これからも頑張りますね!
同日
現在、月光館学園
月光館学園の二階の廊下。
そこでは、伏見を先頭に美鶴、明彦、洸夜の順に歩いていた。
だが、先頭を歩いている伏見の表情は何処か暗かった。
「すいません。来て頂いたのにこんな事にはなってしまって……」
「気にするな伏見。洸夜が言った通り元々、無理に予定したモノなのだからこうなっても不思議じゃない」
「ですが……」
気を使ってくれた美鶴の言葉だが、伏見はそれでも申し訳なさそうな表情を止めなかった。
何故、彼女がこんな顔をしているかと言うとそれは、伏見がお茶とお茶菓子を取りに行った時に校長に言われた言葉に原因があった。
『予定の時間調整を間違えてね……すまないけど多分、桐条君しかスピーチ出来ないから上手く伝えておいて欲しい』
伏見は絶望した。
態々、来てもらい交通費まで出したのにこれでは来てもらった洸夜と明彦に申し訳無い。
元々、無理矢理捩じ込んだ企画だから仕方ないと言えるが、責任感の強い彼女からすればこの問題の全てが自分の責任に感じてしまうの言うまでも無い。
しかし、そんな事は予想の範囲内だったのか美鶴、明彦、洸夜の三人は伏見の言葉にすぐに納得すると同時に彼女を責めなかった。
『無理矢理捩じ込んだ企画なんだ。問題が発生しない方がおかしい』
洸夜のその言葉に少し胸が軽くなるのを伏見は感じたが、だからと言ってすぐに立ち直る事も出来ず現在に至っていた。
「……」
そんな彼女に対して明彦も何か言おうとしたが、そんなに親しいと言う訳でも無い為に何を言っても慰め程度にしか思われる無いだろうと思ったらしく伏見と親しい洸夜にフォローして貰おうと、洸夜の方を向いた。
――さっきもフォローしたのに今度は何を言えば良いんだ……?
明彦の視線の意図を察した洸夜だが、既に伏見をフォローしている為に少し考えた。
流石に時間の経っていない二度目のフォローは、逆に相手からすれば完全に只の慰めにしか思えなくなるだろう。
その為、そんなすぐにはフォローなど入れられる訳がなかった。
しかし、ここで何か言わなければ伏見はテンションが最低値の状態で修学旅行生の前でスピーチする事に成ってしまう。
洸夜は悩んだ結果、自虐的なフォローを入れる事を決めた。
「伏見……俺はその方が良いと思うぞ。こんなフリーターが何か言うよりは、美鶴が何か言った方が遥かに良いに決まってる」
大学受験を控えているとはいえ洸夜は現在フリーターだ。
だから自虐的にそう言うと、明彦も続く様に口を開いた。
「ああ、俺も大学に入学はしたが殆ど行かずに世界を回って武者修行に行ってるしな。はっきり言って来てみたは良かったが……何を言えば良いか思い付かなかった」
――明彦。この二年でまた常識が欠落でもしたのか? 良く見ると服装もおかしい……。
明彦の言葉に洸夜は少し呆れながらも、明彦の服装に疑問を覚えた。
先程は再会で意識が服装に向かず気付かなかったが、良く見ると明彦の服は所々破れており、ギリギリ布切れを回避していると言った感じの服装であった。
洸夜は“猛獣に破られた"訳でもあるまいにと思いながらも、ズボンの生地の傷が斜めに入った綺麗な三本線の傷を見た瞬間、一瞬だが自分の考えが正しかったのでは無いかと思い、明彦の今の生き方に疑問を持った。
だが、服装が変なのは明彦だけでは無かった。
洸夜は次に美鶴の服装に目を向けると、美鶴の服装も明彦に負けじ劣らずの格好をしていた。
首に掛け両肩から垂れ下がる白くモフモフとした何かの毛皮の様な物は少し嫌味に感じてしまうが、そこは流石は美鶴と言うべきか彼女が持つ特有の気品がそんな負の感情を無くさせる。
しかし、サブは良いとしても問題はメインにあった。
色は黒寄りで色自体は目立ちはしないが、そのメインの服装は美鶴のスタイルが良く分かるボディースーツの様な物だった。
