新訳:ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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修学旅行編、終わらせちゃいますね(;´・ω・)
いつも感想ありがとうございます!!


第五十六話:さらば辰巳ポートアイランド

 同日

 

 現在:辰巳ポートアイランド

 

 江戸川の暴走があったが洸夜と美鶴達は、これからの予定について話し合っていた。

 洸夜と美鶴達は伏見からの頼みでもあり、何かあっても対処できる様に修学旅行生達と同じ場所に宿泊する事が決まっている。

 

 その為、本来ならばこのまま解散になるのだが、久し振りに全員が集まり、洸夜ともわかり会えた後で解散はしたくないと順平が言ったことから始まった。

 

「もっと一緒にいましょうよ! 折角、今日皆で会えたんすから。なんなら、先輩達と一緒のところに俺達も泊まらね?」

 

 その言葉に全員参加の話し合いが始まってしまう。別に一緒に泊まる事は問題ではなく、風花や乾も洸夜とようやく会えた中で別れるのは寂しく思い、どちらかと言えば賛成派だ。

 

 しかし、真次郎はチドリとは違ってどっちでも良いわけではなく、どちらかと言えば乗り気ではない。特に一番の問題はコロマルの存在であった。

 

 宿泊先がペット可能とは思えない中、コロマルだけを放置する訳にも行かず、どうするか考えながらも美鶴は事前に伏見から預かっていた宿泊先の連絡先を取り出して相手へ電話を始めた。

 

 色々と事前の予約もない中でコロマルも可能なのか悩みながらも美鶴が電話すると、意外にもホテル側はそれを承諾してくれたのだ。

 

 話によればそのホテルはできたばかりであり、宣伝も含めてサービスに力を入れていると言っており、ペットとの宿泊も可能との事。

 

 そして美鶴は早速その事を皆に伝え、宿泊費を自分が持つと伝えると全員がそれでも良いかと承認するのだった。

 

 真次郎はそれでも拒んでいたが、なんとか洸夜達で説得してようやく真次郎も承認をした。だが、この事を全員が後悔する事になるのは洸夜達はまだ知らない。

 

 

▼▼▼

 

 現在:辰巳ポートアイランド【白河通り】

 皆、洸夜との再会もあってそれぞれの会話をして楽しんでいたが、徐々にその顔は全員が気まずく、険しいものになってしまって行く。

 

 その原因は白河通りにあり、その通りはいわゆる大人の施設が多く存在する通りだった。

 

 洸夜は渡されていた資料の地図を見て途中から嫌な予感はしていたが、口に出す勇気はなく、空気を壊さないようにするので精一杯。

 

 何かの間違いであってほしいと願う中、そのホテルの場所に辿り着いてしまった。

 

「こ、ここは……!」

 

「な、なんでこんな事が……!」

 その場所に辿り着くと美鶴とゆかりから不穏な雰囲気が溢れ始めた、洸夜、アイギス、明彦、真次郎の四人は美鶴のその気迫に顔を引きずらせながら距離をとる。

 

 順平もまた、美鶴同様に凄まじい気迫を放出させるゆかりにビビりながら距離を取っており、風花と乾は場所が場所であり、顔を赤くしながら俯き、チドリは気にしていないらしく平然としている。

 

「ワン!」

 

 その中で全く目の前の場所がどう言う所か知らないコロマルの鳴き声だけが唯一の癒しだが、美鶴とゆかりにとってこの場所は黒歴史と言える場所。

 

 徐々に二人からの気迫が強くなり、真次郎は痺れを切らして洸夜と明彦に声をかけた。

「おい、本当にこのホテルなのか?……明らかに学生が泊まる場所じゃねえだろ」

 

「けど、場所はここであってるぞ。資料にもそう載ってる」

 

「……洸夜、お前の弟の学校はどうなってるんだ?」

 

 それは俺が聞きたい、明彦の言葉に洸夜はそう思った。

 そう、目の前の泊まる予定のホテルとは潰れたラブホテルなのだ。

 

 しかも、その場所はかつて満月の大型シャドウに乗っ取られた場所でもあり、精神操作により美鶴とゆかりには悪い意味で特別な場所でもある。

 

 先程から二人が機嫌の悪さの原因はそれであり、ピンク色のライトで照らされているホテルを二人は親の仇の様には睨み付けていた。

 

「……なぜ、この場所を選んだ」

「本当に最低……最低……全部!」

 

 美鶴とゆかりは時間が経つ事に機嫌が悪くなるだけで、メンバー達も声をかけられない。

 

「わ、私、こんな所に泊まれない!」

 

「い、いや風花……意識し過ぎだって。別に今はただのホテルなんだからさ。そうっすよね洸夜先輩?」

 

 順平が意識していた風花を落ち着かせながら洸夜の方を見るが、そこには洸夜の姿はない。

 

「あれ? 鳴上先輩どこだ?」

 

「さっきまでそこに……?」

 

 順平と乾が周辺を見渡して探し始めると、真次郎は背後で足音が聞こえて振り向くと、そこには足音を極力消しながら静かに来た道を戻る洸夜の姿があった。

 

 そして、洸夜もそれに気付くと皆の方を振り向き、全員と目が合った瞬間、その足のスピードを上げて走り出す。

 

「こ、洸夜さん!? どこ行くんですか!」

「俺、近くのカプセルホテルに泊まる事にした。そこはお前達だけで泊まって疲れを癒してくれ!」

 

 乾の言葉に振り向く事もせず、洸夜は走り続けて行く。

 

「まさかあいつ、逃げる気か! ……そうはさせんぞ!」

 一人だけこの場を去って良い思いをしようとする洸夜の心理に気付き、明彦は洸夜を追うように駆け出した。

 

「待て洸夜! 自分だけこの場から逃げるのは許さん!」

 

「舐めるなよ明彦! 俺とてただ病んでいた訳じゃない。 今のお前から逃れる程の脚力はある!」

 

 その言葉は満更嘘ではなく、意外にも洸夜と明彦の距離は縮まらないが、明彦はこの修羅場になりかけている現場から自分だけ逃げようとする洸夜を何とか捕まえようと必死となる。

 

 だが、洸夜の影との戦いが響いており、体力の消費が思った以上に激しかった。

 

(くっ! ここまでなのか……!)

 

 己の無力に嘆く明彦。段々とその足のスピードも落ち、洸夜は勝利を確信しながら曲がり角を曲がった時だった。

 

「きゃッ!」

 

 洸夜は誰かと勢いよくぶつかってしまい、相手の人はその場で腰を着いてしまった。

 

(しまった!)

