走れ!ドーちゃん!   作:皿まんだ

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第一話

 いつもと変わらぬ朝、

「バナァー!バナァー!バナナー!」

 フシギバナの鳴き声を出す目覚まし時計を止め、また布団に潜る。

「ドー」

 コツコツと何かが頭をつつく。少々荒っぽい起こし方に耐えられず布団を跳ね除けると、可愛い相棒ドードーが嬉しそうにすり寄ってきた。そうだ、これからはこいつが自分を起こしてくれるんだった。

 育て屋さんを営む祖父の家に遊びに行ったときこいつと出会った。何処かのトレーナーが引き取りを拒否したタマゴから孵ったドードー。

 暴れん坊で手に負えなかったというこいつと何だか馬が合い、祖父の家に遊びに行くたび背中に乗って其処ら中を駆けずり回っては怒られた。

 そして10歳の誕生日、初めてのポケモンはドードーがいい、そう駄々をこねようとしたら庭に連れ出す両親。そこには祖父の所にいるはずの可愛いふたごどりが待っていた。その時の嬉しさは半端ではなかった。流石は父と母、何でもお見通しらしい。

 さあ、10歳になりパートナーも決まった。あとはできるだけいい学校を出てホワイト企業に就職し、面白おかしく暮そうじゃないか相棒。ポケモンバトルに現を抜かし、自分の人生を蔑ろにしたおバカなトレーナー達を30階建ての高層ビルから見下ろして嘲笑ってやろう。

 順風満帆、さあこれから輝かしい未来へと一直線だ!走れドーちゃん!

 

 

 

 

 10歳の誕生日から3日後、俺は希望に満ち溢れた夢への第一歩を中等部編入試験不合格通知数枚とともに見事に踏み外した。

 試験を侮っていたわけではない。学校で教わる基礎科目も何度も復習したし、ポケモンに関する知識だって詰め込んだ。しかし、どの学校も自分を受け入れてはくれなかった。安くない受験料を払い何度もチャンスをくれた両親に申し訳なくなり最後の通知を読みを終わると机に突っ伏して泣き出してしまった。

 その日は一日お通夜ムード、もう一生分は泣いた気がする。

 しかし、泣いてばかりもいられない。どうにかしてポケモンマスターを挫折して廃人同然の大人になる未来を回避すべく行動を起こさねば。

「おはようお母さん」

「お、おおおおう!おはよう!」

 あのお通夜事件以降母の様子がおかしい。児童用のセラピー本を何冊も買ってきたり、部屋の前に食事を置いたりする。一緒に食べたいというだけで嬉しさのあまり泣き出す始末だ。

「き、今日はいい天気だな!」

「そうだね」

「…グス」

「お、お母さん?」

「息子と会話が成り立たない、やっぱりアタイはダメな母親だ!ひきこもりの息子一人満足に社会復帰させてやれない!」

 ちょっと待て、誰が引きこもりだ。あの不幸の手紙が届いてから1週間と経っていない。いくら何でも3日4日でそこまでだらけるわけないだろ。

 オロローンと泣き出す母親を慰めながら今日の予定を話す。

「お母さん、俺ニートじゃないよ?今日workingピジョンに行ってくる。学校に行けなくても働けなくなったわけじゃないからね。」

 そういうと、母はピタリと泣き止み驚いた顔でこちらを見る。

「ハ…」

「は?」

「ハジメエェーーー!!」

 

 母のしめつけるこうげき!

 ハジメは身動きが取れない!

 

「お、お母さん…い、息が…さん…そ…」

「ハジメ!ハジメ!お前は強い子だなあ!かーちゃんに似たんだな!絶対そうだ!そうに違いない!」

 朝っぱらから母の激しい愛を一身に受け、ボロボロの体で家を出る。

「行ってきます」

「気をつけろよ!寄り道すんなよ!困ったらジュンサーさんに聞くんだぞ!それからおしっこに行きたくなったら…」

「行ってきます!!」

 玄関先で何てことを口走るんだこの母は。急いでドーちゃんに跨り、顔の火照りを冷ますために全力で走ってもらった。

 

 

 

 

 困ったことになった。

「目と目が合ったらポケモン勝負!トレーナの基本だぜ!」

 噂には聞いていたし父もよく言っていた。トレーナーに成り立ての新人は、ポケモントレーナーの醍醐味でもあるポケモンバトルがしたくて、モンスターボールを持っている人間を見るとなりふり構わずポケモン勝負を挑んでくる。

 今迄、大概のトレーナーはドーちゃんの俊足にものを言わせて呼び止められる前に突っ切ってきたが、あろうことか目の前の短パン小僧は最高時速100㎞を誇るドーちゃんの前に飛び出してきたのだ。

 咄嗟に頭上を飛び越えてくれたおかげでお互いに怪我がなかったから良かったものの、いくらバトルがしたいからと言って、こいつは命が惜しくないのだろうか。

 