恐らく、洸夜の人生の中でもこんな服を拝めるのはこれが最初で最後だろう。
もし、逆に美鶴以外でもこの服を着ている者に遭遇したのならば、この国のファッションセンスは崩壊したと洸夜は断言する自信がある程だ。
洸夜はそんな事を思っていたが、気付いてから見れば見る程に美鶴のスタイルがモロとまでは言わないが、それなり分かる服装だ。
「……少なくともピュアな小学生レベルには見せられないな。……変な性癖に目覚めて将来、犯罪に走っても誰も責任は取れないぞ」
そんな事を小さく呟きながら、これから美鶴がスピーチする事に不安を覚えたが、過去に洸夜達男組が美鶴に押しに押しまくって美鶴にビキニアーマーを着せた事があった事は洸夜はすっかり忘れていた。
そして、洸夜と明彦の言葉に伏見は漸く顔を上げた。
「……うぅ。先輩達が自虐しながらも私を励ましてくれているのに……私ったら落ち込んでばかり。先輩……ありがとうございます! 私、やりきって見せます!」
「あ、あぁ……そうか、頑張れ」
――自虐……。
自分の気合いを入れ直して表情を生徒会長その人のモノにする伏見だったが、伏見の言葉に洸夜は軽くショックを受けた。
自分で言うのは良いが、人から言われると何故か複雑や嫌な気分になってしまうからだ。
そんな感じでそれぞれが色々と考えを持っていた中、洸夜は不意に自分がここに来てそれなりに時間が経っていた事に気付いて心の中で言った。
――そろそろ悠達が此処に来る頃だな。別から見れば良い街だ……気に入ってもらえると良いが。
洸夜からすると嫌な思い出もあるが、それでも他者からすれば良い街なのは変わらない。
複雑なモノだ。
内心では嫌な場所でもあるが、全面的に他者から否定されたくないと言う気持ちもある。
こんな想いをしていても、こんな風に考えてしまう……人間とは単純な様で複雑な生き物。
洸夜はそんな風に考えながら伏見達と共に修学旅行生達を迎える為に校門へ行くのであった。
▼▼
現在:月光館学園(校門)
洸夜達がそんな会話をしてから凡そ一時間後、悠達、修学旅行生達も月光館学園の校門へと到着していた。
月光館学園独特の模様が入ったゲートが、中心から割れる様に横へ移動し先生方が先導しながら悠達も校内へと入った。
「私達はここで待っています」
アイギス達はそう言って校門より外で待つことにした様だ。
彼女等は美鶴達の活躍を見に来たとはいえ部外者。
入るのは流石の彼女達も悪目立ちと思い、外から見守る事にしたのだ。
「凄いな……!」
学園内に入った悠は学園の景色に思わず言葉を漏らす。
周りに植えられた木々や土では無く玄関まで続くパネルの地面。
海に面しているにも関わらず、不快な潮風では無く新鮮さと清々しさを感じさせる風と、それによって回る白い人工風車。
学園も青く輝くミラー等が日に当り輝き、爽やかさを醸し出す。
そんな出来てから歴史は浅いが、雰囲気を初めとしたモノ全てが自分達の学校とは天と地とも言ってしまいそうになる程な月光館学園の姿。
それを見て、稲羽を出たことが無い千枝、雪子、完二や他の生徒は驚きや嬉しさからテンションが上がる者、目を大きく上げて周りを見る者、ただ静かにその場の新鮮な雰囲気を味わう者それぞれの反応をする。
それは、都会暮らしであった悠、陽介、りせ、直斗にも言える事であった。
「うぉぉぉぉ! すげぇぇ!」
「広さも八十神よりも広いですね……」
「この学園って小学生から高校までエスカレーター式だし設備を良くて有名なんですよ……なによりも、洸夜さんが通っていた学園なんですよね鳴上先輩」
「あぁ……兄さんから色々と聞いていたけど、こんなにも凄いなんて」
――兄さんも、最初はこんな想いだったのかな……?
