新訳:ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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この話も旧作の改行版ですので読まなくても良いかも(;´・ω・)


幕間:黒の産声

 十数年前……。

 

 現在:???

 

 男は歩いていた。

 整ったスーツやネクタイを纏い、真っ白く埃一つない通路、まるで病院の様な清潔に保たれた建物の中をコツコツと革靴の音を鳴らし、後ろに二人の黒スーツの男達、いわゆる護衛の様な者達を連れて。

 観葉植物位しか見る物が無い程に物がなく、それが手伝い革靴の音が大きく響き、周囲の者が男の方を向く。

 この場所は研究所なのだろうか、周囲の者達は全員が医者とは違い科学者の様な白衣を着ている。

 

 そして、その白衣を来ている者達全員が男に対し頭を下げる。

 

「お疲れ様です、御当主」

 

「ああ、ご苦労」

 

 研究員にそう返答しながらも、男は眼を合わせる事もなく足を止めずに通路を進む。

 

 いや、眼を合わせなかったのはしょうがなかった。

 なにせ、研究員は男から見て右側にいるのだ。

 男は右を見れない理由がある。

 そう、男の右目には眼帯が付けれており、例え男が意思を持って見ようとしても叶わないのだ。

 そして、暫く歩いて周りに男と護衛しかいなくなった時、護衛の一人の声を掛けた。

 

「御当主」

 

「どうした?」

 

 男は護衛に聞き返し、護衛は少し言いずらそうに口を開く。

 

「宜しかったのですか? 先程の件。破棄する研究所とは言え、部外者を三人も、しかもその内の二人はまだ小さい子供……」

 

「……私も相手も忙しい身だ。取れる時間は今しかない。それに万が一、見られても困る物はもう移してある」

 

 男は振り向かずにそう言い、護衛もそれ以上は言わなかった。

 

「すまないな……」

 

 男の言葉に護衛達は恐縮した様に背筋を伸ばし、いえ……とだけ言って男の後を守り直し、男は心の中で溜め息を吐く。

 護衛が心配するのも無理は無いからだ。

 

――父の犯した桐条の罪……この研究所もその欠片。破棄するとは言え、桐条の罪を外の者に知られる訳にはいかん。

 

 桐条の罪、それが男『桐条 武治』が背負う物。

 決して知られてはいけない罪。

 自分が一生を費やしても償わなければならない罪。

 この研究所もその罪の欠片の一つだが、もうその必要性を無くした為に研究機材や資料を回収し、近々解体する事を決めている。

 本当ならば、それでも関係者以外は立ち入る事の出来ない場所だが、今日は仕事で会わなければならない人物がいる。

 互いに多忙の為、この研究所の視察の時間しか取れず、この場所を解放する事にしたのだが、ある問題もあった。

 

 それは、相手方の二人の子供。

 引っ越して来たばかりもあり、子供を預ける事が出来ないと言う。

 父親は別の場所に単身赴任中であり、親戚も近くにいない。

 そして、その話を聞いた武治は何を思ったのか、子供の同伴を許可したのだ。

 自分も子供がいる身だからか、自分は娘とまともに接する事が出来ないから、それとも娘を<ペルソナ使い>として桐条の罪に巻きんだ事への罪滅ぼしを他人に写しているのか、武治自身も己の真意は分からない。

 

「御当主様、お着きになられた様です」

 

 護衛の声に我に帰る武治。

 気付けば入口に着いており、迎えに送った護衛が入口の扉を開けると一人の女性と二人の子供が護衛に囲まれる様にして入って来た。

 女性はスーツを身に纏う中、小さな男の子を抱えている。

 そして、もう一人の男の子は母親である女性の隣に立ち、落ち着いた様子で辺りを見て武治と目が合うとペコリと落ち着いて頭を下げた。

 

――落ち着いた子だ。……だが、子供らしいと言えばそうとは言えないが。

 

 子供の様子に純粋に武治は感心するが、その反面でまだ自分の娘と同年代であると思われる小さな男の子様子に子供らしさを感じる事が出来なかった。

 

――美鶴も、他者からはこう見えているのだろうか……

 

 性別は違えど、目の前の少年に自分の娘を重ねてしまう武治だったが、少年の母親が前に出てきた事で再び我に帰る。

 

「桐条 武治さんですね。私が先程、ご連絡させて頂きました鳴上です」

 

「いえ、忙しい中、この様な場所を指定して申し訳ない」

 

