第二十六話:一つだけの選択
7月3日(日)晴れ
現在:堂島宅【洸夜自室】
(俺の部屋だ……)
洸夜は目を覚ますと同時に己の部屋にいる事に気付く。まだ完全に目を覚まさない頭を使い、最後に覚えているのがクマの影撃破の場面である事を思い出す。
カーテンからは既に日が出ており、洸夜は自分の隣に置かれている携帯を覗くと既に時間は昼、日付も3日になっている事にも気付いた。
(翌日まで寝ていたのか……)
流石にこれは寝過ぎだと思い、洸夜は布団から起き上がろうと足に力を入れようとした時だった。
「うおっ……!」
足に力が入らず、洸夜はそのまま転びそうになるのを両手で床を押さえて難を逃れたが、その拍子にドンッと大きな音と軽い衝撃を生んでしまった。
すると、階段を上がってくる音が部屋の外から洸夜は聞こえ、扉の方を見ると扉は静かに開き、中から悠が顔を出した。
「兄さん、もう大丈夫?」
「あぁ……なんとかな。……だが、今の状態を知りたい。教えてくれ……」
「分かった」
悠は頷き、洸夜に現在の状態を教え始める。
「まずは……」
あの後、クマはもう一人の自分と向き合ってペルソナ使いに覚醒したり、りせも僅かな疲れはあったが大した事はなかった事。
その後、気絶した洸夜を何とか家まで運び、堂島と菜々子には疲れだと押し通した事等を悠は洸夜へ全て語った。
「バイトについてもりせが実家だから上手くやるってさ」
「そうか……迷惑を随分と掛けたな」
弟達だけではなくバイト先にまで迷惑を掛けた事に洸夜は、少しショックで表情を暗くした時だった。
「……ん?」
不意に視線を感じた洸夜が扉の方を向くと、微妙に開いている扉から陽介達が覗き込んでいた。そして洸夜と目があった瞬間に「あっ」と呟きながら陽介達は扉のドアを開けた。
「お、おじゃましてま~す……」
千枝が代表して洸夜に気まずそうに挨拶し、それに対して洸夜も軽く頭を下げると悠の方を向いた。
「来ていたのか?」
「来てたよ」
どうやら昨日の事もあって今日は堂島宅に集合していたらしい陽介達。ある意味で病み上がりみたいなものである為、洸夜は休みたいのが本音だが、自分には言わねばならない責任があると言い聞かせ、陽介達を部屋へ招いた。
「まずは入ってくれ」
「えっ……あぁ、どうも」
上の空、と言うよりも困惑している陽介が頷き、それに続くように千枝、雪子、完二、りせの順で部屋の中に入って来る。
そして、りせが洸夜の姿を捉えると素早く洸夜のいる布団に飛んできた。
「洸夜さん!? 大丈夫だったんですか!」
「……あぁ、助けに行った方が逆に心配を掛けてしまったな」
そう言って洸夜は笑顔をりせへ向けるが、顔色までは笑顔に合わせる事は出来ない。りせも、他のメンバー達も全員が洸夜の空元気に気付いていた。
「……」
洸夜が無理をしているのが明らかの中、陽介は何やら言いたそうだが洸夜の事を考えたのか、言いづらそうに口をモゴモゴと動かしていると、それを見ていた完二が溜め息を吐きながら動いた。
「洸夜さん……疲れてん中で申し訳ないんスけど、洸夜さんがペルソナ使いの理由とか聞かせて欲しいんスよ」
「なっ! 完二!?」
「ちょっと完二君、本当にちょっと待って!?」
それを言うのかと、陽介と千枝が完二を止めようとしたが、逆に完二はそんな様子の二人を呆れた様子で見つめ返した。
「何、他人事みたいに言ってんスか? 最初に聞き出すぞ!……って息巻いてたのは花村先輩達じゃないッスか?……ったく、いざ来たらこれかよ」
「えっ!?……あ、まあ、その……」
