。同類だと言いながら、彼女はエリカにない物を持っていると、エリカ自身がそう感じるのだ。

「いえ、何でも知ってる訳ではありません。特に進路については、本人に直接に尋ねても教えてもらえませんでした」

「そうなの?」

 思わず、他校の上級生にタメ口を利いてしまった。エリカはその事に気付かず、ノンナもわざわざ指摘しない。そんな事は些細な事で、関心を向けるべきは、ノンナが語る事実。

「はい、カチューシャは進路を頑なに秘密にしています」

 プラウダ高校は実業系の学校として有名であり、卒業直後に起業する者も少なくない。前年までの進路実績から見れば、カチューシャも起業を考えているのかもしれない。

「・・・何かあったんですか?」

 訊かずにはいられなかった。カチューシャとノンナの間に何があったのか。二人の変化が気になって仕方ない。とても他人事とは思えなかった。

(私とこの人は似ている。もしかしたら)

 そんな淡い期待を込めて、ノンナの言葉に耳を傾ける。

「きっかけをいただきました。カチューシャが、いえ、私達が再出発する為の機会を」

「再出発するきっかけ」

「はい、私はこれまでいつでもカチューシャの支えになれるよう、傍にいるように努めていました。カチューシャは優秀な指揮官ですが、彼女一人ではその能力を十全に発揮できませんから。ですが」

 そこまで言ってもらえれば、エリカにもいくらか見当が付く。ノンナが最後までカチューシャに添い従う事が出来なかった事があった。

「こないだの大学選抜との試合ですね」

「えぇ、その通りです。その節は、エリカさんにはお世話になりました」

「いえ、こちらこそ。まほ隊長以外の下に就く機会もなかなかありませんから」

 戦車道の試合中、不測の事態はいくらでも起こりうる。今回は、カチューシャがノンナを失い、代わりにエリカを率いて功績を残した。ノンナが話すきっかけとは、この事に違いない。

「カチューシャにあれだけの能力がある事は知っていたつもりです。ですが、内心カチューシャが挫折してしまわないかと心配ばかりしていました。結局、あれだけ傍にいた私が、一番カチューシャを信頼できていなかったんですね」

 耳が痛い、エリカは第一にそう思った。普段交流のない人物が心情を吐露してくれている意味だとかに考えが及ぶ以前に、まるで自分を批判されているかのような錯覚を覚える。エリカはまほを信頼していない。そう言われている気がした。決勝の大洗戦がちらりと脳裏を掠める。

「お言葉ですが、情が深いからこそ心配するのでは?」

「それもあるかもしれません。ただ、私の情がカチューシャの足を引っ張っていた事に違いはありません」

「どうしてそう言えるんですか?」

「ご存知の通りです。私はカチューシャを甘やかし過ぎていたんです。それがカチューシャの才能をどれ程殺していたか。考えるだけで気が滅入ります」

 ノンナの言葉は、とうとうエリカの逆鱗に触れた。

「あなたねぇッ?!」

 連発されるノンナのネガティブな発言に、ついにエリカがキレた。上下関係に特に厳しい黒森峰に生徒にあって、上級生に向かってタメ口を利く事など有りえない。だが、『この人』に、『それ』を言われてしまうと、エリカは黙っていられない。

「いい加減にしなさいよ。誰が誰の足を引っ張ってたですって。こんな根暗女に十連覇を阻止されただなんて、それこそ考えただけで気が滅入るわ」

「エリカさん・・・」

「あなたはどの副隊長よりもよっぽど優秀じゃない。公私ともに隊長を支えて、隊員からも信頼されて。他のどの学校を探しても、あなた程の副官はいないじゃない」

「・・・・・・」

「私だって思うわ。自分もあなたみたいにまほ隊長を支えてあげられたらって。でも、私にはそれが出来なかった。決勝戦も、まほ隊長はずっと独りで・・・」

 ノンナの言う事が、エリカにも見事に当てはまる。ノンナとカチューシャはノンナが語る通り。エリカの場合、まほを妹との因縁から解き放たんと願う余り、余計に苦しめてしまった。ノンナと比べ、余計に質が悪い。