「こちらこそ、子供達の同伴を許して頂いてありがとうございます」

 

 互いに軽い挨拶をする武治と鳴上と名乗る女性。

 だが、武治は気付いていた。

 

 この鳴上と言う女性の眼、その眼は柔らかい言葉とは裏腹に全く笑っていない。

 相手が自分よりも立場が上か下なのかは関係なく、その眼は子を守る親の者であった。

 武治は自分でしか分からない様に小さく笑う。

 

――少し、今日は長くなるかも知れんな。

 

 相手の土俵で立場も上にも関わらず、こんな風に怖じ気付かない者は武治の経験上そんなに多くはない。

 寧ろ、己の保身の為に誰にでも尻尾を振る様な犬の様な者が大半なのが武治の周りの現状。

 相手は国際的な仕事も多いと聞いていたが、目の前の様子を見ればそれも納得できるが、警戒している理由はそれだけではないと武治は分かっている。

 

 桐条の罪は隠されているが、その全てが隠されている訳ではない。

 僅かながらもそれが漏れ、その漏れた罪が黒い噂となっている。

 死者も出している桐条の罪。

 

 それを隠しているのだ、黒い噂となって尾ヒレが着いてしまえば桐条に対し警戒するのは当然の事。

武治もそれを否定するつもりは無い。

 その為に、警察にも圧力を掛ける等の違法行為を黙認させたりもしたのは事実だからだ。

 

「では、こちらへどうぞ」

 

 護衛の一人が鳴上親子を案内し始め、武治も先頭に立ってその場所へ向かう事にした。

 

▼▼▼

 

 現在:とある一室。

 

 武治が鳴上親子を通した一室は、少し豪華な一室と言うのが妥当な部屋であった。

 縦長のテーブルを真ん中に、一人用のソファが二つと三人が座れるソファを挟み、武治は気を聞かせて三人が座れるソファへ鳴上親子を座る様に進めると、やがて護衛の一人がお茶とジュースと菓子を持ってテーブルへ並べる。

 だが母親に抱かれている少年の方はそのまま眠っており、母親の方も子供が落ちないようにする為に敢えてお茶等には手を出さない。

 

 護衛に子供も預けさせるという手もあるが、流石に子供の面倒までは見られるとは武治は思っていない。

 まあ、どちらにしろ警戒している時点で子供を預けてくれるとは武治もあり得ないと分かっている。

 自分が同じ立場であったら自分も預けないからだ。

 

「……」

 

 そんな母親の考えを理解しているのか、隣に座る少年もジュースにすら手を付けずにいる。

 この子供は年齢とは合わない程に冷静に物事と人を見ていると武治は思った。

 見る人は優秀な子供と思うかも知れないが、武治はそうは思わない。

 子供として見れば、寧ろこの少年は可哀想に見える。

 

 少年の両親が多忙なのは仕事の内容から見ても分かり、こう子供らしくない様になったにはそれが関係していると察するのは容易い。

 

(……私が言えた事ではないがな)

 

 武治は心の中で己へ対し皮肉めいた口調で言った。

 自分も同じ分類だと分かっているからだ。

 

「遠慮しなくて良い」

 

 武治は右手を差し出し、少年へジュースを飲みやすくしてあげた。

 流石に子供にまで遠慮させるのには気が引けると言う事もあってだ。

 

「……」

 

 武治の言葉に母親を見る少年。

 母親から許可を貰おうとしている様だが、そう言う所は子供らしいと武治は思わず微笑ましく思ってしまう。

 そして、息子の視線に母親は少し考えた後に小さく頷いた。

 

「良いわよ。でも、こぼさないようにね?」

 

 母親の言葉に頷き、ストローの付いたグラスの中のジュースを飲み始める少年。

 そんな少年の姿に多少だが場の空気が軽くなり、武治と少年達の母親はそれを皮切りに商談の話を始めるのだった。

 

▼▼▼

 

 商談から一時間強程が経った。

 武治が思ったより話は進み、二人の子供達も仕事の邪魔になる事は全くしなかった事もその理由。

 全く騒がず、特に何もせずに小さい方の子供は母親に抱かれて眠り、もう一人の少年は部屋をもの珍しそうに見たり、時折護衛の一人をジッと見続ける等して、自分なりの暇つぶし方法を見つけていた。

 

 そして、それから十分後の事であった。

 少年が母親の方を向いて言った。

 

「トイレ……」

 