「さあ、バトルだ!」

 しょうがない、ドーちゃんあの手で行こう!とアイコンタクトをするとそれを理解してくれたようで、先ほどまで元気に走り回っていたのが嘘のようにその場にヘタッと座り込んだ。

「ど、ドーちゃん!どうしたんだドーちゃん!しっかりしろ!!」

「な、何だ?」

「へ?さっきこの少年をかわしたときに足を挫いたのか!?」

「え!?」

「どうしよう!このままじゃドーちゃんは一生走れない体になってそのうちポケモンフーズにされちゃうかもしれない!」

「ダ…ダァ…」

 弱弱しい声を出しながら2つの顔を摺り寄せるドーちゃん。中々の役者っぷりだ。だからドーちゃん、見えないようにもう一方の頭でわき腹をグリグリしないで。イタイイタイ、ポケモンフーズなんて嘘だから。

「この辺で一番近いポケモンセンターはどこ!?」

 血相を変えて短パン小僧に尋ねると

「こ、この先のハクダンシティにあるよ!」

 と親切に教えてくれた。もちろんそんなことは分かりきっている。これから向かう目的地なのだから。

「そ、そうだ!今救急車呼んでくるよ!」

 バトル馬鹿かと思っていたが、案外いい奴じゃないか。だからと言って良心は痛まないが。

「そんなことをしている間にもきっと傷は酷くなる!救急車よりもドードーの足のほうが速く着く!今から走って行って診てもらうよ!」

「そ、そうか!気をつけてな!治ったら今度こそバトルしようぜ!」

「ああ!」

 そんな爽やかな別れを済ませドーちゃんに跨りまた走り出す。よっぽど気が動転していたのだろう。本当に怪我をしていたら走れるわけがないのに、短パン小僧が豆粒くらいになっても後ろから声をかけられることはなかった。

 俺だってバトルが嫌いなわけじゃない。テレビのリーグ戦を見て家族で盛り上がるくらいにはポケモンバトルに興味がある。でも、ここらのトレーナーは一人相手しているうちにどこからともなく湧いてきて、次は俺だといわんばかりに待ち構えている。一人ひとり相手にしていたら町に着くのは何時になるかわからない。

 だから、ドーちゃんと練習した。どうしても相手にしなければいけなくなったとき、そしてどうしても時間が惜しいとき、この『愛ポケお涙ちょーだい作戦』を発動する。

 初めてにしてはなかなかの出来だったと思う。

 さあ、後はハクダンの職安で仕事を斡旋してもらうだけだ。

「きっといい仕事が見つかるはずだドーちゃん!」

 それに応えるように

「ドー!」

 と、ドーちゃんも一声元気に鳴いてくれた。

 人生捨てたもんじゃない、まだ10年ぽっちしか生きていないが、そんなことを考えるくらい有頂天になっていた。

 

 

 

 前言撤回、世の中そんなに甘くない。人生とは厳しいものだ。

 職安のお姉さんが言うには、確かに小卒で社会人として扱われるから就職活動をすることは何も間違っちゃいない。しかし、社会人とはいっても10歳の少年を雇用する企業はまずほとんどない。最低でも中等部卒業からではないと就職の間口は広がらないとのことだ。

 考えてみればその通りだ。今の自分に何ができるだろう。母の買い物袋を持って歩くだけで手が痛くなるような子供を誰が現場で使うだろう。必要最低限の読み書きしかできない奴にパソコンとデスクを用意してくれるだろうか。

 考えが甘かった、そう言わざるを得ない。

 何かの役に立つかもと、職安のお姉さんから貰った就活ガイドブックを鞄にしまい、外へ出る。

 モンスターボールからドーちゃんを出して頭を撫でながらこれからのことを考えてしまう。

「今日はもう帰ろうかドーちゃん…」

「ドー…」

 心なしかドーちゃんも元気がなかった。

 

 

 

 さあ、これから帰って親にどう報告しようかと考えていると、後ろから声をかけられる。

「いたー!」

 この声はよく知っている。幼稚園も小学校も一緒だったし、よく一緒に遊んだ女の子。

「ハジメちゃん!探したよー!」

 まったくもう、とうんざりしながら小走りで駆け寄ってくる彼女は、それでもどこか嬉しそうに笑っていた。

 どうしてこいつがここにいるんだ。

 

「サナ」

 

「ハジメちゃん!あたしもポケモントレーナーになったんだよ!」

「知ってる。旅立ったんじゃないの?」

「もうっハジメちゃんは忘れたの?」

 

 

 日も傾き始めたハクダンシティ

 

「ハジメちゃん!」

 

 夕日を背にしてポーズを決める女の子は

 

「約束通り!」

 

 満面の笑みで

 

「あたしと一緒に旅しよ!」

 

 地獄の廃人道へ引きずり込もうとしていた。

 

 




ドードーの鳴き声って「ドー」じゃなくて「ダァー」のほうが個人的にはしっくりきます。
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