 もちろん、まほに認めてもらいたかった気持ちもあった。だが、それ以上にまほが体現する西住流の力になりたかった。いつの間にか、目的は手段と入れ替わっていた。

 黒森峰を出奔したみほの予想外の再起、そして、無名校を率いての大躍進。まほがみほの活躍に魅せられていたように、エリカもみほの快進撃に心を奪われていた。それは、エリカの目的と手段を逆転させるには充分だった。

 そして、決勝戦の結果は世の誰もが知る通り、みほの戦車道が、西住流を体現した正統後継者まほを下した。

 まほは間違いなく、今代最優秀選手だ。そのまほの輝かしい経歴に土が付けられたのは、間違いなく、

「私が至らなかったから・・・黒森峰は勝てなかったのよ」

 自分で反省するならまだしも、こうして他人に吐露しなければならない事ほど、エリカにとって情けない事はない。不本意ではあったが、ノンナがこれだけ言ってくれたのであれば、エリカも口を開くしかない。

「結局私達、去年も今年も『西住流』に頼りきりだった」

 信奉する余りに、必要以上に委ねてしまった。判断を、責任を、負担を。

「でも、負けた本当の理由はそんな事じゃないわ」

 ただ、先のように思う反面、それは美化でしかないとも思う。反省しています、と分かった振りをしているだけ。西住流の派閥闘争などは、勝負を分けた理由ではない。エリカがそれに拘ったのは違いないが。

「私達が弱かった。隊長の指揮に応えられなかった。それだけのこと」

 これを告げたのは、みほ本人に次いで2人目だ。みほが黒森峰を訪れた際、ようやく言えたエリカの精一杯の強がり。負けた事実はあれど、手放しでみほの戦車道を認める訳にはいかない。西住姉妹は、それぞれの年度で栄光を掴んでいるが、エリカは一度として優勝経験がない。それを許せるほど、エリカのプライドは安くない。

(私はあの子のライバルとして、また決勝の舞台に立つのよ)

 エリカの告白を聞き終えたノンナは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま。初めて見聞きした事はなかった、まるで既に知った事を確認した程度のような反応。

 ただ、返す言葉は、決して穏やかではない。お互いに、目の前の人物が居場所の違う自分自身と認めたからこそ、繰り出す言葉に遠慮はない。

「甘いですね、エリカ。そう公言して見せた所で、何一つ状況は変わりません。同じ結果を繰り返すだけです」

「そうね、口だけでは結果は得られない。見てなさい、これからの新しい黒森峰の時代を」

 そう啖呵を言えるだけの勝算がエリカにはあった。言葉を選ばなければ、みほに捉われていたまほがその呪縛から解き放たれ、加えて副官のエリカもみほの実力を正しく認識する事が出来るようになった。不安材料も慢心もない。万全の態勢で迎える事が出来る。

「新しい黒森峰ですか。それは楽しみです」

 エリカの強気な発言にノンナも満足そうな笑みで返す。

 

 

【西住姉妹とミカとダージリン】

 

「大洗の友人をとても大事にしているようだけど、黒森峰にも友人はいたんじゃないのかい?」

 ミカはそう告げて、みほの反応を待つ。急かすでも答えを促すでもなく、ただ待ち続ける。

 質問の内容は至ってシンプル。大洗での友情を育んだ旨は、先程訊かせてもらった。それが大洗に残る理由なのだという事も理解した。であれば。以前いた黒森峰に戻りたいと思う理由はないのか? つまり、端的に言えば、黒森峰に友達はいないのかということ。

 ミカ自身は、『友達』というものの言い方に、あまり肯定的ではない。友達は荷物と似たようなものであり、移動に際して制限を設けるもの、煩わしいもの。そう認知している。

 この移動というのは物理的な意味はもちろん、今回の話題に関していえば、転校を含まれていたかもしれない。身を置く場所を移す事。みほは、在籍する学校を移しただけでなく、住所を、住居を『移動』している。みほの身辺の事、御家騒動に関しては、近しい者達、例えば今回の大学選抜戦に参加した者であれば知り得ている事だ。もっとも、ミカの場合は、別の立場として、別の意味合いをもってみほと接している。