自分と洸夜の思考は似ている部分が多い事を分かっている為、悠はそうだと良いなと思いながらゆっくりと、りせ達と歩きながら学園の周りを見て驚いていた。
千枝も又、周りに植えられている木々を指差して言った。
「見てみて雪子! あの木なんか蹴りの練習にピッタリの太さなんだけど!」
「ち、千枝……一人だけ喜ぶポイントが違うよ……」
「つうか、恥ずかしいんで……そう言う事は小さい声で言って下さいよ」
千枝の言葉に呆れる雪子と完二だが、悠は一人で何処か最低限ではあるが不自然に辺りを見渡す直斗が気になり声を掛ける。
「直斗。何かあるのか……?」
「いえ……只、ちょっと気になる事があったもので……」
「気になる事……? どんな事だ?」
直斗の言葉に悠は気になって聞き返す。
兄の母校であり、自分達が今から学び楽しむ場所でそんな事を言われたら不安に成るからだ。
直斗も悪気があって言った訳では無いのは悠も分かっているが、直斗自身は思った事をそのまま言ってしまう性格及び、そんなに重要な事では無いのか直斗は悠に普通に返答した。
「この学園に限った事では無いのですが……何年か前、この学園の生徒達が一斉に鬱病に掛かったり、駅前広場の外れで謎の不審死体が見付かった等、この街には色々とおかしな出来事や事件が起きていたんです」
「……本当なのかその話」
悠の言葉に直斗は静かに頷いた。
「えぇ……僕達、探偵の業界や警察では有名な話です。なによりも、この人工島の建設自体に桐条が関わって要る時点で……」
直斗がそこまで言うと、直斗は一旦口を閉じて考え込むと数秒後に言った。
「止めましょう……折角の修学旅行なんですから。今回は桐条が関わっていませんからね」
直斗は悠へそう言って、自分のクラスへ戻ろうとして前を向いた時だった。
先程とはうって代わり目を大きく開いて驚いた表情をする直斗。
だが、すぐに表情に冷静に戻すと再び足を止めて言った。
「……そうでも無かった様です」
「え……?」
直斗の言葉に悠が、その視線の先を見ると月光館の校長と女子生徒と挨拶をかわす八十神の先生達、そんな光景を横で見ていた三人の男女が目に入った。
三人の男女の見た目や服装等から察するに、修学旅行のしおりに書かれていた月光館のOB達と予想出来る。
三人とも容姿や雰囲気を良く、いつの間にか悠のクラスメイト達もそんな三人の男女の姿に騒ぎ始めた。
「おい……! なんだ、あの女性……反則級の美人だろ!?」
「あぁ……! モデルか何かか!」
「ねぇ? あの人達、凄く格好良くない!?」
「うんうん! なんかクールっぽくて頼りになりそうで……!」
ざわざわと私語を続けるクラスメイト達。
だが、その三人は悠にとっては見覚えのある三人であり、悠は三人の姿を見ながら呟く様に言った。
「兄さん!――と、美鶴さんと明彦さん……!」
三人の内の一人は日頃から一緒に生活している為、見間違う筈のない兄である洸夜だ。
そして、残りの二人も悠にとって印象に残っている人物達、桐条美鶴と真田明彦であった。
両名共に今回は服装が個性的過ぎて凄い意味で目立っていたからか、悠もすぐに思い出した。
また、洸夜に会ったのが初めてでは無い者は悠だけでは無い。
一部のクラスメイト達や勿論、陽介達も含まれると同時に全員が洸夜に気付きりせが手を振りながら洸夜の名を呼んだ。
「洸夜さぁーーん!」
「!……あそこに居たのか。ハハ……あんなにも、はしゃいで」
りせの呼び声に洸夜も気付き、りせ達の反応に嬉しそうに微笑むと軽く手を振り返した。
そんな洸夜の姿に千枝達も各々の反応を示した。
「洸夜さん、本当に来てたんだね……ん? あの洸夜さんの隣にいる二人……何処かで?」
「あ……千枝もそう思った? 私も……最近、何処かで見掛けた気がするの」
「オレもッスよ。でも……あんな二人、見掛けたら忘れられねえけどよ。――特に、洸夜さんの隣にいる短髪の野郎……眼だけで分かるぜ。アイツは強いってな」
「私も何処かで……って、あぁ! テレビの世界だ!」
