ミアレシティはカロスが誇る大都市である。
街のシンボルプリズムタワーを中心に五つの広場と五つのゲートがあり、近未来的な建造物とどこか趣のある家や店が建ち並ぶ精錬された町並みは一つの芸術作品のようである。
当然、大都市ともなれば然物流が盛んでこの地方にはない各地の特産品、若い子向けの流行の最先端のファッションから一流レストラン、ポケモンの進化の石や漢方薬に至るまでありとあらゆ物が揃っていた。
『欲しい物がミアレになかったらカロスでは手に入らない』といわれるまでにこの街は繁盛を極めていた。
そんな街だから、きっと求人も多いはず。
無駄遣いをしたくなるほど色々なものが売っているんだし、ゆっくり観光するのも悪くないと期待に胸を膨らませていると、大通りに立っている看板と作業員が目に入る。
何事かと尋ねると、ミアレシティは前代未聞の大停電によりその復旧作業のため区画ごとに隔離されていると説明を受ける。
幸い必要最低限ゲートで行き来ができるように区間分けされているが、それ以上は関係者か特別な通行証がないと通してもらえないようだ。
サナはこれからプラターヌ研究所に用事があるようなので、一人でミアレをぶらつくことににする。
ジーナが町の案内を買って出るが「通行止めなら見て回れる場所も少ないし、迷子にはならないから」と、丁寧にお断りしておいた。
サナの背中が、「ひとりで行け」と語っているような気がしたからだ。
機嫌を直してもらうために土産の一つでも買って帰ろう。
……
サウスサイドストリートだけでもこんなに広かったのか、と今日何度目になるか分からないため息をつく。
歩き始めて一時間もしないうちにしっかり迷子になってしまった。
近くには店も案内板もないし、流石に疲れてきたのでドーちゃんの助けを借りることにする。
しばらくドーちゃんに乗ってフラフラしていると、いつの間にか見覚えのある建物の前に出ていた。
『workingピジョン』
看板にはそう書いてある。
ハクダンシティでも利用したことはあるし、テレビで何度もコマーシャルを見ているはずなのに何故かその場で固まってしまう。
虚ろな目をした大人たち、大声で叱る女性、一人たたずむ自分。
嫌な思い出がフラッシュバックしてその場でくらくらしていると、誰かにぶつかっってしまった。
見ると帽子をかぶって顔は分からないが、声からして妙齢の女性のようだ。
「あの、ごめんなさいボーっとしていて…」
「あいたたた…いいのよボクは気にしなくて。いきなりぶつかったあたしが悪いのよね。それにしても流石のあたしも年には勝てないのよね…」
何だか変わった話し方だと思っていると、女性の後を追ってきたらしい輩がこっちに近づいてきた。
「やっと見つけた。逃げることないじゃんよぉ…何も取って食おうってんじゃないんだ。少し小遣いが欲しいだけなんだよ?」
「そうそう、だからその子俺らにくれない?高く買ってくれるところ知ってるし、きっと大事に育ててもらえるよ?」
建物が大きくなれば影も一緒に伸びるように、街は大きくなればそれだけ危険な場所も増えてしまう。
見るといかにもな不良グループだった。
ここら辺は彼らの縄張りらしい。
「あなたたちに渡すポケモンなんて持っていません。私は生まれたばかりのこの子の健康状態をジョーイさんに診てもらわなければいけないの!」
「ドラセナさん、固いこと言うなよ」
「四天王のポケモンなんて言い値が付くはずだしな」
「何ならポケモンバトルでその子を賭けないかい?」
四天王?