図星なのだろう。完二の言葉に陽介はバツが悪そうな表情を浮かべ、千枝もあたふたしてる。
そして、そんな二人の様子に対し昨日ペルソナ使いに覚醒したばかりのりせは頭を捻っていた。何故、そんなに聞きづらそうなのかと。
「ハハ……勢いで来ては見たものの、俺の様子に頭が冷えて自分達が非常識なんじゃないかと感じたってところか?」
意外にも二人の心を代弁したのは洸夜であった。そしてそれも図星らしく、陽介と千枝は肩を落とす。
「す、すいません……」
「す、すいません……」
反射的に謝る二人だったが、洸夜は全く気にした様子はなく、逆に笑みを浮かべていた。
「気にするな。……君達が俺の事を知りたがるのは当然の事だ。――それで、悠からはどこまで聞いた?」
最後のところで表情と声を真剣なものにし、洸夜は自分以外の全てに問い掛けた。
「俺が話したのは兄さんの覚醒はこの事件と無関係で、別の事件だって事まで」
「そうそう! それぐらいまでは聞いた!」
悠の説明に千枝が食いつき、洸夜は悠が本当に最低限の事までしか教えなかった事が分かった。
「そうか、それじゃあ……まずはそこを踏まえて話さなきゃな。――俺がペルソナに目覚めたのは今から五年前になる」
洸夜は悠達に話し始めた。
全ては五年前、辰巳ポートアイランドで巻き込まれた不可思議な現象によって自分がペルソナ能力に目覚めた事を。
『影時間』・『タルタロス』・『特別課外活動部』等も話したが”桐条”の名は洸夜は伏せた。最早、終わった事件の全てを話す必要がないからだ。
だが『ストレガ』については話した。ペルソナ使い同士の戦い、おそらく可能性でしかないが悠達には己と同じ存在と戦うという覚悟はないと洸夜は判断していた。
シャドウならば迷いなく戦えるが、同じ人間同士ならばどうか? 下手な迷いによって取り返しのつかない事態を巻き起こす事になる。
そして、洸夜はあの事も話した。
『荒垣 真次郎』が起こしてしまった過ちの事も。
「大体は……こんなものだ」
簡単にだが、核心を含めた事を洸夜が話し終えて悠達の方を見ると、悠は耐えたようだが他のメンバー達の顔色は青白く染まっていた。
「んだよそれ……」
「影時間……タルタロス……私はその時点で理解が限界。……でも……」
理解できない陽介と理解が追い付かない千枝。だが千枝が何か言いたそうな事に皆は気付いており、雪子が続きを呟いた。
「ストレガ……」
「そうだよ! なんでペルソナ使い同士で戦うんですか!? 同じペルソナ使いなら戦う理由なんて……」
雪子の呟きにりせが身を乗り出して言い放ち、そんなりせの疑問に洸夜は静かに答える。
「彼等は”人工のペルソナ使い”だった。寿命を減らす薬で無理矢理に仮面を制御しなければ、彼等は仮面の制御を出来ず……ペルソナに殺される。――ペルソナ使いとして生まれた彼等だ、影時間の消滅を目的としていた俺達とは分かり合えなかった」
「嘘だろ……オイ……」
今度は完二が言葉を失う。言葉だけでは全部が全部、信じられる訳じゃないが想像したら血の気が失せたのだろう。
「その人達は今は……?」
悠が洸夜に問い掛けた。その問いの内容に場の空気が静寂に包まれる。
「三人の内、一人を除いて後は……死んだ」
洸夜の言葉に静寂の中で誰かの息を呑む音が耳に届く中、完二がスッと手を上げた。
「洸夜さん……その……ペルソナが暴走して……その……」
完二は真次郎の事を聞きたいのだと洸夜は分かった。おそらく、言い方を考えているのだろうが言葉が見つからないのだろう。
ちゃんと考えて言葉を選ぼうとする完二の優しさを察した洸夜は、そのまま結論を言った。