 ジュースが冷たかった事もあってか、時間もいい具合に経った事で少年はトイレに行きたがる。

 そしてそれを見た武治は数人の護衛の内の一人を呼び言った。

 

「案内してあげてくれ」

 

 武治の言葉に護衛は、はっ、と小さく言って了解すると少年の下へ近づく。

 しかし、片や小さな少年に対し、もう片方は黒スーツにサングラスの男。

 はっきり言って人攫いに見えなくもなく、母親は少し心配そうにするが商談の時間も限られている事も分かってか、最後は武治と案内の護衛の男性に頭を下げ、少年も護衛の人の手を掴んで部屋を出て行った。

 

▼▼▼

 

現在:トイレ前の廊下。

 

 少年がトイレに入ったのを確認し、護衛は入口で立って待つことにした。

 はっきり言って護衛も武治の意図は分かっており、ただトイレへ案内する事だけが目的ではなく、未だにこの研究所には危険物や見てはいけない物が多少存在している。

 

 万が一、それを少年が見たり巻き込まれたりしない様にするのが己の役目である事を護衛は胸にしまっている。

 

(まあ、本当に危険な場所はIDカードでしか開けられない場所だがな……)

 

 護衛はそう心で呟きながら、目の前に存在する長い廊下の先を見る。

 そこには、一見普通の扉に見えるがその扉の前で二人の研究員らしき人物が止まり、一人が首に掛けているカードの様な物を扉の横にある装置にスライドさせると扉は開き、研究員は入って行く。

 

 護衛も心の中で言った様に、本当に見られても困る物等は目の前の扉の先にある。

 扉の先以外にも多少はそう言う場所はあるが、素人が見た所で理解出来る訳がない。

 

(御当主も心配されるのも無理はないが、少し肩の力を抜けば良いものを……)

 

 やれやれ、と護衛が少し気が抜けた感じで本来ならば絶対に本人の前では言えないような事を思っていた時だった。

 先程の扉とは違う通路の方から、黒いスーツとサングラスを掛けた別の護衛が少年を頼まれた護衛に早歩きで近付いてきた。

「どうした? 商談が終わるまで持ち場を離れると言った筈だ」

 

「申し訳ありません。ですが、少し困った事が……」

 

「なに……?」

 

 話を聞くと、この研究所の周囲で不審者を見つけたらしく、数人が声を掛けて立ち去る様に言っているがそれに応じようとせず、力強くにしようも今は当主である武治が此処にいる為に大事に出来ず、対処に困って来たとの事。

 

「まさか<白鐘>の者か?」

 

『白鐘一族』

 探偵業を生業とする由緒正しき探偵一族であり、その人脈は警察組織の上層部とも繋がりがあるとまで言われている。

 独自なのか依頼されたからのか、白鐘が動いていると情報は桐条も知っている。

 しかし、やって来た男は首を横に振った。

 

「いえ、白鐘にしては隠れかたがお粗末でした。恐らく、ジャーナリストの類ではないかと」

 

 その言葉に護衛は少し面倒そうに唸った。

 そちら側にも圧力を掛けているが、それでもハイエナよりも鼻が良い者達が桐条の噂を調べている者も少なくはない。

 警察の中でも組織に逆らい独自に調べる者や、先の事件がただの事故とは思わず桐条を不審に思う亡くなった研究員の遺族もいる。

 どちらにしろ放っておけば面倒になるのは目に見えている。

 護衛は少年の入ったトイレの方を見る。

 

(さっきの子供はまだか……)

 

 武治から少年の事を言われていたが、今来た問題は放っておけば"桐条"そのものに害を与える事だ。

 目の前の命令か桐条を守る事か、だが護衛の決断は早かった。

 

(すぐに戻れば良い……御当主の命でも、それが桐条の為ならば)

 

 護衛は決断し、目の前に男へ言う。

 

「場所は何処だ? すぐに行って解決する。分かっていると思うが、御当主には言うな。下手な問題は我々で解決する」

 

「了解」

 

 護衛達は互いに頷き、その場を走って後にした。

 しかし、それを少し離れていた場所で見ていた二人がいた。

 

「あれ? さっきのって御当主の護衛ですかね?」

 

「おい、無駄口を叩くな。俺達はこれを運ぶだけだ」

 

 白衣を来た研究員の内の一人が先程護衛を見てそう言ったが、もう一人の研究員がそれを正す様に言い、手に持っている分厚いアタッシュケースを強調する様に見せて更に注意する。