 

 流石に洸夜も全面的に自分に非がある事を分かっており、急いでその倒れた人に手を差し出した。

 

「すいません……大丈夫ですか?」

 

「もう! どこ見てるのよ!」

 

 突然の事に相手方も当然ながら怒りを露わにしており、ぶつくさ言いながらもその女性は洸夜の手を掴み、双方共に相手の顔を見た時だった。洸夜の顔から血の気が引いた。

 

「あ、あなたは……!」

 

「いった~……ん? あらぁ~洸夜君じゃないのぉ」

 

 その人物とは、亡き諸岡の後任として悠達の教師となった柏木であった。

 すると、柏木はぶつかった相手が洸夜だと知るや否や、先程の態度を一変していつもの口調へと戻って行く。

 

「うふふ……」

 

「か、柏木さんは……な、な、なんでここに?」

 

 笑いながら自分に近付いて来る柏木から、洸夜は苦笑しながら距離を取るのだが、それに合わせて柏木も何故か洸夜に近付いて来る。

 

「それは私だって担任ですものぉ、愛しい生徒達を引率しなきゃ。……うふふ、なぁに洸夜君? 私に会えて照れてるのねぇ~」

 

「いいえ、とんでもない!……あっ、いえいえいえ! た、ただ、その割には悠達がいないと思いまして……」

 

 苦笑いしながら洸夜は更に後ずさりしながら誤魔化すが、その姿は確実に柏木を恐れていた。

 

 何故、ここまで洸夜が柏木を恐れているかと言うと、それは日頃の洸夜のバイト生活から語らなければならなくなる。

 

 まず基本的に洸夜がしているバイトは色々とあるが、その中でも主なバイトはりせの家の豆腐屋であり、朝早くから洸夜も手伝い、基本的には夕飯時の奥さん達や帰り始める学生達を洸夜は見ており、相手方も洸夜の事を知っている様な関係。

 

 その稲羽の日常が洸夜と柏木を会わせてしまった。

 

 ある夕時、洸夜はいつも通り店の戸締りをりせの祖母と片づけを行っていた時、洸夜に話し掛けて来たのが柏木だった。

 

 顔が良ければ誰でも良いのか、柏木はここを通る度に洸夜へアピールして行くが何も買わないのだからたちが悪い。

 

 行動だけならば、りせも似た様なものなのだが、りせは時と場合をちゃんと理解してくれているが、柏木は教師でありながら時と場合を無視して問答無用。

 

 そんな事が何度もあり、洸夜にとって柏木は苦手な人種なのだ。

 

「うふふ、生徒達は後で来るわぁ。それより……洸夜くんもなんでここに?」

 

「いや、それは……」

 

 はっきり言えば言いたくはない。しかし、何を言っても柏木は自分を追ってくるだろうと言うのが洸夜は経験で分かる。

 

 どうするか洸夜は悩みながら更に距離を取ろうと後ろに下がった時だ、追い付いた明彦が洸夜の肩を掴む。

 

「洸夜……あの美鶴を置いて自分だけ逃げる気か!」

 

 後ろから洸夜を睨む明彦。修羅となった美鶴は明彦にとっても怖いものであり、洸夜だけ楽にはさせない。

 

「あらぁ?」

 

 すると、明彦の姿に柏木は気付き、静かに彼の方を見始めた。その事態に洸夜も気付き、咄嗟に首を横へ移動すると、明彦の顔を柏木がはっきりと認識してしまう。

 

 学生時代、ファンクラブが出来る程にモテていた明彦だ。柏木の眼光が光り、明彦に悪寒が走ったのだった。

 

 

▼▼▼

 

「あらぁ~そうだったの。OBとして呼ばれていたのね? まあ、私は全く聞いてなかったから気付かなかったわぁ~」

 

 結局、明彦が全てを話す形となって柏木に事情を不本意ながら説明をすると、柏木は納得した様に頷いた。

 

 元々、まともな性格ではない柏木らしいが、身内が通っている洸夜からすれば柏木の態度や言動には好感は持てない。

 

 寧ろ、口が悪いとはいえ教育には真面目だった諸岡の方が何倍も好感が持て、柏木が何か不祥事を起こし他の学校に移動してくれないかと、普段はそんな事を思わない洸夜もそう願ってならない。

 

 しかし、そんな洸夜の思いを知る由もない柏木は、胸を強調しながら洸夜と明彦に近付いて行き、洸夜と明彦はそれに距離を取りながら苦い顔を浮かべていた。

 

「え、えぇ……それはそれは。ところで、あのホテルなんですが……」

 

「少し、配慮に欠けると言うか……学生を泊めて良い場所ではないのでは?」

 

 洸夜と明彦は先程の潰れたラブホを見ながら柏木に説明を求めると、柏木は眉一つ動かさずに平然とこう言った。

 

「あらぁ、分かるぅ?……良いホテルでしょう? 私が選んだのよう?」

 

(お前が選んだのか……)

 

(お前が選んだのか……)

 

 修学旅行と言う事で何かしら教師の意向が入っているとは思っていたが、やはりこの宿泊先を選んだのは柏木だった。

 

 表情を見る限りでは悪びれた様子もなく、寧ろ柏木は自分が悪い事をしたと言う自覚はない。勿論、責めるのは最終的に選んだ学校側も同じだが、少なくとも原因の根源は間違いなく柏木だ。

 

 洸夜は身内が通う学校として不安を更に上乗せし、明彦は普段は気にしない教育の現状に呆気になっていた。

 

「それに……あらぁ? そろそろ生徒達が来るわねぇ。それじゃあ残念だけど私は行くわねぇ」

 

 時計を見ながら柏木は二人にそう言うと、何故か狭い二人の間を通ると小さく二人に耳打ちした。

 

「私の部屋は二階の奥の場所よぉ? ノックしてくれればすぐに開けてあげるわぁ」

 

 その言葉がトドメとなり、洸夜と明彦は燃え尽きた様に精神が真っ白になった。

 柏木が立ち去った後も二人は茫然と燃え尽きており、正気に戻ったのはそれから数分後の事だ。

 

「なんか、大切な物を失った気分だ……」

 

「ああ、俺も山で遭難した時よりも恐怖を覚えたぞ……」

 

 二人の精神を蝕む程に柏木のインパクトは凄まじいものだった。明らかに自分に都合の悪い言葉は変換され、自分に都合の良いように柏木は聞いている。

 

 あんな人種は初めてだと、洸夜と明彦は心の傷を少しずつ応急手当てを施すと、互いに顔を見合わせた。

 

「戻るか……」

 

「ああ……」

 

 そう言って二人は重く暗い背中で美鶴達の下へと戻り始めた。先程の柏木の後では美鶴達の方が普通に見えるからだ。

 

 魔王と大魔王、どちらが良いか、それだけの話であり、いつもなら強い方を求める明彦も、流石に柏木を選ぶことをする事はせず、二人は美鶴達の下へと戻って行った。

 

 

▼▼▼

 

 

「……」

 

「……」

 

 しかし、戻った洸夜と明彦を出迎えたのは未だに金剛力士像の様に君臨する美鶴とゆかりだった。

 

 その二人の立つ場所はまるで聖域の様に来る人来る人が避けて行くが、単純に美鶴とゆかりが怖いだけ。

 

 他のメンバー達も怖がる者と我関せずと言った者に分かれており、その中で怖がる側の順平が洸夜に問いかけた。

 

「鳴上先輩……なんで桐条先輩はあんなにキレてんすか?」

 

「……まあ、色々とあったんだ」

 

 当時、満月の大型シャドウが乗っ取った時、このホテルに突入したのは洸夜と『彼』、そして美鶴とゆかりの四人だけだった。

 

 他のメンバーは外で待機しながら風花とサポートをしており、事実上このホテルでの出来事を知っているのは当事者の四人だけとなっている。

 

 その為、外にいた順平は当時、美鶴とゆかりが死ぬほど恥ずかしい思いを、洸夜と『彼』が凄まじく痛い思いをした事を知らない。

 

