新訳:ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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第九話:鳥籠の中の赤い鳥

 同日

 

 現在:雪子姫の城【最上階】

 

『老舗旅館?女将修行? そんなウザい束縛まっぴらなのよ!』

 

「や……やめて……」

 

 千枝を追った悠、そして陽介とクマはやがて最上階まで辿り着いていた。

 最上階の巨大な扉は既に開いており、悠達が扉の中に入るとそこには千枝、そして雪子と雪子?が対峙していた。

 

「雪子……」

 

 雪子の苦しみが分からなかったからか、雪子?の言葉を聞いて表情を暗くしている千枝。

 そんな中、雪子?は話を続けた。

 

『生き方……死ぬまで何から何まで全て決められてる! あーやだ! 嫌だ! 伝統? 誇り? そんなのクソ食らえよ! あんな旅館、潰れれば良い! 私はモノじゃないんだから!……それがホンネよ。ねえ?……もう一人の私?』

 

「ち……違う……違うッ! やめてよ! そんな事、みんなの前で言わないでよ! あなたなんか……!」

 

 雪子?の言葉を聞いた雪子。彼女がそれを否定しようとしている事はすぐに分かった。

 

「!……まずいぞ!」

 

「ダメ! 雪子ッ!」

 

「言うな!」

 

 不穏な空気を感じ悠達は雪子を止めようとして声を上げるが間に合わず……。

 

「あなたなんか! 私じゃないッ!」

 

 その言葉が引き金となり、雪子?から闇が溢れ出る。

 

『ふふふ……あはははははははは!! そうよ! 私は私、あなたじゃないわ!』

 

 雪子?がそう叫ぶと、闇が集まり上から鎖に繋がれた鳥かごが降って来る。そして、中から顔が人面の紅き鳥のシャドウ『雪子の影』が出現した。

 

『我は影、真なる我……ふふふ、力が……力がみなぎってくる!』

 

「あ……ああ……何? 何なの……!」

 

「雪子!?――クマ君! 雪子をお願い!」

 

「任せるクマ!」

 

 雪子の事をクマに任せて悠達は武器を構え、前にでた。

 

『なに? 何なのあんた達、邪魔よ! 来て王子様!』

 

 雪子の影がそう叫ぶと、冠を被り、赤い服、そして小さな剣を持つシャドウ『白馬の王子』が出現する。

 

「いきなり召喚か……」

 

「大丈夫、数ならこっちの方が勝ってる」

 

「皆……いくぞ!」

 

「「「ペルソナ!」」」

 

 悠達はそれぞれのペルソナを召喚し、シャドウ達に掛かっていくが悠にはある不安があった。

 

「邪魔すんなぁ!!」

 

 早速、ペルソナで突っ込む千枝だが、体力の消費は変わっていない。所詮は空元気だ。

 

(長期戦は出来ない。短期戦に持ち込む!)

 

▼▼▼

 

 現在;雪子姫の城【通路】

 

「!……やはりシャドウ化したか」

 

 洸夜はこと切れた黒い大型シャドウ『征服の騎士』を背景にし、自分の傍に漂うヘメラからの情報を得ていた。

 本来ならばすぐに追い付けたのだが、他のシャドウ達がまるで妨害する様に洸夜の前に立ち塞がり、少々時間を取られたのだ。

 しかし、洸夜の中には既に妨害したシャドウ達の事などなかった。あったのは新たに現れた雪子の影の事。

 

(この力……やはり深い内面な程、シャドウも強くなるか。先程の里中千枝のシャドウよりも強い力だ……)

 

 強い力を感じ取った洸夜は、急ぎ城の階段を駆け上がって行く。

 

▼▼▼

 

「はぁ……はぁ……」

 

「里中! お前は一回下がれ」

 

『ふふふ、どうしたの? そんなモノ?』

 

 悠の不安は当たった。現在の悠達の状況、それははっきり言って危険だった。

 全員の身体はボロボロで、顔や服にも傷が目立ち始めている。

 

「流石にマズイぞ! あの王子野郎……ふざけた顔の癖に強ぇ!」

 

 そう、苦戦の理由は戦いの直後に召喚されたシャドウにあった。

 悠達が雪子の影へ攻撃を仕掛ける、又は接近すると白馬の王子が妨害をし、その隙を突いて雪子の影が攻撃を繰り出すという連携に苦しめられているのだ。

 唯でさえ、雪子の影の力は強い。体力・精神共に消費している悠達には端から余裕などはない。

 