 そして、言われた研究員も同じ様なアタッシュケースを持っており、怒られた事でやれやれ、と言って扉の前に立ち、ポケットからIDカードを取り出すがそれが再び、もう一人の研究員を怒らせる。

 

「おいッ! IDをそんな所に入れる奴がいるか!落としでもしたらどうする気だ!」

 

「大丈夫ですって、そう簡単に落としませんし、ポケットに入れてて落としてもすぐに気付きますよ」

 

 そう言ってIDを通す研究員だが、その態度に反省の色は見れず、もう一人の研究員は呆れた様に首を横に振って扉の中へ入って行く。

 

「もう、知らんからな」

 

「あっ!?ちょっ?! 待って下さいよ!」

 

 研究員は慌ててポケットにIDカードを入れ、急いで先程の研究員を追っていた。

 

▼▼▼

 

 現在:研究所内部。

 

 分厚いアタッシュケースを持つ研究員、二人の内の一人は怒っていた。

 原因は共に行動している目の前のもう一人の研究員。

 何処か緊張感が抜けており、チャラいと言うか不真面目と言うか、どうも仕事に対する集中が無さ過ぎるのだ。

 今運んでいる装置も失敗作の烙印を押されてはいるが、だからと言ってそこら辺に捨てられる物でもない。

 だが、目の前の研究員は失敗作だからと知ってか扱いは雑、終いにIDカードもいつ落とすか分からないポケットに入れている。

 注意しても反省の色はなく、この仕事をバイトか何かと勘違いしているのではないかと疑いたくなる。

 しかし、人格に問題が合ったとしても桐条の研究員としている事から一応は優秀なのだろう。

 

(だからと言って、これ以上なにかしでかすなら上に報告するがな……)

 

 研究員は表情を変えず、内心だけでそう言った。

 何か合ってからでは遅く、そのとばっちりで研究員にも関わらず下働きになるのは御免だからだ。

 だが、そんな相方の内心を知ってか知らずか問題の研究員はふざける様にフラフラし、アタッシュケースも危なげに揺らしながら持ち、研究所は再び怒る。

 

「おい! いい加減にしろッ! ちゃんと運べ、何かあってからでは遅いんだ!」

 

「そんなに怒る事ないでしょ? これは、ただの失敗作なんですから?」

 

 片手で持ち上げながらアタッシュケースをパンパンと叩く問題の研究員に、もう一人の研究員は頭痛がするのを耐える。

 

「ただの失敗作をこんな厳重なアタッシュケースに入れる筈ないだろ! 失敗作でもそれぐらい危険な物なんだ。お前も研究員なら分かーーー」

 

 研究員がそこまで言い、問題の研究員を見た時であった。

 その研究員はあろう事か、アタッシュケースを開き、中の物を覗いていたのだ。

 

「お前!?何をやっているんだ!って言うか、どうやって開け……!」

 

「最初から鍵は掛かってませんでしたよ。此処が破棄されるからって変な所でセキリュリティが緩いですよね桐条って」

 

 悪びれた様子もない研究員、寧ろ眼は輝いており好奇心旺盛な子供の様だ。

 だが、問題はそこではない。

 

「開けるなって言ってんだ! 早く閉じろ!」

 

「良いでしょ別に? この場所は運よく監視カメラの死角、パッと見てしまえば……ん? なんだこれ?」

 

 相手の言葉を無視し研究員がアタッシュケースの中を開くと、中身は真ん中に手のひらサイズの四角い箱とそれを取り囲む様に指輪が幾つか収納されていた。

 そして、その研究員は指輪を一つ取ると指に填め、更に真ん中の箱も手に取って自慢げにもう一人の研究員に見せる。

 

「なんで指輪と箱なんですかね?」

 

「知るか! 俺達は後処理の手伝いで来ただけだ。それに、此処の研究資料やデータは既に運ばれている。内容も知らなければ知る必要もない!」

 

「そう言って本当はただ知らされてないだけでしょ? 同期の幾月って人に成果を全部持ってかれたんでしたっけ?」

 

「っ!? お前、いい加減に……!」

 

 その言葉に研究員の堪忍袋が限界に達し、目の前の問題の研究員に殴り掛かりそうになった時だった。

 

「何をしているッ!」

 

 通路に響き、二人の研究員も思わず身体を強張らせる程の怒鳴り声。

 二人の研究員がその声の出所の方を見ると、そこには顔を赤くして怒りの色を露わにする一人の白衣を着た中年男性がいた。

 