 だからと言ってそれを教えるのは怖くて言えないが、洸夜の目の前にいる順平は聞きたくて聞きたくてしょうがないと言った目で洸夜を見ている。

 

「……口外厳禁だからな」

 

 静かに美鶴達に悟られない様に注意しながら様子見をし、洸夜は順平に小さな声でそ言うと、周りのメンバーも耳に意識を集中した。

 

 真次郎もチドリも下らないと雰囲気で言っているが、ちゃっかり耳は洸夜の方を向けている。

 

「ふっ……愚問だぜ、先輩。おれっちの口の堅さは黄金の如く!」

 

(柔いんじゃねえかよ)

 

 順平の言葉に真次郎が心の中で一人ツッコミを入れながら、洸夜は順平達に小さく教え始めた。

 

 満月のシャドウの精神干渉、そしてそれによって自分達が分断され、洸夜は美鶴と、『彼』はゆかりと個室にいた事までを順平達へ教え終える。

 

「なん……だと……!」

 

 衝撃の告白に順平の電流が走った。勿論、風花もその一人だ。

 

「えぇ!! でも、それは……えっと、だから……何もありませんよね!?」

 

「落ち着け」

 

 顔を真っ赤にして混乱する風花を明彦が落ち着かせるが、風花の言葉に順平が返答する。無駄に悟った様なイケメン顔で。

 

「フッ……それは野暮ってもんだぜ風花。ホテルの一室に二人の男女……やる事は一つ、保健体育の実技だろ!!」

 

 ホテル街のど真ん中でなんて事を口走っているのだこの男は、その言葉に明彦と真次郎は顔見知りだと思われる事を拒否して距離を取り、チドリさえもコロマルと距離を取る。

 

「キャアァァァァァァ!!」

 

「そ、そそそう言う事は普通は言わないでしょ! 何を言ってるんでふか、順平さんは!」

 

 逃げ遅れた風花は順平の言葉に恥ずかしさの限界が突破し、乾は平常心を保とうと真剣な表情で順平を怒るが声が完全に震えてキョドっている。

 

 そんな乾をどこか暖かい眼差しで真次郎が見守っていた事は誰も知らない。

 

「おいおい、話を膨らませるな。俺も『あいつ』も何もしちゃいない。どちらかと言われれば、手を出されてのは俺達の方だ」

 

「えぇッ!?」

 

「その話、詳しく」

 

 まだまだ突き進もうとする順平の態度はさて置き、洸夜は静かに話し始めた。

 

「いや、シャドウの精神攻撃があった後、俺は我に返っって気付くとホテルのベッドに腰をかけていた。だが、俺は気付いた……気付くと、俺の膝の上にバスローブ一枚だけを纏った美鶴が跨っていた。あれは流石の俺も驚いた……」

 

 しみじみと思い出す様に洸夜は頷く。あまりの衝撃に当時は吹き出しそうになったが、シャドウの攻撃の影響だと分かっていた為に冷静に対応出来た自分を褒めてやりたいと洸夜は思っている。

 

 その後、割れに返った美鶴から強烈な一撃を受け、廊下に出た瞬間に隣の部屋からゆかり達が出てきた時は気まずかった。

 

 だが、洸夜と『彼』の顔に刻まれた平手と言う名の紅葉の跡を見て、メンバー達は全てを悟ったのだった。

 

「けど、別に見せてくれとは頼んでも無ければ俺が襲った訳でもないのに平手打ちは酷くないか? あれじゃ、動物園でゾウを見ていたら平手されたと同じだろ……そう思わないか?」

 

 洸夜は当時の事を言いながら順平達に同意を求めようとしたが、順平達はいつのまにか洸夜から距離を取って何故か目を逸らしていた。

 

「おい、聞きたいって言ったから教えてるのになんでそんなに距離を取ってる?」

 

 洸夜は距離を取っている順平達に近付こうとすると、何者かに洸夜は両肩を掴まれた。

 

「随分と楽しそうな話をしていたな、洸夜?」

 

「私も聞きたいんですけど、鳴上先輩?」

 

「……」

 

 その聞き覚えのある声、そして強烈な力で掴まれる肩。それだけで洸夜は全てを悟り、顔から感情が消えて表情が真顔になる。

 

「ゆかり、私達はゾウの様だぞ?」

 

「まあ、怒ると怖いのは否定できませんから……」

 

「……」

 

 二人の言葉に洸夜は何も言わず、離れた順平達も震えあがっていた。そして、最後に美鶴が洸夜に問いかけた。

 

「何か、言いたい事はあるか?」

 

 今ある美鶴の中の唯一の慈悲を与えられた洸夜は、特に頷く事もせずに一言こう言った。

 

「パオン……」

 

 白河通りに乾いた音が二つ程、響き渡った。

 

 

▼▼▼

 

 現在:ホテルはまぐり【ロビー】

 

「先程、予約の件で電話をした桐条です」

 

 美鶴は受付で部屋の割り当てなどを聞いている中、その姿を後ろから頬に紅葉を刻まれた洸夜と明彦達は見ていた。

 

「社会と女性って似ているよな……理不尽な所が」

 

「さっきのはお前にも非はあんだろ」

 

 真次郎が黄昏る様に呟いている洸夜にそう言い、ゆかりを除くメンバー達も苦笑しているとなにやら受付が騒がしくなる。

 

「い、いや! それは何かの間違いじゃないのか!?」

 

「いえ、確かにそういう部屋割りでご予約されておりますが……」

 

 受付の方を見ると、なにやら美鶴と受付係が揉めていた。

 上手く予約がされていなかったのか、不安を覚えたメンバー達は美鶴の下へと向かった。

 

「どうしましたか、美鶴さん?」

 

「予約ミスでもあったのか?」

 

 アイギスと明彦が美鶴へ声を掛けるが、美鶴は少し混乱気味の様子だ。

 

「なっ!? なんでもないから君達は待っていろ!」

 

 何故か顔を赤くして皆を遠ざけようとする美鶴。その態度に皆も不審がり、気になった順平が受付に声を掛けた。

 

「すんません。部屋割りってどうなってんすか?」

 

「はい、部屋割りは先程、ご連絡を受けました時に男女別にして欲しいとのご要望でしたので……多少の変更をしまして真田様、荒垣様、伊織様、天田様、そしてコロマル様も同室となっております。また、アイギス様、岳羽様、山岸様、チドリ様との部屋割りとなっております」

 

 受付からの説明に順平は頷いた。しっかりと男女に分かれており、美鶴が慌てる理由は何処にもない。そう思った順平だったが、すぐにある問題に気付く。

 

「あり?……鳴上先輩と桐条先輩は?」

 

 先程の名前の中に二人がない事に気付いた順平は再び受付へ問い掛けようとすると、美鶴が止めに入ろうとして手を伸ばした。

 

「まっ――!」

 

「桐条様と鳴上様は皆さまと同じフロアですが、二人用の御部屋となっております」

 

 その言葉を聞いた瞬間、全員の空気が固まった。勿論、美鶴自身も。

 

「桐条先輩……積極的過ぎる!」

 

「っ!? ち、違う! 誤解するな! これは私がした事ではない!」

 