本当に本物だろうか、四天王のドラセナなら何度かテレビで見たことはあるが。
ポケモンリーグに所属する全てのポケモントレーナーを束ね、チャンピオンへの挑戦権を得たチャレンジャーの前に立ちはだかる四人組。
どんな実力者も彼らに敵わず、ここ何年かチャンピオンのバトルはエキシビジョンマッチを抜いて一度も行われていない。
そんな四天王の一角のこの人がなぜこんなチンピラから逃げるような真似を…
しかし、どうやら彼女には戦えない理由があるらしく、ポケモンバトルを切り出されても唇をかんで俯いている。腕に抱えられたモノズもプルプルと震えている。
面倒ごとは御免だが、見過ごすわけにはいかない。
かといってドーちゃんだけでは多勢に無勢。
ここは三十六計逃げるに如かず。
「ドーちゃん!」
「ダァ!」
「ドラセナさんこっち来てください!」
「え…あ、あのボク?」
彼女の腕を掴んで無理やりドーちゃんに乗せる。
「走れ!ドーちゃん!」
「ダァー!」
背中に罵声を浴びながらも全速力で走ってもらう。
すぐに汚い言葉が聞こえなくなったところをみると、チンピラ達は追ってきてはいないようだ。
完全に撒いたことを確認して速度を落とす。
「あの、あなた名前は?」
「ハジメです」
「ハジメちゃんね、本当に助かったのよね」
「お礼なら頑張ってくれたドーちゃんに」
「そうね…ありがとう、ドーちゃん?」
「ダァ♪」
流石はドーちゃん、人間の足どころかバイクでも中々追いつけないだろう。
「フフフ、ドードーに乗って街を見るなんて初めてなのよね♪」
「女の人を乗せるのはドラセナさんが二人目ですね」
「…」
「ドラセナさん?」
「なにゆえに あたしが 二人目なのっ!」
ただの日常会話なのに何故かいきなり怒られてしまった。
ポケモンセンターに着いてモノズを診てもらうとどこも以上はないらしく、至って健康元気いっぱいでドラセナさんもホッとしている。
「どうして追っ払わなかったんですか?あんな人達に負けたりしないでしょ?」
「何でもかんでもポケモンバトルで解決するのは良くないのよ?それよりもこの子をポケモンセンターに連れていくことが一番大事だったから」
流石は四天王、言うことが違う。
ただ強いだけでなく同時にポケモンへの並々ならぬ愛情を感じる。
「そ、それに生まれたのが嬉しくて、育て屋に他のポケモン置いてきてしまったのよね…」
「…」
どうやら四天王も完璧ではないらしい。
「ゴホン、それよりも!あなたにお礼をしないと!」
「そうですか?じゃあ遠慮なく…」
そう言って売店でモンスターボールのレプリカを2つ買ってくる。
本来は子供のおもちゃなのだが、トレーナーのサインをもらうのにこれ以上に適したものはないだろう。
「あたしのサインなんかで本当にいいの?」
「四天王のサインですから」
これでまた一つ思い出とお宝が増える。
それにサナのお土産にもなるだろう。
「…でも、これだけじゃあたしの気が済まないのよね!あなたが今欲しいものは他にないの?」
「仕事」
「え?」
「仕事が欲しいです。給料良くて休みが取れて、福利厚生がしっかりとした企業の合格通知が欲しいです」
「えらくシビアなお願いなのね…。でもごめんなさい、それはあたしじゃどうしようもないのね」
そんなことこちらだって百も承知だ。
けっして、四天王ならどこか大手企業へのコネも持っているとか思ってないし、恩を売って便宜を図ってもらおうなんて考えていない。…少ししか。
他に欲しいものも思いつかないし、サインのお礼を言って立ち去ろうとすると何かがズボンを引っ張る。
下を向くとモノズがジーッとこちらを見つめている。
「そうだ!その子あなたに連れてってほしいのよね!」
「え、でもこの子はあなたのポケモンだってさっきチンピラが…」
「その子もあなたが気に入ったみたいなの。それに元々は拾ったタマゴなの。あたしが散歩していると川上からドンブラコ~ドンブラコ~と流れてきてね…」
そんな昔話みたいなことが本当にあるのだろうか。
しかし、その後育て屋に頼んでちゃんとした環境で育ったからこうして生まれてきたのだろう。
これは願ってもない申し出だ。ラルトスのこともあったし仲間を増やすのは絶望的かと思ったが、最初から自分を慕ってくれるポケモンが仲間になるなら心強い。
「本当にいいんですか?」
「ええ、『モノたろう』をお願いしますなのよね」
ドラセナさん、モノズがイヤイヤしてるよ?