「ヴァルキリー!」

 

 悠は強引でも攻撃を仕掛けようと新たにペルソナを召喚し、攻撃を仕掛ける。

 馬に跨った二刀流の戦乙女はその機動性を使い、雪子の影へ一気に距離を詰めた。

 

『早い!?』

 

 その速さは雪子の影も反応が遅れ、悠はその隙を逃さなかった。

 

「斬り伏せろ――ヴァルキリー!」

 

『両腕落とし』

 

 両手の剣を同時に振り落とし、ヴァルキリーの剣術は雪子の影の両翼に傷を刻み込む。

 

『グゥッ!――まだまだ!』

 

「駄目クマよセンセイ!? 攻撃が浅いクマ!」

 

(クソッ……。こっちには余裕がないのに……!)

 

 思った以上に雪子の影の翼は強力だった。全身を覆う赤い羽根は最早、並ではない鎧でもあったのだ。

 

「相棒! 今度は連携でやっぞ! 天城さんのシャドウさえ何とかすれば、あの王子野郎も――」

 

 陽介が連携を提案するが、悠が全て聞き終える前に千枝が行動を起こした。

 

「負けられない……負けられないのよ! 雪子は……雪子は絶対に私が助けるんだから!」

 

 この中で一番長く雪子との付き合いが長い千枝。しかし、彼女は雪子の苦しみを全く理解……否、気付いてあげる事が出来なかった。

 故に千枝は自分が許せなかった。何も知らない癖に何が親友だ、と千枝は心を燃やして雪子の影に単身突撃して行った。

 

「駄目だ里中!」

 

「千枝……! 駄目……!」

 

 既に千枝は限界を迎えている筈であったが、それでも無理な攻撃を繰り返しており、いつ倒れても不思議ではない。

 雪子も衰弱の中で危うさを感じたらしく、千枝を止めようとするが声が上手く出なくて届かなかった。

 

『王子様!』

 

『!』

 

 雪子の影の言葉に白馬の王子は千枝の前に立ち塞がる。

 

「邪魔するなぁぁぁぁ!!」

 

 千枝は力の限りで白馬の王子を蹴り飛ばした。

 その威力に白馬の王子はゴムボールの様にバウンドしながら吹き飛び、千枝の前に障害は既にない。

 

「トモエ!!」

 

『よくも王子様をッ!!』

 

 振り下ろされたトモエの薙刀と雪子の影の翼がぶつかり合った。

 お互いに全力の一撃。しかし、疲労している千枝が徐々に押され始める。

 

『マハラギ!』

 

「――トモエ!」

 

 雪子の影が放つマハラギとトモエのブフが衝突するが、相殺にまでは至らず千枝は押し負ける。

 

「ああぁっ!?――くっ! まだまだ!!」

 

 だが、千枝は受け身を取って再び雪子の影へと駆け出す。その光景に悠達も直感的に危険を判断した。

 

「陽介!」

 

「任せ――へぶっ!!」

 

 千枝の下へ向かおうとした瞬間、悠と陽介は何者かに片足を掴まれてその場で転んでしまう。

 二人はすぐに正体を知ろうと倒れたまま振り向くと、そこには先程、千枝に蹴飛ばされた白馬の王子がいた。

 白馬の王子は悠の左足、陽介の右足をそれぞれ掴んでおり、ここぞというタイミングで妨害したのだ。

 

「この……!」

 

「てめぇ!」

 

 悠と陽介は全力で何度も蹴るが、白馬の王子は離そうとせず、寧ろ表情は笑っているように見えた。

 

「この……! クマ! こいつを何とかしてくれ!!」

 

 陽介は二人では無理と判断し、近くにいたクマに助けを呼んだがクマは震えながらオドオドする。

 

「クマが!? そ、そんな無理クマよ……クマじゃシャドウには……!」

 

「良いから早く!!」

 

 悠が声を荒げたがクマは動けない。

 

「雪子は私が守る!」

 

 悠達は間に合わず、千枝は単身で再び雪子の影へ突っ込んだ。

 

『なんなのよアンタはぁ!!』

 

 再び雪子の影とトモエがぶつかり合ったと思われた、その時だった。

 パリィン――! と音をたてながら()()()は砕けた様に消滅してしまった。

 

「えっ……」

 

『!?――ふふ……!』

 