 必死で誤解を解こうとする美鶴だが、現に目の前で直接予約をしたのは美鶴自身だ。

 学園側が三人の部屋を予約していたが、それを変更して今の部屋割りにしていたのも美鶴であり、完全に美鶴の犯行は目に見えていた。

 

「……すいません。予約前の部屋割りってどうなってました?」

 

「はい。ご連絡前の部屋割りは鳴上様と桐条様が同室。真田様が個室となっておりました」

 

 どうやら最初の学園側の予約から全ては始まっていた様だ。そして、洸夜は受付の話を聞いて一人の女子生徒を思い出す……そう、伏見だ。

 

 恐らく、何かを誤解している伏見がそう言う部屋割りにしてしまったのだろう。やり遂げた顔を浮かべる伏見を思い浮かべるのも難しくない程に確信が持てる。

 

 天使のミスか、自覚なき悪魔の悪戯か、どちらにしろ有難迷惑なのは間違いない。

 

「何故、そうなっているんだ! 私はちゃんと分ける様に言った筈だ!」

 

 事が事の様で珍しく声を上げて受付へ説明を求める美鶴に、受付側も慌てて事実の説明をした。

 

「今日は修学旅行とも重なっておりまして、部屋がこれ以上は無かったもので御二人の部屋割りだけは変える事が出来なかったのです」

 

 受付の言葉に美鶴は納得できる様で納得したくない気持ちに襲われた。元々、潰れたラブホである為にそこまで広くはない。

 

 部屋が無いのは仕方ないが、それならば電話の時に言うのが普通なのではないかと思っているた。

 

「はぁ……なら、俺が美鶴と交換する。それで文句はないだろ?」

 

 なにやら納得していない美鶴に明彦が提案を出す。照れて恥ずかしいだけなのは明彦も分かっているが、変な所で難しく考える美鶴にはハードルが高いのは間違いない。

 

 男3の女1と言うのはバランスが悪いが、少なくとも男女一人よりは美鶴も納得するだろうと明彦は思っていたのだが。

 

「男二人で入るのか……そっちの方が気まずいだろ」

 

 洸夜が明彦の案に異を唱えた。別に女が良いと言っている訳ではないが、だからと言って男同士で入るのは抵抗があるに決まっていた。

 

「じゃあ、ゆかりっちの誰かが鳴上先輩とトレードで良いじゃん」

 

「女同士でも気まずいわよ!」

 

「それに、女部屋に男一人ってのも最早苛めだろ……」

 

 順平の案に今度はゆかりが異を唱え、真次郎も難色を示した。

 

「じゃあ、私が美鶴と交換する」

 

 周りが解決しないと分かるとチドリが自ら立候補する。

 

「えッ! 良いのチドリちゃん!?」

 

「別に洸夜は信用できるし。なんなら、風花が変わる?」

 

 チドリの言葉に風花の顔が真っ赤になり、やかんだったら既に音が鳴って沸騰しているだろう。

 

「無理無理! 絶対に眠れないよ私!?」

 

 男女が同じベッドで寝ると言う事はまだ風花には難易度が高いらしく、そのままチドリが同室決定となろうとしていたのだが、またも異を唱える者がいた。それは順平だった。

 

「まった! 異議ありだぁッ! そんな事はおれっち許しませんよ! 若い男女が同じ部屋で止まるなんてまだ早いわよ!」

 

「どこの母親だ、お前は……?」

 

 順平の異議を始めとし、ああだこうだと話し始める洸夜達だが、そんな事をしている間にもホテルに着いた生徒達が集合し始めていた。

 

 その事に美鶴は気付くと、自分達の行動が邪魔になっていると思い、洸夜達にその事を伝える。

 

「おい、生徒達が集まっている。私達は邪魔になっているぞ」

 

 美鶴がそう言うと、洸夜達は美鶴の方を向いた。しかし、その顔は明らかに、えぇ~と言った様な困惑した表情であった。

 

「そうは言うが……こうなってるのは美鶴、お前が駄々をこねてるからだろ」

 

「なっ!? 駄々とはなんだ! 私が我儘を言っている様に言うな!」

 

 洸夜の言葉に美鶴が顔を赤くしながら反論するが、それを聞いていた真次郎も洸夜に賛同する様に頷いた。

 

「だが、美鶴。お前が別に洸夜と同室で良いって言えば即解決だろうが」

 

「まあ……一番手っ取り早いのはそれですよね」

 

「ゆかりまで……だが、しかし」

 

 ここまで来ても美鶴はウンとは言わない。別に洸夜も襲う気もなければ、洸夜も洸夜で気まずい気持ちは同じだ。

 

 そして、そんな事をしている間にも生徒達が更に集まってきており、洸夜は仕方ないと言った風に溜息を吐きながら美鶴に近付いてこう言った。

 

「まあ無理を言うのも止めとくか。……美鶴だし、こう言うのは無理だろ」

 

「……なに?」

 

 洸夜の言葉に美鶴は眉を動かして反応すると、それを聞いた明彦達が何かを察したらしく洸夜と同じような口調で言い始めた。

 

「確かにな。美鶴だし、流石に無理か……責任感が強いと言っても無理は無理だ」

 

「なんだかんだ言っても桐条先輩ですし、まあ無理っすよね……ああ無理だ無理だ~」

 

「……」

 

 煽りの様な言葉に美鶴はプルプルと肩を震わせながら黙った。そう、この作戦は嘗て、なんとなく魔が差して美鶴にビキニアーマーを着せた時の作戦なのだ。

 

 刺激しながら美鶴を煽った結果、自棄になった美鶴はまんまとその作戦にはまってしまった。

 そして、それは今回もそうなった。

 

「……だろう」

 

「ん?」

 

 美鶴が肩を震わせながら小さく呟き、メンバー達がそんな美鶴の方を向くと、美鶴は顔を上げて力強く言い放った。

 

「良いだろう! 泊まってやろうじゃないか! そうだ! 別に意識しなければ良いだけの事だ!」

 

 美鶴はそう言うと、受付からキーを受け取って洸夜の首根っこを掴むとそのまま引き摺る様に引っ張って行く。

 

「来い、洸夜! 別になんでもないんだ!」

 

「単純だな……明彦ぉ~後でお前等の部屋に行くからよろしくな~」

 

 洸夜は引き摺られながら明彦にそう伝えると、明らかに取って付けた様に作られているエレベーターと入れられ、美鶴と共に上の階へと上がって行くのだった。

 

「美鶴は相変わらず変な所で単純だ……」

 

「美鶴先輩も素直になれば良いのに……」

 

「この展開……これが昨晩はお楽しみでしたね、でありますね!」

 

「アイギス、それ桐条先輩の前で言わなく良かったね……」

 

 

 美鶴達の姿が見えなくなった後に明彦達も好き勝手言いながら、受付からキーを受け取って自分達の部屋へ行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 現在:ホテルはまぐり【洸夜・美鶴の客室】

 

 何かしらは期待していた。見た目はあんなんだが、中身は改築されて一般的な宿泊施設になっているであろうと。

 

 だが、それは間違いであり、部屋の中は殆どが当時と変わってはいなかった。ライトはピンクなのも不快であり、ベッドもピンクのダブルベットだ。

 