 その姿にマズイと言う表情をする二人の研究員。

 そう、この中年男性は二人の上司にあたる人だったのだ。

 上司の男はドスドスと音を出す様に歩いて二人の下へ近づいた。

 

「迅速にと言った筈だ!御当主がいらしゃっておる時に何を……ッ!?」

 

 怒る上司の視線が研究員が持つ指輪と箱、そして開いたアタッシュケースに止まった瞬間、上司の顔色が怒りを通り越し恐怖に近い何かへと変わり、それを持つ研究員へ叫ぶ。

 

「何をしているッ!!早くそれを戻さんかッ!!」

 

「ッ!!?」

 

 予想以上の怒鳴り声に身体をビクつかせる程に驚いてしまった研究員。

 だが、それがいけなかった。

 反射的な驚きの反動で手から箱が落ちてしまい、そのまま通路の壁へぶつかった瞬間、その箱が不自然に開くと機械音がなった刹那、辺りの世界が”隠された時間”の世界となる。

 

「な、なんだこれ!?……さっきの箱、失敗作だって……って言うかなんだこれはよ!」

 

 装置を落とした研究員が変わり果てた辺りを見るも周りは薄暗く、音も無ければ光も感じられない。

 そもそも、自分以外に生きている人間がいるのかも怪しい。

 しかし、研究員は気付く、自分の隣でさっきまで口うるさく注意をしていた人物を。

 

「あの!これってーーー」

 

 隣を向く研究員だが、そこには口うるさい同僚の姿はなかった。

 代わりにいたのは<棺桶>の様な物体だけが異様な存在感を出して佇んでいた。

 

「ひッ!? なんだこの棺桶は……! 誰か……誰かオレに教えてくれ!?」

 

 救いと答えを求める研究員。

 しかし、聞こえるのは己の声ばかり。

 異様な世界、異質な物体。

 何が何だか分からない中、研究員は桐条に就職する前に聞いた噂を思い出す。

 

『桐条は異様な研究をしてるらしい』

 

 当時、その噂を何とも思わなかった研究員。

 一部の者はそれを信じ、桐条への就職を止めた者もいたがそれは愚かな事だとすら当時は思っていた。

 

 ハードルは高いが収入は高い桐条に入れるのに入らないのは馬鹿だとすら思い、自分は今ここにいる。

 しかし、今ならばそれを信じる。目の前が証拠なのだから。

 

「誰かッ……誰かッ!」

 

ゴポポ――!

 

 研究員は叫ぶ自分の後ろで何かを音がした。

 ゼリー状の物が動く様な不快な音が。

 研究員が恐る恐る後ろを振り返って見ると、そこには先程怒鳴っていた上司が倒れていたが様子がおかしかった。

 

 その上司の身体からは何かが出ており、それはウネウネと動いている。

 ウネウネと動くそれはやがて一つの固まりとなり、ゆっくりと研究員の方を向くとそこには。

 

「あ、青い顔……?」

 

 青く泣きそうなお面を付けた様な化物がいた。

 少しずつゆっくりと研究員に近付く化物に、研究員も逃げようとするが恐怖で身体が動けない。

 しかし、問答無用で近付く化物。

 そして、化物は研究員に飛び掛かる、まるで獲物を見つけたかの様に。

 

「アァァァァァァァッ!!!」

 

 通路内に叫び声が木霊する。

 

▼▼▼

 

 現在:トイレの前の通路。

 

 少年がトイレで手を洗い、それを乾かしていた時であった。

 突如、辺りの世界が急変する。

 

「……ッ!?」

 

 音もなく機械も停止する異様な世界に、冷静と言われた少年も不安は隠せなかった。

 何が起こったのか分からない。

 何でこうなったのか分からない。

 パニックにはならなかった事は幸いだが、少年は恐る恐るトイレを出た。

 

「……いない?」

 

 トイレから出て入口の周りを見る少年、だが本来ならばいる筈の護衛の男はそこにいなかった。

 ここで待っていると言っていたのだが、実際に目の前にいないのが少年にとっての現実だ。

 

 不審者がいた為に護衛が消えた事など、少年が分かる訳がなく、勝手にこの場を離れても良いのかも分からない。

 先程の護衛の男からも、勝手に移動してはいけない、とも言われていたのも理由。

 

「……」

 