 言葉を失い、目の前の状況が理解できない千枝を見て、雪子の影は笑みを浮かべながら大きく翼を広げて飛翔する。

 その光景を千枝、白馬の王子に足を掴まれている悠と陽介。そして立ち尽くすクマはスローモーションで見えた。

 

『アハハハハ! ――アサルトダイブ!!』

 

 雪子の影はその巨体を利用しながらスピードを上げて千枝へと突っ込み、その勢いのまま悠と陽介、そしてクマを白馬の王子ごと巻き込んだ。

 

「ガアッ――!」

 

「カハッ!」

 

 地面に落ちた悠と陽介の体内から空気が強制敵に吐き出された。白馬の王子は先程の巻き添えで消滅し、クマも少し離れたところに落ちていた。

 そしてそれは、最初に吹き飛ばされた千枝にも当然の如く同じ様に地面に落ちた。

 

「ぐはっ!――そ……んな……!」

 

『やっぱりね……』

 

 千枝を見下ろすように雪子の影は近付き、そう呟いた。明らかに失望の色が混ざっていたが、どこか予想通りだという諦めの感情もある。

 そんな雪子の影を、友と偽るシャドウを千枝は最後に力を振り絞って睨みつけた。

 

「何が……よ……!」

 

『やっぱり千枝は守ってくれない……私を……友達を……』

 

 そう言って雪子の影は千枝の向こう側に首を向ける。

 千枝もそこに何があるのだと、痛い首に鞭を打って向き、ようやく気付いた。

 

「鳴上くん……?……花村?」

 

 そこには倒れて動かない悠達の姿があった。三人は気絶しており、大型シャドウの連戦とその疲労の中でのペルソナの使用。既に自力に目覚めるエネルギーは一滴も残っていないのだ。

 そんな三人の姿に千枝は思い出す。何回も自分を止めた二人の姿を、それを雪子の事しか見えてなかった自分は無視したことを……。

 

『千枝のせい。何も考えないで突っ走って……私を守るって言った癖に守れない。――そう()()()()()()

 

「……えっ?」

 

 千枝は雪子の影の言葉が何故か胸に突き刺さった感じを覚えた。ジワジワと心に痛みも生れ始めた。

 

『いつもいつも……どうでも良い時だけ守る千枝。ここぞという時だけ守ってくれない千枝。……私の友達……』

 

「ふざ……けるな……! あんたは雪子じゃない……雪子を語るなぁ!」

 

『酷い……私は雪子なのに。――でも、仕方ない事。千枝には私のこの部分を教えてないもの。……言ったって何にもならないから。そうよね……私?』

 

 雪子の影は首を雪子の方へと変えた。千枝もそっちを向くと、雪子は両手で耳を抑えながら頭を左右に激しく振っていた。 

 目の前の現実を拒絶するかのように……。

 

「やめて……もうやめてよ! 千枝に酷い事しないで! 鳴上くん達を傷つけないで!」

 

 雪子は悲痛な叫びをあげて悲願するが、雪子の影はそれを無視して話を続ける。

 

『あの男に言った事なんて嘘。千枝に言わないのは迷惑を掛けるからじゃない。――言っても()()だから』

 

「……無駄?」

 

「やめてぇッ!!」

 

 雪子は叫ぶ。心の底から叫んだが、それを自分の影が無視するのは心のどこかで察していた。

 一度や二度じゃない、雪子の言葉を雪子の影はずっと無視するだろう。

 

『だって本当じゃない? 千枝に何ができるの? 旅館の連中を説得できると思ってるの? 微塵も思ってないから言わなかったんじゃない。口だけの千枝に言ったって解決しない……ただ虚しくなるだけだから千枝には言わない』

 

「やめてよ……!」

 

 雪子の声に力が無くなってきた。心が殆ど折れているからだ。

 自分に今、唯一出来る事がこれを言うぐらいしかない。千枝を傷つけ、悠達にも酷い事をしてしまった。

 

(私の我儘が……こんな事を起こしてしまった……!)