 変わっているのはテレビが普通の物になっている事と、ルームサービス用のメニューと電話が設置されている事ぐらいだ。また、そんな電話等も明らかに取って付けた感じが消えておらず、その場所だけ違和感が存在している。

 

「……俺は明彦達の所に行って来るが、美鶴、お前はどうする?」

 

 洸夜は荷物を近くのソファに置きながら美鶴へ問いかけるが、美鶴は現実を受け入れるので大変らしく身体を震わせながら沈黙していた。

 

「……!」

 

「……ま、まあ、疲れただろうし、今の内にシャワーでも浴びとけよ。夕飯はどうするかは皆で後で考えよう」

 

 触らぬ美鶴に崇りなしと言うやつだ。洸夜はそう言いながらゆっくりと部屋を出て行った。

 

「……伏見。この事は忘れないぞ」

 

 部屋を出る瞬間に聞いてはいけない事を聞いた気がしながらも、洸夜は扉を閉めて明彦達の部屋に行くのだった。

 

▼▼▼

 

 現在:ホテルはまぐり【明彦達の部屋】

 

 同じフロアである為、洸夜が明彦達の部屋に着くのに時間は掛からなかった。扉の前に着いた洸夜は扉を叩くと、中から鍵の開く音が聞こえると出てきたのは真次郎だった。

 

「おう、もう来たのか?」

 

「美鶴が落ち着くのに時間がいりそうだからな」

 

 互いにおかしそうに話し真次郎も、違いない、と言って楽しそうに洸夜を招き入れると、洸夜は部屋の構造に呆気に囚われてしまった。

 

「四人宿泊と聞いたから気になっていたが……凄いな」

 

 洸夜の見た部屋はまるで隣の部屋と繋げて一つの部屋にしたかの様に広いモノだった。

 現に一部の構造がおかしくなっており、明らかに壁を壊した様な痕跡もある。

 

 ベッドもわざわざ移動させたのだろう、浴槽も二つあってあまりの奇怪さに言葉も出ない。

 

「遅かれ早かれ潰れるな、このホテル」

 

「明らかに力入れる所を間違えて改装に失敗してるからな。……ところで、明彦達はどこだ?」

 

 部屋を見回していた洸夜は部屋の中に明彦達が見つからず出かけてると思い、真次郎に詳細を聞くと、真次郎は部屋に常備されていた冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しながら説明した。

 

「一階の売店に行ってる」

 

「……売店まであるのか」

 

 どうやらここのオーナーは何とかして客足を増やそうとして色々とおかしな方向に進んでいる様で、洸夜はあまりのギャップに混乱しそうになりながら暇つぶしの様に辺りを見回し始める。

 

 すると、それを見ていた真次郎が何か戸惑いがちに洸夜へ言った。

 

「……洸夜。お前、もう大丈夫なのか?」

 

「……なにがだ?」

 

 真次郎の言葉に特に気にする様子もなく返答する洸夜に、当の真次郎は溜息を吐きながら更に続ける。

 

「話は聞いた……この二年でどれだけ苦しんだのかをな。さっきの美鶴と岳羽との事もある意味で“治療薬”のつもりか?」

 

 真次郎のその言葉を聞くと、洸夜の動きが止まる。どうやら、洸夜の考えている事は真次郎にはお見通しだった様だ。

 

 真次郎の言葉を聞いた洸夜は困った様に髪を弄ると、何かを思い出す様に自分の右手を見つめた。

 

「やっぱ……駄目なんだ。原因が分かって解決しても、この二年で思っていた美鶴達への感情が消える訳じゃない様だ。……美鶴達への苦手意識が少し残ってる」

 

 そう言っている洸夜の右手は僅かに震えていた。元々、稲羽に来るまでの二年は洸夜にとって中々に消える物ではないのだ。

 

 洸夜のシャドウが影響を及ぼしていた事もあって過剰な夢などもよく見てしまい、精神的にもダメージを受けていたが、そのシャドウと向き合っても身体に刻まれた感情は心の根に残っており、今もその感情がある。

 

 先程の一件や目が覚めてからの行動はいわゆるリハビリの様な物だ。

 

 S.E.E.S時代に近い感情で接する事で感情を治療する。出来るだけ意識しない様に頑張っていたが、どうやら真次郎には見抜かれていた様で、洸夜は苦笑しながら真次郎を見つめ返す。

 

「悪いが、これは内緒にしといてくれ。これは本当の意味で俺の問題だ。あいつらに意識されたら意味がない……こればっかは俺自身でしか治せないからな」

 

 洸夜がそう言い終えると、真次郎はやれやれといった表情を見せたがそれ以上は追及せず、洸夜もそれが分かると隣の部屋の壁際を覗き込みながら、そこに隠れていた仲間にも言った。

 

「悪いが、今回だけは内緒にしてくれよ……コロマル」

 

「……クゥ~ン」

 

 壁に隠れていたコロマルはどこか寂しそうに鳴くと洸夜に寄り添う様にして身体を擦り付け、洸夜も若干震える手に力を入れながらコロマルを撫でた。

 

 そして、真次郎はそれを見守りながら先程のミネラルウォーターに口を付けていると、洸夜が来るまでに見ていたテレビがあるニュースを放送しており、それに真次郎も洸夜も意識を向ける。

 

 それは、稲羽の事件の内容で逮捕された久保についての事でもあった。

 

『―――逮捕された少年は未だに黙秘を続けており、警察の取り調べは続いているとの事です』

 

 アナウンサーはそう言うとその後、久保の近所の評判等を話して行くが、ニュースはそれだけを言うと天気予報へと変わってしまう。

 

「今ので終わりか……? 別にニュースを鵜呑みで信じるつもりはねえが、いくらなんでも説明不足だろ」

 

「いや、恐らく説明が出来ないんだろうな。今回の事件、判明しているのは久保が模倣して直接殺害した諸岡さんの一件だけだ。最初の二人を殺害したのはシャドウだからな……メディアは疎か、警察だって真相は分かってないんだよ、真実を」

 

 勿論、自分達も……。洸夜は心の中でそう呟き、再度事件解決への意欲を強くする。真次郎も、そんな洸夜を見ては何も言わないが、逆に言わないのは彼が理解していると言う事でもある。

 

 <マヨナカテレビ>――ただの都市伝説では済まなくなっている現象。

 

 影時間の様に人の手によって発生してしまったのか、それとも災害の様に自然発生したのか、どちらにせよ洸夜は追わなければならない。

 

 それが、再びペルソナと共に戦う覚悟をし未来へ進むと決め、この事件へ足を踏み入れた自分の責任だと洸夜は思っているからだ。

 

 そして、洸夜は少し考える素振りをすると、真次郎を見て言った。

 

「真次郎。もし、今回の一件が俺や悠達の手に負えなかった時は―――」

 

 洸夜がそこまで言った時だった。大きく扉が開かれ、洸夜の言葉を遮った。

 

「たっだいま~! 荒垣先輩! 鳴上先輩来てっスか~?」

 

入って来たのは順平だった。

 

 その後に乾と明彦も入り、皆その手には売店で買った物をいれたビニール袋を持っており、酒やらジュース、そして菓子などが透けて見えた。

 

 どうやら、ここで飲み会の様な事をするつもりらしい。乾がいる為、少し抵抗があるが再会を祝いたい順平のテンションは既に高く、止める事はできそうにない。

 