 結局、少しだけ悩んだ結果、少年はその場で座り込む事にした。

 現状維持、それが少年の答え。

 しかし、運命は少年を逃さない。

 

「っ!?」

 

 突如、何かが壊れ、そして倒れる音が辺りに響く。

 音の発生源は奥の通路。

 少年は思わず立ち上がり、恐る恐る移動してその通路を覗くと通路の奥には、壊れて歪んだ扉と一部の瓦礫が転がっていた。

 

 爆発でも起きたのか、そう思わせる程に壊れ方は異常だった。

 息を呑みながらそれを見る少年、だがその通路の奥の瓦礫の一つが動いた事で状況は変わる。

 

「……?」

 

 何が動いているのか気になり、集中してその動く瓦礫を見る少年だったが、瓦礫のあるモノを見た瞬間、少年は目を大きく見開いた。

 その瓦礫には顔があったのだ、泣きそうな表情の青い顔が。

 

 そう、それは瓦礫ではなかった。

 青い仮面の様な丸い顔、液体の様な黒い身体、それは『シャドウ』と呼ばれる異様な存在。

 それを見た少年は怖さで後ずさりしようと、片足を擦る様にして下がる。

 

『……!!』

 

 擦った僅かな音にシャドウが気付き、少年の姿を捉える。

 

(逃げなきゃ……!)

 

 バレた事で少年も逃げる事を第一に考え、シャドウに背中を見せて走ろうと考えた瞬間、シャドウの顔が目の前にあった。

 刹那、少年はとても強い力に引っ張られ、視界が横へ揺れる。

 

「大丈夫か坊主ッ!」

 

 何が起こったのか認識する前に力強い声が少年に掛けられ、その声の主を少年が見ると先程いなくなった護衛の男だった。

 その護衛の言葉に取りあえずは頷く少年に、ホッとした様に護衛は息を吐くと目の前で壁に激突しているシャドウを睨み付ける。

 

「これが影時間にシャドウ……! あのクソ研究員共、試作品は全て回収したんじゃなかったのか!」

 

 右手の人差し指に填めている指輪を触りながら愚痴る護衛。

 一体、何を言っているのか少年は分からなかったが、壁にめり込んでいたシャドウが起き上った事でそれどころではなくなり、護衛も冷や汗をかきながら鬱陶しそうにシャドウを見る。

 

「やはり、勝手に自滅してはくれないか……」

 

 口調は余裕を持ってそうだが、実際は護衛の男も恐怖で震えそうになっている。

 前に当主とタルタロスへ行った他の護衛がシャドウで全滅したとか、色々と噂は聞いていた。

 実際に見ても異様過ぎて怖い。だが、逃げる気もない。

 

 結局、ここを離れた自分へのツケがこれだと護衛は思う事にしたのだ。

 護衛は懐から拳銃を取り出し、シャドウへ向けると少年へ言った。

 

「坊主、細かい説明は出来ないから黙ってよく聞けよ? この通路を真っ直ぐ行けばこの変な所から出れるんだ」

 

 そう、この影時間は中途半端な範囲のみ限定に発生している。

 実際の範囲ならこの研究施設の半分も満たしてない。

 装置が失敗作だったからかどうかはこの際、問題ではなく、大切なのはこの先の通路の奥が影時間と現実の境界線の様になっている事だ。

 護衛自身もそこから指輪を填めて入ってきている。

 

「だから、俺が合図したら走って逃げるんだぞ? 返事はハイだけだ!」

 

「は、はい……」

 

 自分の思う様に行動してくれる少年に護衛も嬉しそうに頷くと、拳銃の引き金に指を掛ける。

 

「良いか? 行くぞ……走れッ!!」

 

 言葉と銃声を合図に少年は走り出す。

 少年は全力で走り、護衛は全力で引き金を引きシャドウを足止めする。

 

 一発、二発、とシャドウへ放たれる弾丸だが、シャドウの動きを止めるどころか怯む様子も見せず、シャドウは護衛の男の方へ走り出した。

 

「嘘だろ、動きを止める事も……!」

 

 目の前まで迫るシャドウに護衛の男も万策尽きたとしか言えなかった。

 まさか、こんな訳も分からない存在に人生を終わらされるとは、護衛の男は出来るだけ恐怖をなくす為に目を閉じる。

 次に感じるのは痛みと思いながら……。

 

(……ん?)