「遠くへ行ってしまった」
「えっ?……あっ」
洸夜の言葉の意味が分からなかった完二だが、すぐに言葉の意味を理解した。そして再び流れる沈黙の後、陽介が思わず呟いてしまった。
「ペルソナ使い同士で殺し合ったのかよ……」
「!?」
無意識の発言だったのだが、その発言は適切だったものではなく隣にいた千枝が陽介の頭を叩き、軽くも乾いた音が部屋に響く。
「イテッ!?」
「花村さ……あんたってば本当に碌な事を言わないんだから!」
「……あっ」
千枝に叩かれた陽介は呆気になりながら自分の失言に気付き、急いで頭を下げた。
「す、すんません!」
陽介の言葉に他のメンバー達は呆れた様に溜め息を吐くが、当の洸夜も表情は暗くなったが怒った様子はなかった。
洸夜は首を横に振りながら、静かに口を開いた。
「実際、本当の事だ。……色んな人が傷付き、そして沢山の命が消えた。……俺はそんな戦いを何も出来ずに生き残ってしまった。……最後は仲間すら傷付けてな」
洸夜はそう言って机の上にある写真立てに目を向け、悠もそれに釣られて目を向けた。
「その写真の人達が?」
「……もう二年も会ってもなければ連絡も取ってないがな」
洸夜から切なさが見て取れた。そんな兄の姿に悠は息を呑み、陽介は陽介で顔色が悪くなっていた。
(人が……仲間が死んだ? 命を削るペルソナ使いが敵……?)
陽介の頭の中で色んな考えが浮かぶ。今までの自分達の行動、ジュネスで話し合っていた時に自分が抱いていた感情は『楽しさ』・『刺激』しかなかった様な気がしてならない。
勿論、陽介は小西 早紀の事もあって事件解決の事には真剣だ。だが、目の前の洸夜の言葉を聞いている内に自分に自信が無くなってきた。
自分はこれで良いのかと、遊び半分が内心であるかもしれない自分がペルソナを使って良いのかと?
自分のシャドウが言っていた小西早紀を理由に刺激を求めた事、それも陽介の脳裏に過った時だった。雪子が洸夜へ話しかけたのだ。
「洸夜さん……私達、どうすれば良いですか?」
「……どういう意味だい?」
顔を暗くして思い詰めた様に言う雪子に洸夜は聞き返す。だが、悠達はその意味を分かっている。自分達の行動が正しいのかどうか、それが気になっているのだろう。
陽介もそうであり、真剣に聞こうと意識を集中していた。
「洸夜さんの話を聞いていて……私達のやっている事が本当に良い事なのか分からなくなって……」
「だが、君達はテレビの世界とシャドウが警察には解決できないとも思っている筈だ。だからこそ、叔父さんに怪しまれながらも続けているんじゃないのか?」
「……言葉を変えます。私達が……ペルソナを安易に使って良いんでしょうか?」
雪子の言葉に洸夜は黙った。そして少し考える素振りをすると静かに話し出した。
「俺から言えるのは……俺に言われたからこうするって言うのなら、もうこの事件から手を引くんだな」
「!?」
洸夜の言葉に悠を除くメンバー達が息を呑む。洸夜の言葉には疲労感などは出さず、真剣なものだった。
「洸夜さん……どういう意味ですか?」
一番、経験が浅いりせが洸夜に聞くことができ、洸夜はそれにすぐに答えた。
「君達は自分自身と向かい合い、そして自分達が正しいと選択して事件を追っていた筈だ。本来ならば、俺が言う事じゃない……いや、誰にも言える事じゃない。俺が言ったから、誰かに教えられたから……そうじゃない」
洸夜はそこまで言い、横に置いてあるペルソナ全書を手に取り、表紙を撫でた。