「おいおい……派手に飲み会を開く気か?」

 

「まあまあ、鳴上先輩。今日は再会とかあるんスから、皆で楽しみましょうよ! なあ、ゆかりっちもそうだろ?」

 

 順平がそう言うと、扉からゆかりや風花、アイギスとチドリが入って来た。そして更にその後ろからは美鶴も入ってくる。

 

 流石に着替えたらしく、美鶴の服装は先程とは違ってジーンズ等を履き、至って普通の物だ。

 

「なんだ、結局は全員が集まったのか」

 

「部屋までこの馬鹿が来たんですよ……まあ、別に嫌じゃないですけどね」

 

「まあ、なんだかんだで皆も、お前との再会が嬉しいんだ。今回は素直に付き合ってやろうじゃないか」

 

 意外にも美鶴も乗り気らしく、他のメンバーも得には何も言わない。こうなれば後はなる様になるしかないと洸夜は思い、静かに頷くのだった。

 

▼▼▼

 

 飲み会が始まって一時間、現場は混沌としていた。最初は普通に飲み会だったのだが、洸夜が途中で順平達がまだギリギリで未成年だと気付くが誤ってゆかりが酒を飲んでさあ大変。

 

 乾は真次郎とチドリが避難させているが、悪酔いしてしまい美鶴やら誰やらゆかりは問答無用で絡んでしまっていた。

 

「アハハハハハ! もう! 美鶴! ちゃんと飲んでんの!?」

 

「ま、まあ……飲んではいるが、ゆかり、少し飲み過ぎじゃないのか?」

 

 絡んでくるゆかりに美鶴が何とかしようと注意をするが、その言葉を聞いた瞬間、ゆかりの瞳が光り、美鶴へ牙を向けた。

 

「な~に子供みたいな事を言ってんのよ!! こんな身体してぇぇぇ!!」

 

「きゃあ!? お、おい……!」

 

 ゆかりは美鶴の身体をまさぐる様に触って服の中に手を突っ込む等し、美鶴は思わず叫んでしまう。最早、ゆかりの今の姿は只のエロ親父の類になっていた。

 

 そして、そんな教育上良くない光景を乾に見せてはならないと真次郎は両手で乾の目を隠し、汚れた光景から守ろうとする。

 

「見るな! お前にはまだ早い!!」

 

「なっ! なんですかいきなり!? ぼ、僕だって子供じゃないんですよ! そ、そう言う事だってあるってわかてるんですから!」

 

 ああだこうだと真次郎と乾も揉め始め、洸夜は周りを傍観しながら横を見ると酒を飲んだしまった順平が壁の隅で泣いていた。

 

「うおぉぉぉ……! なんでおれっちって奴はこんなにもぉぉぉ……オォォォォォォォ!」

 

 泣き癖なのか、酒を飲んでしまった順平は酔って泣いており、アイギスはコロマルと共に座りながらそれを見ていた。

 

 まるでこの世の終わりの様に滝の涙を流す順平を見る限り、中々にストレスを抱えている様だ。

 

 それとも、洸夜との和解が想像以上に嬉しかったのかも知れないが、順平の泣きにアイギスとコロマルは楽しそうに見続ける。

 

「全員、結構飲んでるな……」

 

「分かってやれ。皆、お前と昔の様に接することが出来ると分かって嬉しいんだ」

 

 洸夜の言葉に明彦はそう言って手に持つグラスを口へと運ぶ。

 

 その姿は飲み慣れており、酔った様子は微塵も見せない。大人の余裕とでも言えるその姿に洸夜も意外そうにしながらラムネサワーを口にした。

 

「意外だな。お前って酒とか飲まないと思ってたぞ?」

 

「ハハ。俺だって、親友達と飲む良さは分かってるつもりだ。……また、お前とこう話しているとあの時を思い出す」

 

 あの時とは高校時代の事だ。二年前の一件で、明彦は洸夜ともう会う事は出来ないとまで思っていた為に今日の戦いは辛くもあったが嬉しい出来事でもあるのだ。

 

 その為か、明彦の表情は何処か清々しかった。勿論、洸夜も嬉しい気持ちは隠せず、清々しい表情を見せている。

 

 そして、暫く洸夜と明彦は飲んでいたが、明彦は不意に手元のグラスを飲み干して洸夜へ言い放った。

 

「洸夜……! 全てが終わった後だが言わせてくれ! ……すまなかった」

 

 そう言って明彦は頭を下げる。それはとても深く、渾身の謝罪の姿だ。洸夜でさえ思わずグラスを止めて明彦へ問いかける程に。

 

「どうした明彦? それはもう終わった事だ。もうどちらも謝る必要はないんだぞ」

 

「いや……俺はずっと修行しながら自分に問いていた。何故、あの時にお前にあんな態度をとったのかと……結局、その答えは出なかった。……いや違う! 俺はそうして答えを出さないで罪悪感を感じる事でお前への謝罪の様にしていただけだった……!」

 

 まるで懺悔の様なその明彦の姿。後悔はどれだけ準備を施したとしても訪れるものであり、誰も避ける事は出来ない。

 

 しかし、乗り越える事は出来るのだ。明彦はいま、自分にある最後の後悔を乗り越えようとしていた。

 

「今日の事で全ては終わった。だが、俺のその事はまだ終わってない……だから、洸夜。俺に謝罪させてくれ!」

 

「……明彦」

 

 そのらしくない明彦の様子に洸夜もその決意を感じ取る事が出来た。そして、自分も何か言わなければならないと思ったが残念ながら洸夜は言葉が出なかった。

 

 どうしても言葉がでないのだ。……明彦が自分ではなく、コロマルにさっきから言っているから。

 

「洸夜! 何か言ってくれ!」

 

「?」

 

 酔っている明彦は既に洸夜とコロマルの区別がついていない。

 

 しかも、何か言ってくれと言われてもコロマルには難易度が中々に高い。更に言えば状況がコロマルは分かっておらず、嬉しそうに舌を出しながら尻尾を振っていたが、明彦の様子に疑問を覚え一鳴きした。

 

「ワンッ!」

 

「っ!? ワン? ……そうか、つまり一発殴らせろと言う事か!」

 

(いや、違うだろ……)

 

 余程に酔っているらしく明彦の脳内は既にちゃんと機能しておらず、残念ながら自分の世界に入っていた。

 

「良し! ならば来い洸夜ッ!! お前との絆との為、俺はお前の一撃を受け止めてやる!」

 

「?」

 

 首を傾げるコロマルを他所に明彦はエスカレートし、上着を脱いで臨戦態勢をとっている。

 

 まるで今から魔王と戦う勇者の如く険しい表情だが、相手は魔王どころかコロマルだ。コロマルは遊んでもらえると思って明彦の周りをグルグルと走り回る。

 

 しかし、その姿に明彦の表情が変わった。

 

「な、なんだと……洸夜が一人、二人……それ以上に増えただと!? ……ハハ、成る程な。お前もシャドウと戦っていただけはある! 分身を使えるとはな……良いだろう! 来い、洸夜ッ!!」

 

「ハッハッ! ワン!」

 

 明彦には洸夜が何人にも見えているであろうが、実際にはコロマルが元気一杯に走り回っているだけだ。どうしたものかと洸夜が思っていると、そんな洸夜にアイギスが近付いてくる。