ポケモン交換じゃないし、登録更新したから名前は変えてあげよう。
……
別れも不幸も突然やってくるものだ。
しかし、赤の他人が不幸を運んでくるとは思いもよらなかった。
ドラセナさんと別れた後、サナに詫びの品を持っていくため研究所に向かうその道中、同い年くらいのグループにいきなり声をかけられた。
「君ここら辺の子じゃないよね?旅してるの?」
「いいなー!私もポケモンと一緒に旅してみたい!」
「俺も最初からトレーナーになってればよかった!」
耳を疑った。
制服を着ている彼らは、おそらくミアレにある幼稚園から大学までエスカレーター式の名門校の中等部だろう。
自分が入りたくても入れなかった学校に通う彼らが、したくもないことをいている今の自分を羨ましがっている。
それも仕方のないことだ。
彼らは知らないのだ。
目の前の旅するトレーナーは、自分たちが通う学校の試験に落ちたから旅をしていることも。
旅にうつつを抜かして人生を棒に振った大人たちの末路も。
きっとこれからもそんな厳しい現実も苦労も知らずに大人になっていくのだろう。
それが良いことだとは言わない。
しかし、旅をしている今の自分なんかよりよっぽど羨ましかった。
そして気が付くと走り出していた。
これ以上彼らと一緒にいたくなかった。
でも、走っている自分の姿を想像すると勝者から逃げ出す敗者のように思えてきて、余計にみじめだった。
今まで自分は何をしていたんだ。
口では就職だ仕事だと言いながら、幼馴染と旅に出て、普通のトレーナーのようにジム戦をして、おまけに有名なトレーナーからポケモンを託されて喜んでいる。
自分がなりたくないものへ一歩一歩着実に近づいていることに気づき、体が震える。
歯を食いしばると、目からは熱いものが込み上げてくる。
こんな意味のない旅はさっさとやめて、就職活動を再開しよう。
今ならまだやり直しがきく。
パンジーさんの言っていたことはただの気休めだ。
さっさと忘れよう。
五年前のように道に迷い、あの時と同じようにあの会社の前に出たのもきっと運命だったのだ。
そうに違いない。
気が付くとプラターヌ研究所の前まで来ていたらしく、丁度サナが出てくるところだった。
どうやら他のトレーナーは旅立ったらしい。
サナが申し訳なさそうに近づいてくる。
「あ、ハジメちゃん!あの…さっきはごめんね?いきなりぶったりして」
「気にしてないよ。それより丁度良かった、話があるんだ」
「何?」
「サナ、あのな…」
……
「二人旅はここまでにしよう。これからは一人で旅してくれ」
彼の言葉を聞いて頭が真っ白になる。
また自分をからかっているのだろうか。
いや、付き合いの長い自分には彼の目が冗談でこんなことを言っているようには見えない。
「は、ハジメちゃん…?」
「俺はこの街で仕事を探す。色々と迷惑かけてごめんな?」
やめてよ
そんなお別れみたいなこと言わないで?
「いきなりどうしたの?もしかしてやっぱりぶったこと怒ってるの?それなら…」
「そうじゃない」
じゃあ、どうして?
「…そっそうだこれから美味しい物でも食べに行こうよ!」
「サナ…」
「それともお買い物がいいかな?そういえばパンジーさんの出版社も近くにあるみたいだよ!」
「サナ」
「それからね、あたし新しいポケモン博士に貰ったからまたバトルでも…」
「サナ!!!」
「っっ!な、なんで…なんでそんなこと言うの?…一緒に旅してくれるって約束したのに!」
「ごめんな」
「謝らないでよ!今まで通り一緒に旅しようよ!約束、守ってよぉ…ヒグッ…お願いだからぁ…」
顔がぐしゃぐしゃになって涙で視界がぼやけてしまう。
それでも視線だけは外さない。
今顔を伏せてしまったら、彼はもう自分の前から消えてしまいそうな気がしたから。
「あたしがわがまま言うから?それともバトルが下手だから?こっこれからもっと頑張るから!…もうわがままもいわないからぁ…」
「サナは何も悪くないよ」
今までの自分を反省した思いつく限りの謝罪も受け取ってもらえない。
いつものようにぶっきらぼうじゃなく、優しく説き伏せようとする彼の言葉が怖い。
もうどうしていいのか分からない。
「ならどうして!」
「どうしても…どうしても夢をあきらめたくない」
そういって私に背を向ける彼。
「サナ」
お願い
「ごめんな?」
もうやめて
「ここで」
駄目!その先は…
「さよならだ」
…どうしてなの?ハジメちゃん…
シリアスって難しいですね