 だからこそ、ミカはみほの答えに興味があった。自分と似た存在のみほであれば、その答えを持っているかもしれないと、そう踏んでいるのだ。

「黒森峰には、いられないから」

「いられない? どうして?」

 ミカも昨年の決勝戦を知らない訳ではない。前年度の責任を負い、黒森峰を退いたであろうことは容易に想像できる。だが、それが理由だとはみほは明言していない。本人がそう言っていないのであれば、ミカとしてもお利口さんぶって理解してあげるつもりはない。飽くまで、言質は取っていくスタイル。

「・・・私が十連覇を」

「十連覇を?」

 言いにくそうにするみほだったが、決して追及の手は緩めず、最後まで言葉を紡がせるミカ。ここで有耶無耶にさせてしまっては、『今回』の一件が徒労に終わる。そうなれば、『あの女』が黙っていない。

 自分が答えるまでミカは何も口にしないのだろうという事を察したみほは、苦虫を噛み潰したような表情で後悔の念を口にする。

「黒森峰の栄光を台無しにしちゃったから」

 みほの表情が一層陰る。みほは昨年の件をまだ誰にも謝罪できていない。隊長であるまほや、共に優勝を勝ち取ろうと約束したエリカ、他の黒森峰の隊員全員。

「キミは悔いているのかい?」

 この問いを、みほ以外が聞いたなら、悔いない者がいる者かと噛み付くだろうが、みほはそうしない。ミカらしからぬ問いではあるが、煽るつもりがない事は分かる。なので、ただ静かに本音を漏らす。

「お姉ちゃんと優勝したかったのは本当ですから」

 まほ、みほそれぞれ優勝経験はあるものの、共に優勝する事はついぞ出来なかった。更に言うなら、昨年今年と黒森峰の優勝を阻んだのは他でもないみほなのだ。この件に関して、みほが気に止まない訳がなかった。

「優勝・・・それは戦車道にとって必要な事かな?」

「どうでしょう。それは、人それぞれですから」

 みほにとっての戦車道における第一義は、勝つ事ではない。これが、西住流から離反する事となった最大の理由でもあるのだが。

「そう。そして、今はキミの話をしているんだ。みほさんが戦車道を通じて得たかったのは、何だったのかな?」

「今日、ここに集まってくれた仲間だと、今は言えます」

 仲間と共にある事。仲間とともに勝利を目指す、それがみほの戦車道なのだ。その答えに満足したミカは、更にみほに水を向ける。

「そうだね、キミはそう言うんだろうね。では、みほさん」

「はい」

「『私達』と試合をしてもらえないかな?」

 突然の練習試合の申し込み。みほにとって、あまりにも予想外すぎた。これまでの問答からあまりにも脈絡がなさ過ぎて、突拍子もない案件に思えるのだ。普段であれば快諾する案件であるが、流れを踏まえると、何か不気味に思えてしまう。だから、つい警戒したような質問の仕方になってしまう。

「どういう事ですか?」

 その問いに、ミカはカンテレすら鳴らさない。さも、それに答える役目は自分ではないと言わんばかりに、その表情は涼しげで、ふと誰かを思い出す。そう思った瞬間、ミカの代わりに、背後の英国淑女がみほの質問に答える。

「どうもこうもないわ。私達と試合をしていただきたいの。みほさん、まほさん」

 いつの間にか、澄ました顔のダージリンがみほの背後にいた。位置的にミカとダージリンに挟まれる形となり、俄かにみほの不安は余計に煽られる。そして、そのダージリンの更に後ろに、ダージリンを追いかけて来たのか肩で息を整えるまほがいた。

「ダージリンさん、お姉ちゃん!?」

 突然の二人の登場に理解が追いつかないみほ。みほは視線で姉に助け舟を求めるが、まほは瞳を閉じて小さくかぶりを振る。一方、ミカは全て分かっているのか、いつもと変わらぬ余裕に満ちた顔だ。どうやら、どういう状況なのか理解できていないのは、西住姉妹だけのようだ。ダージリンはミカに向けてウィンクをしてみせ、ミカもカンテレを奏でてそれに応じる。この両者の間で、なんらかの意思疎通を図っているようだ。

