とある日の事。
現在:???
青年は夢を見ていた。楽しい夢か、悲しい夢なのか本人すら分からない不思議な夢であったのは間違い無い。
だが、不思議と言うのも適切な表現ではないのかもしれない。どちらかと言えば、懐かしいと言う感覚がしていた。
その感覚も所詮は夢に過ぎないのだから自分は泡沫の夢幻の偽りの懐かしさに心が感動し、揺らいでいる事も偽りなものと思い青年は夢の中でも瞳を閉じる。
「……!」
しかし、青年が瞳を閉じても夢が消える事はなかった。それどころか、閉じても閉じても同じ夢の繰り返しが続いていく。
夢の又夢。その連鎖はまるで青年に目を反らす事を許さないと言っている様に感じる。
そして、その夢で青年の前に立つ一人の青年は、ずっとその青年の事を見つめていた。
「……ッ!」
青年は、自分の中から込み上げてくるモヤモヤした様な感覚に思わず目を反らしてしまう。だからと言って青年にとって目の前の”別の青年”は初対面ではない。
それどころか、親友と呼べる程の関係を築く程に親しかった。
だが、そんな親友も今では夢でしか会えない。自分の事を本当の家族の様に心配してきた親友に邪魔だとか、鬱陶しい、関係無い、親友に対しそんな風に思った事もあった。
自分の”命”なのだから自分でどういう風に扱うかは自分の勝手。そう言って本気でブチキレた、その親友と殴りあった事もある。
何故、自分はあの時に彼に対しそんな事を言ったのか、その頃の自分には分からなかったが青年は今なら嫌でも分かる。亡くした後に気付いてしまった。
自分は只、薄汚れた自分とは違うキレイな親友が自分の事を親友と呼ぶ事に申し訳ないと思っていた事に。
自分とそいつは生きる場所が違う。そう思った時もあった。
だが、青年はもう1つだけ気付いた。その親友達と馬鹿をやっていた時の自分は確かに幸せだったんだと……。
(今更、なんでこんな夢を……)
最初はなんとも感じなかった夢だが、今更になって段々と罪悪感や寂しさが溢れ出る。
自分は全てを捨てたつもりだった。しかし今の自分は確かに悲しんでいる。亡くしてから気付いた。
後悔、先に立たず。その言葉が今はとてつもなく憎らしい。
そう思いながらも青年が目の前の青年の事を見つめ続けると、その青年は無表情のままで此方に近付き微かに微笑むと、ゆっくりと口を開く。
『お客さん……もう終点ですよ?』
▼▼▼
現在:電車内
「ん……?」
場違いの発言に青年は徐々に意識を覚醒させると目の前に駅員と思われる男が立っていた。
そして自分以外は誰も乗客のいない車内の状況を見ると同時、自分が電車に乗っていた事を思い出す。
また自分が寝過ごして終点まで眠っていた事、それが今の状況で嫌でも分かってしまった。
「……?」
寝起きの為、未だに頭が目を覚まさない事もあるが余り反応を示さない自分の態度に駅員が困惑している事に気付いた青年は、ポケットから切符を取り出して駅員に差し出した。
そして切符を受け取った駅員は静かに覗き込む。
「あ~、お客さんがお降りになられる筈だった駅は三つ前の駅ですね」
「……此処は何て駅だ?」
先程の夢の事に内心では愚痴りたかった青年だが、どうしようもない只の怒りよりも青年は現在位置の詳細を調べる事にした。
なんだかんだ言いながらも現在の居場所を把握しないと、どうしようもない。
「此処は"八十稲羽"駅です」
「……何処だ?」
青年の言葉に、駅員は思わず苦笑いを漏らした。
「ハハ……まあ、此処は何もない所ですからね。所で、お客様が御降りになられる予定だった駅の方へ向かう電車は向かい側から三十分後になりますが……?」
「三十分か。……これも何かの縁か」
そう言うと青年は自分の荷物である小さなカバン、釣竿の様に長い何かが入っている袋を背負い、半袖のTシャツを纏う自分の肩にボロボロの”赤のコート”を掛けながら、ゆっくりと立ち上がって電車を降りた。
▼▼▼
現在:稲羽市【駅前】
三十分も駅で暇を持て余すのは流石に面倒。そう思った青年は、ここまでのお金を駅員に支払って駅から出たが、三十分しか居られず、それほど遠くには行けない。
(完全に田舎だ……)
駅から出た青年を出迎えたのは何もないが景色や汚れていない気持ちの良い風だった。
しかし今は夏と言うこともあり、ジワジワと日光が容赦なく青年に熱を与える。只でさえ青年は現在、駅の前で絶賛棒立ち中。
夏場でその行為は動くよりも体力が奪われて行く。
(自販機を探すか……田舎とは言え駅の周辺に一つぐらいあるだろ)
寝起き+夏の日差し。この結果から、青年は水分を補充する為に自販機を探す為に辺りを見回した。
すると青年の思った通り、駅の入り口に自販機は設置されていた。
そして青年は自販機に近付いてお金を入れ、スポーツドリンクを購入して口に流し込む。
寝起きと言うこともあり、冷たいドリンクが頭の目を覚まさせてくれる。それと同時に喉を伝って身体に行き渡る水分に青年はようやく一息つけた。
「……ふぅ。――チッ!」
一息付くと同時に先程の夢が纏わり付く様に頭から離れず、青年は強い感じで舌打ちをした。
何故、今更にこんな夢を見てしまうのか。
”只の偶然”そんな言葉で片付けられたらどんなに気が楽な事か。虫の知らせと言うものかどうかは分からないが胸がざわつき、まるで不安を煽る様な感覚が青年を襲う。
何かの予兆か、少なくとも楽しい事ではないとだけ青年は分かった。また、青年がイラついているのは夢だけが原因ではなかった。
もう一つの原因、それはこの町だ。
「(さっきまでは気付かなかったが……この町の雰囲気は?)