皆が見覚えを覚え完二が明彦の強さをヒシヒシと、その身に感じる中、りせが気付いた。
はっきり言って洸夜の側にいる美鶴はアイドルである、りせから見てもかなりの美人だと思える程だ。
忘れようとして忘れられる存在じゃなく、すぐにアイギス達と一緒にいたことを思いだすと、陽介達も思いだした。
「あっ! そうだ! あの凄い格好のお姉様じゃねぇか! やっべ! 落ち着いて見るとめっちゃすげぇ……!」
「……そうっスね」
興奮する陽介の言葉に完二も鼻血を出しながら頷いて雪子達に軽蔑の目で見られていると、美鶴と明彦は悠の存在に気付いた。
「稲羽の学校とは聞いていたが……まさか、彼もこの学校の生徒だったとはな」
美鶴の言葉に明彦も頷き言った。
「あぁ……世間は本当に狭いんだな」
「……本当にな」
美鶴達との会話を聞いていた洸夜もそれには納得出来た。
自分の現在の状況が今まさにそれだからだ。
そして八十神の生徒達の整列が終わったのか、伏見が美鶴達の下へと走って来ると、そのまま美鶴に言った。
「それじゃあ桐条先輩! 早速ですがスピーチの方を……!」
「なに……!?」
美鶴は驚いた。
普通、本来ならば校長等が先に何か言うべきなのが当たり前だと思うのだが、何故に卒業生の美鶴が先陣を切るのか明彦は愚か洸夜すらもそう思っていた。
そして、そんな事態に美鶴は元凶で有ると思われる校長の方を見ると、校長は既にマイクを持って美鶴の紹介を言っていた。
「……と言う事で皆さん。今から本学園の卒業生であり、桐条グループのトップの桐条 美鶴さんのお話を聞こうと思います。では、宜しく」
「……」
単純かつ簡単な台詞を言って美鶴へバトンを素早く渡す校長の行動に美鶴を始め、洸夜と明彦、伏見ですら言葉が出なかった。
しかし、本来ならば話は長いが、校長がそんな性格では無い事を知っている洸夜達は校長が、事前に周りから何か言われていたのか、どうも美鶴を持ち上げようとする節を感じる校長の行動に洸夜は静かに溜め息を吐いた。
「……どうせ、色々と腰の低い教育機関のお偉いさんが言ったんだろうな。桐条のトップがわざわざいるんだ。美鶴に活躍させて持ち上げるつもりだったんだろうけど……残念賞を引いたな」
美鶴がそういう事を嫌っている事を知っている洸夜は、そんな事を思いながらこの場に居ない顔も知らない人物へ対して鼻で笑った。
桐条と言う存在にそれぐらい恩を売るつもりだったのかと、可笑しかったからだ。
だが、同時に洸夜は自分が美鶴の事を理解している見たいに思え、勝手に気まずく成ってしまい溜め息を吐きながら空を眺めて気を紛らわしたが、無心になろうとして別の事を考えられる余裕が出来たのが仇に成り、洸夜はS.E.E.Sメンバーの事を考えてしまった。
不思議な物だ、人は親友と言う関係まで築いたとしても絆が崩れる時は呆気ないものだったと。
少なくとも洸夜は皆と絆を築いたとは思っていたが、今となっては『彼』とのコミュ以外は胸を張って築けたと言えたか自信がなかった。
それは美鶴達と関係が改善した今でも言えることであり、洸夜は自身が情けなくなり思わず小さく溜息を吐いた時だった。
「おい洸夜……スピーチが始まるぞ? ボ~っとするな」
「……あぁ、すまない。俺達はスピーチをしないとは言え、しっかりとした姿勢で見ていないと修学旅行生達に悪いからな」
洸夜達がいるのは生徒達の前であり伏見達の隣である為、何か変な事をすれば目立ってしまう。
先程は美鶴達が注意を引いていた為、洸夜の感傷には気付かなかったが次はそうも行かないだろう。
いくら騒がしくしても流石に限界がある。
八十神の生徒達も既に落ち着いているだろう。
そう思いながら洸夜は、静かに呼吸をし精神を落ち着かせて姿勢を正してスピーチをする為に真ん中へと移動した美鶴の方を見た……が。
「ヤ、ヤベェ……! やっぱり滅茶苦茶美人じゃん! しかし、あんな凄ぇ格好の御姉様がスピーチって誰得だよ!」
「……静かに成ったと思えばなんだ、あそこの少年は……! 格好の事はもう良いだろ!