 

 自分が旅館を継ぎたくないから、自由を得たいから等と思ってはいけなかったのだ。

 雪子の瞳から徐々に光が消え始める。……その時だ。

 

「雪子!!」

 

「!」

 

 自分を呼ぶ声にハッとなって顔を上げると、その目に映ったのは足を震わせながらも立ち上がっている千枝の姿だった。

 

『なに、まだやるの?』

 

 面倒そうに千枝を雪子の影は見つめるが、千枝は一切目を逸らさず、静かに話し始めた。

 

「雪子……私ね、雪子に謝らなきゃならない事がいっぱいあるんだ。雪子が私に言えなかった様に……私にもあるんだ……。それを互いに言えば喧嘩になるかも……でも、今の私達には……それぐらいが丁度良いのかもね……」

 

 そう言って千枝は笑顔で雪子の方を向き、その笑顔を見て雪子は言葉を失った。

 ずっと見てきた親友の笑顔。救われてきた笑顔。千枝のその笑顔を見ると不思議と心強く、元気になっていたのを思い出したのだ。

 

(そうだ……昔、チョウソカベを拾った時……千枝に相談したんだ。旅館じゃ飼えないから……千枝に言って近所を回って結局、千枝の家が引き取ってくれたんだった……) 

 

 最近は散歩を嫌って太ったと聞いた。見に行ったら本当に太っていて一緒に笑った。

 無理やり散歩に連れて行ったら途中で眠って動かなくなり、日が暮れて二人で呆れながら笑った。

 ずっと一緒の親友との思い出。古いものから新しいもの。全てが楽しい記憶だ。

 

「千枝……ごめん……ごめんなさい……!」

 

 気付けば雪子は口元を抑え、泣きながら千枝を見詰めていた。

 それに答えるかの様に千枝は笑った。

 

「気にしてないよ……だって、雪子が私にとって……親友なのは嘘じゃないから……」

 

 千枝はそう言うと悠達の方を振り向いた。

 

「鳴上君……花……村……ごめん。……でも、けじ……め……は……」

 

 千枝はそこまで言うと力尽きて倒れた。過度のペルソナの使用で疲労はピークで眠くて仕方ない。

 だが、これで残されたの雪子ただ一人。誰も彼女を守れない事を意味していた。

 

「千枝……!」

 

『……残りはあんた一人だけ』

 

 鳥籠に縛られた紅い鳥がとうとう宿主の下へと迫った。

 

(……もう駄目みたい……力が入らないよ……)

 

 雪子の体力も既に限界に近付いていた。意識も時折、朦朧としてハッキリしずらい。

 体が重く、立ち上がるのがやっとなのだろう。しかし、その間に雪子の影が彼女を襲うのは想像に容易い。

 

『お前を殺して……私は鳥籠から羽ばたくのぉ!!』

 

 雪子の影が感情を爆発させた。

 私をここから出して。私を助けて。次々に出る抑圧された心の声。

 雪子はその叫びを虚ろな意識の中で聞いていた。

 

(ごめんね……みんな。――私、もう無理だよ……)

 

 雪子は覚悟を決めた。諦める事の覚悟をだ。

 

(死ぬ前に誰かに話せてよかったな……)

 

 雪子は昨日、自分の悩みを話したことを思い出す。

 ずっと誰にも言えないと思っていたが、予想外の人物に聞いてもらうことが出来た。それだけで満足だった。

 雪子は顔を上げ、己のシャドウを見上げてそのまま目を閉じて命の時間を終わらせた。……そう思っていた。

 

「諦めるのかい?」

 

 雪子の耳に背後から誰かの声が届いた。聞き覚えのある声だが、意識が朦朧としている雪子は誰の声かまでは分からなかった。分かったのは若い男性、つまりは青年という事だけだろう。

 

「誰……?」

 

『あんたは……!』

 

 雪子の影はその姿を捉えて驚きの表情を見せ、青年は笑みを浮かべてハッキリとした口調で呟いた。

 

「ジャアクフロスト」

 

 パリィンと何かが砕けると何かが自分の隣に現れた事に雪子は気付き、ゆっくりと横を向くとそこにいたのは……。

 

『ヒ~ホ~!』

 

 ”黒い雪だるま”がそこにいた。体も黒ければ顔も悪戯でもする様な悪い顔をしている。

 突然の事だったが雪子は、頭がハッキリしていない事や今日の内に経験したことのお陰もあり、この程度では驚く事なかった。

 しかし、雪子の影は違った。目の前の青年とジャアクフロストから感じる強い力を察知し、先制攻撃を放とうとする。

 

『マハア――』

 

『ヒホ!――”ニブルヘイム”』

 