 

 しかし、護衛の考えとは裏腹に痛みも衝撃も来ず、恐る恐る目を開けた瞬間、己を無視し先程逃がした子供を追うシャドウの姿が護衛の目に写る。

 

「なっ!? 何故、その子供を狙う!」

 

 護衛が叫ぶが、シャドウはそのまま少年を追いかける。

 クソッ!と護衛は言ってシャドウと少年を追いかけるが、シャドウの速さは大の大人の比ではなく追い付く事が出来ない。

 勿論、それは先に行った少年にも言える事。

 

「……っ!」

 

 シャドウは少年に追い付くと、そのまま飛びか掛かり少年の全身をシャドウが覆う。

 

「坊主ッ!? クソがッ!!」

 

 追い付いた護衛は少年を傷付ける可能性がある銃を使わず、近くにあった消火器をシャドウの忌々しい顔部分である仮面へぶつけようと振りかぶった。

 だが、その瞬間、シャドウが邪魔をするなと言わんばかりに腕を鞭の様に振って護衛を払い、そのまま壁へ叩きつける。

 

「がぁッ……!!」

 

 背中から全身へと伝わる激痛に表情を歪ませた。

 全身が痛く、右肩に痛みが走って上げる事が出来ず、そのまま気を失ってしまった。

 

 邪魔がいなくなり、少年を包むシャドウの身体が奇怪な音を発しながら動き始める。

 氷の様に冷たく、孤独よりも残酷で寂しい。

 そんな感覚を少年を襲っていた。

 これは一体、なんなのかと考えるよりも先に少年の中である答えが出ていた。

 

(これは……死?)

 

 段々と何も感じなくなる感覚や暗くなる心情。

 

(ここで死ぬのか?)

 

 誰もおらず、訳も分からない化け物に襲われて自分は死ぬ。

 そう思った瞬間、少年の目に涙が流れる。

 

(死にたく……ない!)

 

――我……ハ……レ

 

 少年は願う、こんな所で死にたくないと。

 

――汝……ガ名……ベ

 

(孤独はもう嫌だ、一人は嫌だッ!)

 

 少年の想い、その悲しみが心の叫びとなる。

 

――我は汝……汝は我……!

 

 パリィンッ! と何かが割れた音、そして蒼白い光が辺りを包み込み、そして。

 

『ッ!!?』

 

 グシャリ、と一本の黒い腕がシャドウを貫いた。

 

 

▼▼▼

 

 現在:研究所【影時間と現実の分かれ目の通路】

 

 桐条武治は通路を塞ぐ様に存在する影時間との分かれ目の前に護衛十数人を連れ、そこにいた。

 武治は勿論、全員が銃と試作の影時間で行動できる様になる指輪を装備している。

 元々、影時間に耐性にある武治とは違い耐性がない者は影時間を体験する事ができない。

 

「御当主!準備は完了です!」

 

「良し!では行くぞ!」

 

 影時間が発生した瞬間、施設内に警報がなった後の武治の行動は速かった。

 施設全てが影時間に入っていないと言う事から、原因は運び出している開発中の人工的に影時間を発生させる装置の誤作動しか考えられない。

 

 そして、同時に武治はもう一つの異変に気付く。

 先程の少年と護衛がトイレから戻っていないのだ。

 武治はすぐ様、他の護衛に同行させた者と連絡を取らせるが、連絡はとれないと分かると武治はすぐに鳴上親子を避難させる様に指示を出すが、母親は息子を置いて避難等できないと言い張り、抱かれている小さな男の子も、コクリと頷く。

 

 それでも武治は何とか避難させようとしたが、時は一刻を争う。

 その結果、武治は護衛を数人部屋に置き、絶対に部屋から出さない様に言いつけて現在に至る。

 影時間へ行く事に部下たちも反対したが、父を止められず桐条の罪を背負うと決めてから命は既に掛けている。

 

「来い!」

 

 武治の合図に次々と影時間へ入ろうとしたその時であった。

 先程まで目の前で存在していた影時間が消滅する。

 

「っ!?……どう言う事だ?」

 

 影時間の突然の消滅。

 それは装置の停止を意味するが、誰かがそれを止めたのか、勝手に止まったのか答えは定かではない。

 

「我々が先行致します」

 

 護衛の内の三人が先程まで影時間だったフロアへ向かう。

 それに武治と残りの護衛も続いて行く。

 影時間だった通路は思った程、荒れてはいなかったが、目的の人物達も発見されない。

 

(どこだ?どこにいる……!)