先程まで美鶴の事を見て一部の生徒達のテンションが上がり騒いでいたが先生方の言葉に落ち着いたと思ったのだが、未だに騒ぐ花村が美鶴の姿をマジマジと見ていると興奮が抑えられなかった。
また、そんな陽介の言葉が先程から耳に入っている美鶴も怒りと羞恥から少し表情を赤くしながら拳を握り締めていた。
元々、あまり女子らしい事を意識もしなければ興味も無かった美鶴にファッションについて言うのは酷と言う物だ。
彼女からすれば大事なのは外見よりも、その服の動きやすさ等の所謂、性能重視だ。
何より、本人に自覚は無いが素が良い美鶴が何を着たとしても自然に着こなしてしまうのだ。
他者が来たらドン引きされるが、美鶴が着れば最初は驚くが直ぐに慣れて自然な認識となる。
「なあなあ相棒! 洸夜さんとのお見合いの時にも会ってたんだよな! もしかして、あの格好で……」
陽介は迫る様に興奮しながら悠へと聞いた。
「それは無い」
悠が直ぐに一蹴したが、美鶴の我慢もそろそろ限界であった。
本来ならば彼女の伝家の宝刀【処刑】が放たれてもおかしくは無いのだが、流石に時と場合がある。
修学旅行生に処刑をして良いものか美鶴が悩み始めた時だった。
「義姉さーん!!」
「なっ!!?」
ここで悠が悪ノリした。
その悠の言葉に美鶴は顔を真っ赤にして絶句し、他のクラスメイト達は驚愕の顔を浮かべていた。
またアイギス達と明彦は口と腹を抑え、笑いを堪えて震えており、洸夜は呆れた様子で弟の姿を見ていた。
「姉さん……! 姉さんって言ったのか鳴上の奴!?」
「どういう事だ……鳴上の姉なのか!?」
周囲が再びザワつき始め、美鶴も我慢の限界に達しようとしていた時だった。
「もう……花村くぅん! 鳴上くぅん! 静かにしないと先生がお仕置きするわよぅ! なによ皆して! あんな赤毛よりも私の方が何百倍も綺麗でしょうが!」
「真面目に聞こう」
「そうだな」
別の事で怒りを覚えていた悠達の担任である柏木の言葉に、一瞬で冷静になり黙る悠と陽介。
その影響は他の生徒にも及び、男女問わずに全員が真剣な表情で美鶴の言葉を待った。
年齢詐称の色々な意味でモロキンをも凌駕する柏木は、悠達にとっては逆らいたくない相手なのだ。
そして、静かになった事で美鶴も漸く演説を始め様と口を開いた。
「やれやれ……漸くか。……初めまして皆さん。私は先程、校長先生から御紹介して頂いた桐条 美鶴です。今回、私はこの学園の卒業生として先ず――」
「流石は美鶴だ。あんな状態だったのに、何事も無かった様に演説を始めている」
「……あぁ、そうだな。本当に、そう言う所は変わらないんだな」
明彦の言葉に流石の洸夜も頷いた。
美鶴は伊達に生徒会長等、人前に何度も立っていた訳では無い。
何度も体験して来たこの状況で美鶴が言葉を詰まらせる事はまず有り得ないだろう。
何よりも、<桐条 美鶴>と言う人物の演説がどれ程に凄いのか知っている者達からすれば、八十神の生徒達の私語等は有って無いような問題だ。
勿論、洸夜も例外では無く美鶴の凄さを知っている。
まるで、唄を歌っているかの様に、詞でも読み上げているかの様に、美鶴の演説は飽きること無く聞く事が出来るのだ。
彼女に見とれる者も少なからず存在するが、それは美鶴の存在感の強大さを意味してもいる。
現に、先程まで騒いでいた八十神の生徒達は皆、黙って美鶴の演説も聞いている。
中身の入っていない言う事だけが立派な演説等は違い、少なくとも美鶴の言葉の一つ一つに中身と重みと、幼い頃から重き荷を背負って来ている美鶴だからこそ感じられる説得力。