 それはまさに一瞬の出来事であった。雪子ですらよく分からず、その目の前の事に意識も覚醒する程だった。

 分かったのはジャアクフロストが両手をかざし、その手から冷たく巨大な青い光を放ったという事ぐらい。

 そして、その直後に目の前に突如として出現した氷像。その中にいるのは雪子の影だった。

 雪子の影の氷像はそのまま全身に亀裂が走り、やがて砕けてバラバラと崩れ落ちた。

 

「一体……これは……」

 

 雪子が隣を見ると、ジャアクフロストが一仕事終えたかのように嬉しそうに跳ねていた。

 

『ヒホヒ~ホ♪』

 

 目の前の雪だるま。それを見て同時に雪子は思い出した。自分の背後にいる人物の事を。

 

「あのっ――!」

 

「そのままだ」

 

「っ!」

 

 軽く抑えられる背中。力は篭ってないが、こちらを向くなという想いは背中越しに雪子は伝わった。姿の見えない人物に雪子の体は緊張から固くなる。

 

「君が見るのは後ろじゃない。……前だ」

 

 雪子の緊張を察したのか、青年の口調は優しいものであった。

 しかし、雪子はそれよりも千枝や悠達の事が心配だった。

 

「でも、そんな事より千枝や鳴上君達が……!」

 

「彼等は大丈夫だ。御守りを渡しているから……」

 

 雪子は青年の言葉の意味が分からな様子で皆の方を見ると、その景色に驚いた。

 

「なにあれ……?」

 

 倒れているメンバー。クマ以外だが、クマ以外のメンバー達の体を暖かな優しい光が包んでいた。その光に包まれるメンバー達の顔色は良くなっており、傷も消えているのを遠目で見ても分かる程だ。

 

「今、君が知るべきなのはあれじゃない。――前を向くんだ」

 

「前……?」

 

 雪子が青年の言葉通りに前を向いた。その視界に映ったものは氷塊の中で一人、膝を着いている雪子?の姿がああった。

 先程とは違い、覇気のない姿。今にも消えそうな花の様に儚く見える。

 

「あのシャドウが自分自身だという事は、君ならばもう気付いている筈だ」

 

「……」

 

 その言葉に雪子の表情が曇る。分かっているのだそんな事は、だが体が思うように動かない。怖い、無意識に思ってしまう恐怖。

 その正体が向き合うことの怖さという事、それに雪子は気付いていたが動くことが出来ない。

 

「……ここで逃げるのも一つ選択だ。そうする事で君は今までの日常に戻る事が出来るだろう。だが、それは決して変化する事のない今までの日常に戻るだけであり、前に進んだ訳じゃない。何も変わらない安定の世界だ」

 

「今までの日常……安定の世界……」

 

 独り言の様に呟く青年の言葉を聞き、雪子は考える。

 今までの日常、それは縛られた鳥籠の世界。だが、鳥籠故にこれからも大切に育てられるのは約束される。

 変わる事のない世界で大切に育てられる。鳥籠の中の鳥の生き方。諦めるだけで傷つく事もなくなるだろう。

 

「だが向き合えば、確実に君の世界に変化が起きる。その変化がどの様な結果と結末を招くかは君にすら分からない。幸か不幸か、栄光か破滅か。何が起こるか分からない恐怖もあるだろう。――だが、前には進むことはできる」

 

「前に進む?……世界に変化?」

 

 鳥籠を飛び出した鳥がどうなるか、それは誰にも分からない。

 幸を得て栄光を手にするか、不幸に魅入られ破滅へ導かれるか。だが、自分の意志で前に進むことができるのだろう。

 

「……そんなの皆が同じだよね」

 

 青年の言葉を聞き終えた雪子の顔に笑顔が戻る。そして雪子はそう呟きながらそのままゆっくりと、だが堂々とした姿で立ち上がった。

 その彼女の姿に青年も安心する様な静かに笑みを浮かべた。 

 

「そうだ。君はもう……一人じゃない」

 

「はい……私には千枝が……皆がいます」

 

 母親、旅館と稲羽の人々。ずっと昔から優しくしてもらい、見守って貰ってきた世界。

 

「色んな人から大切な物を貰ってきたのに私、そんな事まで忘れてた。……辛い事だけ目を背けて、あなたがそれを全て受け止めてくれてたんだね」

 

 雪子?の前まで来た雪子はそう言って目の前の存在の手を取った。

 自分と同じ姿の存在とその苦しみ。自分じゃないと言ったが、そんな訳がない。

 

「もう、私は背けない。あなただけに背負わせない。……私も一緒に前に進みます」

 