 

「明彦さん達は私が何とかしますので、洸夜さんは楽しんでください」

 

「……楽しめと言われてもな。この状況じゃ―――」

 

 悠の部屋に行くのも手だが、アルコールの匂いを纏って行く訳には行かない。

 

 この部屋に来ない事や連絡が来ないのも、もしかしたら気を使わせてくれているのだろう。

 

 そう思いながら洸夜は不意に美鶴とゆかりの方を見ると、ゆかりを止めようとしていた風花の姿が目に入る。

 

 先程の美鶴との事もあって警戒しながら近付く風花だったが、ゆかりが風花の接近に近付いて彼女へ毒牙を向けた。

 

「あま~い!!」

 

「キャアッ!? ゆ、ゆかりちゃッ!? まッ! あぁ……!」

 

 ゆかりに掴まり服の中を弄られ、中々に色っぽい声を出す風花。その姿に思わず洸夜も目が止まってしまう。

 

(ッ! これは……中々。ん? ッ!? 風花……大人しい顔してなんて下着を―――!)

 

 一瞬、チラッと見えてしまった風花の下着。僅かにチラッと見えただけな為にこれはいわゆる嬉しい事故でしかない。

 

 別に洸夜が服を剥いでなければ何もしておらず、神の悪戯、運命の悪戯。ただ偶然に洸夜が部屋の壁を眺めていた時に視界の端っこに映っただけだ。

 

 また、この瞬間に僅かに横に視界を移動してもそれは事故と言えるであろう。そう判断した洸夜は特に意味は、本当に意味はなく横へ移した。そこには……。

 

「どうした洸夜?」

 

「……」

 

 何故か、美鶴の顔があった。

 

 険しい顔のその表情がドアップで洸夜の視界に映り、洸夜はその迫力に言葉が出ない。

 

 顔をそらそうとしても蛇に睨まれた蛙の様に動けず、身体だけでも逃げようと後ずさりするが美鶴も距離を詰めた。

 

「何か良い物でも見れたか?」

 

「……黒いエデンが見れた」

 

 その後、洸夜がこの部屋でどんな仕置きを受けたかは誰も口にしなかった。

 

▼▼▼

 

 その翌日、悠は何処か疲れた表情を浮かべる洸夜、そして頭を抑えながら昨日の事を思い出そうとする美鶴達を見る事となった。

 

 風花は顔が赤くしてゆかりから距離を取り、ゆかりは昨夜の記憶が抜けていて思い出そうと必死だ。明彦も何故かコロマルを抱いて寝ており、順平も記憶はない。全てを知っているのは事実上、アイギス、真次郎、チドリ位だが誰もそれを口にすることはなかった。

 

 ただ一言、お前等、当分酒禁止……それだけ言って。

 

▼▼▼

 

 洸夜は残りの日数は基本的に用事もなかったので適当に過ごした。

 

 嘗てお世話になった人達へ挨拶や、悠達への観光案内。

 

 美鶴達とも遊んだりし、洸夜達と悠達との王様ゲームも行われたが、それはまた別の話となっている。

 

 そして、悠達の修学旅行最終日当日。洸夜も悠達と同じく稲羽に帰る為に駅にいた。勿論、見送りの為に美鶴達も駅を訪れていた。

 

▼▼▼

 

 9月10日【土曜日・晴れ】

 

 現在:辰巳ポートアイランド【駅】

 

 八十神の生徒達が次々と電車の中に入って行く中、悠達もクラスメイト達と一緒に電車に乗り込み始めていた。

 

 入る前に悠は不意に少し離れた所にいる美鶴達の方を向くと、美鶴達もそれに気付いて悠達に手を振ってくれた。

 

 集合時間もあり、挨拶は既に終えている。そして、悠達も美鶴達に手を振りながら電車へ入って行った。

 

「そろそろ時間か……」

 

 腕時計を見ながら洸夜はスポーツバックを背負い直した。

 

「鳴上先輩、駅弁買ったからコレ電車で食ってくれよ」

 

「お茶も一緒に」

 

「そんなに気を利かせなくて良かったんだが……」

 

 少し申し訳なさそうに洸夜は順平と乾からお弁当と缶のお茶を受け取ると、荷物を持ちなおす。

 

 そして、洸夜が荷物を持ちなおすのを確認してから美鶴は洸夜に問いかける。

 

「洸夜。お前は、これからも稲羽の事件を追うつもりなんだな」

 

 美鶴の言葉に洸夜の動きが一瞬止まり、真次郎とコロマルを除いたメンバー達も洸夜の事を待っていると、洸夜は僅かに間をあけながらも頷いた。

 

「……ああ。それが再びペルソナと向き合い、この事件に足を踏み入れた俺の責任だ。亡くなった被害者の前でも誓った。絶対に真実を見つけると……」

 

「そうか……やはりお前らしいな」

 

 予想通りの言葉にメンバー達の表情に不安はなく、寧ろ笑みがこぼれた。

 

 本当はワイルドを持つ洸夜が危険な事件に再び巻き込まれている事に不安があったが、洸夜には守る者がいる。誰にも止められる事は出来ない。

 

 だがそれが、その姿が自分達を支えてくれた仲間である洸夜の姿だ。不安どころか自分達でさえ安心できる。

 

「鳴上先輩……おれっちも頑張るぜ」

 

「私も……私も頑張ります。だから、何かあったら呼んで下さい。私達は仲間ですから、今度は絶対に皆で助けます!」

 

「私も手助けさせて下さい。もう、守られるだけじゃありません」

 

「……そうか。何もないが、稲羽に来ることがあったら連絡してくれ。色々と案内してやる」

 

 逞しく成長した後輩からの言葉に洸夜も頷いて、それに応える。

 

 順平も今や子供達の立派な兄貴分に成長しているが、ゆかりと風花は若干目が潤んでいた。

 だが、涙も弱さも今は見せない。『彼』が残してくれた未来へ皆、進むと決めているから。

 

「洸夜さん。僕も、何かあったら呼んで下さい。美鶴さん達は僕に普通の生活に戻る様に言ってくれたんですが、僕にとっては皆さんが目標です。……ですから、今度は僕も洸夜さんと並んで戦わせて下さい」

 

「ワン!」

 

「コロマルも同じみたい。……洸夜、本当にありがとう。私に未来をくれて」

 

 乾、コロマル、チドリが洸夜に言葉を投げ掛け、洸夜は流石に照れくさそうになりながらも目の前の成長したもう一人の弟と仲間達に手を差し伸べた。

 

「お前達の人生はお前達だけのものだ。……もう、俺が弟離れしないとな。何かあれば俺もお前等の力になる。一人の仲間としてな乾、コロマル。……チドリも、俺はあくまで可能性を作ったに過ぎない。切り開いたのは君だ」

 

 そう言って互いに握手する洸夜が次に見たのはアイギスだった。

 

 なんだかんだで一番奮闘したのは彼女かも知れない。そう思うと自然に洸夜とアイギスは互いに近付いて腕を交差する様につける。

 

「弟共々世話になったな、アイギス」

 

「洸夜さんも……それと、約束してください。ご無理だけはしないと、命だけは決して戻らないのですから」

 