「人は選択して生きて行く。……一人で選択する者、一人で選べないならば二人で……三人で……と選択して行く。少なくとも、悠と君達はそうやって戦ってきたんじゃないのか?――君達はもう自分達で選べる筈だ」
洸夜はそう言って悠へ視線を向けた。
「俺の力はもう要らない。……お前達の意志で進むんだ」
「うん!」
悠は頷き、他のメンバー達も静かに頷いて返した。
▼▼▼
あの後、疲れている洸夜に負担を掛けさせまいと悠達はジュネスへ行く事にした。悩んだ表情の陽介・千枝・雪とは違い、完二とりせは洸夜に迷いなく笑顔で頭を下げて下に降りて行った。
そして、悠も降りようとした時だ。洸夜が悠を呼び止める。
「悠……」
「……どうしたの?」
悠は足を止め、その場で振り返ると洸夜は苦笑しながら言った。
「俺は暫く……戦えない」
兄の言葉に悠は目を大きく開いて言葉が出なかった。だが、理由は気づいている……と言うよりも思い当たるというところだ。
「もしかして……クマのシャドウで?」
「気付いてたか……あのクマのシャドウに変化を与えたのは俺のワイルドの力、その片鱗だ」
薄々だが、悠ももしかしてとは思っていた。何かを感じ取れた訳じゃない、だが悠は兄の力だと感じ取れていた。
「悠……俺はもうペルソナを制御しきれていない。力は弱体化している中、ワイルドの力の一部が日々日々に大きくなっている。……だから、俺はお前等と戦えない」
「分かった……」
「素直だな……」
「兄さんが弱音を吐く時は本当に大変な時だから」
悠はそう言って部屋を出て行くが、どこか悲しそうな表情を廊下で浮かべ、静かに階段を下りて行った。
そして悠が部屋を出た事で洸夜は自室で一人になり、壁に触れながら何とか立ち上がり、机の上にあるバイクや家の鍵の束を掴み、その中の小さな鍵を取って引き出しの鍵を開けた。
その引き出しの中には瓶に入ったカプセルが大量に入っていた。
(真次郎……湊……お前等に会うのは遠い未来じゃなさそうだ)
洸夜自身、既に限界が来ていると気付いていた。抑圧していた力だが、まさかシャドウにすら影響を及ぼし始めたとなると洸夜も覚悟やら何やらの問題ではないと判断していた。
これ以上は自分のペルソナに殺されるが、それよりも先に悠達を傷付けてしまう。これ以上はペルソナ達すらも凶器にしてしまう。
それを防ぐ為、洸夜は友から取り上げた劇薬に手を付ける。
「悪いが……悠に手は出させない……!」
洸夜は手にカプセルを一つ取ると、一瞬、歯を食い縛った直後、それを呑み込んで顔を下に向ける。
呑んですぐだが体に異常はなく、まだ副作用は大丈夫だろう。
(選択をやめた人間は生きていると言えない。それが今の俺だ……俺のせいで……誰かを傷付けたくはない。……俺の心の弱さが生んだ力で……)
洸夜は顔を上げて机の上にある写真立てを見ると、写真の友人達と目が合った。
そんな友人達に洸夜は「すまない……」とだけ呟き、その場に膝を付いた。
▼▼▼
同日
現在:稲羽警察署
「なんだよ……」
帰宅しようと思っていた堂島は嫌そうな顔で携帯を見詰めていた。画面に写っている向こうの人物は『姉』とだけ書かれている。
そう、堂島にとっての姉であり、洸夜と悠の母親だ。同時に電話してくる時は大抵、碌でもない時でもある。
故に堂島は溜息を吐きながら電話に出るが、予想はすぐに当たる。
「もしもし?」
聞こえてくるのは姉の声。特に変わらない声だが問題は内容だ。
姉からの連絡のない様に徐々に堂島の顔色が変わり、本題によって堂島の表情が壊れた。
「はぁっ!? ”見合い”だぁ!?」
堂島の叫びが署内に響き渡った。
END