どれもそこら辺で聞き、体験出来る物では無い。
「……あの時もそうだったな」
凡そ二年ぶりに演説をしている美鶴の姿を見て洸夜は、自分の月光館での入学式を思い出してしまった。
それが<鳴上 洸夜>にとって<桐条 美鶴>との初めての遭遇でもあったからだ。
――五年前。月光館の入学式で俺は美鶴達と初めて会った。入学式で新入生代表でスピーチをしたのが美鶴だったな。
入学式のスピーチ等、誰が何を演説した所でまともに聞いている者は少ないであろう。
怠い、 面倒、早く帰りたい……色々と個人的な感情を誰もが抱いている。
勿論、それが同じ新入生であろうと例外では無い。
中等部から美鶴を知っている者ならば未だしも、洸夜を含む高等部から受験で入学して来た者達はまさにそんなメンバーであった。
洸夜ですら当時、入学式のスピーチ等を頭に入れず寮にある荷物やクラスメイトとなる者達を観察する等、どうでも良い事ばかり考えていた。
美鶴のスピーチを聞くまでは……。
――人の上に立つ才能があったんだろうな。俺を含めた受験組は、あの時に初めて桐条 美鶴と言う存在を知り……その凜とした姿に驚かされたんだ。
今の悠達へのスピーチの様に当時も美鶴は、平然と当たり前の事をしているかの様な雰囲気を感じさせながらも、誰もが美鶴の雰囲気に文句を付けられない程に美鶴は堂々としていた。
その姿に全員が真剣に聞いていた。
一人……洸夜を除いて。
――美鶴の姿には驚かされた……だが、あの時の俺は美鶴の表情が気にくわなかった。責任、焦り、不安……表情の中に色々な負の感情を混ぜていた。何に対しての感情かは分からなかったが、少なくとも入学式に関する事では無かったな。だが、当時の俺はイゴールの夢の事もあってカリカリしていたから……入学式で人前に立って堂々とした態度をした奴がそんな表情を見せるなって思っていたんだった。
過去の事を思い出しながら洸夜は再び美鶴を見て、再認識した。
悠達へ演説している美鶴の姿は、過去以上に凛々しく、そして堂々としている。
桐条グループのトップを継ぎ、過去の事への償いなのか……シャドウワーカーも設立している美鶴からすれば自然な成長と言えるだろう。
だが、洸夜は美鶴が前に進んでいると言う現実を見れば見る程、謎の不安で胸がざわつくのを感じ、この不安の答えを知る為に明彦へと小さく声を掛けた。
「明彦……今、良いか?」
「ああ、別に良いが……どうした?」
「俺の事は一切、関係無しで聞きたい。お前……なんでシャドウワーカーに参加したり、大学にも行かずに武者修行に行っているんだ……?」
純粋に洸夜は知りたかった。
一体、何を思って明彦や美鶴がそんな生き方をしているのかを。
そして、洸夜の言葉に明彦は少し考える様な素振りを見せ、洸夜の言葉を理解し呟く様に言った。
「……美鶴は桐条という守り、償わなければならない物の為にしているが少なくとも俺は美鶴の様な立派な理由じゃない。只……純粋に力を求めている。妹……親友……色々な出来事で俺は自分の無力を知ったからな」
実際は真次郎は生きており、洸夜との関係も修復された。
だがそれでも明彦が生き方を変えないのは色々と理由があった様だ。
「……大学も実を言うとそれほど感心が無い。行ければ良かったと言う気持ちの方が強いかも知れないな。だから単位とかも殆ど気にして無いから、こんな風に世界を回って武者修行をしている。シャドウワーカーも……強者や自分の力量を測る為にしている事もあるから、さっきも言った様に俺は美鶴の様な立派な理由じゃない」