「ダージリン、それにミカ。どういう事か説明してもらおうか?」

 日頃の鍛錬のおかげか、まほは既に呼吸を整えており、平素の淡泊な様子で二人に問い詰める。

「いかがだったかしら、私の泣き真似は。とても上手だったでしょう?」

 先の泣いたり、逃げ出したりというのは、二枚舌を得意とするダージリンの好演だったと本人が語る。目的は、この場にまほを連れ出す事。正確に言えば、みほと鉢合わせる事。

「私を誘い出すだけの為に恥を晒すとは考えにくかったが。何故、ここにみほがいる?」

 傍から見れば、いつもの冷静沈着なまほのようにも思えるが、内心焦りを感じていた。自分の理解の及ばない状況に、最愛の妹が巻きこまれている。まほにとって、これ程、危惧すべき事態はない。

「もちろん、西住流のお二人に用があるからですわ。先程から話題の中心は、あなた方でしたでしょう?」

「それはそうだが」

 ある程度予測できていただけに、ダージリンの答えはまほを怯ませるに十分だった。

まほは気が気でない。ダージリンが言う話題とは、みほの黒森峰への帰還だ。もちろん、まほ自身もそれを望まない訳ではない。だが、一番に考えたいのは、みほの気持ちだ。みほが望まないのであれば、その話題すら耳に入れたくない。

「それでね、みほさん。改めてお願いしたいのだけど、私達と試合をしていただきたいのよ」

「それは、こちらからお願いしたいくらいですが、その、対戦カードは・・・?」

 その質問は至極真っ当だった。この場には、大洗、黒森峰、聖グロリアーナ、継続の4校の選手がいる。ダージリンが指す『私達』とは一体誰の事を言っているのか。それが依然判明していないのだ。

「いい質問だわ。5対5の殲滅戦、こちらはチャーチル、BT∸42、IS∸2、T∸34/85ーが一両ずつに・・・」

 ダージリンの迂闊とも思える発言に、みほは度肝を抜かれる。試合前に車両編成を知られるという事は、それだけで戦力や作戦が漏れるのと同義だ。戦車次第では運用方法が限られる物もある。砲力、走力、装甲厚と、こちらは相手の手の内を全て調べられるのだ。万全の対策で試合に臨む事ができるとあって、自ら相手に塩を送っている事と相違ない。

 編成を公表している途中ではあるが、つい口を挿んでしまうみほ。

「ちょっと待ってください。編成を言っちゃってもいいんですか?」

「構いませんわ」

 みほの問いかけに、不敵の笑みで返すダージリン。彼女にとって、手の探り合いは斟酌にないのだ。4両を明らかにして尚、ダージリンの強気な姿勢は揺るがない。おそらく、みほの横槍がなければ、あと一両も惜しげもなく発表していたのだろう。

「それで、我々はどうしたらいい?」

 まほの鋭い眼光が、ダージリンを刺す。これ程までに露骨に挑発されては、まほも黙ってはいられない。そして、どのような企みがあるのか知れたものではない。警戒するのも当然の事であった。

「そう面倒な事ではありませんわ。黒森峰と大洗の連合チームから5両選抜していただければ、あとはこちらが戦車道連盟に申請を出しておきます」

 学園保有の戦車の使用、開催地の手配は戦車道連盟に申請を出さねばならない。ダージリン達が提案しているのは決して野良試合などではない。暗に、連盟の公式ルールに則った試合で、西住流を叩き潰さんと言っているのだ。

 ダージリンの語る編成が真実であれば、相手は聖グロリアーナ、プラウダ、継続連合と言う事になる。ダージリンの意図も不明だが、この企てに協力しているミカの企みはよっぽど不明だ。人と交わる事を極端に避けてきたミカが、何故西住姉妹を標的にした今回の一件に一枚噛んでいるのか。まったく予想がつかないとは恐ろしい事だ。