 アイギスだからこその重みがある言葉。世の中には人でありながら命を軽く見る者や奪う者もいる。

 

 しかし、身体は機械兵器であるアイギスの方が命を知っており、下手な人間よりも人らしい。

 

 洸夜はアイギスの言葉に頷いた。

 

「ああ、約束する。どんな事があっても命は疎かにはしないとな」

 

 そう言って互いに頷く洸夜とアイギス。彼女は彼女なりに道を歩み始めた様だ。そして、最後に洸夜は三人の下へと行く。

 

 S.E.E.S初期メンバーである美鶴、明彦、真次郎の三人。最初に築いた絆だ。

 洸夜が近付くと、明彦と真次郎も近付いたが明彦は少し真剣な表情を見せていた。

 

「洸夜。気を付けろ……その稲羽の事件だが、どうも嫌な予感する」

 

「嫌な予感……?」

 

 洸夜は明彦の言葉に反応する。殆ど事件を知らない明彦の言葉を全ては鵜呑みには出来ないが、明彦は普通の人間ではない。

 

 何かしら野生の勘でもあるのだろう。そう思わせる程に明彦の瞳は真剣であり、明彦は洸夜に頷いた。

 

「ああ。ニュースなどを見たが、どうも悪意を感じる。この事態をおこしておきながら、自分は安全圏からそれを眺めている。……洸夜、この事件はただテレビのシャドウに殺させるだけの単純な事件じゃないぞ。絶対に最後まで気を抜くな。何かあれば、俺も援軍として行く」

 

「分かった。その時は頼む」

 

 洸夜は明彦と頷きあうと、互いに拳をぶつけ合って絆を確かめ合った。

 そして、明彦と話し終えると今度は真次郎が明彦同様に真剣な表情で洸夜へ近付く。

 

「洸夜。俺も近々、稲羽へ行く。……前に稲羽へ一度だけ行ったが、アキの言う通り普通じゃねえ。駅を降りた瞬間、誰かに監視されている感じがした。……形あるやつだけが敵と思うな」

 

「形あるやつだけが敵じゃない……か。その位の覚悟はいるな」

 

 真次郎の言葉に気構えを固めながら頷き、真次郎もそれ頷いた。

 それに真次郎が稲羽に来てくれるのはハッキリ言ってありがたい。万が一の事が起きてしまえば、自分だけでは対処が出来ないと思っても不思議はないからだ。

 

 洸夜は真次郎とも拳をぶつけ合うと、最後は美鶴の下へと行く。

 

「……世話になった」

 

「私もだ……」

 

 そう言って互いに黙ってしまう二人。

 何か気の利く言葉が互いに見つからないからだ。

 

 しかし、そんな事を言ってもいられない。電車の時間もあり、何か言わなければ色々と心残りが生まれそうだ。

 

 だからといって言葉が出て来る訳ではなく、人間とはこう言う所で不器用だ。

 

「何度も言われてると思うが、決して無理だけはするなよ。お前は自分で気付かないが、他人から見れば危なっかしい時が何度もあるぞ」

 

「まあ、否定は出来ないがそう言う時は大抵、無意識の内だと思うからな……自分でどうこうできるとは思えない」

 

 少し悩みながら洸夜は言うが、これは完全に本心である。

 S.E.E.S時代もこれが揉め事の種になったのも一度や二度ではない。今になってはマシになったが、昔の洸夜は自分の事を省みない行動が多かった。

 

 それで仲間が助けれた事も多いのは事実だが、メンバーの責任者であった美鶴とはそれでよく叱られていたのも、洸夜にとって今は良い思い出だ。

 

 勿論、美鶴もそれが洸夜の良さである事も分かっている為、今の洸夜の言葉にもやれやれと言って仕方ないと言った笑みを浮かべると鞄からハンカチを取り出し、そのハンカチに大切に包まれた赤い鈴を取り出して洸夜に見せた。

 

「……洸夜。互いにもう忘れない様にしよう。私達はもう、一人ではないと言う事を」

 

「まだ持っていてくれたのか……」

 

 洸夜もそう言って美鶴同様に財布に付けた黒い鈴を取り出して互いに見せ合うと、他のメンバーもそれぞれの鈴を取り出して見せ合う。

 

 最悪、50円にもならないと鈴だが、メンバーにとってはどんなプレミア品よりも大事な物だ。

 

『間もなく一番線から―――』

 

 やがて電車のアナウンスが駅に響き渡り、洸夜は荷物を持って入口へ行く。

 

「……またな!」

 

「……ああ! 私達もすぐに稲羽に戻るつもりだ」

 

 嘗て、洸夜をこの街から見送る事が出来なかった美鶴達だったが、今度はちゃんとそれが叶う。

 

 自分達の下から離れる洸夜の後姿は新鮮である為、どこか胸にポッカリと穴が空く様な気分に陥るが、それだけ洸夜の存在が大きかったのだと再度自覚させられる。

 

 『彼』と同じように他者に影響を与えて来た黒き愚者の鳴上 洸夜は今、再びこの街を去る。

 

▼▼▼

 

 現在:電車【車内】

 

 車内に入った洸夜だが、既に指定席の為に席を探す必要はない。当然ながら悠達とは違う場所であり、この車両には洸夜を含めてあまりお客はいなかった。

 

――見つけた……。

 

 少し歩くと洸夜は席を見つけ、大きい荷物を棚に載せる。

 

 席の場所も窓際で都合良く美鶴達の姿が見える。向こうも洸夜に気付き、順平が特にだが異常に手を振っていて少し恥ずかしい思いをする洸夜だが、やがて電車が動き出す。

 

(またな皆。またな辰巳ポートアイランド……)

 

 全てに再会への挨拶をし、洸夜は美鶴達の姿を確認してからゆっくりと席に着き直そうとした時だった。

 

――チリーン……チリーン……!

 

「ッ!?」

 

 まるですぐ隣で鳴った様にハッキリとした鈴の音が洸夜の耳に届いた。

 

 聞き覚えのある鈴の音色だが、周りには客はおらず、鈴を鳴らせる様な人物は確認できないと判断した瞬間、洸夜は電車の外から視線を感じ取って急いで窓から外を見た。

 

 そこは美鶴達か離れた駅の片隅、そこに洸夜へゆっくりと手を振っている少年がいた。

 

 今にも消えてしまいそうな程に不思議と認識しずらい片目が隠れる程に長い髪をした少年だ。その少年の腰には“白い鈴”が揺れ動き、その音を奏でている。

 

(あれは……!?)

 

 洸夜は我が目を疑うが、その姿を間違うものか。その少年は、あの『少年』だからだ。

 

(……『お前』まで見送りに来てくれたのか。ありがとう……本当にありがとうな……!)

 

 洸夜はあまりの出来事に眼を逸らしそうなるが、電車のスピードは上がって行き遅かれ早かれそうなるならば目に焼き付けようとするが、『少年』のもう殆ど見えない。

 

 そのまま幻の様に消えて行くかのように……。

 

(さよなら……『湊』)

 

 黒き愚者の心の言葉を聞いた者は恐らく誰もいない。

 

 しかし、その想いを分からなかった者こそ誰もいない。最後に自分を見送りに来てくれた『親友』の想いを背に、黒き愚者は影から霧へ再び舞い戻って行くのだった。

 

 

End

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