 雪子がそう言った瞬間、雪子?に光が溢れ、花びらを撒き散らせ華の飾りとなり、桜色の美しい衣を纏う仮面。日本神話の女神の名を持ちしペルソナ『コノハナサクヤ』となった。

 

「一緒に行こう……コノハナサクヤ」

 

 雪子とコノハナサクヤは手を取り合う。周りの花びらは二人を守る様に舞い踊り、コノハナサクヤはやがてカードとなって雪子の手の中に入る。

 そして雪子は胸の中に温かい想いに気付き、同時に洸夜の言葉を思い出す。

 

『親だからこそ分からないのか。それとも……自分が自分を分からないのか』

 

「今なら分かる。……私、自分が自分を分からなかったんだ。だって……私はこんなにも旅館とこの町が好きなんだもの」

 

 彼女の表情は優しい笑顔だった。もう迷いもない。……だったのだが。

 

「あれ……?」

 

 雪子は何かが引っ掛かった。そしてすぐに脳裏にそれが浮かんだ。先程、自分が思い出した洸夜の言葉と今、自分の後ろにいる青年の声があまりに似ている様な気がしたのだ。

 

「あっ……!」

 

 雪子は後ろを振り向こうとしたが、それは叶わなかった。

 今までの疲労の中でのペルソナへの覚醒によって雪子も限界になり、振り向こうとしてそのまま倒れそうになる。

 

「おっと……」

 

 しかし雪子が倒れそうになった時、青年がタイミング良く彼女の体を支えたのだ。

 

「あな……たは……」

 

 薄っすらと雪子は目を開けていたが、残念ながら顔を見る事は叶わなかった。だが、最後に雪子は聞いた。

 

「……今はまず休め。話なら()()いつでも聞いてやるさ」

 

 その言葉だけ聞き取る事ができ、雪子は安心、そして嬉しそうな表情で静かに意識を手放した。

 

「……さて」

 

 青年は両手で彼女を抱えると、倒れながら癒され続ける少年達の方を見て溜め息を吐いた。

 

「……どうやって運ぶか」

 

 主を失った城の中で一人悩む、青年のため息が何度も吐き出されるのだった。

 

▼▼▼

 

 現在:テレビの世界【いつもの広場】

 

(ここは……? 体に痛みもない……)

 

 悠は徐々に意識を覚醒し始めていたが、最後に残っている記憶は雪子の影からの攻撃でやられた事。しかし、体には痛みはなく、寧ろ心地良さすら今は感じている。

 そして、徐々に目が覚めた事で悠は薄っすらと目を開けるとそこで誰かが雪子を、そして陽介達を壁に寄りかかせながら何やら優しい光で包んでいた。

 

「だ……れだ?」

 

 目蓋が重く相手の足しか見えないが、その言葉にその人物は悠の下へとやってくるとそのまま話し出した。

 

「詰めが甘かったな。……自分とメンバー達の状態は分かっていた筈だろ? ――お前達はまだ覚悟が足りず、そして弱い」

 

 口調には怒り等の感情はなかったが、その言葉は不思議と悠の中で印象に深く残ってしまった。

 

「仲間の独断……不安定な連携……未熟な覚悟。それで本当に誰かを守る事が出来るのか? 自分を守る事が出来るのか……?」

 

「……」

 

 その言葉に悠は何も言えなかった。誰かも分からない相手に何も返せなかった。意識が薄いからじゃない。自分でも分かっていたからだ。

 あの時、千枝を止めてせめて休憩だけでもして互いの能力確認でもしていれば、また違う結果だったかもしれない。

 悠の表情が後悔のものへとなっていた時だ。悠は自分の頭に温かい感触を覚える。

 

「強くなれ……やっと、自分で選んだ道なんだろ?」

 

 相手が優しく言った事で、悠は自分の頭に相手が手を置いたのだと理解できた。だがそれはどこかとても懐かしい感じがあった。

 

(いつだったか……誰の手……?)

 

 その手の温かさに悠はやがて眠くなって行き、やがてその意識を手放した。

 

「お前の意志で前に進むんだ……悠」

 

 最後にそんな事を言われたような気がしたが、既に悠の意識は眠りについており、悠は気のせいだと思った。

 やがて、陽介達が目を覚ますとこの場所がいつもの広場にだと気づき、悠と雪子を起こすと混乱しながらも現実へと帰還した。

 そして、警察から天城旅館に雪子発見の連絡が届いた。

 

 

END

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