「ダージリン、質問は色々とあるが、まずはこれに答えてもらおう。この試合の目的は何だ?」

「もちろん、西住流を打倒する事ですわ。それに賛同してくれたのが、そちらにいらっしゃるミカさんと、プラウダ高校のノンナさんよ」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるダージリンの態度に気を取られそうになるが、本質を見誤ってはいけない。この場にいるダージリンとミカの他にも、プラウダのブリザードのノンナが賛同しているというのだ。余計に推測が難しい。

「分からないな。何故、三人は西住流に拘る?」

「理解していただかなくて結構ですわ。あなた方は私達に借りがある。その貸しはこの試合で解消していただきたいの。それに」

「?」

「西住流は何があっても退かないのでしょう?」

「その通りだ」

 ダージリンの退路を断つような物言いには腹が立つが、もとより西住流は如何なる時も前を向いて突き進む流派。みほを巻き込み何か企む腹積もりなのは気に入らないが、試合に関しては断る理由がない。

「でも、そうね。あなた方にも戦う理由がないというのは、つまらないわね」

 ダージリンのこれ以上にないくらいの冷淡な笑みに、それを目にしたみはは背筋が冷たくなるのを感じた。まほも別の意味で警戒する。先程までの隊長クラスの会話の中で、あれ程みほの黒森峰帰還を話題に触れてきたダージリンだ。みほに何らかの干渉を図るのは火を見るより明らかだ。

「おい、試合は承諾するが、これ以上妙な話はやめろ」

 まほが鋭く制止するが、ダージリンは一切気に留めない。半ば強引に試合を取り付けたダージリンは、更にこの件を自分が望む展開になるよう演出する。この女は根っからの性悪女なのだ。

「あ~ら、何か勘違いをなさっているのではなくって?」

「何が言いたい?」

「私ばかり喋るのも何ですから、続きはミカさんにお願いしますわ。私は関係者であっても()()()ではありませんものね」

 飽くまでまほの言い分を真っ向から受けようとせず、煙に巻くダージリン。終始、主導権をダージリンに握られているようで、まほも徐々に眼光が鋭くなっていく。その視線を向けられ、淑女に指名されたミカもやれやれといった様子だが、カンテレを奏でる指は先程よりも軽快にメロディを爪弾く。

「ミカ、お前達は何を企んでいる?」

「わからないのかい? これは妙な話でも何でもない、至極真っ当な話なのさ」

 ミカの十指はカンテレの弦と弦を踊るように飛び渡る。その生き急ぐように駆ける旋律は、ミカのミステリアスな雰囲気と相まって、姉妹の焦燥感をひどく煽る。ダージリンにペースを掌握され、ミカに掻き乱される。姉妹は、まんまとこの二人の術中にはまってしまったのだ。

「簡単な話さ。この間の試合で、西住流に負けて悔しいと言っている子がいてね。私達は、その子のリベンジの手伝いをしようってだけなのさ」

 まほにもみほにも、ミカが言わんとする事が察する事ができた。ただ、それがどういう繋がりで、先の三校の参加に繋がるのかは依然不透明だが。

「まさか、大学選抜隊長の」

 まほがそこまで言い掛けると、ダージリンが悪戯っぽく笑って見せる。

「そういえば、あと一両。ウチのオーダー発表がまだでしたわね。せっかくですので、教えて差し上げますわ。お察しの通り・・・最後の戦車は、巡航戦車センチュリオンよ」

「センチュリオンってことは、愛里寿ちゃん!?」

 ここに来て、話の規模が一気に変わる。思えば、ダージリンもミカも『練習試合』とは一度も言わなかった。これは、高校生戦車道履修者が親睦を深める為の試合ではない。おそらく、

「そういう事になるね。今回は姉妹共々お世話になるよ、西住流」

 目深にかぶっていた帽子を僅かに上げ、堂々たる視線をみほとまほに向けるミカ。

「姉妹? ミカさん、それはどういう・・・?」

 これまで何もかも分からない事だらけだが、今日一番の疑問がミカの先の言。ミカは愛里寿を何と表現したのだろう?

「あぁ、そういえば、ちゃんと自己紹介した事はなかったね。初めまして、まほさんにみほさん。私は継続高校の名無し改め、島田フミカ。島田流の後継者で、愛里寿とは姉妹なのさ」

 

 

 

To be continued・・・

 

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