明彦の言葉が無意識の謙遜なのか、それとも本当にそうなのかは洸夜には分からない。
だが、少なくとも明彦の性格上から察するにそんな理由だけでは無いのは分かる。
きっと、何かしら明彦も思う所があったのだと思った洸夜は言った。
「……だが理由はともかく、お前も他のメンバーもシャドウワーカーに参加しているんだろ?」
洸夜の問いの意図が今一掴めない明彦は、少し眉間に指を当て悩む仕草をし言った。
「確かに全員が所属している訳じゃないが、順平達は頼めば参加してくれている。なんだかんだでシャドウワーカーは“特殊部隊"だからな。流石に職業が特殊部隊は色々と辛いと言っていた」
それからーーー
明彦がそう言って話の続きを言っているが、洸夜の耳には既に入っていなかった。
明彦の言った事は前にアイギスが言った事と殆ど同じあったが洸夜は、 あの時にアイギスに言われた時より強い衝撃を受けていた。
まるで、現実と言う名の重い何かを背負わされた様にズッシリとそして、確かにその身に感じさせる様な衝撃だ。
美鶴も明彦も、アイギスや伏見でさえ前にちゃんと進み、順平達と共にペルソナを命と世界の為に使っている。
その事実は洸夜は自分が情けないと思わせてしまった。
――俺は何のために戦っているんだ? 美鶴達みたいな立派な理由は無い。だが既に二人……いや三人も稲羽で死なせてしまっている。暴走があったとはいえ、もっと出来ることがあったんじゃないのか?
自身の選択に疑問を洸夜が抱いていると、そんな洸夜の耳に誰かが自分を呼ぶ声が届いた。
「洸夜!!」
「っ!? 美鶴……?」
いつの間にか自分の目の前にいた美鶴の呼び声に、洸夜は我に返ると同時に何故、美鶴が演説中に自分の目の前にいるのか混乱気味に疑問に感じた洸夜は周りを見る。
すると、伏見が先程まで整列していた八十神の生徒達にプリントを配布しながら、生徒の大半が学園の中へと入って行く光景が目に入った。
「何が……あったんだ?」
寝惚けている様に今一、現状が掴めていない洸夜に説明する様に美鶴は言った。
「洸夜……演説はとっくに終わったぞ? 皆が移動し始めても無表情で下を向いてままだから、私が声を掛けたんだ」
「終わった……? えっ!? あっ……本当なのか?」
少なくとも演説は全体的に40分はあった筈なのを洸夜は資料で見て覚えていたが、その演説が終わったっと言う事は美鶴の後の伏見の話も考え事をしている間に終わったと言う事になる。
だが、まだ10分も経っていない様に感じていた洸夜からすれば現状が不思議でしょうがなく、そんな洸夜の様子に美鶴と明彦は互いに顔を見合せ、困惑した表情で洸夜へ言った。
「……洸夜。やはり、何かあるのか?」
「先程の質問の時もそうだったが、さっきから様子がおかしいぞ?」
「いや、俺は……」
シャドウワーカーへの参加や、稲羽での行動に悩んでいる洸夜の頭は、まだ状況が整理出来ず混乱してそう言った時だ。
悠が一人、洸夜の下へ走って来た。
「兄さん!」
「おぉ、悠……!」
学園に入る前に兄に一言挨拶したかったのか、明るい表情の悠の登場に洸夜は漸く落ち着きを取り戻し、美鶴達も悠に声を掛けた。
「再会できたな、悠君」
「まさか、君も修学旅行生の一人とはな」
美鶴達の言葉に、悠も軽く頭を下げ挨拶した。
「どうも。無事で良かったです美鶴さん、明彦さん」
テレビの世界から消えた後の事が分からなかった悠にすれば、ようやく安心できる事だった。
そして、再会の挨拶を交わす三人だったが美鶴が何者かの視線に気付き振り返る。