 

 これ以上、桐条の罪によって命を失わせる訳にはいかない、それが無関係の人物であり子供ならば尚更。

 武治がそれを胸にしまいながら走っている時、通路の曲がり角の先にいる先行していた三名の護衛が驚きの声をあげる。

 

「なっ!?これは……!」

 

 思わず立ち尽くす護衛達に、武治達も追い付いた。

 

「どうした!なにが……っ!?」

 

 武治は声を掛けるが、その理由は目の前の光景が全てを物語っていた。

 破損した通路、壁に寄りかかっている護衛、そしてフラフラな状態で立つ少年と、その少年を守る様に佇む<黒い人型>をした存在だけがその場にいた。

 

 肩で息をしながら蒼白い光を放つ少年と、主を守る様な従者の様な黒き存在。

 武治はその光景に見覚えがある。

 

 そう、それは娘である美鶴と同じ光景。

 

「ペルソナ……だと言うのか?」

 

 武治は目の前の現状に驚きよりも、ショックを隠せなかった。

 目の前の少年、普通の少年さえも桐条の罪は呑み込んでしまったのだ。

 

「……!」

 

「っ!」

 

 後ろへ倒れる少年、そして同時に消える黒き仮面。

 武治は咄嗟にその少年を抱き留め、すぐに様子を調べた。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 少年は眠っていた。

 呼吸も安定し、疲れ果てて眠る普通の子供。

 

 影時間の様な非日常に遭い、シャドウに襲われてペルソナに覚醒してしまったのだろう。

 ペルソナの召喚には体力と精神を大きく疲労させる、眠ってしまうのも仕方ない。

 武治は少年の安全にひとまずは安心するが、同時に膨大な罪悪感が湧き上がってしまう。

 

(実の娘は疎か……何の罪もないこの子まで、大人が犯した罪によって狂わせたのか。全てを……!)

 

 武治の想いは、誰にも聞かれず武治本人の心の中だけで響き渡るだけだった。

 

 

▼▼▼

 

現在:桐条グループ【とある一室】

 

 あの騒動から数日が経ち、武治は資料を読みながらあの日の後にやった事を思い出していた。。

 

 結果から言えば、まず騒動の発端となった研究員は処罰し情緒不安定な装置は封印、重症であったが一命を取り留めた護衛は秘密保持の為に指輪だけを外させ、あの出来事の記憶だけを消させた。

 

 そして、例の少年についてはあの後、桐条の傘下の病院で精密検査を行う等したが身体に問題は特になかった。

 

 しかし、本来ならば影時間の適応者は影時間内の記憶を覚えているが、今回の少年はショックにより影時間・ペルソナに関する記憶は覚えていなかった事が分かった。

記憶を失わせる前の護衛からも、少年が何の特殊装備も無しに影時間で行動をしていた事が判明している。

 

 それが判明した後でもある、武治が護衛の記憶消去、厳重な口止め、あの少年が居た痕跡や記録の抹消を行ったのは。

 

 そう、何も起こっていない、それが武治の決断であった。

 

「あの少年……鳴上洸夜。無関係な彼まで巻き込む訳にはいかん。大人の罪にこれ以上、子供を巻き込む訳には……!」

 

 武治はそう言い聞かせた。

 彼以外にも無関係で巻き込んだ者は大勢存在する。

 そんな者達にも同じ事が言えるのか、彼だけを特別扱いしたのではないか。

 

(あの子を……美鶴と似た状況で覚醒したあの子を美鶴を罪から逃れなくしてしまった罪滅ぼしの代わりにしただけなのではないか?)

 

 洸夜が検査の為の入院時に眠っていた時、母親と弟は勿論、単身赴任中の父親も駆けつけていた。

 多忙にも関わらず駆けつけ、母親は泣いていた。

 弟はそれに驚いて泣いていた。

 

 父親は何とか落ち着いて場を治めていた。

 すぐに父親は帰ってしまったが、あれが普通の家庭と言うものなのだろうか。

 武治はそれが少し羨ましかった。

 

「ふっ……」

 

 思わず笑みがこぼれる。らしくない、何を今更と自分に対し皮肉の意味で。

 そう思いながら、武治は洸夜の資料を手に持って立ち上がる。

 

(まあ、結果的に<エルゴ研>の生き残りの連中に知られなかったのが一番の成果だがな……)

 

 武治は洸夜の資料をシュレッターに掛けると、部屋の暖炉に近づき火をつけた。

 

End

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