野生の勘に近いものなのか青年は、この『稲羽の町』から自分をイラつかせる何かを感じ取った。
不快、不安等を掻き立てる様な雰囲気。まるで駅から出た瞬間から誰かに”監視”されている様に感じる。
(嫌な予感がしやがるが……下手に面倒事に巻き込まれると"あいつ"がうるせぇからな……とっとと電車に行くか)
下手に事件に巻き込まれたら堪ったものではない。何より、この町は何処かおかしい。
そう判断した青年は、少しはや歩きで駅へ向かう。そんな時だった。
チリーン!と青年の足下で小さな音が鳴った。
「?」
青年が早歩きで歩いていたら足に何かがぶつかったのだ。
思わずそれを拾い上げると、それはピンク色の独特な模様が入った鈴だった。
だが青年はその鈴を見た瞬間、目が大きく開いた。
「この鈴は……」
青年が鈴に驚いた時だった。
「あ……あの……」
「?」
自分の後方、しかも腰より低い所から声が聞こえた青年は振り返った。
そこには髪をツインテールにしている少女が青年を見上げていた。しかし青年が怖いのか、少女は何処か怯えた様にオドオドしている。
そんな女の子に青年はまず姿勢を低くして少女と同じ目線に立った。これは同じ視線になれば多少は少女が怖くなくなると思った青年の優しさだった。
また青年の行動に少女は多少なりとも先程よりは怯えた表情をしなくなった。
「どうした?」
青年の言葉に少女は恐る恐る青年の持つ鈴に指を差した。
「それ……ななこの……さっきお友達とあそんでた時に落として……お兄ちゃんから……グス……もらったから………ななこ……探してて……」
余程大事な物なのだろう。菜々子と言う少女は目に涙を溜めながら話してくれた。少し離れた場所には学校の友達らしい女の子達もいた。
その子たちは怖がって来ないが、これ以上は余計に不安がらせない為に青年は鈴を掴んだ手を菜々子へと伸ばした。
「……分かったから泣くな。ほら、もう無くすんじゃねえぞ」
「……うん……ありがとう……!」
青年から鈴を受け取った菜々子の顔に笑みが戻った。
そんな時、菜々子は青年の腰に銅色の鈴がついている事に気付く。
「それ……」
「ん?……あぁ、この鈴か。こいつはもう音を鳴らさねんだ……その鈴は大事にしてやれよ」
そう言うと青年は菜々子に背を向けて駅へと歩みだした。時間も時間で丁度良かった。
▼▼▼
現在:電車内
青年は椅子に座り、電車が動くのを待っていた。
冷房が効いている電車内は心地良いものでもあったが、くどいものでもあった。
しかし先程まで真夏の日光を諸に浴びていたのもあり、なんだかんだで丁度良くも感じてあやふやだ。
そう思っていた青年はおもむろに腰に着けていた鈴を外して自分の視線に入れた。
「……鳴らない鈴か」
青年はそう呟き、鈴に付いている紐を上下に揺らして音を出そうとするが。
「……」
形が悪くなっているからか、それとも鈴の中が壊れているからか鈴はその綺麗な見た目に似合わない音を出していた。
また、そんな様子に青年は、そんな事は最初から分かっていたと言わんばかりに鼻で笑うと眠りに付く。
そして青年は再び夢を見る。今度はどんな夢か、それは青年しか分からない。
そんな青年の手の中で、鈴は静かに握られていた。
End