「あれは……?」
美鶴の視線の先に映ったのは特徴的な青い帽子を被り、自分を見ている人物……直斗であった。
「……白鐘 直斗……稲羽の事件捜査に協力している事は黒沢刑事からの資料で知っていたが、悠君と同じ高校に通っていたのか」
資料で直斗の事を知っていた美鶴だったが、別に今は特に問題を抱えている訳でも無いからか下手に警戒せず、珍しい者を見た程度の気持ちで直斗を見ながら心の中でそう言い、振り返られた事で美鶴と目があった直斗は誤魔化す様に帽子を被り直しながら学園の玄関へ向かい心の中で呟いた。
「……桐条 美鶴ですか」
――洸夜さん。本当にお知り合いだったんですね。まあ、別にどうかすると言う訳ではありませんが一応、何があっても警戒は怠らない様にしないと。
相手が今まで警察や数々の探偵達に苦汁を飲ませてきた桐条だからか、直斗は修学旅行にも関わらず場違いな雰囲気を纏い歩いて行き、美鶴も直斗がリアクションしないと分かると再び洸夜達の方を向き直すと、洸夜と悠は色々と会話していた。
「どうだ? この学園に来てみての感想は……?」
「悪くない処か、今まで来た学校の中で一番凄いんじゃないかな? 兄さんが此処を選んだのも頷ける」
弟との会話に少し落ち着いたのか、洸夜は悠の言葉に軽く微笑みながら言った。
「ハハッ……別に見た目だけで選んだ訳でもないさ。まあ、悪くはないが……」
只の変鉄もない兄弟の会話だが、洸夜は落ち着いた気分になっていた。
『彼』もそうだったが、悠も不思議と側に居ても嫌な気分にならない。
席が沢山ある店で、自分の隣に来ても何故か嫌な気分にならない……そんな感じだ。
そして洸夜達が悠と話していると、雪子達も集まってきた。
「洸夜さん!」
嬉しそうに洸夜の下に来た雪子達に洸夜も手を上げて応えた。
「よぉ! 雪子ちゃん! 花村達もよく来たな。修学旅行、楽しんでるか?」
「まだ来たばっかですよ。でも色々と学ばせてもらってます」
そう言って陽介が親指を後ろへ向けると、そこには手を振っているアイギス達の姿があった。
どうやら先に再会して色々と話でもしたのだろう。そう洸夜と美鶴達は察することが出来た。
「成程……彼女達から色々と話をしたんだな」
「色々とペルソナについて勉強になりました」
美鶴のどこか嬉しそうな言葉に雪子はそう言うと、美鶴と明彦は雪子達の方を再度見る。
「そう言えば……挨拶がまだだったな。私は桐条 美鶴だ」
「俺は真田 明彦だ。よろしく頼む」
二人がそう挨拶すると、陽介達も二人の凛とした態度に気押されたのか姿勢を正して挨拶した。
「あっ、そのはい! 自分は花村 陽介と言います!」
「わ、私は里中 千枝です!」
「天城 雪子です……」
「巽 完二っス。その……どうもっス」
「久慈川 りせで~す! よろしくおねがいします!」
陽介と千枝は緊張した感じだったが、雪子達は平常心で挨拶するが少し緊張した感じだったのを美鶴達は見抜いていた。
「フフッ……そんなに緊張しなくても良い。――今日は学園で座学などの予定らしいが、可能な限り楽しんで行ってくれ」
「まぁ悪い所じゃない。それなりに学びになるだろう」
「自由時間になったら色々と連れて行ってやるから、楽しみにしておけ」
美鶴、明彦、洸夜の言葉に悠達は笑みを浮かべると頷き合い、皆に続く様に学園内に入って行った。
そしてそれを見送った洸夜達は今度はアイギス達の方を見た。
するとアイギス達は手を振っており、洸夜達も軽く手を上げて返すと悠達を追う様に学園内に入って行くのだった。